憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

月と安息

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「オユキさん」
「まぁ、多少は残るのは仕方が無い物でしょうとも」

着こんだ仕事着を変わらず焼く事は無いのだが、それでもフスカが取り出したはずの焔がわずかに顔を覗かせる。加減は苦手、細かいことはできない。何とも、らしい事ではあるのだから。

「少しの熱は感じますが、まぁ、その程度です」
「通行料、と言う事ですか。嫌われてしまったものですね」
「ええ。残念ということも、まぁ、ありますが。あの方が望むように私はなれませんから」

それこそ、いまさらという物だ。半世紀以上、こうしてあったのだ。根の部分は今更変わるようなものでもない。特に今は、不安も多ければ考えなければならないことも多い、多すぎる状況なのだ。楽観して、そんなことは許されないと己に課している。
同じ席に乗るエリーザ助祭にしても、驚いたそぶりを見せていないあたり理解が及んでいることではあるのだろう。つくづく、見ただけで解る事が多い職であるらしい。それとも、そこに至るまでの鍛錬の成果のなせる業か。
神職の鍛錬とは何か、生憎とそれに関する知識はさらさらオユキにはないのだが想像がつく部分というのもある程度は。あの少女たち、これから向かう先で待つ受けてくれているだろう少年たちの中で、神に問いただされるほどの困難であろうというのに。確かに、祭りの近くなど、色々と仕込まねばならぬと教会であれこれと詰め込まれているときなどは愉快な目をするようになる程度には。
魔術を得る、奇跡を得る。そうした難しさを間違いなくあの子供たちも得ている。アドリアーナは、魔術としても水を作る魔術を、奇跡としては簡単な切り傷程度であれば治せるほどに。アナにしても年老いた巫女の薫陶によって、安息を、休む時にその効果を少しだけ高めるのだという奇跡などを得ていたはずだ。生憎と、セシリアについては始まりの町の教会では、木々と狩猟の助祭であるため奇跡については詳しく教えられぬからと自分自身で求めなければいけないらしいと、そのようにはなっている。最も、種族の差があるため木精以外には奇跡でしか叶えられぬことを、特性として叶えてしまえる難しさもあるのだろうが。

「さぁ、お二人とも、まもなく抜けますよ」
「わかるものなのですね」

未だに、こうして門をくぐってからはトモエとオユキは外を見ていないのだが、話を聞くに何やら奇妙な空間をそれなりに歩かねばならないとは聞いている。奇妙というのは、間違いなく目を引かれはするのだがそれに気を取られて踏み出そうものなら、間違いなく帰ってこれなくなるとそんな恐怖を煽るような光景だとか。

「ええ、それ故の神職ですから」
「便利な言葉ですね」
「お二方が口にされる、我らの神より頂いた役職だと、それ以上の物ではありませんとも」
「便利な良い訳として、確かに使っている自覚はありますが」

そして、順番待ちと言う事だろうか。今回、トモエとオユキが月と安息の神殿に向かうために門を使う、その心算であると理解した者たちの中から、ついでとばかりに任された者たちもいる。運んでくれと頼まれたものもある。それこそ、王家からは王城内に置くことを許された神像、その対価としてなかなか愉快な量の品々が。そして、それらを間違いなく納めるためにと王からの勅書を持ったものと警護の騎士。加えて、月と安息の神殿を見た事がない貴族たちのうちからいくつかの家が選ばれて。門を開くための魔石については、フスカが同行していることもあり、かなりの割引が効くものではあるし、先の乱獲で必要な量は、正直優に数倍集まってもいる。全体でというわけではなく、トモエ一人の力によって。
草原に溢れる、何処からともなく忽然と現れ続ける魔物。それをただ己の力が、体力が続く限りにセンヨウと共に処分を続けたトモエ。遺される魔物の亡骸たるトロフィーと、そこかしこに転がる大量の魔石に硬貨。拾い集めなければならない者たちはさぞ大変であっただろうと、事後に狩猟者ギルドからの報告をカレンから聞かされたオユキとしては、そんな感想を持ったものだ。騎士たちにしても、トモエに負けるなと、アイリスに負けてなるものか。既に騎士団を持して久しいアベル、何するものぞとそれは大いに気炎を上げて暴れまわっていたのだ。
如何に王都と言えど、処理には上限があるかと思えば幸い神国から外されると決まった公爵領から大量に流れてきた者たちもいるため、降ってわいた仕事に突然供給過多になった食糧で大いに助かったとそのような話。残念ながら減り続けていた国庫の備蓄、ようやくそれに歯止めがかかり、今後は少しづつ回復させることができるだろうとそんな話が公爵から回った手紙にも書かれていた。

「さて、それでは、この後は作法の通りとしたいのですが」
「ええ。まずは月と安息の神殿、常夜の地に坐すかの女神さまの力満場の威容を、どうぞお楽しみください」
「戦と武技の神が、姉と呼んではいたように思いますが」
「そのあたりも、やはりご存じですか。明確な関係性をお持ちの柱というわけではない、事実としてはそのように」
「確かに、かつての世界の想念も受けるというのであれば、成程」

必ずしも、それが全てではないと理解している。しかし、明確に三狐神が父と呼んでいることもある以上混ざっているには違いない。そもオユキが戦と武技の神から聞いた聖名、称えるべきその正しき名前はマルコシアスというのだとそう聞いてもいる。故に、逸話をいくつも混ぜて、連なるものを増やしてとしているのは間違いないのだろうが。

「皆様は、やはり私どもより多くのことをご存じですから」
「つまり、混乱させるためにと、そう言う事ですか」
「ええ、異邦の方々にしても、世界を全て簡単に解き明かせては面白くないでしょうと。もとはもう少し簡単ではあったと、そのように」
「つまりは、こちらに来た使徒のどなたかが、いえ、オユキさんの両親の仕業ですか」

さて、馬車は止まっているのだが生憎と外からまだお呼びの声がかかっていない。だから、降りるのを待ちながらも、こうして色々と雑談に興じているわけだ。エリーザ助祭にしても、ここまでのわずかな時間ではあるが、最低限は問題ないとそう判断してくれた結果でもある。

「私の、両親ですか」
「ええ、オユキさんは蔵書として考えていたようですが」
「ああ、成程、そちらにもメモ書きであったりが」
「ええ、傍線のひかれている箇所、覚書であったりと」

文字を読むのは嫌いではなかったのだが、オユキはやはりそうした話が好きではなかった。歴史や民俗よりも、それこそ空想科学であったり、そうしたものを好んでいたのだ。一応はゲームの中でたまに出てきたものに興味を惹かれて、そうして少しくらいは調べることもあったのだが。

「ミズキリにもよく言われたものですが」
「ええと、確か、フレーバーテキストでしたか」
「ええ。文字を読むのは嫌いではなかったのですが、やはりどうにも」

ミズキリが言うには、物語だけでは不足する世界観、どうしても本筋からはそれてしまう物をそちらに書くものだとそう言われて。しかし、オユキとしてはそこまで物語にすら拘泥していなかったこともあり。

「こちらでも、書斎を用意して日記などを楽しんでいるようですが」
「ええ、楽しい物でした。いえ、歴史的な観点というよりも、どういえばいいのでしょうか」

目的としては、完全に調査ではある。日記文学というそのような区分もあれば、確かに十進分類でも文学にどちらかと言えば分類されているものも多い分野。

「ええ、どのように読んでいたかは、ある程度想像がつきますとも」
「さぁ、オユキ様、トモエ様。楽しい会話は一先ずそこまでとして頂きたく。まもなく、私たちの順番のようですから」
「わかりました、では、最後に少し身だしなみを整えましょうか」

エリーザ助祭の言葉に、改めてナザレアを呼ぶために仕切りの布を開ければ、我が意を得たとばかりにナザレアが近寄ってきてエリーザ助祭と共にオユキとトモエをそれぞれに整える。馬車での移動と言う事もあり、装飾の類を早々と外していたこともあるのでまずは服を軽く整えた後はそれらを順につけて。
今回は、オユキも少し気に入っている黒いドレスではなく、あくまで仕事着としての袴姿に千早を羽織って。よく似たものは、確かにシェリアとナザレアがカレンを通していくつか頼んでいるのだが、やはりわかりやすく特別なものとして、戦と武技から下賜されたもの。トモエのほうは、オユキに合わせて頼んでいたものがようやく出来上がったため、そちらを今回は初めて。差袴の上に狩衣を。色は緋袴は流石に固辞したうえで白としたのだが、刺繍を入れなければとそうした話も上がったため、已む無しとばかりにかつての世界では階級を示さない色、淡い緑を選んで狩衣を白に。施される刺繍が、やはり戦と武技を示さねばならぬからと深い赤色となっているため、トモエには似合っているのだが。

「あの、トモエさん」
「伝え方を、間違ったのでしょうね」

狩衣として、トモエが型紙を作ることができればよかったのだが、さすがにそこまでの知識というのは当然なかった。見た目だけは覚えていたため、凡そこのようなものですとそう示しただけとなったのだが。

「いっそ、造りを覚えていた水干とすればよかったですか」
「よくお似合いではあるのですが」

そう、形としては非常に違和感があるものとなっており、あくまでトモエに似合うようにと仕立てられている。トモエに似合うというのが、オユキの仕事着と並んでとそうした意味を込められているのはわかるのだが。

「主従でいえば、私が従となるのですが」
「本来はそうなのでしょうが、今はやはりこうした場ではオユキさんが主ですから」

トモエの言葉に、ナザレアとエリーザが全くもってその通りだと頷けば、飾りつけの時間も終わりを告げる。そして、それを狙ってかのように外からはシェリアが内部に合図を。つまりは、トモエとオユキが下りるだけの準備が整ったとそう言う事であるらしい。何故そう考えるのか、理解ができるのかと聞かれはしたが、こうして間違いなく月と安息の神殿に新しく作られた門、そこまで移動が叶った。そして、準備が整ったということは、懐かしい顔も待ち受けてくれていることだろう。そうでなければ、まずはゆっくりと外を見てとそうした手筈ではあったのだから。
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