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111 ◇それでいいと決めた

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「あの、すみません。遅くなって」
「気にしないで。いっちゃんに、一番厄介な仕事を頼んじゃったんだから。晃、なかなか起きないでしょ」
「あ、いえ。その、いつもはちゃんと……」

 母と一太のやり取りを丸っと無視して、松島は洗面所でざばざばと顔を洗った。髪の毛も、じゃっと濡らしてタオルで適当に拭き、櫛を通して食卓へ向かう。
 ようやく目が覚めて、ズボンだけを履き替えた姿の一太に気付いた。

「いっちゃん、顔洗った?」
「あ、まだ……」
「こっちだよ」

 まだ眠たくて、起こしに来てくれた一太を布団に引きずり込んでしまったのは申し訳なかったなあ、と思っている。でも、洗面所まで連れていくのに手を繋ごうとしただけで、そんなにびくっとしなくても……。同じベッドで押さえ込んでいても、嫌がっているようには見えなかったんだけどなあ。どちらかというと、嬉しそうにしてたと思ったんだけど。

「ごめん。まだ時間が早かったからさ」
「ううん。俺、そうじゃなくて……」
「ん? 何?」
「せっかく仕事をもらったのに上手くできなかったから悔しくて……。お代も、払えてないし」

 いや。まだ寝ていたいと思ったのは僕の所為なんだから、いっちゃんが気にすることじゃない。母だって、そんな真面目に仕事として頼んだわけでもないだろうし。
 というか、お代?

「お代って何?」

 顔を洗い終わった一太の髪を、櫛で適当に梳かす。いつの間に切ったのか、伸びていた前髪が短くなっていて、後ろの髪も、ばつんと切ったのだな、という風な切り口になっていた。後ろ姿なんて撮影しなかったから、昨日は気付かなかった。不格好に斜めになっているのが気になる。酷くおかしい訳では無いが、整えられていないことは一目で分かる切り方だった。一太は、散髪用の鋏を大事に持っていたから、散髪も自分でやってしまうのだろう。後ろ髪なんて見えないし、プロでも自分で切るのは難しいんじゃないかな。でも、一太にできる精一杯で、身だしなみに気を使っている……。

「あの、夜ご飯とかお泊まりとかのお金を……」
「え?」
「陽子さんは、友だちの家に遊びに来た時は、ありがとうって言うだけでいいって言うんだけど、そんな訳ないよね……?」
「え? それでいいんじゃない?」

 たぶん。
 松島も、今まで特別親しい友人など作ってこなかったから、よそのうちに泊まりに行ったこともないし、誰かを自分のうちに招いたこともない。だから、正解は分からない。
 誕生日会などにお呼ばれしたり、一緒にゲームをしようと誘われて、よその家にお邪魔した時は、母に持たされた手土産を渡して終わった。皆で食べられるお菓子だったり、誕生日のプレゼントだったり。……手土産がいるのだったかな? だが、実家に帰るのに誰もわざわざ手土産を買ったりしないだろう。そして、松島が一緒に来て欲しいと誘ったのだから、一太だって気にしなくていいはずだ。

「そうなの……?」
「当たり前」

 松島の中で結論は出たので、自信を持って言っておく。
 
「だから、朝ご飯も一緒に食べていい。さ、一緒に食べよ」
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