憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

少し、目を覚まして

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夢現とは、まさに今の様な心持なのだろう。
昔派手に風邪を引いた時の事を、はやり病にかかった時の事をオユキは思い出す。確か、その頃には既に両親が居らず。大学に通いながらも、トモエの父が運営する道場に通っていたころ。前日から調子が悪く、各所に明日は休むと連絡してはいたのだが、いざ当日を迎えてみればどうにもならないほどの高熱にうなされる事になった。救急に電話をと、そんな事も考えたのだがどうにも心が弱っていたこともあり、結局そのまま眠ろうとしていたとき。
そんな時に、トモエが何を思ったのかふらりと訪れた事がある。
後から何故来たのかと聞いてみれば、嫌な予感がしたのだとそれはそれでどうなのかというような答えが返ってきたものだが、それでもオユキの心は間違いなく救われた。そんな事をつらつらと思い出しながら、ぼんやりと周囲を探ればやはりトモエがいて。

「トモエさん。」
「側にいますよ。」

何とはなしに呼んでみれば、直ぐに答えが返ってくる。ああ、ならば安心だと少し目を覚ましては名を呼んで眠りにつく。その度に過去にあった、一人で暮らしていた頃に風邪を引いた時を思い出して。

「トモエさん。」
「喉が渇きましたか。」
「はい。」

そうして、繰り返しトモエの名前を呼んでは、かつてのように甘えてみる。こちらに来てからも、甘えを見せる事は確かにあったのだがここまでの物では無かった。ただ、まぁ、トモエがどうやら喜んでいるらしいことはオユキも分かってはいる。周囲には、トモエ以外にもぼんやりと人がいる気配もある。ただ、まぁ、それがあったところでどうにもならない寂しさが。
だからこそ、こうして相手の名前を読んでみては返ってくる反応に夢現で返している。
人恋しさが、寂しさが、頼りなさが。

「トモエさん。」
「はい。側にいますよ。」

繰り返し呼ばれる名前、どうした所で相応に間隔は空いているのだが。
側に誰かがいる、ただその事実に安心して、オユキはただただ眠りと格生徒を繰り返す。
勿論、トモエの方では、短い間隔で繰り返されるそれに対して、気が気でないという程では無いにしてもあれやこれやと忙しくしている。
メリルが持ち帰ってきた、かなりの量の調整済みの魔石。本来であれば、ダンジョンを運用するためにと魔術ギルドでもかなり無理を重ねて用意しているらしい物資なのだが、それをオユキの周りにカナリアがせっせと並べては直ぐに色を変える魔石からまた色を抜く。また、一部は、冬と眠りというなかなか珍しい属性と言えばいいのか、食料の冷蔵に回したいという要望が上がったらしく、一部は調整せずに別の容器へと放り込んでいく。

「オユキさん、なかなか辛そうですね。」
「ええ。ですが、こうして甘えてもらえるのは悪くない気分です。」

マナ中毒から、多少は脱却したのだろうか。トモエの名前を呼んでは、また少し眠ってを繰り返すオユキ。その様子をカナリアは何やら苦笑いしながら見ているのだが、トモエとしては想定通り。合間にマルコが屋敷を訪れて、この部屋にまで案内されたのだが、彼の見立てではなかなか大変な病気も併発しているようで今は薬を取りに戻っている。大変とはいっても、それでどうこうなるというものではなく、かつての世界で言うところのインフルエンザに近いものらしく、観戦性はそれなりに高く、また高熱を伴う物らしい。そんな相手の側にいる事は、果たしてどうなのかと思うのだが、トモエはその辺り納得済み。カナリアにしても自分は罹らないと断言したこともあり、今は互いにこうしてオユキの面倒を見ている。

「マルコさんが、一先ず薬を取りにとの事でしたが。」
「簡単に症状を確認して、それからですから。」
「面倒をかけてしまいますね。一応、この近隣で他の方を探そうかとも思うのですが。」
「医師はそうですね、この町にはマルコさん以外にも8名ほど居られますが。」

始まりの町の総人口は、確か数千。それに対して八名の医師が十分な人数かどうか。

「すっかりと、カナリアさんとマルコさんに頼むのが習慣になってしまっていますからね。」
「私としても、マルコさんとしてもこうしてかかりつけになってくれる方がいれば有難いものですけど。」
「医師としては、そうかもしれませんが。そう言えば、どうしましょうか。」

トモエが、オユキの寝汗をそっと拭いているうちに思い出したことがあり思わずと口にする。
カナリアの方では、これと言って思い当たることが無いらしく、首をかしげているためトモエは思い出したことをそのまま口に。

「いえ、カナリアさん確か近隣の町に出張で。」
「ああ。一応魔術師ギルドからの依頼ではあったのですが。」
「そうなんですね。」

成程、この地一帯を治める領主としてその辺りはきちんと手を打っているらしい。医師のいない集落、孤島。そうした問題は確かに過去の世界でもあったのだが、こちらでも変わらない問題があり対応がなされている。

「どうしましょうか。カナリアさんが望まれるようでしたら。」
「あら。いいんですか。」
「ええ。当家からの依頼という訳にはいかないでしょうし、その辺りは一度メイ様に話を通してからとなるでしょうが。」

トモエが、そうした腹案くらいは持っているのだと示せば、カナリアが喜ぶ。
やはり、これまで習慣として行っていたことを突然止めるとなれば色々と不安もある事だろう。

「許可を得られれば、馬車もお貸ししますので。」
「それは、ええ、非常に助かります。」
「これまでは、カナリアさんが薬を運んでとも思えないのですが。」
「恥ずかしながら、ほとんどはイリアにお願いしていました。」

確かに二人で移動となれば、護衛役が持つのはどうかと思うが移動を優先するならばそれもありではあるのだろうか。それならば確かに馬車を、それも内部を広げた物が使えるというのならば、マルコの所で手に入る医薬品を大量に積んで持ち運ぶことも可能になるはずだ。

「トモエさん。」
「どうかしましたか、オユキさん。」
「いえ、少し気分も良くなってきましたから。」

そうオユキが口にしたかと思えば、これまでは何処を見ているのか焦点の定まっていなかった目が、確かにトモエを捉えてはいる。

「そうですか。かなり無理をしたようですから、暫くはこうして寝ていることになるでしょう。」
「自覚はありますから。」
「少し、待ってくださいね。」

体を起こそうとしているのが分かり、トモエはオユキの背中に手を回して、上体を起こす補助を。ついでとばかりに、散々寝汗をかいて喉も乾いているだろうからとサイドテーブルに用意してあった水差しからいくらかを木で出来たコップに移してオユキの口元に。トモエの為すがままに、オユキは口をつけて中身を嚥下する。これで咽るような事があれば、厄介を感じるところではあったがそのような事もなく。

「マルコさんが用意してくださった薬もありますから。」
「そうですか。随分と眠っていたようですね。」
「いいえ。まだ祭りがあったのは昨夜の事ですし、今は日が高い時間です。」
「ああ、成程。」

水を飲んで、乾きが少し失せたからか。少しひいていた汗がまたオユキの肌を濡らしている。思い返してみれば、汗というのは体を冷やすための機能だなどと言われていたのだが、こちらでは一体どういった意味を持つ物なのか。
オユキが薬を飲もうという気になっているため、トモエはマルコが用意したいくつかの薬の内、なるべく急ぎでと言われた物を。熱を下げる薬、痛み止め。そうした物が複合されている薬とは聞いている。一先ずは、その程度でのものでしかないと釘は刺されているのだが。

「さ、オユキさん。」
「はい。」

煎じ薬は別で預かっており、今はとりあえず粉末状に挽かれた薬を。オブラートでもあればと思うのだが、生憎とこちらの世界にそんな便利なものは無いらしい。それならそれでゼリーの中にとも思うのだが、それはそれで直ぐにという訳にもいかない。

「少し、咽そうです。」
「水に溶いて飲んでもいいかとは思うのですが。」
「では、そのように。」

液体ならばともかく、粉は流石に難しいという事らしい。確かに結果は同じだろうとトモエなどは思うのだが。

「貸して頂けますか。」
「では、お任せしますね。」

此処には、一応医術の心得があるカナリアもいる事だし、トモエはそちらに任せる。カナリアに渡せば、今度は彼女の方で何やら魔術を行使したのだろう。粉をそのまま中央に水で包んでしまっている。簡易的なオブラートとしては、確かにこれ以上の物は無いだろう。

「おや、カナリアさんも。」
「ええ。オユキさん様子を見ていただくために。」
「お手数をお掛けしますね。」

オユキが、今初めて気が付いたとばかりにカナリアに意識を。視線で、トモエが薬を渡す先に追って、そこでようやく見つけたと言わんばかりに。どうやら、頭痛にしろ、気だるさにしろ、かなりひどいのだろう。カナリアもまさか気が付いていないと思っていなかったようで、今気が付いたのかと、そう言わんばかりに驚きを表情に。
そちらは、トモエは一先ず放って置きカナリアが一手間加えた物を、そのままオユキの口元に持っていく。オユキはオユキでもはや興味が無いと言わんばかりに、トモエに従って、口元に運ばれた水球をそのまま飲み込む。それだけの作業を終えたオユキは、背中を支えているトモエの手に体重をかけ始める。どうやら、こうして起きてみたはいいが、また眠気がオユキを襲っているらしい。

「では、トモエさん。」
「ええ。またしっかりと眠ると良いでしょう。」
「はい。後はお任せしますね。」

オユキが一体トモエに何を任せるのかと言えば、それこそ自分自身の安全であり、自身の体調全般であり。要は、己がこの後どうなるかを任せているのだ。
舟をこいだりすることもなく、そのままトモエがオユキをベッドに横たえればオユキの方も直ぐに寝息を立てはじめる。どうにも、苦しさを覚えているのか、常とはまた違いがあるのだが。

「気が付いていなかったんですね。」
「ええ。要はそれだけ負荷があるという事なのでしょう。」
「それは、マルコさんも慌てる訳です。このあたりでかかる物であれば、そうですね。」
「風土病が、やはりありますか。」

どうやら、また一筋縄でいかない話になりそうだ。
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