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65. 歪む夜

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「さぁ、受け取りなさい! 床に落ちて割れてもアンタらが不甲斐ないせいだから!
また今度お金を持ってくるか私にプレゼントをすることね!」

その瞬間、人々が悲鳴を上げる中、、ガラスが割れるけたたましい音と赤い水が跳ね返る生々しい音が大広間に響き渡る。

赤く染まる世界でナディアは笑い声を上げた。

瓶が割れ、負傷する者も泣き出す者もいる中、狂喜乱舞し、赤い水を取り合う醜い人間達が、ナディアは愉快でたまらなかった。

そんな時、ふと、ナディアの足元に赤い水で全身ずぶ濡れになった歳若い男が縋ってきた。

「ナディア様、どうかご慈悲を! 
なんでもします!だから!」

歳若いその男は赤い水に塗れているが、顔がそこそこ整っていた。
それにナディアは目を細め、彼にそっと近づき迫った。

「じゃあ、私を愛してよ! 貴方そこそこ良い感じだし、それでいいわ!」

ナディアは自分の願いが叶えられると信じて疑っていなかった。ここまで貢がれ崇められている自分が愛されないはずがないとナディアは思っていた。

しかし、そうナディアが言った瞬間、男は青ざめたのだ。

「……え? 」

「はぁ? 何その顔? ほら、愛しなさい! 私に尽くしなさいよ!」

「だ、だって、僕には愛する妻と子どもが……」

その言葉にナディアの目の前は全て真っ赤になり、悲鳴のようなヒステリックな金切り声で叫ぶ。
その声に、真っ赤になりながら争っていた人々もハッとなり、ナディアの方を向いた。

ナディアは叫んだ。

「殺して! こいつを殺して! 殺した奴に水をやるから!」

その言葉に大広間にいる人々の目の色が変わる。
全員の歪んだ仄暗い目に歳若い男を映る。
そして、震え上がる歳若い男に向かい床に転がる割れたガラス瓶を持ってゆっくりと迫り……皆、似たような猟奇的な笑みを浮かべた。

「や、やめてくれー!!」

男の悲鳴が上がる。

そこに人々が殺到し、瞬く間に形容し難い生々しく濡れた痛い音が大広間に広がった。

そんな様を見ながらナディアは肩で息をしていた。

「愛する妻と子ども……? アイツ、私を騙したんだわ……! 何でもするといいながら! あんな良い顔して私を騙したのよ!」

ナディアの脳裏に、家族に囲まれ幸せそうに過ごすルークの姿が映る。
きっとあの男にもそういう存在がいたのだろう。それがナディアはイラつかせてたまらなかった。

「ちょっと顔がいいからって! 私をバカにしていたのよ! 死んで当然よあんな奴!」

ナディアは苛立ちから親指の爪を噛む。

しかし、その時だった。

「ナディア!! この役立たず!!」

大広間の裏手からクリフォードが怒鳴り込んできた……それも、鬼の形相で。

クリフォードは真っ直ぐにナディアに向かうと、その頬を平手打ちした。

「きゃっ!!」

「この能無しめ!! あの水は俺の為の水だろう!?
全国民がこの俺を、と言ったじゃないか! なんだ! これは!」

クリフォードは真っ赤なドレスを着たナディアに冷水を浴びせる。そして、ずぶ濡れになったナディアをクリフォードは蹴り飛ばした。

床に転ぶナディア、そのナディアの頭をしてをクリフォードは踏みつけた。

「っ、ぐっ!」

「なぁ? ナディア、どうしてどいつもこいつもんだ?
俺ではなく! よりによってどうしてアイツらはムカつくあの野郎を王にしようとしているんだ!?」

クリフォードはこれ以上ないほど怒り狂っていた。今にもナディアを殺そうとしていた。
だが、ナディアは何を言われてるか分からなかった。

(フィルバート……って誰? し、知らないわ……なのに、あのお馬鹿な人達はクリフォードじゃなく私の知らないそのフィルバートって人を崇めてる?
何が起こっているの……? 確かに私は……!)

だが、ナディアが思考する暇はなかった。

床を濡らす赤い水を吸って重くなったナディアのドレスごとナディアはクリフォードに掴みあげられる。

怒り狂ったクリフォードの目と目が合う。その瞬間、ナディアは確かに死の予感がした。

「ナディア、お前、俺が気に食わないからって嫌がらせか? 随分賢くなったなぁ! 腹が立つ! 俺がいなければ何も出来ないくせに!」

「……っ!」

「罰を与えてやる。来い!」

「や、や……!」

ナディアは未だに男にガラス瓶を叩きつけ続けている貴族達に振り返り助けを求めた。

「私を助けて! 誰でもいい! 私を……!」

しかし、貴族達は無我夢中でガラス瓶を男に叩きつけ続けるだけで振り返りもしない。

ナディアは悲鳴をあげた。

(なんで皆、私を見ないの! 助けないの!? 意味がわからないわ! 私を崇めているんじゃないの!? コイツら!
もしかしてまだ足りないの!? 国一番の女じゃないから皆、私を無視するの?ムカつく! ムカつく! きっと聖女を殺さないと誰も私を見ないのね!)

ナディアは悔し涙を流しながらクリフォードに連れていかれるしかなかった。

一方、クリフォードは掴みあげたナディアに違和感を覚えていた。

(何か、やけに重い……それに、でかくないか……?)

クリフォードはナディアの歳を記憶しておらず考えたこともないが、掴みあげたその体は痩せているが生まれて数年の人間とは思えないほど大きく重く……10ようだった。


訝しみながらもクリフォードはナディアを裏手へ連れていく。

大広間には赤い水に狂った貴族達だけが残され、彼らの狂ったように笑い合う声と、もう粉々になるまでガラス瓶を床に叩きつける音しか大広間には残されていなかった。

そんな2人と人々の背をロッカーから冷静に観察していたその人……ケイトはそっとロッカーから出ると来た道を誰にも見つからないよう戻る。

逃げるなら誰もが狂っている今の内だった。だが……。

(どこに言えばいいの? こんな話……。
あの人が言う通り、セレスチア中がナディアさんに支配されてるなら警備隊に言ったって仕方が無いし……)

ケイトは焦る。この国を脅かす脅威をケイトは見た。このまま放っておけば、大広間にいた貴族達のようにセレスチア中の人間がナディアに平伏し水に狂ってしまう。

(私はどうしたら……っ!)

その時、ケイトの脳裏に浮かんだのはマリィ、そして、ルークとフィルバートの姿だった。

一縷の希望を抱き、ケイトは夜も深まった路地から駆け出す。

(早く! 別邸に!)

だが、その瞬間。

駆け出したケイトの視界は暗転した。

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