憧れの世界でもう一度

五味

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27章 雨乞いを

オユキへ

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戦と武技に与えられた、本来であればまさに他に伝えられぬことを伝えるための空間。言ってしまえば、流派の中には、やはり外に伝えるべきではない、表に出すべきでは無い技があるとそれに尽きる。そのどれもが、奇策・奇襲の類であるのは事実なのだが、何よりも無駄を排するだけではない速さ、それをいかにして作るのかと言った実際の術理に至るまで。とかく、見ず知らずの誰かに伝えてよい物ではない。
体に対する負荷も、相応に高い物ばかりか、見られてしまえば対策されてしまうようなものも多い。勿論、こちらにないだろうからとそれに甘えて何かを行うなと、それをきちんとトモエからは言い含められるのだが。

「困りましたね」

しかし、外からの目の届かぬ空間、切り取られた世界。そちらに隣国の王妃を誘ってみたところそこに踏み入れた相手から、そのような言葉が漏れる。一応、基本的に側に居るシェリアにしても既にこの空間の事は知っているし、なんとなれば夜毎、始まりの町や領都でオユキの体調がいい頃には、まさに夜毎の事であった。他に知っていたのは、それこそローレンツくらいではあるのだが。振り返ってみれば、こないだ招いたヴィルヘルミナを除けば、いよいよローレンツにかかわりのある物だけしか知らぬと、そうした状況が生まれてしまっている。それはそれで、改めて問題も起きそうだ、等とオユキも少し考えて。あとで伝えるべきものに、知らせて良いと思う物にと考えていたところに、想定外であった言葉がかけられる。

「いえ、それもそうですか」

ただ、言われてみれば、分かる物ではあるのだ。

「戦と武技から頂いた功績による空間ですから」
「ええ、どう言えば良いのかしら、やはり少し遠くなるようです」

神々がそれぞれに持つ座。奇跡とは、そこに繋がる事で行使するものらしい。そうした予想は、確かにオユキにもあった。だが、実際にそれを補強する言葉を言われてみれば、成程と思う以上に確かに困ったと、そう言いたくなるものではあるのだろう。

「成程、至極当然の帰結のように聞こえますね」
「されど、こうして教示の奇跡を用いた言葉は確かに伝わっている様子、ならば、少々の負荷は私も許容するとしましょう」

さて、無理だというのならば、それを叶えるためにこの空間の主を等と、そんな事をオユキのほうでは考えてはみた。しかし、それも必要なさそうだと言う事であるらしい。ならば、御言葉に甘える事にしようとばかりに、早速何やら位置関係が覚えているものとはずれてしまっている机へと向かう。

「お待ちなさいな」
「はて」

しかし、案内しようとしたその相手から、それを止められる。

「前回は、きちんと見ていなかったのと、あくまで簡易的な奇跡を願っただけですから」
「きちんと、と言うのは」
「人にも、あるのですよ」
「よもや、とは思いますが」

マルコが、目に奇跡を与えられたというのは確かに聞いている。

「知識と魔、その敬虔な信徒にと言う訳では無いのですが、私が王妃に選ばれた理由の一つ」
「御身も、目に奇跡を頂いたわけですか」
「そのいいようでは、既に持っているものが居るのを知っていると、そう聞こえますが」
「今更です。事、この空間で早々私も隠し事などしようとは思いません」

隠せば、嘘をつけば。それが容赦なく、オユキにとっての負荷となる。
この場は即ち神前である、その心持でもって良く励めとそうした物なのだろう。ただでさえ、こうして武とは関係ない用途で使おうと思えば容赦なく負荷を与えられるのだから。

「本来であれば、この空間は、成程戦と武技に連なることに使えとそういう訳なのでしょう。貴女からも、容赦なく使われているようですから」
「ええ、本当に」

だからこそ、座ってしまいたいのだと。

「ですから、先に」

魔国の王妃に、こちらに来なさいとばかりに手招きされるので、それに従って。
シェリアも当然のようにこちらに来ているのだが、生憎と何やら色の抜けた空間ではあるのだが、この後使う予定の机もあるためそちらの用意をしなければならないらしい。相も変わらず、こうした場では、それが当然とばかりに侍女然として振る舞うものだ。未だに、そうした振る舞いが身につかないオユキとしては、実に頭が下がる思いでもある。

「以前に、少し見ましたが、やはりどちらかと言えば氷精の形ですね」
「その、以前翼人であるカナリアさんから」
「前に応えたかまでは覚えがありませんが、発言する形質と、本質は同じではありません」
「そういわれてみれば、確かにそのように聞いた覚えが」

言われて、オユキとしても確かそのような話を聞いたようだと。

「貴女の隣、伴侶でもあるトモエからは、はっきりと神に類する流れを感じたものですが、やはりそこでも差異はありますか」
「トモエさんから、ですか」
「異邦人の中には、相応にいるのです。そうした者たちは、誰も彼も、やはり他とは違う」

あまりに意外を感じる言葉、それを告げられた。

「一先ず、貴女への手当てが先ですね」
「その、以前浮かんだ魔術文字に」
「ええ、自身の本質、それに連なる文字、それであればやはり意識を惹かれるのです」

そして、王妃が以前に見たものと同じ文字を、再度オユキの前に浮かべる。

「これが、そうですか」
「ええ、氷精達の扱う魔術、その基礎となる文字です」
「私の覚えのあると言いますか、扱えるものに含まれている文字とはまた異なりますが」
「前回見たときには、貴女が使っていたのは冬と眠りに由来するものばかり。勿論、眷属であるには違いないのですが、やはり連なる者と、柱そのものでは」

当然、そこには角の違いという物が存在しており、勿論文字としても違うのだと。

「さて、他にもいくつか示します」
「ああ、成程」

そして、オユキとの親和性と言えばいいのだろう。そうした物が高い魔術文字を今から選ぼうと言う事であるらしい。座っていては出来ない事かと、少しは不思議に思うのだが。

「貴女は、その、座ってしまうと」
「それは、ええ、まぁ」

そんな疑問が顔に出たのだろう。言われる言葉としては、少々言いにくそうに。要は、オユキが座ってしまえば、はっきりと見えるほど体が机の上に出てこないとそういう話であるらしい。他の者たちが座る椅子に比べて、座面が高くされている、だというのに。なんとなれば、座ってしまえば他の者たちと違って、足がつかない程だというのに。
思わずそんな事を考える物だが、一つ、王妃が示した文字にふらりと視界が揺れる。そして、そんなオユキの様子に気が付いたと謂訳でもないのだろう。まるでそれが当然だとばかりに宙に浮かんだ随分と複雑な文字。漢字にしても、生前に親しんだそれにしても複雑だと言われることもあったのだが、それに比べるのもおこがましいほどの複雑な造りの文字が、そのままオユキに近づく。

「これ、ですか」

そして、はっきりとした反応を文字が示しただろう。王妃が、その文字を早々に消してしまう。

「さて、見るべきものはみました」
「その、今のは」
「ええ、説明は、教示を行うのであれば」

巫女として、散々に奇跡を使ったオユキであればその負荷がどれほどかわかるだろうと。ただ、オユキとしては自覚して振るった物は全くない。それこそ、今こうして用意している空間。戦と武技の功績を通じて、余人の眼のはいらぬ空間を作る奇跡程度。その他については、いよいよもって扱える気もしなければ今後どうにかできるとも考えていない。そんなことを考えながらも、やはり良しとされたのであればとばかりに席に案内を。
オユキが先に歩みを進めはするのだが、席に着くのはやはり王妃が先に。シェリアにしても、それが当然とばかりにまずは王妃が席に着くのを補助して、それからオユキを。この辺り、かつての世界と変わらぬ礼法が通る環境でよかったとそう散々にトモエとオユキで思い知ったものだ。

「先ほど見せた文字、いえ、説明よりも先に用意を行いましょう」

互いに席について、シェリアが飲み物を用意する間にと。

「神国の者たちの、僅かな人員だというのに、わが国では随分と突然の魔石の大量供給にそれはそれは」
「ええ、もとよりそうした約定があっての事。加えて、神国としても示さねばならぬものが」
「騎士であるのならば、ええ、当然だとばかりに考える者たちも多かったことでしょう。しかし、幼い者たちまでも、それを見た者たちは」

こちらには、やはりファルコと、最早既にほとんど決まってしまっている二人の少女がいる。なんだかんだと、アルゼオ公爵の子息でもあるレモに連れられて、改めてこちらの社交界に顔を出している以上は当然忙しい。そこで行った事、それを彼にしても報告しなければならない先もあるため、今となっては散々に苦手だと言っていたものそれに向き合っている時期でもある。だからこそ、ストレス解消とばかりに何度か狩猟に参加もしている。
トモエやオユキは、そもそもこちらに乱獲のために来ていることもあり不足を感じはするのだがトモエはただ粛々と行っている。ファルコにしても、最早王都の側、こちらの王都の側に居る程度の魔物ではもはや物足りぬには違いないのだが、そこは未だに慣れぬ少女二人を連れていることもある。寧ろ、程よい不可とはなっていることだろう。

「それにしても、こちらの魔術師の方々であれば」
「貴女も気が付いているのでしょう、当国としての主要な産業、その研究にはやはり必要なのです、マナが」
「全く、産業の為にと言うばかりではないでしょうに」

研究者として、実につまらぬ牽制なども存分に行っていそうなものだと、オユキからはやはりそう見えるのだ。分業を望まず、知識と魔とそれを関する通りに研究こそが至上だとそうした価値観がすっかりと根付いているのだろう。神々が、それを認めざるを得ないからこそ、簡単な奇跡は得られるに違いないだろうが、それでもこの王妃のように他を行う事こそ、現状を打破するために行う行為、それを導く知恵、知識の積み上げの果てにある現状よりもよりよい未来を模索することこそが、正統だろうに。かつての世界で、そうした科学的な思考にすっかりと傾倒していたオユキの感想と言うのはやはりそのような物。

「さて、こうして魔石の中に文字を刻むのです」

そして、王妃からは、はっきりと約束された品がオユキに渡される。
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