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13話 四面壁囲 1
しおりを挟む※当然ですが上記タイトルのような四文字熟語はありません。
お目汚しではございますが、暇つぶしのお供にでも……
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「フラッシュモブ?」
おれは思わず聞き返した。
時刻は昼休み。おれが甚と学食で昼飯を食っていると、後輩の四葉が話し掛けてきた。
花瑠杏ちゃん事件の後、入院していた甚も退院してすっかり元気になった。
花瑠杏ちゃんもしばらくは学校を休んでいたが、鈴雫ちゃんや霞美ちゃんの支えもあって少しずつ学校生活を取り戻してきているようだった。
「あれジョニ―先輩、フラッシュモブって知りません?」
「いや知ってるけど、協力してくれってどゆこと?」
「なんかうちのサークルの男の子が好きな人がいて、学校でサプライズで告白したいらしいんですよ」
カツカレーをばくばく食べていた甚の箸が、いやスプーンが止まった。
「なんか陽キャのパリピが考えそうなこったな。それでターゲットは?」
甚よ、映画の観過ぎだ、とおれが言おうとした時、四葉が何やら小声で囁いた。
「あっ、ターゲットはあの人ですよ」
彼女がちょいちょいと指差した先に、少しフレームの大きな眼鏡をした女の子がいた。若干地味な感じだろうか。でもよくよく見るとスタイルも良いし顔も結構可愛い。隠れイケてる女子という感じだ。
「私と同じ一年の丸本音遠ちゃん。ちなみに商学部です。じゃあまた詳細が決まったら連絡しますね」
そう言い残すと四葉は忍者のように消えていった。いや実際忍者のような走り方でどこかへ行った。あいつ何か悩み事でもあるんだろうか……
それにしても――とおれはその件の女の子をちらちら見ていた。
すると甚が最後のカツを頬張りながら言った。
「ふぁにジョニー、あのふぉハァイブなん?」
「ちゃんと飲み込んで話せよ」
「ゴク……あの子タイプなん? 結構可愛いっぽいよな」
「いや、なんかどっかで見たことある気がするんよねぇ。ん~思い出せん」
「学校で見たんじゃね? それよりジョニー今日ってバイト?」
「おう、今日は遅番。飲みには行けねぇぞ」
「ちっ、快気祝いで奢ってもらおうというおれのプランが……」
「何回快気祝いやるんだよ。もう五回は――」
おれの言葉から逃げるように甚は食べ終わったトレイを持って去って行った。
「あっネオンちゃんもうあがり? お疲れ~」
「はいお疲れ様です。お先しま~す」
私はバイトを終えるといつものように渋谷駅を目指した。ハチ公をちらりと見ながらスクランブル交差点まで歩き信号を待つ。そろそろ日付が変わる時間。交差点の向こう側では駅へと向かう人々がぞろぞろと集まっている。
私は人の波が一番少ないポジションで青信号を待った。信号が変わると、ナンパするなよオーラを出しつつ少し早足でセンター街へと入る。今日は日曜日、性質の悪い酔っぱらいはあまりいない。
私は日曜のこの時間帯が好きだ。家族旅行の帰り道のような、祭りが終わった後のような、そんな少し物寂しい感じ。お洒落に言えばノスタルジー。
なぜか私はこの雰囲気が昔から好きだった。
小さな雑居ビルへと入るとエレバーターに乗り込み四階のボタンを押す。エレベーターが開くと「いらっしゃいませ」という声が聞こえた。
今日もガラガラそうだな、と口には出さずカウンターへと向かった。
「えっと、今日も朝までフリータイムですか?」
いつもと同じ店員のお兄さんが訊いてきた。なんか今日は普段より顔をじろじろ見られてる感じがした。
私はメンバーズカードを出しながら「はい」と答えた。この店のカードは最近では珍しい紙製のカードだ。名前や電話番号も特に書かなくても何も言われない。
「じゃあ七番のお部屋です。ごゆっくりどうぞ~」
私はソファーに座ると早速タッチパネルで曲を選ぶ。最初に歌う曲はいつも決まっている。イントロが流れ出すとマイクのスイッチを入れ音量を調整する。
靴を脱いでソファーの上に立つと大きく深呼吸した。
ヒトカラオールナイトの開幕だ!
「ん~たぶんあの子だよなぁ」
おれはカウンターで賄いの焼きそばを一人で食べながら考えていた。日曜深夜の常連さん。と言っても月一回程度だが、彼女は必ず一人で朝まで歌いに来る。
初めて一人でこんな深夜に来た時は、彼氏にでもふられて傷心カラオケかなと思ってしまった。
でも今では、朝までずっと歌ってるし、きっと純粋に歌いに来ているというのがわかる。おれは彼女のメンバーズカードを手に取り、「カラオケぽっぷあっぷ」と書かれたカードを裏返す。こんなのただのスタンプカード代わりだ。名前などは書いていない。
「でもやっぱあの子だよなぁ。服とかちゃんと見ときゃよかった」
今日の昼に四葉から教えてもらった丸本音遠ちゃん。学校では眼鏡を掛けていたが店に来る時は掛けていない。でも髪とかの感じはこの常連さんで間違いないだろう。
「同じ大学とか言うと気まずくなりそうだし……よし! 現状維持で」
そうおれが決意した時、内線電話がなった。受話器を取ると曲がすぐに止んだ。
「スプモーニお願いします」
「はい。ありがとうございまぁす!」
元気よく答え受話器を置くとゾンビグラスに氷を入れた。
カンパリを入れグレープフルーツジュースを注ぎ一旦混ぜる。
「あの子今日はペース早ない?」
と独り言をいいながらおれはトニックウォーターを注いでマドラーをくるくる回した。
「失礼しま~す」
部屋をノックして扉を開けると彼女は曲を選んでいるようだった。彼女は少し慌ててきちんと座り直すと空のグラスをテーブルの端へと置いた。それと入れ替えるようにおれがグラスを置くと、珍しく彼女が話しかけてきた。
「たまには一緒に歌いません?」
突然の言葉におれは一瞬びっくりしたが、すぐに愛想笑いで対応した。
「いえいえ、まだ仕事中ですんで」
「え~だってお客さん他にいないでしょ? 一曲くらいどうですか?」
やっぱり今日はちょっと酔ってるっぽいなと、おれは思いながら相変わらずの営業スマイルで抵抗した。
「じゃあ一曲だけ私の歌、聴いてもらっていいですか?」
「……じゃあ聴くだけなら」
そうおれが言うと座るように促された。彼女はすぐに曲を入れるとソファーの上に立ち上がり歌い始めた。
「うま……」
いつも店内では割と大きめに音楽を掛けてるので、お客さんの歌はあまり聴こえない。もちろん、隣の部屋から壁越しに聴くような無粋な真似はしない。別にまだトラウマがあるって訳じゃ……ない。
実際、彼女の歌もほとんど聴いたことがなかったのだが――これはプロレベルでは? と思ってしまった。曲が終わるとおれは思わず拍手をした。
「めっちゃうまいっすね! お金払おうかと思っちゃいましたよ」
おれがそう言うと彼女は照れたように笑った。
「実は私、歌い手やってるんです」
「歌い手?」
「はい。いろんな人の曲歌って動画投稿してるんです」
彼女はそう言いながらスマホをおれに見せてきた。どうやら彼女のアカウントチャンネルのようだ。
「ネオンサイン?」
「はい! 私名前がネオンって言うんで。よかったらチャンネル登録してください」
ですよねぇ……とおれは心の中で呟いた。
それから彼女の身の上話が始まった。大学で上京してきたが本当は歌手になりたいんだ、と。動画投稿してるけどなかなか登録者が増えない。同じ大学に有名な四人組の配信者がいてちょっと悔しい、でも羨ましい等々。
「いや~でも歌上手いからきっとそのうち人気出ますよ!」
おれはこのままだと終わりが見えないと思い、ソファーから立ち上がった。
「でもなぁ、やっぱり普通にやっててもなぁ……」
なにやらぶつぶつ喋る彼女を残しおれは「ごゆっくりどうぞ!」と言って部屋を出た。それから彼女の部屋からは歌が漏れ聴こえてくることはなかった。
閉店時間となり、眠たそうな顔をした彼女は「ごちそうさまでした」と一言だけ言うとエレベーターへと乗り込んで行った。
「ありがとうございましたー」
おれはエレベーターが閉まる寸前に声を掛けた。
彼女が眼鏡を忘れて帰ったことにおれが気付くのは、それからしばらく経ってからだった。
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第13話を読んで頂きありがとうございます。
久々のジョニーですのでダラダラ書いてしまいました。
応援ありがとうございます!
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