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第二部

⑮ 黒幕

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 ドアが開かれた先には、真っ白な長い髪に、長い髭を蓄えた老人が立っていた。
 皺だらけで顔色は悪く、げっそりと痩けた頬に落ち窪んだ目、明らかに病人という見た目だったが、羽織っているガウンは金糸を織り込んだ立派なものだった。

「医師よ。薬はユリーサ令嬢に」

「…………えっ」

 カイエンが陛下と呼ぶ人は一人しかいない。
 声をかけられた王宮医師は、何を言われたのか分からないという顔で、口を開けていた。

「王命だ。サークルではない。令嬢を助けろ」

 掠れた低い声は、弱々しくもあったが耳に響いた。
 王宮医師は、一瞬戸惑ったように辺りを見回したが、王の命令に従わないわけにはいかない。
 分かりましたと言って、サークルの側から離れて、ユリーサの横で準備を始めた。

「父上、どういうことですか? な、なぜ……兄ではなく、ユリーサを……」

「久しいな、カイエンよ。ろくに別れの言葉も、再会の言葉も言えなかったことを許してくれ。ユリーサには、私が頼んだ」

「え……?」

「ユリーサがカイエンを想う気持ちを利用した。息子を……サークルを殺してくれと、私が頼んだ」

 予想もしなかった黒幕の登場に、レアンは全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
 そんな話は、小説には書かれていなかった。
 ただ、カイエンを王にするために、悲しく散ったユリーサの話だけで、王についてはカイエンが闇に落ちた後、病が悪化して亡くなったとだけ書かれていた。
 これは小説には描かれなかった真実なのか……
 王は咳き込みながら、やっと全ての事情を話し出した。


 かつて、サークルとカイエンの争いがあった頃、王は体調を崩して寝込む日が多かった。
 王であるためには、健康でなければならない。
 そうサークルが王の前で言い放った時、王は言葉を返せず、大臣達はサークルの時代が来ることを悟った。
 その通り、サークルはまだ力の弱かったカイエンを苦しめて、国外に逃亡するように仕向けた。
 サークルが実権を握ると、母である王妃は、サークルの絶対的な味方であったため、二人は共謀して、王の病がひどくなるように、ほとんど医師の診察を受けさせず、離宮に寝かせて、閉じ込めることにした。

 国内にはまだカイエンを推す派閥もあり、王を殺したとなれば足元がグラついてしまう。
 弱って病死してくれるのが、サークルの望みだった。
 幼き頃より、自分より優秀だったカイエンを可愛がっていた王のことを、サークルは恨んでいた。
 側妃の子であるのに、自分より優秀などと認めたくないし、褒められるのも許せない。
 王が苦しむ姿を見ることが、楽しいと言って笑って酒を飲むような男だったらしい。
 しばらくは、自分の存在を国民に知らしめて、どうにか支持者を増やそうと躍起になる日々を送っていた。
 しかし、国民よりも大臣に金を配った方が、何事も上手くいくと考えたサークルは、国民に重い税を課して、一部の貴族だけが肥えるように制度を変えてしまった。
 国内がどんどんと荒れ始めてその頃、王妃が心労によって倒れた。
 王はなかなか死なず、サークルを支持するように布教に努めたのだが、どこへ行っても冷たい視線を浴びるようになってしまった。
 褒められて生きてきた王妃にとって、それは耐えられないものだった。
 このままでは、父より先に母が亡くなってしまう。
 その前に、確実に王となり、全てを自分のものにしたい。
 
 跡継ぎの話が出ると、サークルはユリーサを指名した。カイエンが心を許していたユリーサを、自分のものにしたいと思うようになった。
 ユリーサの家、テランス家には、かなりの金を流していて、テランス公爵は一番の支持者だった。
 結婚相手を探しているという話を振ると、テランス公爵はすぐにユリーサを連れて王宮にやってきた。
 ここでサークルは、どうせならユリーサを囮にして、カイエンを呼び出そうと考えた。
 いくら刺客を送っても、一人も帰って来なかった。
 カイエンはサークルにとって、目の上のたんこぶで、いずれは処理しておく必要があったからだ。
 こうして、サークルはユリーサを使い、カイエンを呼び出すことに成功した。
 ここまではレアンも知っている話だった。

 王の世話係として離宮に通っていたユリーサから、話を聞いていた王は、このままだと国は終わってしまうと考えた。
 欲深いサークルは、周囲が見れなくて、すでに私服を肥やす大臣達に踊らされていた。
 王になれるのは、やはりカイエンしかいないと考えたが、年老いて病によってボロボロになっていた体では、とてもサークルを止めることなどできない。
 それならばと、王が頼ったのがユリーサだった。
 カイエンを王にするために、協力してほしいとユリーサに頼むと、死んだように色を失っていたユリーサの瞳が輝いたのが分かったそうだ。
 ぜひ、協力させてください。
 カイエン様のためなら、私の命など惜しくはありません。
 ユリーサはそう言って、王の手を掴んだそうだ。

 サークルと父親に従うフリをして、ユリーサは従順に動いた。
 どうやってサークルを殺すかは、任せてくれと言われたので、王は頼むとしか言えなかった。

 王の告白によって、小説には描かれなかった、王とユリーサの話を知った。

 王が全てを話し終えた頃、ユリーサへの解毒剤の投与は終わった。
 少し意識を取り戻していたユリーサだったが、薬を飲んだ後は、またプツリと糸が切れるように眠ってしまった。
 すぐに部屋が用意されて、布で全身を覆われた状態でユリーサは、診療室に運ばれて行った。

 ユリーサが運ばれていく間、王は何をしているのかと見れば、王はサークルの側にいた。
 何かを話しかけて、頭を撫でた後、目を閉じさせていた。
 それを見たレアンは、もうサークルは死んでいるのだと分かった。
 静かに息を吐いた王が顔を上げると、ちょうどレアンと目が合ってしまった。
 王と目を合わせるなど不敬なことをしてしまったと慌てたが、王は穏やかな顔をしていた。

「私もすぐに行く、そう伝えたのだ」

 何を聞いたわけではないが、王はそう答えてきた。
 王は悲しそうに微笑んだ。
 レアンは彼の後悔まで見えた気がした。

「お恐れながら、宮殿中が混乱しております。突然の厳重警戒体制に、カイエン様の到着と、陛下が離宮を出られたこと、何が起きたのか、もしや反乱なのかと、悲鳴を上げる者、逃げようとする者までおりまして……」

 ユリーサが連れて行かれて、静かになった部屋に、警備の騎士が入ってきた。
 膝をついて、外が大変なことになっていると、困った現状を伝えてきた。

「兄の……王太子の死をすぐに知らせることはできない。毒殺されたとなれば、ユリーサは生き延びたとしても死刑だ」

「その通り……、ユリーサに罪を被せることはできない。これは私の罪だ。私がサークルを殺めたことにしてほしい」

「父上、歩くのもやっとの状態で、それは無理があります。兄の派閥の反発も大きいです。兄はいったん離宮に運び、三日後、急な発作で亡くなったことにしましょう。もともと、私を誘き出すためか、持病が再発して臥せっていると噂が回っていました。王宮医師に伝えて、そのように処理します」

 カイエンと王の間で、話が進められた。
 レアンとシエルはそれを眺めるだけだったが、外から叫び声のような悲鳴まで聞こえてきて、隠し通すには外の問題が大きくなっているのが分かった。
 隠密に処理するにしても、騒ぎが大きくなれば難しくなってしまう。
 知らせに来た騎士がこれはマズいという顔をしていた時、一歩前に出たのはシエルだった。

「ようは、この混乱を鎮めて、争いかと疑う目を、逸らせばいいってワケでしょう?」

 今まで壁の花のように動かなかった人物が声を上げたので、視線がシエルに集中した。
 布巾を被った怪しげな人物という目で見られているが、ツカツカと歩いてカイエンの隣に立ったシエルは、手を出して剣をちょうだいと言った。

「シエル? 剣など……なぜ……」

 カイエンの腰に下げられていた剣を勝手に抜いたシエルは、くるりと回転して、被っていた布を取り払った。
 シエルの白銀に近い金髪がふわりと靡いて、シエルの美しい顔の周りで舞った。
 剣を手にしたシエルは、優雅に回転した。

「ソードスリムで人気の舞人来たる! ゴールディ国にて、初の外国単独公演、どうかな?」

 シエルはすでにソードスリムの国宝と呼ばれていて、外国にも名前は知れ渡っている。
 外国の裕福な貴族は、ソードスリムまで足を運んで、シエルの舞台を観にくるという。
 おそらく、ゴールディ国でも知る人はいるはず、そう思っていたら、報告役の騎士が顔を真っ赤にして、まさか、シエル舞人と呟いていた。
 この距離でファンに遭遇したのなら、それなりに効果はありそうだ。

「さぁ、一番大きな部屋を準備をして。衣装はとびきり派手なやつね」

 シエルの言葉に部屋の温度が一気に上がったのが分かった。
 みんなが一斉に動き出したのを見て、レアンは足に入った力が抜けて座り込んでしまった。

 エドワードとロックのことは心配だが、これで小説の悲劇の大元となる、カイエンの闇落ちを防ぐことができた。
 ユリーサに薬を飲ませたら、症状が落ち着いてきたと医師が言っていたので、解毒剤が効いてくれたのは間違いないだろう。
 小説との繋がりを示す、太いパイプを断ち切って、それぞれの未来に向けての歩みが始まったような気がした。

 シエルの単独公演に向けて、周囲が騒がしくなっていく中、レアンはやっと嵐が通り過ぎたと、安堵の息を吐いていた。

 カイエンは傷ひとつなく、テキパキと部下に指示を出しながら動いていた。
 その勇ましい姿を見て、小説のように右目を失うようなことがなくてよかったと、レアンは改めて思った。
 その時、嫌な胸騒ぎがして、レアンは胸を押さえた。
 大丈夫だ。
 もう、大敵だったサークルは死んでしまったので、これ以上何も起こらない。
 サークル派だった貴族の連中も、サークルが死んだと分かれば、勢いを失っていくはずだ。
 
 大丈夫だ。
 そう繰り返して、レアンは胸に渦巻く不安をかき消した。
 
 
 
 
(続)
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