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47. 魔法使いの一歩目

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マリィと別れ、ルークとフィルバートはルークの自室に入る。

最近模様替えしたばかりのルークの部屋。
新調したばかりの本棚にはフィルバートの手によってルークの教科書が並んでおり、部屋の真ん中に置かれた新しい勉強机の上にはルークの手により真新しい筆記用具が並べられていた。

「ひとまず、これでいいだろう。」

一通り用意し、フィルバートは勉強机に座るルークの前に立った。

「ルーク、今日から土日以外のほぼ毎日、俺が君の先生としてこの家に来る。

「フィルバート! 毎日来るの!?」

ルークは目を輝かせ椅子から立ち上がる。ルークに彼は苦笑いを浮かべた。

「あくまで、先生としてな。遊びに来るわけじゃない。
毎日授業を行い、毎日課題を出す。
ルークはそれを毎日こなすことになる。
ひとまず13歳まで。
それからはルークが学院に入学するか否かで変わるから、一旦、この話は置いておこう」

しかし、そう告げるがルークは喜色満面の笑みでフィルバートを見上げている。
そのせいか花が舞っているかのような幸せな空気がルークの部屋に流れている。そんな空気を変えるようにフィルバートは咳払いした。

「ルーク、まず目標は聖女祭だ。勉強が程々になってしまうが、そちらが急務だからな。
聖女祭までに人を守れる魔法使いになってもらう」

その一言にルークはハッとなり、手で緩んだ顔を戻し背筋を伸ばす。そんな彼にフィルバートは微笑んだ。

「魔法使いが人を守るのは簡単ではない。
感情を制御しなくてはならないからな」

「せいぎょ……?」

「怒ったり泣いたりしてはいけないということだ」

「!」

フィルバートは驚くルークに諭すように、もしくは、自戒するように説いた。

「魔法使いにとって攻撃と防御は紙一重だ。
どんなに防御に徹そうとしても敵に対して少しでも感情を強く持ったら攻撃魔法になってしまう。しかも、激怒までしてしまうと敵味方関係なく攻撃してしまうんだ」

「そ、それは……嫌だ」

ルークは青ざめる。ルークの脳裏にはいつかのあのドラゴンが過ぎる。しかし、フィルバートは安心させるように青ざめるルークの頭を撫でた。

「だが、方法はある。
今から実践で学んでいこう。
飲み込みは悪くない。聖女祭までには間に合うさ」

「どうやってするの?」

ルークがそう聞くと、フィルバートはルークの部屋を見渡した。

「そうだな……」

ルークの部屋には本棚以外にもクローゼットやベッド、そして、おもちゃ箱もおいてあった。

おもちゃ箱には今までマリィが買ってきた様々な玩具が入っている。小さな木馬やボール、精巧なからくり人形まで入っている。

フィルバートはそのおもちゃ箱に手を入れ、それらを引っ張りだした。

「うん、まずはこれにしよう」

フィルバートがルークの目の前に置いたのは真っ白なアヒルのぬいぐるみだった。

そして、フィルバートの手の上にはキツネの人形がある。

「ただ理論を頭に入れるより、実践する方が身につくだろう。
いいか? ルーク、今から俺が良いというまでお前はキツネからアヒルを守れ。
絶対にキツネの人形を壊さずに。壊したら壊した分だけキツネを増やすからな」

その瞬間、フィルバートの手にあるキツネが動き出す。
手の上で狐は伸びをすると、ルークの持つアヒルに向かって、大きく飛び上がった。





一方、その頃、マリィは侍女達とお茶をしていた。

いつもならルークと読み書きの勉強をしている時間だが、フィルバートが来たことでマリィは久しぶりにのんびりとした時間を過ごしていた。

「薄々分かっていたけど、ルークがいないとちょっと寂しいわね……」

そんなマリィに温かい紅茶が出される。同じ机を囲む侍女達は笑っていた。

「寂しいかもしれませんが、子離れの時期が来たってことですよ」

「折角、奥様だけの時間が出来たのですから。
ルーク様との時間を大切にしつつ、奥様もご自分だけの時間を楽しんだらどうですか?」

「自分の人生を自分で歩まなくては人生は楽しくありませんわ」

「人生……」

マリィはカップに口をつけた。
確かに、とマリィは思った。
ルークにはルークの人生があるように、マリィにはマリィの人生がある。
ルークの為に今まで頑張ってきたが、このまま全てをルークに捧げてしまうのは、ルークにとっても迷惑だろう。
いつかは自分だけの人生を考えなくてはならない。

(でも、ルークのいない私の人生って何かしら……それこそお飾り妻をやってる私しか無くなるんじゃ……あっ)

自分からルークが居なくなった未来を想像した時、脳裏にマリィの為に容姿も服装も変えてきたフィルバートが過ぎる。
今朝、玄関で見た彼の姿を思い出して、マリィの顔には熱が集まり真っ赤になる。
思わずマリィは立ち上がった。

「うぅ、違う! これは違うわ! 彼はルークの家庭教師で、ちょっと特別な人で……わ、私なんかが……!」

真っ赤になった顔を両手で覆い1人あたふたするマリィに、侍女達は顔を見合わせる。だが、直ぐにマリィの内心を察し、微笑んだ。

「奥様ったら、奥様はしっかり者で、ルーク様のお母様として立派になさっておいでですのに、フィルバート様が絡むと途端、乙女ですわね」

1人の侍女がそう言って笑うと、マリィは慌てて手を振り否定した。

「ご、ごかいだわ!
こ、これは不可抗力で……!」

「あらあら、否定はいけませんわ。奥様。
私は良い事だと思いますわよ。
奥様は未婚の頃は借金苦、今はルーク様の子育て。今まで奥様は他人の幸せの為に頑張ってきたでしょう?
どうせクリフォード様との婚姻関係は最初から破綻していて戸籍上の繋がりしかありませんし、少しは自分の幸せを考えてはどうでしょうか? それがフィルバート様にあるのなら私は応援致しますわ」

「ア、アンネ……」

侍女の言葉に戸惑いの表情を浮かべるマリィ。まだ迷っているらしい彼女に侍女は笑った。

「まぁ、確かにフィルバート様は末席とはいえ王族ですし、とても素晴らしい才能のある方。オマケに人柄も悪くなく、未だに多方面の方々から人気の御方です。
遠慮してしまう気持ちは分かりますわよ?」

「…………人気?」

「えぇ、それはもう特に女性人気はピカイチですわよ。
我が国だけでも上流階級の女性や人気女優など様々な女性と噂になりました。確か、現王太子妃殿下のアーネット・モロー様とも噂になりましたね。とはいえ、アーネット様はセロン王太子殿下と婚約したので直ぐに噂は消えましたが。
そして、直近だと、隣国のクローディア女王陛下からは直々に交際を申し込まれたとか一時期噂になりましたわ……とうとう婚約かとまで言われていましたけど。まぁ、噂は噂でしたわ」

「………………」

侍女の話を聞いている内に、真っ赤だったマリィの顔は青ざめていく。
噂になった人物の名前だけで気圧されてしまう。

「私、既に負けてると思うのだけど……」

「あら? 奥様、勝ち負けなんて恋愛にあると思っておいでですの?
恋愛にあるのは勝ち負けではなく、選ばれるか選ばれないかだけですわ」

「選ばれるか選ばれないか……?」

ポカンとするマリィに侍女は笑いながら、マリィの手の中にそれを入れた。

「えぇ、そして、きっとマリィ様なら大丈夫ですわ」

彼女がマリィの手の中に入れたのは黄色い花だった。
庭に何百本とある花の中から侍女が選んだ一本の花。何の変哲もない、特徴もない花だが、確かにこの花は選ばれた。
何を基準に、何故これが、それは侍女以外誰にも分からない。 だが、それが恋愛なのだと言われたようで、マリィは花を握って、侍女に微笑んだ。

「ありがとう。アンネ」

「応援しますわ……。
まぁ、フィルバート様を幼い頃から見ていた私から見れば、焦っているのはフィルバート様の方だと思いますが……」

「え?」

だが、マリィが侍女の言葉に首を傾げた瞬間だった。
廊下の奥から地響きのような音が響く。
何かが、しかも、大勢で走ってくる凄まじい音。
あまりの音にケイトが廊下を覗くと、ケイトは悲鳴を上げた。

「何ですかこれぇ!?」

その瞬間、部屋の中に大量のキツネの人形が雪崩込んだ。

「わっ! なに!」

何千体といるキツネの人形が走り回り飛び回り跳ね回っている。

マリィが驚いていると、山のようになっているキツネの人形の大群の中で涙目になってアヒルのぬいぐるみを抱えているルークを見つけた。

「ルーク!」

マリィは慌ててキツネの人形の山に飛び込み、ルークを助け出す。引っ張り出されたルークはキツネから逃げるように必死にマリィに抱きついた。

「マリィ、守るって難しい……!」

「え? どういうことなの?……ん?」

ルークの手から不意に落ちたアヒルのぬいぐるみをマリィは拾う。何の変哲もないアヒルのぬいぐるみ。何故、こんなものをルークが持っていると思い、マリィは首を傾げる。

しかし、その瞬間、そこに居たキツネの人形の目の色が一斉に変わる。

そして、マリィに向かい、キツネが一斉に襲いかかった。























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