憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

話を聞いて

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「お待たせしてしまいましたか」

どうにか場を取り繕った後は、そのままシェリアに連れられて身嗜みを整えて。トモエに髪を任せるつもりではあったのだが、当然それがこの期に及んで許されるはずもなく。まずは先にと、トモエが場をつなぐためにファルコと彼が連れ帰ってきたアルゼオ公爵令息、レモの饗応役として向かってはいた。ただ、どうにもオユキが訪れてみれば何やら揃って困り顔。さて、何があったのかとトモエに視線を向ければそのままレモにと視線が流れたために、ある程度の理解は及ぶという物。

「成程。では、トモエではなく、私が話を聞きましょうか」
「お心遣い痛み入る」

つまりは、こちらにしても相応に厄介な話を持ってきたとそう言う事。

「改めて、ご挨拶を。アルゼオ公爵家が次男、レモ・ディナーレ・アルゼオ。どうぞ、お見知りおきを」
「オユキ・ファンタズマ。良しなに」

公爵家の子息ではある物の、未だ無位無官。比べてオユキは子爵家当主。どちらが上かは語るまでも無いのだと、それはもうシェリアに散々に言われたものだ。

「此度は、先日お目通りかなわなかったファンタズマ子爵と同席の栄誉を賜り」

オユキとしても、それなりにめかし込んで出てきた以上は、ここは言ってしまえばそういった席。つらつらと外行きの言葉を互いに重ねて。そんなオユキの姿を何やらファルコが驚いたように見ているのだが、別にオユキとしてもできないなどと言った覚えもない。それは、トモエにしても同様に。オユキが来るまでは、少々のらりくらりと躱し手を打っていたようなのだが、今はどこかのんびりと用意されたお茶などを嗜んでいる。事振る舞いに関しては、オユキに対してこうするのですよとそれを示すためでもあるのだが。

「ええ、過日は先代アルゼオ公のご厚情を賜り、しかしながら信を置いていたはずの魔国の公爵、そちらについては非常に残念な結果を得ることと相成りました。」
「私も、いいえ、私こそこうしてこちらで暮らしておりますれば、フォンタナ公爵家の失墜、その事実はあまりにも身近に感じていましたとも。実のところ、私の父、現公爵は幾度か祖父を諫めてはいたのです」
「ああ、成程」

要は、そのあたりからしっかりと確執が生まれてと言う事らしい。どうにも連携が取れていないと思えば、あの時は先代アルゼオ公爵を頼るしかなかったとはいえ、やはり人を見る目に難がありと言う事らしい。実際には、先代アルゼオ公爵が細かく連携をとったのは国境に近い位置、辺境伯との信頼関係は見て取れた。しかし、実際にはそちらとだけで止まっていたと言う事か。もしくは、先代アルゼオ公爵の人を見る目と言うのがそこまででも無いと言う事か。思い返してみれば、確かにオユキが頼んだこととはいえマリーア公爵に随分といいようにされていた、そんな印象もある。政治能力と言う意味では、ウニルに己をねじ込むくらいの物は見せていたのだが、それにしてもマリーア公爵が見せた譲歩、それこそ王族との調整を行った結果とみることもできる。勿論、オユキが無理にねじ込んだこともあるのだろうが。

「オユキ様は、私どもの得た現状、その理解はおありでしょうか」
「フォンタナ公爵を経由せざるを得なかった以上は、ええ、そうみられるものでしょう」
「お言葉、まさしく」

そして、魔国でも神国同様に公爵家の一つが大いにその県政を削られたものであるらしい。オユキ個人として、そちらの結果と言うのは僅かに気になりはするのだが、それよりも今は。

「さて、ファルコ様からフォンタナ公爵令息にと、預かっていた書簡、それらを既に読まれたかと思うのですが」
「ええ」
「生憎と、何が書かれていたのか、予想以上の事はわかりません」

そう、流石に内容については知らされていない。

「ただ、そうですね。こうしてファルコ様が、押し込まれたのだとすれば政治能力は確かに十分、ですか」

ただ、こうしてあまりに急な事だというのにファルコが押し負けている。こうして他国から来たばかりの人間に、少なくとも、この国に対して以前に訪れたときに散々なことをして。加えて今回は、王妃の肝いりとそれを周囲に散々示す形でまた戻ってきた。そんな人間に対して、こうして急に会いに来るというのは、当然相当な理由があっての事だと理解はできているのだが。

「そちらは、そうですね。長くこうして他国に居ましたから」
「正直、年の頃はファルコ様よりも少々上かと考えていたのですが」
「流石に、私たちの年頃で5年も違えば」
「ええ、そうでしょうとも」

目の前にいるレモという青年は、言ってしまえばトモエよりも少し上なのだ。見た目に関しては、もはやすっかりと成長しきったのだとそう見える。精神面に関しても、こうして話している限りでは、すっかりと老成していると言ってもいいのだろう。こうしてオユキを前にして、これまでのアルゼオ公爵領の基本的な戦略を徹底的に白紙にしたオユキを前にして、一切の恨み言を言わないどころか受け入れている様子。挙句の果てに、彼からしてみれば、フォンタナ公爵の失墜が実に嬉しいのだとそれを隠しもしない。演技なのだとしたら、もはやオユキに見抜くすべがないほどには上手。

「さて、アルゼオ公爵令息」

では、そこまでできる人間がここに来たというのならば。

「望みを言うのは構いません、ですが私が、私たちが貴方に望む役回りという物もある、その理解はありますか」
「理解は、あるのですが。申し訳ございません、どうにもいくつか予想があり絞り切れず」
「確かに、それもそうですか」

アルゼオ公爵令息、レモにしてみれば今回の事がまさに急な出来事であるには違いない。それでも、彼なりに色々と情報を集めて考えたうえで。そして、今回マリーア公爵とアルゼオ公爵、その二人から手紙を受け取ったこともありある程度以上の確度は得たのだろう。ただ、オユキのこれまでの振る舞いと言うのが己の利益を優先するというよりも、利益を確保するためにある程度のねじ込みを行ったのだとそうした話も共有されたのだろう。警戒するのは、実に真っ当な感性であり、そこでわからないものがあるのだと隠しもしないのは経験不足を理解したうえでの振る舞いだろう。ならば、オユキとしては決めてしまいたいというのもある。

「言ってしまえば、現状の人員ですね、今後も含めてですが」
「人員と言うのは、今後も増員がなされるかと」
「いえ、繰り返しますが現状です」

そう、今後こちらで基盤を整えたのであれば、そこで求められる人物と言うのはやはりこの国に根差している人間になる。そこにわざわざ神国から人員を貸与して、勿論最初期はそうなるのだろうが今後を長く考えたときにそれを行ってしまえば、内政干渉どころの騒ぎではなくなるのだから。

「落ち着くまでは、五年程、下手をすればそれ以上、上手くいけば勿論短くなりますが」

オユキの現状の予測では、本当に上手くことが運べば二年程でどうにかるとは考えている。あくまで、それはこの王都に限った話ではあるのだが、それでもそこまでの時間はかかると踏んでいる。

「それは、例えば私が」
「いえ、そうなったとして期間が縮むことなどありえませんよ」

レモが、では自分がそれを行えばと言い出すのだが、オユキにしてみればこの程度の能力では到底足りない。彼がこちらに来て、どれほどの年月を費やしているのかはわからないのだが、それでもこうしてファルコが行動を起こしたときにねじ込める程度でしかないのだ。それこそ、オユキとアイリスが以前にこの土地に足を踏み入れたとき。オユキの想定を超えるほどに有能であるというのならば、その時に間違いなく顔を出している。オユキに対して、面会を申し出ている。ある程度は、フォンタナ公爵によって邪魔が入ったのだろうが、彼の祖父である先代アルゼオ公爵その人にしてもこちらに来ていたのだ。だというのに、その時に知己を得ることがなかった。だからこそ、オユキはレモに対して今こうして状況に対して与えられることに対してはうまく振る舞える、しかし、計画性はないのだとその評価を覆すことはしない。

「勘違いをしないでいただきたいのですが、己の有用を示す、それ以上を望むのであればそれは筋違いです」

だからこそ、早々に牽制をすることは忘れない。

「それは、私が今更と」
「理解ができているのであれば、結構」

本人にしても自覚があるのか、何処か年に似合わぬ苦笑いと共に。

「とすると、マリーア公の書簡に色々と書いてあったのでしょうか」
「ええ、相変わらずと言えばいいのでしょうか。やはり、私は祖父については父から聞かされた話、それを改めて実感するばかりと言えばいいのでしょうか」
「先代アルゼオ公が良い人である、それを私も否定する気はありませんし、助けられてもいますから」
「利用がしやすかった、それを隠しきれない言葉と私にはそのように聞こえます」

確かに、こうした話の流れは彼にとってそのように取られるものだろうが、それも事実であるには変わりない。だからこそ、特にそれを否定せずにオユキは微笑一つ。そして、話をそのまま切り替える。

「ええ、こちらの話、頼みたいことその理解はある程度あるのは分かりました。」

そして、彼にしても言いたいことがあるからと、頼みたいことがあるからとそうしてここに来たのはオユキにしても想像がついている。そして、何を望んでここまで来たのか。この地で、アルゼオ公爵家として積み上げて来たもの、積み上げるべきもの。それを考えれば、勿論想像はつく。

「その頼みを、まさに私から申し出ようと考えていたのです」

なので、この話は一先ず固まるには違いない。あとの問題はオユキとのほうで今他にもいる面々、そちらにどうねじ込んでいくのかとそういう話になるのだがそれにしてもそこまで問題ではない。今現在と言えばいいのだろうか、オユキとトモエ、この二人の価値と言うのが現状の面々においては頭抜けているのだから。隣国の王妃と直接の面識があり、加えて何某かの手管をと言う話を受けているのはオユキだけ。他に対して、当然無理を通すことが出来るだけの手札が既にある。
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