憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

刺繍を嗜みながら

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「さて、何処から話したものでしょうか」

確かに、オユキはあまり目立つような存在ではなかった。知る人ぞ知る、そう言った立ち位置であったのは事実であるしメディアへの露出に関しては、正直そんな面倒ごとはごめんだと言い切っていたこともあるし、他に風よけと言えばいいのだろうか。広報を担当するものが、初めから存在していた。それこそ、何を考えたのかミズキリが初めから用意していた人員の中に。

「隠していたと、そういうわけでは」
「いえ、既にこちらでも色々な方に話していることですし」

詳細に関しては、まぁ、文化土壌も違うから伝わらないだろうと伏せてはいるのだが、異邦人二人であれば構わないだろうからと。
一応一休みはして、ナザレアがオユキが一先ず、ナザレアにしてみればとても完成品とは呼べない刺繍を取り上げて新しい練習用とわかる布と追加の糸を置いたため、それを手に取りながら。

「その、私たちは当然共通の物を遊んでいて、その流れでこちらに来たわけではありますが」
「ええ、私が生を全うするよりも随分と早くに終わってしまった」
「あの、まさかとは思いますけど」

ヴィルヘルミナが随分と残念そうに、カリンが何やら思い当たるところはあるのだがまさかと。

「流石に、製作者ではありませんよ。それは、私の両親です」

カリンが引き攣った様に息を呑み、ヴィルヘルミナは頬に手を当ててため息を。

「その流れで、かつて私の両親がこちらの世界に使徒として訪れたのだとそうした話は聞いています。私宛として、トモエさんにもですが遺された手紙というのを集めるのも、今は目的の一つではあるのですが」

ただ、それにしてもトモエは間違いなく未だにこちらにオユキの両親がいるはずだとその姿勢を崩していない。オユキにもはやこちらに残る気がないと、それがトモエに伝わってしまっている。隠せるなどとは思っていなかったのだが、それをトモエが口にするほどにオユキの中ではっきりと比重が傾いているらしい。かつて、憧れは過去なのかと、そうして騎士に発破をかけていたファルコの言葉、あれも一つオユキの中で引き金を引く切欠となった。

「今までに既に二通ほどは得ているのですが、なかなか、困った内容でした」
「故人からの手紙と、そういうわけですか」
「いえ、それもまた異なる話なのですが、生前でいうのであればそもそも私は両親から早々に。事故であった、そうした話は確かに手紙に書かれていたのですが」

先ほどとはまた違う意味で、息を呑む音が。

「本当に、よもやと思う事ばかりがこちらである事です」

オユキとしても、ため息交じり。
新しく用意された布を、先ほどとは逆の手順で木枠にはめて。しかし、図案が中央に来ていなかったために、布の位置をずらそうと格闘しながら。

「私が、幼くは無い頃に、10代の後半に差し掛かるよりも少し前に。ええ、失踪していまして」

そして、そこからはいよいよ先程までの物とは違う、一応確認として見覚えた二人の縫い取りの仕方というのも参考にしながら、手を動かす。ついでとばかりに、己の身の上をかいつまんで。そうしてみると、実に驚いている様子の二人は、あまり興味がなかったのだろうかとそんなことを考えながら。

「ですので、今こちらにいる私たちの会社ですね、そこで一緒に働いていた方というのはお二人もお会いした方だとミズキリとケレス、それぞれに今はそう名乗っているわけです」

なんだかんだと、話しながら手を動かしていれば、最初に作った刺繍に比べれば少々複雑と思えるものが出来上がる。成程、説明されたとおりに行ってみれば、確かにより一層の立体感と言えばいいのだろうか。こうして布を補強する目的を果たしていったのだなと、軽く己の縫い上げた刺繍を見て納得する。ひっくり返して裏面を見てみれば、なかなか壮絶なことになっているのだがつまりはこうした部分を隠すために裏布を当てて、そうした流れになっていったのだろうかと。

「あとは、確か、ユフィ、ユーフォリアさんもこちらに来て今は王都で色々と学んでいるとは聞いているのですが」

さて、その人物は今どこで何をしていることやら。便りがないのは元気な証拠とは言えど、どうにもそれをするような相手ではなかったはず。要は、あの人物を、生前あれだけのことをした人物だというのにそこに手が回らない程に何かを急いでいるのだろうか。確認を取ることはできる。それこそ公爵に尋ねてみれば、頼んでみれば多少の情報は得られそうなものなのだが、それをするほどでもないといえばいいのだろうか。

「カレンさんもなかなか大変そうではあるので、ユフィさんに関してはもう少し早くとは思うのですが、ミズキリにも何か言われているのでしょうが」
「全く、過去の会社が、辞めてから長らく経ってこちらに来たというのに」
「本当に、長らく苦楽を共にした相手ですから」
「そう口では言いながらも、やはり警戒はするのですね」
「そういうものですよ。変わらぬ口論、論争の種はやはり私とミズキリとの間で抱えていますから」

互いに引けぬとそうしている一線がそこにはあって。互いにそれを楽しんでいる風情もあるからこそ、どうにもならなぬ。仲裁ができていたのは、それこそケレスであったりユフィであったり。

「それにしても、まさかと」
「ええ、本当に」

揃って、二度目の作品を作り上げた聞き手となっていた二人は、今はのんびりとカップを傾けながら。オユキがあれこれと、未だに木枠にはめたままの自身の手習いを確認している姿をどこかほほえまし気に見ながらも。

「随分と、生活に余裕がと思っていましたけれど」
「余裕、ですか」

さて、カリンからは随分と意外な評価が。

「私も、てっきりこちら側の人たちだとばかり」

そして、ヴィルヘルミナからは同類ではなかったのかとそのような評価が。どうにも、何を言わんとしているのかがよく分からぬオユキとしては、いよいよのども乾いたからと確認を終えた己の作品を側に控えている監督役のナザレアに渡す。次の布と言えばいいのだろうか。手習いとして、今度はこのように刺しゅうを施してくれと言わんばかりに用意した布を小さく、それこそ木枠の数倍程度に切りそこに図案の参考になる様にと色を付けてと、実に細やかにオユキの世話を焼いている。
事、ここまでの間、オユキは特にこうしたものに興味を示さず、また時間の不足を理由にやる気もなかったため後に回されてはいたのだが、どうやらこのあたりは種族の特性と言えばいいのだろうか。シェリアにしても譲るだけはあると、そう思えるほどにごくごく自然に整えられていく。

「その、こちらでもままそのように評価されていますが」
「買い物にしても、トモエさんもオユキも、当たり前のように屋敷に呼ぶじゃない」
「いえ、こちらに来てしばらくはと言いますか、今も自分たちで足を運びますが」
「人を使うことに随分と慣れていますもの」
「そこは、まぁ、確かにそうなのですが」

散々に貴族的などと評されてはいるのだが、オユキとしてはそのようなものではないと考えているし、トモエも同様。働き始めるまでは、それこそ両親の遺した莫大な遺産。家族がその生涯を暮らすには、全くもって問題がないほどの、税金を払って、それすらも人を頼んだところで何ら痛痒を感じないほどの額がオユキには残されていた。いくら思い出そうとしても、過去の両親はオユキの記憶の範囲では正直自宅にいることが多く、何をしていたともわからなかったものだ。遺された資料などを漁って、ある程度の推測は立てたものだしそれが正しいのだとこちらに来てはっきりと分かるだけの事が起こったものだが。

「随分と、無自覚ですのね。色々と」
「自覚は持つように努めてはいるのですが、生憎と己のことはなかなか分からぬものでして」

そう言われたところで、やはり自分のことなどとてもではないがわかるようなものではないのだと、そうオユキからは答えるしかない。

「そもそも、己などというものは、人の中にあるものだとそのように」
「随分と、哲学的な言葉ですね」
「歌は確かにそのように。届けた先、受け取った誰か。その人の心の中に」

呆れたと謂わんばかりの者がいれば、そうでは無い者も。

「はて、何を話していたものでしたか」
「オユキ、貴女の事よ」
「聞きたかったことと言えばいいのかしら、それは何も貴女が過去に何をなしていたのかではなく」
「ええと、お尋ねいただければ答えて差し支えないことでしたら」

あれこれと、己がどのようにと言えばいいのだろうか。会社の黎明期、そこで出会った者たちの中で今こちらにいるとわかっている相手を中心として話を組み立てた。そして、それに対して軌道を修正するでもなく聞いてくれたものだが、どうにも主題としたいことはそれではなかったらしい。

「私は、当時はあまり動いて回りはしなかったのだけれど、オユキはかつてトモエの姿で何をしていたのかしら」
「そうですね。私の誘いを断って、それどころか常々探していたというのに本当になかなか見つからず」
「ああ、そのことですか」

では、次の刺繍を行う間には、オユキが過去如何なるプレイヤーであったのか。今度はそれを話すとしようと。

「本当に、あちらへふらり、こちらへふらりと歩いて回ったものです」
「歩いて、ですか」
「言葉通り、ですね。流石に当時には乗馬の経験もなく、手に入れたとして戻るときには褒められていない手段を取る心算があったわけでして」

死に戻りと呼ばれる、過去の世界には数少ないプレイヤーが利用できる特典として、世界観には全くもってそぐわないそれを散々に使い倒すつもりで。

「世界の果て、そこを目指して。別の大陸、そちらに赴くために。世界樹を一目と言いますか、側で見ようと」

根底にあった目的は、やはりトモエに話して聞かせようとそんなところではあったのだが。

「そうしたことを始めたのは、ゲームを初めてそれこそ二年も経たない頃に決めて、ですね」
「となると、成程。私があしらわれたのが」
「あの、それに関しては既に謝罪もしましたし」
「とはいえ、理由の説明くらいはと、そうは考えてしまうんですもの。あの頃は、ええ、私も随分と意固地になって」

折に触れて町に戻って。そこで、うっかりと鉢合わせてしまえばたびたび言われたものだ。昔を懐かしむ、そろってそんな話をしながらも手指は動かして。
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