憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

万端とはいえず

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期日に無理やり間に合わせる。おおよそ仕事とは納期があり、そこに辻褄を合わせるために進めていくものだ。
そんなことは、オユキとしてはとうに理解していたものだ。そこで色々と生まれる歪みと言えばいいのか皺寄せと言えばいいのか。目をつぶるには、あまりにも大きすぎる問題が其処にはある。人に負担がかかりすぎる。
今回でいえば、オユキの、慣れないうえに審美眼という意味では全く持って信用ならぬ相手の側についていたナザレアと。手伝いというよりも、もはや主戦力と扱われだした異邦人二人。
他方、トモエが持ち込んだ種々の貴石に加えて、鉱山の中でついでとばかりに見つけた甲羅に輝く石を随分と着けた亀を相手取り。うっかりすべてがそのまま残ったこともあって、宝飾職人をカレンを経由して商人ギルドからの紹介を受けて屋敷に呼んで。そちらはそちらで、実に色々と問題が巻き起こったものだ。なんせ冬と眠り、その姿を現状正しく認識できているらしいのはトモエとオユキに限られている。そして、オユキによくは似ているのだがそれが数年ほど成長した姿だと説明されて、当然そこには成長の定義の違いという物が現れるという物だ。商人たちが想像する成長した姿というのは、どちらかと言えば王妃や王太子妃をはじめとする、こちらの貴人に寄せた方向。随分と背が高く、手足も長い相手を想定していた。しかし、トモエからしてみればオユキは、というよりも東洋の平均的な成長というのはそこまで身体的に恵まれるようなものではないのだというしかない。

「なかなか、あわただしい日々でした」
「全くです」

そして、定めた期日である今日。荷物と一緒に馬車に詰め込まれ。ついでとばかりに戦と武技の教会にも誘いを出せば、領内の神殿でまだ訪れたことがないという物たちが幾人か名乗りを上げた。エリーザ助祭については、オユキが作法がよく分からぬからと頼んだため、作法の為にと同乗している。月と安息の神殿、そちらに詳しい者はいますのにとそう言われても、仕える神、祀る神が違えば作法が違うという物。位をいただいている以上、月と安息の神殿で今か今かと待っているだろう相手もいる手前、さすがにここで気を抜くことはできぬとそうオユキから。

「どうにか間に合ったといいますか、間に合わせていただいたといいますか」
「オユキさんも、少し腕は上がったと聞いていますが」
「いえ、どうにも刺繍の技法とでもいえばいいのでしょうか、想像以上に数が多く図案に合わせてどれを使うかも」

そう、結局オユキはでは子の図案を作りましょうと言われたときに、真っ先に選択するのは最も基本となる技法、アウトラインステッチと呼ばれるものばかり。

「刺し子であれば、ええ、それも悪くないのですが」
「そういえば、そのような話をされていましたが」

その、刺し子と刺繍の違いとはいったい何なのだろうかとオユキが首をかしげるので。

「刺し子というのは、和装、私たちの国に伝わるものです。一般に刺繍と呼んでいるのはフランス刺繍でしょうか」
「国による違い、ですか。しかし、国名を省略してとなると」
「ええ、私たちの国に伝わっているように、当然ほかの国でもそれぞれに。衣服ですから、それはどこの国でも実に多くの、本当に独自の特徴を持つ形として」
「とすると、今回の物は」

では、今回オユキが頼んだことというのは、少々曲げさせてしまったのかと。確かにカリンはとかく色彩豊かな図案を、無数の糸を扱うことを好み。出来上がる品は本当に色彩鮮やかで絢爛なものを。方やヴィルヘルミナが手癖として行う刺繍というのは、白い布地に少し質の違う白い糸を使ってと、非常に対照的であったように覚えている。

「オユキさんは、そうですね刺繍として私たちの暮らしていた地域の物で有名なものもあるにはありますが」
「ええと、トモエさんも詳しくはないと言う事ですか」
「はい。やはり専門とされる方でなければ、そうしたものですから。手習いとして、少しは覚えているのですが」
「その、忙しかったでしょうし、いつの間にと」
「オユキさんのおらぬ間に、娘たちと習い事として、ですね」

さて、どうやら過去に己が仕事に出ている間にも、トモエとしてもそうした楽しい時間があったのならば何よりだと。そうして、オユキとトモエは話しながらも、一先ず以前に習った範囲の事、供え物とはまた違うのだが神殿や教会にものを納めるための作法を確認してもらっている。

「成程、この馬車の隣に積まれている品はオユキ様が用意された品ですか。はい、お二方とも一連の流れとしては問題がありません」

そして、すっかりとこうした振る舞いが板がつき始めたエリーザ助祭から、ですがと続けられる。

「今回に関しては、お二方でご用意くださった品を、神殿に、ひいては冬と眠りの女神さまへとお納めすることになるわけですから」
「エリーザ助祭も、お姿はご存じなのですね」
「いえ、私ども戦と武技の教会に勤めるものでは少し難しく、おぼろげなお姿だけは存じ上げているのですか」

さて、そうして話しながらも、水と癒しの神殿に向けて進む馬車の中で作法の確認を行っていく。曰く、今回に関してはいよいよ異なる神を祀る神殿だからこそ細かく気を付けなければならないことがあるとして。

「成程、確かに細かい所作がかなり異なりますね」

見本として、揺れが少ないとはいえそれでも多少は揺れる馬車の中で。エリーザ助祭の示す身振りをどうにかこうにか見ながらも真似ていく。これまでであれば、それこそ今オユキの着ている仕事着の裾にしてもなすがままとしていたのだが一応は細かく気を付けながら。足を折るときにきちんと広がりすぎぬ様にと巻き込んで。そのために、足さばきから少々違う。これでは、腰に得物を吊るしていたとしてもすぐには抜き放てぬと不満はあるにはあるが、それが決まりだというのならば仕方がないと。

「それにしても、私とオユキさんでやはりかなり異なりますね」
「オユキ様は巫女としての振る舞いを。トモエ様は伝道者とはお伺いしておりますが、それにしてもこれまではほとんど居られぬ役職の方でしたから」
「ほかにも、おられたのですか」

思えば、トモエに与えられた役職、戦と武技からそう呼ばわれているそれにしても、細かくはわからないものではある。

「宣教師と、それに近いものかと勝手に考えてはいたのですが」
「そう、ですね。確か、美と芸術、水と癒し、月と安息のあたりではそのように呼称されるのですが」
「ええと、祀る神によって、教会に勤める方々の役職も違うのですか」

だとすれば、それはこう、非常に覚えにくいなとそう感じてしまう。

「教会にて勤めを行う者たちの呼び名は同じなのですが、やはり外に出て教えを広める、教えを体現して見せるとなればまた色々と変わってきますから」

それこそ知識と魔では教師と呼び、恋と華では花売りという何とも言えぬ呼び名で。木々と狩猟に至っては狩人という、もはやそれは狩猟者と何が違うのだと、そのような呼び名を賜るものであるらしい。

「戦と武技では、そうなると師範などとそういう呼び名となるのかとも思うのですが」
「いえ、トモエ様もご存じでしょうがやはり流派があまりにも多岐にわたり、総じて読んでしまうとまた不都合が出るからと六百年ほど前でしょうか」

そのころに、神々のほうでも色々と制度と言えばいいのか仕組みを切り替えてということがあったらしい。そのあたりも、今後時間があれば話を求めてもよいだろうと、そう考えてはいるのだが何分時間というのはいよいよ限られている。既に馬車の振動を、オユキの寝台があつらえられている場所でも感じるようになった当たり、既に王都の外には出ているようで、この後はいよいよ水と癒しの神殿で一度挨拶だけを行えば、また門を使って目的地へとたどり着くことになる。

「しかし、お互いに、本当にどうにか間に合ったと言う所ですね」
「ええ。当初の予定では、まだ三日程は猶予がと考えていたものですが」

特にまずかったのは、トモエが鉱山に入って初日だというのに、随分と色々な成果を持ち帰ってきたことだろう。馬車が一先ず帰ってきた、その割にトモエの気配がないなとオユキが言えば、既に一つの馬車がいっぱいになったから積み荷を降ろしに来たのだと、そのような話をされた。そして、二度目からは流石にオユキも危機はしなかったのだが、御者と人足たちは何度往復することになったのか。そして、それらを庭に降ろしては蔵にしまおうとしているのだが、トモエがどれをすぐにと考えているかがわからないとそうした話にもなった。
そのあたりで困り果てたカレンが、ついには視線だけで口出ししなかったはずのナザレアがオユキの隣に立って口出しし始めたこともあり、大分煮詰まってきているなと、手を動かすよりもカップを傾けながら異邦人たちが揃って雑談に花を咲かせ始めていたこともあり、オユキは実に端的に応えたものだ。先に運んできているものは、間違いなくトモエにとって重要ではないものだからすべて一度蔵に放り込んでおけばよいと。
オユキであれば、重要なものを先に持ち帰る様に伝えるかもしれないが、トモエに関してはこうして得られたものに全て等しく価値があると考えるからこそ、己の目的でないものを先に戻しているにすぎないからと。事実その通りであり、トモエが本命としているものはトモエ本人と一緒に戻ってくることになった。

「今後は、まだ手配が間に合わなかったものなどは」
「今回のことがうまくいったのであれば、お手間をかけますが」
「ええ、承っておりますとも」

本当に、こちらの神職の者たちは話が早い。

「司祭様から言われて、教会の中を一部整えましたので」
「さて、それでは、期待に応えられたのだとそう先に喜んでおきましょうか」

どうやら、オユキの目的としていた一つは無事に果たされることになるらしい。

「殊の外、お喜びいただけたようですよ」
「ええ、ならば短い時間とはいえ、相応に苦労をした甲斐もあったという物です」
「ただ、そうですね。ほかの神からも、今回色々と言われるでしょうが」
「ええと、そちらは是非ともほかの方に引き取って頂きたいものですが」

求められたとして、困るのだから。
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