憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

十分とは言えない期間

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オユキの設定した期間、最初は一週程とそんな期間を定めていたものだが、流石にもう少し急いだほうがよさそうだと、そんな話になった。それは、オユキの回復に係わる手立てが得られるからと分かったこともあり。一応は前任である少年たち、というよりもオユキが任せると決めたローレンツの意見も必要になるのではないかと。要はそうした話が出てきたために、さらに期間を短くするのだとそんなことが言い渡された。
これに困ったのは、鉱山であれこれと探して目的の物を見つけたはいいが加工を絶った数日で行わなければならなくなった宝飾職人。オユキに刺繡を教えなければならないナザレアと。

「図案は決まったのですが」
「刺繍に関しては、オユキもまだまだと言う所なのでしょう」

そして、オユキだけでは間違いなく間に合わぬと、そう判断したナザレアによってカリンとヴィルヘルミナにも手伝いが要請された。手が遅いというわけではないのだが、オユキが中央に置きたいと考える雪の結晶の形、樹状六花とオユキは言ってはいるのだが実際には角板に樹枝状の結晶が付いたもの。流石に名前はわからないのだが、これはそういう形状ではなかったかとカリンに指摘された図案を中央に。種々の形が散らしてと、そうオユキが望んだからこそ、作品としてはなかなか大掛かりなものになっている。図案が決まった、そのような話にはなっているのだが、決めきれずナザレアがよいと思うものがあればカリンとヴィルヘルミナも組み合わせとしてこれが良いのではないかと、そうした話にもなったのだから。流石に、手が足りない。図案を決めるにあたって、布選びは当然のことながら糸の色も決めなければならないというのに、オユキに至っては雪だし白でいいのではないかとそんなことを言い出す始末。

「それにしても、ここまで色々と糸を使うのですね」
「これでも少ないくらいではないかしら」

綺麗に染め上げられた薄い青、金糸、絹糸、差し色としての赤や緑。それはそれは、実に色とりどりの糸が用意され、ここではこの色にいやいやあちらではこの色にと。それはもう、初心者と呼んで全く差支えのないオユキにとっては非常に厄介なものを縫い上げよとそのような話になったのだから。

「これで、少ないのですか」

辟易とした声を、己がこうしたものをと考えて言い出したのは事実なのだが、もっと簡単なものになるのだと考えていたオユキが、言われるままに用意したのだろうナザレアに視線を送ればそちらもやはりただ頷いて。

「ヴィルヘルミナ様の仰られる通りです。盛装に使う刺繍ともなれば、オユキ様が儀礼の際にお召しになる衣服にしてもこの糸の10倍ほどは」
「その、正直そこまでの色数があるとは」
「オユキ、糸にはそれぞれ太さがあるのよ」
「それは、ああ、成程」

言われて、確か番手だとかなんだとか、トモエもそのような話をしていたなと思い返して。

「ここまで刺繍をしている中でも、色の違う糸はそれぞれ太さも違うでしょうに」
「いえ、染色の都合とばかり」

正直、強度の補正としか考えていなかったオユキとしては、糸の太さを変える理由など陸に思いついていなかった。そんなオユキの振る舞いに、こうして業を煮やした異邦人二人が手伝いに手を挙げたと言う事もある。今回ばかりは、トモエも手伝うかと考えたりもしたのだが、さすがに二人が手伝うのならば己は装飾の類に集中しようとそうした流れもあっての事ではあるのだが。

「オユキ、貴女は全く。もう少し身の回りの物にも興味を持ちなさいと」
「いえ、無い事は無いのですが」

カリンが呆れたと、そんな様子を隠しもせずに作るため息にオユキとしてもさすがに反論の一つくらいはある。別に、興味がないわけではない。こだわりがないと言う事もない。散々に、そう、それこそ実にいろいろな相手から言われることも多かったものだが、着た切り雀とその様な訳では無い。衛生的に、機能として、そうした観点くらいはきちんと持ち合わせている。

「オユキ、機能美も一つの美であることには違いありませんが、何もそればかりというわけではありません」
「それは、ええ、理解はしているのですが」

美というものは、理解ではなく共感が必要であるらしい。それを散々に思い知って、さてどれだけの時が流れた物か。機能美、機能的であり、整然と整えられているものに対してのみオユキの評価基準というのがやはり置かれている。例えば、今もこうして図案として用意している雪の結晶の模様のように。カリンからはいよいよこれは曼荼羅と、字義どおりに広く広がる円形の者にしか見えないというような壮大なパターンについても美しさは確かに感じるのだが。方やヴィルヘルミナが示す独特の感性と言えばいいのだろうか、大小に分けられた雪の結晶、それを実に自然らしい無作為さでもって配置した図案に関しては思わず首をかしげてしまうようなありさまだ。
世間的に、というよりもこちらの貴族にはさてどちらが受けるのだろうかとナザレアの様子をうかがってみれば、やはりヴィルヘルミナの感性のほうがより貴族趣味と言う事らしいのだが。

「カリンもです。オユキに講釈を垂れることができるほどに、貴女も良い物ではないでしょうに」
「あの、ミーナ、今ここでそれを言いますか」
「言いますよ。舞台衣装にしても、全く、貴女の徒弟とされていた子たちの苦労が本当に偲ばれるという物です」
「オユキ、なんですか、その目は」
「いえ、特にどういった意味があるというわけでも」

ああ、成程。分からぬのは己ばかりかと思えば、どうやら同類かとそんな視線をうっかりと向けていたものであるらしい。

「貴女よりもましよ。これでも、年季が違うもの」
「それは、ええ、そうでしょうとも」
「どうかしら、私から見てしまえば二人とも動きは優美さに欠けるんだもの」
「あまりこう、武を嗜むものとしてあまり手弱女のような振る舞いはそもそも」

ヴィルヘルミナの動きというのは、確かに優美なものではあるのだろう。オユキから見れば、トモエから見ても全くもって体を動かすことになれていない、手弱女と分かる振る舞いばかり。歌いながら軽く舞にも似た挙動を取ることはあるし、声を、声量を維持するために軽く走ったりなどはしていると聞いてもいる。声を出すときに腹部に力を入れるからだろう、呼吸の際に使う筋肉、通常の人物ともまた違う筋肉の発達も一応はわかるのだが。

「オユキ、貴女の視線というのは本当にわかりやすいわね」
「トモエさんもそうなのですが、つくづく人を評価するときに己に勝てるかどうか、そればかりなのよね」
「それは、まぁ、そういう物ですから」

ぶしつけな視線、そうなっている自覚はあれど今更直す気もない。生前は、仕事の間はそのあたりもどうにか自制は聞いていたはずなのだが、こちらに来た時にそんなものは早々に止めようと決めた。全く知らぬ地であり、つまりは誰が己に対してトモエに対して害をなそうとするかもわからない世界なのだ。門を出れば即ち其処は戦場である。男は敷居を跨げば等と言う言葉も、人口に膾炙して久しかったはず。

「考えていることはわからないでもありませんが」
「ええ、任せるところは任せる。それができないと、色々と難しいでしょう」

言われた言葉に、確かにとオユキとしても頷けるものはある。

「ですが、既に多くのことを預けていますから」

だが、トモエもオユキも、既にかなりの厚意に甘えてこうしているのだと、そんな自覚は持っている。子爵家として、こうして王都に滞在しているのであれば。本来このように安穏として次への準備を、己の事ばかりにかまけず、他の家との関係に王城への出仕、かかずらうべきことはあまりに多い。
こうした傍若無人に過ぎる振る舞いが許されるのは、新興の家でありあくまで異邦人だからとそうした前提によるもの。

「もっと、と、そう考えたりは」
「できる方がいれば任せるのですけれど、生憎と心当たりが」
「先に名前を挙げていた方は、どうなのかしら」
「いえ、便りがなく。一応は、その私たちと言いますか、ファンタズマ子爵家に今は使えるためにと公爵様が教育を行ってくださっているらしいのですが」

その進捗に関しては、やはりオユキにはわからない。間違いなくミズキリの耳には入っているのだろうが、そこからオユキに伝えないあたりいかなる理由があっての事か。

「ケレスさんにしても、いえ、言い出しても仕方ありませんか。あまり、異邦人たちが、異邦人たちばかりで周りを固めてしまうというのもやはり外から見たときに」

こちらの世界で信用が置ける人間を探そうと、そう考えたときにはそれこそ生前に費やした時間と同じだけを費やす必要がある。己の今後に対して既に明確な期限を内心で置いているオユキとしては、それができるはずもない。正直なところ、見極めには短くても10年ほどはかけるのがオユキという人間だ。初めて、それに反したといえばいいのだろうか。ごくごく短い時間で関係を深めたのは、間違いなく信頼が置けると判断したのはトモエと、義父。ミズキリについては、まぁ信頼はしているのだがそれ以上に間違いなく人を使うことに慣れすぎている相手である以上、現状やはり敵として考えておくのが正しい相手。敵と言っても、直接刀を交えるような相手ではなく、互いが互いに良いと思う所を戦わせるそうした相手。

「お二方も、まぁ、良いと思うタイミングで」
「少なくとも、貴女とトモエさんの結末を見てからよ、私は」
「ええ、私も同じく」
「また、随分と期待をいただけていることですね」

ただ、オユキとしては、やはりそうした話をされるたびにトモエが言おうとしていた言葉というのが、想像がついている言葉というのがやはり脳裏にちらつくのだ。

「あと四年もない時間では、私では、今の私では到底トモエさんには及ばないでしょう」
「まぁ、そうよね」
「あら、そうなのですか」

異なる道を求めて、そこに活路は見出しているのだが。形にするにはやはり時間が足りない。その不足を知るものが、己で舞として多くの者を魅了するほどに磨き上げた相手からは納得が。そうでは無い相手からは、やはりよく分からないと。

「ええ。その時まで、最後の大会までもちろん諦める気はありませんが」

諦めぬからと、叶うわけではないのだから。
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