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10話 裏壁を返す 2
しおりを挟む※性描写を含むシーンがありますのでご注意ください。
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とある大学の昼休み。学生たちで混雑する学食のテーブルで藤原花瑠杏は友達二人とランチを食べていた。
「カスミン、昨日はほんとゴメン!」
「もういいのよリンダ。誤解は解けたから」
昨日の学校終わりで彼女たちの間で何かあったのだろうか。鈴雫がしきりに霞美に謝っていた。昨日はデリヘルのバイトのため学校が終わったら二人とは別れていた。もちろんバイトのことは友達には内緒にしてある。
「なんかあったの? てか昨日リンダは先に一人で帰ってなかったっけ?」
「あ~カルアは気にしないで。ちょっといろいろあってね。また今度ゆっくり話すよ」
「え~なんかハブられてるやん」
三人で喋っているとそこへ二人組の男性が近づいてきた。
「やーやーお三人さんお揃いで」
「お~甚くんおはよ~。てかジョニーくんなんで後ろに隠れてるの?」
ジョニーは甚の背後に隠れながら彼女たちの様子をちらちら伺っていた。その視線の先にいた霞美はくすりと笑うとやや大袈裟に咳払いをした。
「ジョニーさん、もう誤解は解けましたので、そんなに脅えなくても大丈夫です」
彼はほっと安堵した様子で甚の肩から両手を離した。それを見ていた霞美は再びにこりと目を細め、鈴雫はやれやれといった感じで頭を左右に振っていた。まったく状況が飲み込めない花瑠杏は一人、昼食の蕎麦をずるるっとすすった。
それから二週間程経ったある日の夜。花瑠杏はバイト先の待機所にいた。室内には三つのソファーが並べられ、彼女を含む五人の女の子たちが各々スマホを弄りながら座っていた。
「ルアちゃーん。お願いしまーす」
ノックと共にドアが開けられるとマネージャーの声が室内に響いた。彼女は無言で立ち上がり部屋を出た。
「はい、これ今日の衣装ね。二回目の指名だからサービスしてあげてね」
「裏壁さんですか?」
「そうそう。平田って人だけど覚えてる?」
あぁ、あのすぐイッちゃう人かと、声には出さずに頷いた。送迎車のドアを開けると他にもう一人女の子が乗っていた。軽く会釈をして彼女は車に乗り込んだ。
電話を掛けてかれこれ三十分以上経つが、男は落ち着きなく部屋の中をウロウロしていた。先程から何度も風呂場で鏡を覗いては散髪したばかりの髪をいじる。もう一度歯を磨こうかと思った矢先、玄関のチャイムが鳴った。
男は玄関まで小走りで行くと、勢いよくドアを開けた。力が強すぎたせいか、まるで団扇で仰いだように風が起きた。ドアの前に立っていた彼女は目を丸くしてしばらく固まってしまった。
「こ、こんばんは……」
おずおずと男は彼女に挨拶をした。彼女は少し下を向き口を手で押さえたが、すぐに男に向き直り微笑んだ。
「こんばんは。お元気そうですね?」
「う、うん。どうぞ入って」
彼女は部屋へと入ると前回同様、お店に電話を掛けた。軽くお喋りをした後、彼女はシャワーを浴びる準備を始めた。
「今日はナースのコスプレなんだけど、着る?」
しばらく迷った後、男は二度ほど首を縦に振った。
お互いシャワーを浴びた後、二人でベットに横になった。男は前回の反省を生かし彼女よりも先に愛撫を始めた。あれからネットで動画を見ては一人で練習をしていたのだ。男はぎこちない動きながらも彼女の体に触れた。
「ん……あぁん……」
ちょっと痛かったが、男の動きに合わせ彼女は声を出した。彼が「裏壁さん」ということもあり、これもサービスの一環だと彼女は割り切っていた。
「あん……いやぁん……」
彼女の喘ぐ声が耳元で響き、生暖かい吐息が男の顔にかかった。男の呼吸も次第に荒くなっていく。彼女の細く柔らかな手が男の股間へと伸びてくる。撫でるようにゆっくり触られた後、ぎゅっと握られ上下に動いた。我慢できずに男はそのまま出してしまった。
「いっぱい出たね」
「ご、ごめん……」
「だから毎回謝らなくてもいいよ~これが仕事なんだし」
あっけらかんと彼女は笑った。男は少し顔を歪め、ベットの端に座り床に足を下ろした。今日は微妙な沈黙が流れることもなく、時折陽気なレゲエの音楽が隣の部屋から聞こえる。男がぼそっと話し始めた。
「ル、ルアちゃんは普段は何してるの?」
「私? 私は学生だよ。今大学三年生」
「……つ、付き合ってる人とかいるの?」
「今はいないかな。そのうち就活とかで忙しくなるし、それにこんなバイトもしてるしね」
彼女はナースキャップをきれいに折り畳みながら苦笑いを浮かべた。
「今度っ! ……よかったらご飯でもどうかな?」
男が勢いよく振り向くと、その反動でベットが軋み左右に揺れた。男が見つめる先は彼女の視線とは僅かにずれていた。だがその目は瞬きもせず大きく見開かれていた。それを見て彼女はビクッと体を震わせた。
彼女にとって平田は扱いやすい、いわゆる良いお客さんだった。しかし先程垣間見えたその表情に言い知れぬ不安を少しばかり感じた。
「ごめんなさい……お客さんとはお店以外では会わないことにしてるの。お店もそれは禁止にしてるし……でもまた指名してくれれば会いに来るよ」
男は下を向いてぼそぼそと何かを喋り始めた。その声は隣から壁伝いに聴こえる音楽で掻き消され、彼女の耳には届かなかった。
「……おれの…………じょに………したい。……っと…しょに…………ほしい……」
彼女はバックから覗くタイマーをちらりと見た。時間はまだ半分近く残っている。自分を奮い立たせるよう、彼女はわざとらしく男の背中へ抱きついた。
「ほら、まだ時間残ってるから! ねっもう一回しよ」
無表情だった男の口元がニヤリと片側だけ上がった。真後ろにいた彼女がそれに気づくことはなかった。男は彼女をベットへ押し倒し、両手首を掴んだ。
「し、縛ってもいいかな?」
彼女は今度こそ背中がゾクリとした。この男は一線を越えるとヤバいタイプだ。上手く操らないと危ないかもしれない。
「ごめんなさい。そういうプレイはうちじゃやってないの」
男は僅かに眉間に皺を寄せた。そして掴んでいた手を放すと、ベットの下からなにやらごそごそと取り出した。
「じゃあこれは使っていいよね?」
男が手にしていたのは電動式のマッサージ機だった。これ以上断るのもあまりよろしくない。仮にも彼はお客だ。彼女は覚悟を決めベットに横たわった。
「――てわけで、あの時のカスミさんのオーラはやばかったぞ」
ジョニーは久しぶりに甚の家で飲んでいた。元カノ、リホとの苦い思い出が残るこの部屋だが、もうすっかり心の傷は癒えたようだった。
「でもリンダちゃんがそんな悩みを抱えていたとわねぇ、人は見かけによらねーな」
「ほんとほんと。ますます女がわからなくなってきたよ」
二人でちびちび飲みながらそんな話をしていると、どこからともなく女性の喘ぎ声が聞こえてきた。
「あぁああーん! もうダメぇぇー止めてぇぇえーー!」
彼らは同じようにグラスを持つ手をピタっと止め、お互いの顔を見合わせた。
「おいおい……まさかまたかよ」
ジョニーはグラスを置いて立ち上がる素振りを見せた。甚がスピーカーの音量を絞る。
「いや、大畑はもう引っ越したよ。部屋はまだ空き部屋だから、今聞こえてるのは……こっちの部屋だな」
確かに甚が親指で指差した方の部屋から喘ぐ声は聞こえていた。
「まったくなんだこのアパートは……エロの巣窟かよ」
「いやでも、お隣さんは結構おとなしそうで地味な感じの人だったはずだけどな。こんなん聞こえてくるのも初めてだし」
それからしばらくの間、その声が止むことはなかった。ジョニーはその声を聞きながら終始首を傾げていた。
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