憧れの世界でもう一度

五味

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25章 次に備えて

鉱山の中で

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鉱山までは、どの程度の速度を出したかは生憎とわからないが、それでも二時間ほどでたどり着けた。今頃はオユキのほうでも一先ずと本人が思う所を終えて、ナザレアが頼んだ異邦人二人と揃って簡単に確認などをしているころであろうかと。そんなことを考えながら、先に入った者たちを追いかけるようにしてトモエは目的地へと踏み込んでいく。廃鉱山に持ち込むべき装備、そうした話をルイスに説明されたのも今となっては随分と昔のことのように感じるものだと、そんなことを考えながら。

「アベルさんと、アイリスさんですか」
「そうでしょうね。お二人とも、ここ暫くは外出もできていない様子でしたから」
「忙しくされていたのでしょう、そろそろですからね」

オユキが与えると決めたもの、それを今度は運び出すために人員を選び抜かねばならぬ。その責をそれぞれに負っている。オユキが納得するだけの、預けてもよいと思えるだけの人員を用意しなければ、さすがにオユキとしても抱くというには違いないのだが、それでもそこに納得があるかどうかというのは重要な事でもある。建前として。

「さて、私も少々とは思うのですが」
「トモエ様は、確かこちらで翡翠を探されるのでしたか」
「ええ、大枠としての目的はそうなのですが、他にもこれはと思うものがあればといったところでしょうか」

そうして、シェリアと話しながらも後ろからついてくる、荷運びをカレンが頼んだと思わしき相手が、護衛の傭兵に守られながらいることを意識の端にはおいて起き。入口の側から改めて壁を確認していく。確か、以前にこうして来た時には、ダンジョンでもそうなのだが壁に平然と露出しているものが多かったはずだと。

「まぁ、さすがに早々すぐに見つかるとは思っていませんが、こうしたものがいくつかあればと」

全くもって都合がいいといえばいいのか。入ってすぐだというのに、隣国の王妃が口にした黒曜石が壁に埋まっているのは見つかる。どこかガラス質と言えばいいのだろうか。つるりとした表面に深い黒。烏羽玉のと形容しても、確かにふさわしいだろうと思えるほどの物が。ただ、こればかりはなかなか難しいところだとトモエとしては考えてしまう。

「髪に飾るのであれば、やはりあまり目立たぬのですよね。それを奥ゆかしさ、そう評することもできないではないのでしょうが」
「こちらでは、こうした石は首飾りや腕輪などにあしらうことも多いのですが」
「確かに、そうした姿はまま見てはいるのですが、祀られぬ神だからでしょうか、それとも」

少なくとも、今回出会った相手はいよいよ飾り気がない相手であったのだ。これまでに見てきた、月と安息にしても水と癒しにしても。会うたびに装飾は細かに変えていたし創造神も機会が少ないとはいえ、こちらも髪形に軽く手を入れてとそれぞれに己の見た目というのを楽しんでいる様子ではあったのだ。翻って、今回遭遇した二柱がそうしたことを好まないのではないかと、トモエの中ではやはりそうした疑念にも似た何かが存在している。特にあのオユキを数年分成長させたような、本当に姉妹と呼んでもいいような相手には似合うとも思えない。

「髪飾りではなく、そのような形にすればまだ少しはと思いますが」
「気に入らぬのであれば、やはりやめておくのがよいでしょう」
「こちらでも、己が納得の上で贈るものが貴ばれますか」
「特に、神々に向けてとなれば」

その言葉に一つ納得を作って、トモエはとりあえずそれも持ち帰ることを決める。このあたりの物は、正直トモエにとってはあって困るようなものではない。今のところ近くによって来る魔物に関しては、以前にも見た弱い魔物に加えてモグラのような魔物が時折足元から。時折、洞窟の天井を這う始まりの町にも最近現れるようになった両生類のような爬虫類のような、そうした魔物。詳しく聞けば、それこそシェリアあたりでも正しい名称を知っていそうなものだが、何語か分からぬ、正直あれこれ混ざっている言語ではどうにもすぐに飲み込めはしない。そのようなものだと、それこそ慣れている者たちからすればというものなのだろうが。

「では、色々と探してみましょうか」
「そうですね、とりあえずは翡翠を目的として、それで間違いはないのでしょうか」
「あとは、お会いした時の瞳の色に合わせて、深めの青い石があればと言う所でしょうか」
「オユキ様もそうですが、冬と眠りの女神さまも、ですか」
「アナさんはお姿をご存じでしたが、本当にオユキさんとよく似ていましたよ」

トモエの一つの目標として、オユキが今は祀られぬ神々の復権を望むというのならばトモエにできることというのは、やはり思いつくものとして神像というものが真っ先に上がる。どうにも、今の教会にはそこで勤めている者たちにしか見えぬ何かがるらしく改めて広く、誰の目にも見えるものをと望めば神殿で得るしかないだろうとトモエはそう考えている。他にも色々と画策していることはあるのだが、簡単に思いつくものというのはそれくらい。

「どうにも、伝承の類もあやふやですが」
「トモエ様は、冬と眠りの女神さまについてはどの程度の理解があるのでしょうか」

トモエにとっては、月と安息がおそらくは死者の国を統べる女王、そう言った伝承だとは考えているしその妹だと名乗る相手に関してもそちらに連なる形ではないかと。

「理解と言えるほどではありません。柘榴を渡して反応を見てみたい、それくらいには考えているのですが」

確か、その神話における話では、好意的であったか否定的であったか。はたまた、こちらでは大きく異なっているのか。ひとまずは、トモエとしてもさすがに果実としてのそのままではなくこうして鉱山に入り込んできたのはガーネットをまずは求めて。

「柘榴、ですか」
「ですから、今はガーネットですね、それを探して」

さて、スペイン語圏では柘榴を何と呼んだのだろうか。あちらでも存分に著名なものではあったはずなのだが、こちらでは未だに見た事もない。探せばどこかにとは考えているのだが、市場でも見つけられなかった当たり、こうして言葉が伝わっていない様子を見る限り何やら特別な意味合いがありそうだと、トモエにしてもどうにもこうしたからめ手と言えばいいのか、益体もない思考をしているなと己を戒めながらも。

「それでしたら、王都の鉱山では少し進んだところで採れたかと」
「では、まずはそちらを目指しましょうか。どうにも、こうして足を止めていると、他に積み荷が次々と増えていってしまいますし」
「それにしても、トモエ様の技はやはり静かなものが多いですね」
「シェリア様も、というよりも近衛の方々全般的になのですが、私から見ても基礎となっているものが判りにくい技術を収めておられます」

そう、近衛たちの立ち居振る舞いというのは、いよいよもってこちらにおける加護を前提としたものとして確立している。正直、理合として理解が及ぶ部分もあれば、全くわからないもののほうが多い。

「お目汚しを」
「いえ、お見事とそう応えるばかりです」

今にしても、トモエが討ち漏らしている相手がいるわけではないが、必要だと判断したのか数の調整を考えてか。シェリアが袖口から取り出した短剣を使って、適宜魔物を相手取っている。その動きは既に離れた位置で動き回っている、離れていても動作の音が聞こえてくるほどのアベルやアイリスに比べれば非常に静かなもので。トモエをして、やはりたびたび見失うほどに。

「シェリア様も、お望みであればとは思うのですが」
「ええ、オユキ様に教えているものでいくつか気になるものが。いえ、それよりも今は」

トモエとしても、やはり基本的にはオユキと変わらず。話題が流れれば、それに合わせてついついと脱線してしまう。勿論、相手がそれに付き合わずに修正するそぶりを見せれば、やはりさすがにそちらに戻るのだが。似た者同士、そうした部分もあるからこそ。

「トモエ様にとっては、どうなのでしょうか。この世界は、現状は」
「どうと問われましても、やはり難しいのです」

結局、つい先ほど馬車の中で述べた言葉を繰り返すことになるのだ、トモエにこの世界の評価というのを聞かれてしまえば。
楽しいところはある。かつての世界では叶わなかった、叶えようと考えればそれだけでも問題になるような機会がこの世界ではいくらでも存在している。技を磨くこと、それを使うことで実に簡単に成型が建てられるこの世界。命の危機と隣り合わせという自覚にしても、武とはかくあるべしと考えるトモエとしては非常に楽しくはある。かつてオユキの話を聞いては、羨んだように。何故かつてのオユキがあそこまで早く上達したのかと、その絡繰りが解る事も含めて。だが、そうしたトモエの楽しみというのが現状どこまでもオユキの犠牲の上に成り立つというのが、どうにもならないのだ。そういった意味では、トモエとしてもこの世界はオユキに現状害しかないとは考えている。これでトモエが楽しんでいないと、楽しめはしないとそのような素振りをわずかにでも見せれば、もはやオユキは持ちはしないだろう。

「これは、オユキさんが、私がオユキさんを問い詰めるときにはオユキさんから返される質問でしょうが」
「トモエ様が、この世界を本当に楽しんでいるのか、楽しめているのかですか」
「そこで私がどう答えたとして、楽しめていない部分があるのだとそう伝わってしまうでしょう」
「楽しめない部分というのは」
「オユキさん、ですね」

結局は、互いが互いを思うからこそ、互いに互いを大事だと考えるからこそ、どうにもならない問題というのがそこに生まれる。

「もはや、どちらが先か、それを問うこともできない程ですから」
「本当に、難しい仕事を任されていることです」
「ええ、そのあたり、オユキさんも私も感謝していますとも」
「ですから、私の忠義を認めていただけているというのであれば、一つだけ」

シェリアから聞かれること、それに関してはトモエにも心当たりはある。だからこそ、それが正しいのかと聞かれるのをただ待って。オユキであれば、己の想定で、どうとでも取れるような言葉を投げるのだろうが。

「オユキ様の件が解決すれば、トモエ様はこちらに残ると、オユキ様もこちらに残るのだとそう考えても」
「わかりません。オユキさんが残ると考えれば、そういうのであれば、私の選択はオユキさんと逆になるでしょう」

オユキは、それを望んでいるのだから。
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