【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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112 いただきます

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 一太は、松島に促されて食卓に座った。目の前には、具沢山のコンソメスープとベーコン付きの目玉焼き、ちぎったレタスに千切りの人参が散らしてあり、プチトマトが添えられているサラダ、焼いたロールパンが二つ。そんな沢山の品が一人前であるらしい朝食が置いてある。どれもまだ、湯気があがっていたり、よく冷えていたりする食べ物たちだ。
 一太が何だか呆然としてそれらを眺めていると、共に席に着いた松島が、いただきます、と手を合わせた。一太も慌てて手を合わせる。これを俺が頂いていいのか、と思う気持ちが、いただきますの声を小さくさせた。

「お父さん、そろそろ時間よ」
「おう、そうか」

 松島の父はすでに同じメニューを食べ終えていて、読んでいた新聞をたたんでコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

「一太くん。沢山食べて帰りなさい」
「は、はい」

 緊張して返事をしながら、松島さんは、優しい笑顔が晃くんによく似ているのだな、なんて思った。
 沢山食べて帰りなさい、と言ってもらった。この目の前の食事は一太の物だと、はっきり教えてくれた。

「晃、またな。正月にはまた、二人で帰ってきなさい」
「あ、そうする。いってらっしゃい」
「ああ、いってきます」

 一太は、洗面所へ向かう松島の父を見ながら、二人の今の会話を頭の中で反芻した。
 二人で帰ってきなさい。。あ、そうする。
 二人。二人……。
 一太が含まれている。
 帰ってきなさい、と松島の父は言った。そうする、と松島は答えた。
 …………。
  松島の父の姿が見えなくなって、一太が松島の方を何となく向くと、ロールパンにマーガリンを塗りながら、何? と聞いてきた。

「あ、ううん」
「好きな物、食べたらいいよ。ドレッシングも色々あるから」
「あ、うん」
「いっちゃん、飲み物、牛乳とミルクティとどっちがいい?」

 松島の母が、松島のマグカップに冷たい牛乳を入れて持ってきながら、声を掛けてくる。

「え?」

 まだ何か出てくるの?

「さっき、ミルクティ美味しいって言ってたから、もう一杯淹れようか」
「あ、あの」
「それとも牛乳にする?」

 ミルクティ。美味しかった。ああ、でも、注ぐだけの牛乳と違って手間がかからないだろうか。
 一太が返事をできずにいると、

「とりあえずミルクティ」

 と、目の前にマグカップが置かれた。
 もうはっきり分かった。これらの食事は間違いなく一太のもので、食べずにいると冷めてしまう。ぬるくなってしまう。美味しいうちに頂くのが正解なのだ。沢山食べるのが正解なのだ。

「ありがとう。いただきます」

 一太は、もう一度手を合わせて大きな声でそう言うと、コンソメスープに口をつけた。

 
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