110 / 398
110 ミッション失敗
しおりを挟む
「晃くん、朝だよ。時間だよ」
一太は、ベッドで寝ている松島の肩を揺らして、控えめに声を掛けた。んー、と声がするだけで、松島が起きる様子はない。
家の中は、どの部屋も冷房が効いていて、ちょうど良い温度に保たれている。暑くもなく、遮光カーテンが引かれているから部屋もしっかり暗くて、いつまでも寝ていられそうだ。一太も今朝、まだ眠たいという頭を振って、頑張って起きた。洗濯機を早めに回さなくてはならない、という一心で。
一太はふと、エアコンもカーテンも無かった自分の部屋を思い出す。
眩しくて目が覚めた。暑くて寝られない夜があった。逆に寒くて寝られなかった夜もあった。
ほんの一月前まで、そんな日々だった。
あっという間に、快適な環境に慣れてしまった自分に気付いて、薄暗い部屋で呆然としてしまう。
赤く湿疹だらけだった皮膚も、毎日、涼しい部屋で過ごし、松島に薬を塗ってもらって、すっかり綺麗になった。痒みもなくなった。とても嬉しい。
湿疹が消えると、暴力を受けた痕がありありと見えてきて気まずいが、松島が何も言わないでいてくれるので助かっている。
「晃くん、起きてー」
何も急ぎの用事がある訳では無いが、陽子さんに頼まれたので起こさなくては、と一太は一生懸命、松島に声を掛けた。
昨夜、すき焼きを堪能した後は、広い風呂に入って、すぐに二階の松島の部屋へ上がり、皮膚の薬を塗ってくれた。そのまま、その日に撮った写真を確認しているうちに眠たくなってしまい、気付いたら寝ていた。松島家の人に、あまりしっかりご挨拶も出来なかったが、今朝、松島の母にそのことを気にした様子は無かったので、安堵した。
それどころか、お泊まりの代金もいらないと言う。
何故なのかはよく分からない。分かるのは、松島家の人たちは、一太が今まで出会った人間の中で、一番親切なのだという事くらいだった。
松島がちっとも起きないので、カーテンを開ける。九月下旬の日射しは朝も早くから眩しくて、ううー、と松島が唸る声が聞こえた。
「まだ六時半じゃん。早過ぎ……」
枕元のスマホを手探りで持ち上げて時計を見た松島が、すぐにスマホを投げ出して、また目をつぶる。
「ええ? 晃くん。陽子さんが起きてって言ってたよ」
「いいよ、放っておいたら」
ベッドに近寄った一太の腕を、寝転がったままの松島が引っ張った。
「え? わ、何?」
体の上に倒れ込んだ一太を、松島はぎゅっと抱きしめる。
「もうちょっと寝よ?」
「あ……」
半分寝ぼけた松島は、まだもう少し寝たかったから、一太を押さえつけただけなんだろう。でも、抱きしめられた一太は、固まって動けなくなってしまった。
「あ、あの、あ、きらくん?」
「んー? よしよし」
ぽんぽんと背中を叩かれて、力が抜ける。冷房の効いた部屋は、くっ付いていても暑くはなかった。
どうしよう、嬉しい……。
気持ち良くて、動けない。動きたくない。
一太はずっと、こんな風に誰かの腕に抱きしめられたかった。少し前に、松島に抱き締められて嬉しかったことがあったけれど、その後また、そうして欲しいと言うことができなかった。
もう一度、ぎゅって抱っこして、と言えなかったから、こうしてたまたま抱きしめて貰えたら、嬉しくて動けない。その腕から抜け出すなんて、勿体なくてとてもできない。
一太は結局そのまま、
「ご飯ができたわよー!」
という陽子の声に呼ばれるまで、松島の腕の中で幸せに浸ってしまっていた。
一太は、ベッドで寝ている松島の肩を揺らして、控えめに声を掛けた。んー、と声がするだけで、松島が起きる様子はない。
家の中は、どの部屋も冷房が効いていて、ちょうど良い温度に保たれている。暑くもなく、遮光カーテンが引かれているから部屋もしっかり暗くて、いつまでも寝ていられそうだ。一太も今朝、まだ眠たいという頭を振って、頑張って起きた。洗濯機を早めに回さなくてはならない、という一心で。
一太はふと、エアコンもカーテンも無かった自分の部屋を思い出す。
眩しくて目が覚めた。暑くて寝られない夜があった。逆に寒くて寝られなかった夜もあった。
ほんの一月前まで、そんな日々だった。
あっという間に、快適な環境に慣れてしまった自分に気付いて、薄暗い部屋で呆然としてしまう。
赤く湿疹だらけだった皮膚も、毎日、涼しい部屋で過ごし、松島に薬を塗ってもらって、すっかり綺麗になった。痒みもなくなった。とても嬉しい。
湿疹が消えると、暴力を受けた痕がありありと見えてきて気まずいが、松島が何も言わないでいてくれるので助かっている。
「晃くん、起きてー」
何も急ぎの用事がある訳では無いが、陽子さんに頼まれたので起こさなくては、と一太は一生懸命、松島に声を掛けた。
昨夜、すき焼きを堪能した後は、広い風呂に入って、すぐに二階の松島の部屋へ上がり、皮膚の薬を塗ってくれた。そのまま、その日に撮った写真を確認しているうちに眠たくなってしまい、気付いたら寝ていた。松島家の人に、あまりしっかりご挨拶も出来なかったが、今朝、松島の母にそのことを気にした様子は無かったので、安堵した。
それどころか、お泊まりの代金もいらないと言う。
何故なのかはよく分からない。分かるのは、松島家の人たちは、一太が今まで出会った人間の中で、一番親切なのだという事くらいだった。
松島がちっとも起きないので、カーテンを開ける。九月下旬の日射しは朝も早くから眩しくて、ううー、と松島が唸る声が聞こえた。
「まだ六時半じゃん。早過ぎ……」
枕元のスマホを手探りで持ち上げて時計を見た松島が、すぐにスマホを投げ出して、また目をつぶる。
「ええ? 晃くん。陽子さんが起きてって言ってたよ」
「いいよ、放っておいたら」
ベッドに近寄った一太の腕を、寝転がったままの松島が引っ張った。
「え? わ、何?」
体の上に倒れ込んだ一太を、松島はぎゅっと抱きしめる。
「もうちょっと寝よ?」
「あ……」
半分寝ぼけた松島は、まだもう少し寝たかったから、一太を押さえつけただけなんだろう。でも、抱きしめられた一太は、固まって動けなくなってしまった。
「あ、あの、あ、きらくん?」
「んー? よしよし」
ぽんぽんと背中を叩かれて、力が抜ける。冷房の効いた部屋は、くっ付いていても暑くはなかった。
どうしよう、嬉しい……。
気持ち良くて、動けない。動きたくない。
一太はずっと、こんな風に誰かの腕に抱きしめられたかった。少し前に、松島に抱き締められて嬉しかったことがあったけれど、その後また、そうして欲しいと言うことができなかった。
もう一度、ぎゅって抱っこして、と言えなかったから、こうしてたまたま抱きしめて貰えたら、嬉しくて動けない。その腕から抜け出すなんて、勿体なくてとてもできない。
一太は結局そのまま、
「ご飯ができたわよー!」
という陽子の声に呼ばれるまで、松島の腕の中で幸せに浸ってしまっていた。
362
お気に入りに追加
2,212
あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

弱すぎると勇者パーティーを追放されたハズなんですが……なんで追いかけてきてんだよ勇者ァ!
灯璃
BL
「あなたは弱すぎる! お荷物なのよ! よって、一刻も早くこのパーティーを抜けてちょうだい!」
そう言われ、勇者パーティーから追放された冒険者のメルク。
リーダーの勇者アレスが戻る前に、元仲間たちに追い立てられるようにパーティーを抜けた。
だが数日後、何故か勇者がメルクを探しているという噂を酒場で聞く。が、既に故郷に帰ってスローライフを送ろうとしていたメルクは、絶対に見つからないと決意した。
みたいな追放ものの皮を被った、頭おかしい執着攻めもの。
追いかけてくるまで説明ハイリマァス
※完結致しました!お読みいただきありがとうございました!
※11/20 短編(いちまんじ)新しく書きました!
※12/14 どうしてもIF話書きたくなったので、書きました!これにて本当にお終いにします。ありがとうございました!

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~
紫鶴
BL
早く退職させられたい!!
俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない!
はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!!
なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。
「ベルちゃん、大好き」
「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」
でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。
ーーー
ムーンライトノベルズでも連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる