壁際のジョニー

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4話 心の壁は笑顔と共に去りぬ

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「春うららかな今日この頃。桜の花も綻び始め、WBCでは侍ジャパンが見事世界一となり……」

「あっジョニー、そういうのいらないから。卒業式じゃないんだから」

「えっ? あっごめん! じゃあカンパーイ!」

 おれの乾杯の音頭と共に六つのグラスがガチャガチャと音を立てた。キンと冷えた生ビールを喉へと流し込む。


 今日は甚が開いた飲み会に、おれは意気揚々とやってきた。思えばコンパなんてリホと出会った新歓以来だなぁ。

 これぞキャンパスライフ! これぞリア充!

「おいジョニー! お前の番だぞ」

「へ?」

「へ? って。自己紹介だよ、自己紹介」

 女の子達がクスクスと笑っている。おれはガバっと立ち上がり声高らかに自己紹介をした。

「三年法学部、譲二郎じょうじろうです! みんなからはジョニーって呼ばれてます! 趣味はアクアリウム、好きな食べ物はミートソースパスタ。好きな色は――」

「いや、もういいから。てか別に立たなくていいんよジョニー。」

 甚に腕を引っ張られ椅子に座るよう促される。おれの対面に座るギャルギャルな女の子がクスクス笑いながら言った。

「ジョニーくんって天然? なんかかわいいね~てかうちらの自己紹介聞いてなかったでしょ?」

「あぁごめん。ちょっと感極まってて。人生って辛い事ばかりじゃないんだなって」

「なにそれ!? ウケる~もしかしてもう酔ってる?」

「ちょっとリンダ! 失礼よ。ごめんね~この子見た目通りの性格で……」

 ギャルギャルの横に座る小柄で目がクリクリの女の子が申し訳なさそうに言った。

「いいよいいよ。実際聞いてなかったし。え~とリンダちゃんでいいの?」

「うん。英文の風間鈴雫かざまりんだ~よろしくジョニー。え~と趣味はコスプレでぇ、好きな食べ物は――」

「えっ! コスプレっ!?」

「めっちゃ食い付くじゃん! てか見たい~? 結構きわどいよ~」

 ウフフと言って鈴雫ちゃんはスマホを出すとコスプレ画像をおれに差し出した。次々スワイプされていく画像にはエロぃ……いやもとい芸術的な作品の数々が。

「ほうほう。これは見事なものをお持ちでらっしゃる……」

「ありがと~よかったら待ち受けにしてもいいよ~これなんかお勧め――」

「ちょいちょいちょーい! なに二人で盛り上がってんの? ほれ、まずはみんなで盛り上がんぞ」

 甚がそう言うと奥に座っていたもう一人の男がおれを指さした。

「そうだぞジョニー! だいたいコンパのマナーつーのわなぁ――」

「あれ誰だっけ?」

「おいっ! 柿ノ下だよ! おまえ学部一緒だろーが!」

「おぉカッキー! ここには……飯でも食べに来たの?」

「ばーろぉ! コンパ王のこのおれが今日は盛り上げに来たんだよ」

 コンパ王なんて誰が呼んでんだよ……そんな自称王様を無視しておれは鈴雫ちゃんの横の子に話しかけた。

「そちらのお嬢さんの自己紹介をもう一度伺っても宜しいでしょうか?」


「ほんとに聞いてなかったんだね。私は藤原花瑠杏ふじわらかるあ、リンダと同じ英文学科の三年です。え~と趣味は――」

「この子の趣味はね~お酒だよ!」

「ちょっとリンダ! お酒は嗜む程度だから!」

 道理で……花瑠杏ちゃんの前には日本酒のハーフボトルとますが置いてある。いや名前はカルアって可愛らしい名前なのに……。もう半分以上飲んでるやん!

「この子はざるっていうかわくだからね~酔わせてお持ち帰りなんてできないよぉ~ジョニー」

「いやそんな下心は全くございません! 正しいお酒の飲み方をご教授頂ければ」

 そんな会話の最中でもカルアちゃんはグイグイ飲んでいた。今日はコンパ王に多めに出してもらおう。なんてたって王様だからな。

「最後は私ですね。文学部英文学科三年、北条霞美ほうじょうかすみです。宜しくお願いしますジョニーさん」

 ニコっと微笑む彼女はまさにクールビューティ。艶のあるロングの黒髪にきりりとした瞳、スッと通った鼻筋。思わずゾクッとする美しさだ。

 あれ? でもこの人どこかで……

「その節は私の元婚約者が大変失礼致しました」

 霞美さんは深々とおれに向かって頭を下げた。


「いえいえ! こちらこそ元カノが大変しつれ……って婚約者!? あれあれ男って北条さんの婚約者だったの!?」

「ええ、親が決めたものでしたが。今回の一件でそれも破棄させてもらいました」

「めっちゃざまぁ喰らいまくりだなあいつ……」

「まーまー今日はその話はやめとこ。じゃあ改めてカンパーイ!」

 甚の掛け声でおれ達は二度目のグラスを合わせる。あれ? でもカルアちゃんって枡だったはずじゃ……って乾杯用の空グラス持ってるし!

 右手に枡、左手に空グラスを持ったカルアちゃんは乾杯と同時に枡をグイっと飲み干した。

 おとこの中の漢じゃねーか!! かっこ良すぎんぞ!

「カルアはねぇ 、酔ってくると方言出るんだ~チョーかわいいの!」

「ちょっリンダ! もうこっち来て三年経つけん流石に出らんよ!」

「はい酔った~。熊本弁出てるよ~」

「嘘やん! 今の完璧標準語ばい! ねぇジョニーくん私、標準語喋りよるよね?」

 うっ! なんじゃこのクリティカルヒット……エグイ技だな……

「うすっ! カルア先輩は標準語をお喋りになられておりますです」

「キャハハ、やっぱジョニーくんおもろ~い。ねぇ今度一緒にコスプレ写真会しよ~よ」


 ――こうやって楽しく飲んでるとリホのことも忘れるな。甚よ、ありがとな。


 おれはいつも以上にはしゃいでいた気がする。甚は時折つっこみを入れつつ、満足そうにホッピーを飲んでいた。カッキーは終始空回り。王様の域におれたちが達してないんだろうな。

 北条さんもニコニコ微笑んでいたけど、たまに少し寂しげな表情をすることがあった。

 やっぱり辛えよなぁ。浮気なんかされたんだ。あんなに空手が強くても女の子だもんな……

「そーだ! みんなで連絡先交換しとこうよ! ほらっカスミンもジョニーと交換して!」

 リンダちゃんの勢いに押されみんなで仲良く連絡先を交換した。てかこういうのコンパ王が持ってるスキルじゃねぇの? カッキーはニヤニヤしながら女の子達と交換していた。



 じゃあそろそろ出ようかの掛け声と共に各々帰り支度を始めた。

「うちらいくら払う~?」

「あーいいのいいの。今日は王様が全額出してくれるみたいだから。競馬で勝ったらしいよ」

「おいっ甚なんで知ってんの!? まさかそれでおれを誘ったんじゃ……」

「「「ごちそうさまでーす!」」」

 はい可愛い女の子達の感謝の言葉、という宝刀が出ました。

「お、おう。余は満足じゃ」

「なにそれ!? 噛み合ってねーし、どっちかと言えばそれ殿様じゃね?」

 バシッと最後におれの華麗なつっこみも決まり、おれ達は居酒屋を出た。

「じゃあ次はカラオケ行く~? 私ウララ~は歌えないからね!」

「私は日本酒あるとこがよか~」

「私はそろそろ帰るね」

 やだやだ~と鈴雫ちゃんは北条さんに抱きついていた。ムギュって聞こえたんだが。おれならあの攻撃には耐えられんな……

「じゃあ遅い時間だし、ジョニー送ってあげなよ」

「え~ジョニーも帰っちゃうの~やだやだ~」

「ちょっ! あぶっ! ステイステイ」

 おれは甚を盾にし、軽やかに悪魔の攻撃を避けた。危ねぇ、危ねぇ。

「じゃあとりあえず駅まで行こうか北条さん」

「ではお言葉に甘えます。リンダ、カルアちゃんじゃあね。お二人も今日はありがとうございました」

 めちゃめちゃ礼儀正しい。まさに大和撫子だな。

 

 桜の花が咲いたとはいえ、まだまだ夜は冷える。おれは肩をすくめ北条さんと駅へと向かった。北条さん寒くないかな? 上着持ってくりゃよかったなぁ、とおれが思っていると、彼女が少し歩く速度を落とした。

「ジョニーさんはまだ香川さんのことを怒ってますか?」

 唐突な質問におれは少し戸惑った。怒ってないと言えば嘘になる。でも憎いかと聞かれればそれもない。

 二年間育んだ愛は、あの一瞬で砕け散った。少し時間を置いて、おれらの愛はそんなもんだったのかなと、悲しくも切なくもなった。号泣するリホを見て怒りとかは消えたのかもしれない。

「もうそこまで怒ってはないかなぁ。彼女も罰は受けただろうし。あんなに泣いて後悔するんだったら浮気なんかするなよって感じかな」

「強いですねジョニーさんは……私はまだ彼のことが許せてないかもしれません」

 彼女は俯き、そして言葉を続けた。

「彼とは昔から家族ぐるみのお付き合いでした。親同士に決められた婚約と言ってましたが本当はわたしも彼との結婚を望んでいたんです。私は小さい頃から引っ込み思案な性格で、実は今でも他人との間に自分で壁を作ってしまうんです……」

 下を向いて歩く彼女はあの正拳突きをぶち込んだ人とは思えなかった。

「子供の頃からいたからでしょうか。聖治さん、大畑くんには素の自分が少しは出せていました。正式にお付き合いを始めたのは大学に入ってからですが……やっぱり私はつまらない女だったんですかね? 体の関係も結婚まではってずっと拒んでました……」


 俯く彼女の目から一粒の雫が落ち、キラッと光った。確かにその見た目からクールな感じでツンとした印象もある。でもいつでも礼儀正しくて、冗談言ってもちゃんと笑ってくれる。辛いはずなのに凛として、ずっと一人で頑張ってるんだと思った。


「つまらなくなんてないよ北条さん。あなたは綺麗でとても心が強い人だと思う。本当はもっと泣いて、怒って、悲しんで、落ち込んで……リホのことだってもっと責めてもいいと思う。おれに対して怒ってくれてもいい。大畑のことも許す必要なんてないよ。今度は踵落としでもやっちゃってよ!」


 顔を上げた彼女は目が真っ赤になっていた。おれを数秒見つめるとぶわっと大声で泣き始めた。


「わ、わたしわぁぁほんとにぃ彼が好きだったぁぁ! もっともっとぉ素直になればよかっだぁ! ひっく、わたしわぁ、わたしなんか大っ嫌いだぁぁ!」


 おれは彼女の両肩を掴んだ。それまであまり表情が出なかった彼女の顔はくしゃくしゃに泣き崩れていた。


「それはダメだ北条さん! 例え誰かに好かれなかったとしても自分だけは自分を好きでいてあげないと! 一人が辛かったら周りを頼ってもいい。リンダちゃんだってカルアちゃんだってきっと北条さんの味方だ。心に作った壁なんてさっさと壊しちゃえ!」


 だって――とおれは続ける。


「正拳突きは得意でしょ?」



 おれがニヤリと笑うと、彼女は今日一番の笑顔を見せた。 



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