憧れの世界でもう一度

五味

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22章 祭りを終えて

オユキの病状

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眠るオユキにトモエが甲斐甲斐しく世話を焼いていれば、マルコが彼の診療所から薬をもって戻ってくる。行き来は流石に馬車を使ったのだろう。随分と早い事だと、トモエはそんな事を考える。
一応は、シェリアがついていることもあり、馬車は自由に使えるのだろう。それこそ、本来であれば、ゲラルドやカレンの仕事かとも思うのだが、生憎と両者ともに昨夜の出来事を収拾するために今もまだ奔走している。まぁ、トモエがオユキの側にいるために丸投げしたというのも原因の一つ。オユキにその辺りを頼まれているような気もするが、トモエの大事は、今はオユキの側にいる事。それ以外の何かをやる気がさらさらない。

「お待たせしました。先ほど渡した薬は。」
「はい。オユキさんも一度目を覚ましましたので。」
「ならば、一先ずは安心ですね。」

また、随分と重たい言い方だ。それでは、オユキに何かあるようではないか。トモエが目を細めて、マルコを見る。少々剣呑な気配が漏れたのだろう。マルコが弾かれたようにオユキからトモエへと視線を移す。

「今、一先ずは安心と。」
「ああ。その事ですか。高熱が続けば体力が奪われる。その結果、当然長引くので。」
「成程。」

さて、一先ずの説明を聞けば納得のいく理屈はある。トモエはどうにか己を納得させて、一先ずマルコから意識を外す。こうして圧をかけていれば、流石にオユキに対する処置も遅れて来るだろう。急がなければならないのであれば、やはり急ぐべきではある。

「一先ずは、次にオユキさんが目を覚ましたらこちらを。」
「これは。」
「数日分出しておきます。一先ず、オユキさんはこちらで生まれた子供たちが一度は罹る物ですね。マナの扱いと言えばいいのか、マナを取り込む能力が成長と共に上がるのですが、結果として過剰に取り込んで。」
「成程。」

マルコの話が正しいのであれば、今カナリアが行っている処置が真っ当なもののように思えるのだが。

「問題は併発しているものですね。」
「先ほども、そのような話がありましたが。」
「はい。流行感冒と言いますか、この場合はオユキさんが疲労をしたことで風邪に罹った訳です。」
「風邪、ですか。」

大山鳴動して鼠が一匹。そんな言葉が、トモエの脳裏をよぎる。

「風邪と、馬鹿にするものではありません。決して侮ってはいけなません。」
「それは、確かにそうでしょうが。」
「現状、オユキさんの不調の原因はいくつかあります。特に重いものは、呼吸器系です。」
「ああ。」

そこでトモエはいよいよ気が付く。要は、肺炎なのだろうと。十分に死ぬ。それだけの可能性がある病であり、熱が続き体力が奪われれば、いよいよ取り返しがつくようなものではない。軽度であっても気管支炎。どちらにせよ重篤な状態であるには違いない。疲労から来るものかどうかと言われれば、急性であることを考えたときにそうでは無いだろうとトモエとしては考えてしまうのだが。

「肺炎ですか。」
「言葉が分かりませんが、確かにそれに近い物です。」

近いというのなら、では違いは何かとトモエとしては考えもするのだが。

「ともかく、炎症を抑えて熱を下げてとする必要があります。腕からも少々熱が入っていますし。」
「熱が、傷口からですか。」
「翼人種によるものですからね。水と癒しの奇跡も、封じ込めているだけのようですから。」
「カナリアさん。」

少し、トモエは苛立つ。

「あの、確かに長老様がやった傷ではあるんですけど。」
「確かに、そうなのでしょうが。」
「一応、私達の種族が扱う炎というのは燃焼という概念を司っているわけなのですが。」
「まずは、それを消すのが急ぎですね。」

カナリアの言葉すらあまりとり合わず、マルコはただオユキの様子を確認している。要は、これだけの高熱をオユキが出しているというのは、炎が傷口の内側にしっかりと残っているかららしい。

「オユキさんの属性を考えれば、確かに苦手そうなものですね。」
「あの、カナリアさん。」
「はい。こちらで簡単に手当てをしましょう。」

オユキの周囲に置いていた魔石のいくつかを、カナリアが手に取った上で今度はオユキの腕へとかざす。すると、これまでのオユキによるものであろう冬と眠りの色ではなく、随分と暗い赤色に染まる。ピジョンブラッドと呼ぶには、また随分と色が濃く黒に近い色。

「この色が、翼人種としての能力の色になるのでしょうか。」

思い返してみれば、迦楼羅炎とは一体どのような色だったのか。思い返しても、どうにも気王にあるのは仏像であったり、それこそ不動明王の後背に在るものがそうだと言われて覚えている程度。

「いえ、もう少し明るい色が本来なのですが。」
「それは、どういった理屈になるのでしょう。」
「長老様が使ったのは、私達の神による力に加えて、長老様自身が工夫を凝らしたものですから。」
「それはまた、随分とオユキさんに過剰な物を向けてくれましたね。」

一体オユキがどれほど挑発を重ねたのか、熱量を込めてフスカを誘ったのか。こうして満足げに寝ているところを見れば、確かに病による痛苦は顔に浮かんでいるがそれ以外が存在しない所を見れば、オユキは確かにやり遂せたのだろうが。

「オユキさんが、長老様の掌を切りつけたので、腕を掴んだのですよね。」
「おや。そこまでをやりましたか。」
「えっと、その。オユキさんが、あそこまでの無理をするとは私も想像していなくて。」

カナリアの目から見て無理があったとして、それをトモエが同じ判断をするかと言われればまた話が違う。一応、参考までにトモエはカナリアの話を聞き、オユキから実際に何があったのかを聞くのを楽しみに。オユキが目を覚ました時の、体調が回復した時にオユキとしても話すのが楽しみだろうと。

「どうにか、少し良くなってきましたか。」
「吸い出せる物は、まだ残っていそうですけど。」
「全てを一度にとしてしまうと、今度は水と癒しの神による力が残ります。そうなってしまうと、またオユキさんへの負担が増えるので。」

マルコとカナリアがオユキの容態について話している。トモエが何が出来るという事でも無い為、いよいよ二人に任せるしかない。そこからしばらくの間は、マナを目視できるカナリアと、神々から眼を与えられたマルコの間で今後の医療方針に関して話しているのをただ聞いている。最も、その間もオユキの世話をあれこれとトモエがしてはいるのだが。カナリアの手によって、大きくオユキの体調に影響しているマナを吸い出したからだろう。少しは寝息も苦しそうなものではなく、常とそこまで変わらない状態に。加えて、先ほど少し目を覚ました時に飲んだ薬も良かったのだろう。熱も少しは引いて来ている。随分と即効性のある薬で何よりだとは思うのだが、要はそこまでの物を小胞しなければならない状況だと、マルコが判断したのだという事でもある。
よくよく現状を考えてみれば、オユキ一人に医療技術を持つ者が二人もついているのだ。この現状が、どれほど深刻化が嫌でも分かる。
暫くはオユキが目を覚ます事は無いだろうと、議論を重ねる二人を置いて、トモエは一度扉の方に近寄る。シェリアが中に入ってくるかと思えば、扉の前で護衛を兼ねて立っているのだろう。そちらに、色々と話しておきたいこともあるからと。

「シェリア様。」
「お呼びでしょうか。」

扉越しに声を掛ければ、静かに扉を開けてシェリアが室内に。

「オユキさんの加減が、どうにも思わしくないようです。」
「それほど、ですか。」
「あのように、お二人で色々と今後の治療方針を相談する程度には。」

シェリアも護衛という職務を己に課している以上、オユキの状態を共有しなければならないだろうと考えて。
そうして話してみれば、シェリアにしてもかなり意外な事実であったらしく眉を跳ね上げて改めて室内を見回している。今となっては、床に軽く雪が積もる程度。先ほどまでは、それこそオユキを中心にまさに吹雪と呼べるものを室内に齎していたのだが、今はそれもすっかりと収まっている。

「私が、もっと早くに割って入るべきだったのでしょうか。」
「そればかりは私が側にいたわけでもなく、見たわけでも無いので。後はオユキさんから話を聞いてから、改めてシェリア様のお話を伺って判断するしか。」
「トモエ様は、そう仰られるのでしょうが。」
「病状に関しては、生憎と私が解る言葉では無かったので。」

医療技術に関わる言葉は、流石にトモエが分かる物ではない。自国の言葉ですら分からぬものが多いのだ。他国の言葉になってしまえば、いよいよどうする事が出来る物ではない。今は分からない。今後は、まぁどうにかとっかかりを見つけて理解を深めていくしかない。そもそも、この世界の生き物がかつての世界と同じ臓器を持っているかにしても怪しいものだ。当初オユキが尋ねた言葉、カナリアから返ってきた言葉。こちらでも解剖学というものは存在しており、マナを保有するための器官が存在するのではないかとそうした研究も存在していると聞いている。トモエの方でも己の体を動かす時に、確かにかつての世界で感じていたような、それに似た何かを確かに己の内側に感じはするのだが、違和感が無いわけでは無い。
行ってしまえば、自身の経験で、己が考える動作の合理性が、ただ結果として類似の物を齎しているのではないかとそうした疑念は確かにトモエの中に存在している。

「アルノー様から、病人に向けた料理の用意がいるかとカレン様に。」
「そうですね。その辺りは、カナリアさんとマルコさんも併せて話をして頂くのが良いかと思いますが。」

病人向けの食事。過去、オユキが寝込んでいたときにはトモエが作ったお粥をかつてのオユキの口に運んで食べさせたものだが。

「いえ、そうですね。オユキさんがもう少し意識がはっきりとしたときには、私もたまには料理をしましょうか。」

かつての世界で、過去に行った事を。こちらで行ったとして、オユキは気恥ずかしさを覚えるのか、それとも過去にそうしたことがあったとただ喜ぶのか。トモエからしてみれば、オユキは後者だろうとそうした考えがある。
どのみちオユキの体調が回復するまでは、此処で足止め。一休みという事になるには違いない。ならば、トモエが主体としてあれこれと行ってもいいだろう。オユキがそれを喜ぶのだろうから。
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