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2. 経緯、そして、罰
しおりを挟む事の始まりは1年半前。
ここセレスチア王国のとある夜会。
そこで王子だったクリフォードは婚約者であるアーネット・モローに婚約破棄を突きつけた。
アーネットを突き飛ばし婚約破棄を宣言した彼は、更に夜会の真ん中で堂々と当時聖女であったシルヴィーと婚約すると宣言し……それだけでなくシルヴィーと閨を共にし愛し合ったという告白までして、王国に激震が走った。
アーネットと結婚し王太子になる予定だった男が聖女と浮気をし婚約破棄したことも問題だが、それよりも重大だったのは聖女の方だった。
魔物が跋扈するこの世界では聖女はなくてはならない存在だ。
神から力を授けられた彼女が居なければ、人間は一瞬で魔物に滅ぼされる。国を守る結界も重傷者を一瞬で生き返らせる奇跡も望めない。
しかし、聖女には一つ制約があった。
聖女は処女でなければその力を振るえない。
散らしたその瞬間、聖女は聖女でなくなる。
その為、聖女の役職に就いたその時から聖女は生涯未婚恋愛禁止と決まっている。しかし、クリフォードとシルヴィーは愚かにもそれを破ってしまったのだ。
シルヴィーが聖女でなくなった代償は大きかった。
セレスチアを囲む結界は維持できなくなり、重病人は治療出来ずに次々死んでゆく、当然シルヴィー以外聖女のいない国は魔物に襲われ、その犠牲者はどんどん増えていった。
その未曾有の事態にセレスチアは混乱した。
数日して神殿が新たな聖女を擁立したことで次第に混乱は落ち着いたが、身勝手なことをした2人は国民全員から糾弾されることとなった。
しかし、2人は糾弾されればされるほど燃え上がった。
真実の愛という言葉に酔いしれ、軟禁場所から逃げ出し彼らはとうとう子どもまでなし、シルヴィーは妊娠までしてしまった。まだ婚姻どころか婚約すらしていないというのに、だ。
神官長がそれを聞いて卒倒したのは言うまでもない。
更に悪いことに、2人は反省することも謝罪することもなかった。
シルヴィーの後任が見つかるまでの数日間だけでどれだけの被害が出たのか。2人は理解出来ないようだった。
クリフォードに至っては、シルヴィーを妻、そして王太子妃にすると言い出す始末。周囲の人間は怒り、または、呆れ返った。
そして、とうとう……あまりに反省のない2人にクリフォードの父であるアロンゾ国王は自ら処罰を下すことに決めた。
「クリフォード。そして、シルヴィー。
貴様らは愛などというものにうつつを抜かし、お互い背負うべき責任を放棄し、我が国の秩序を乱した」
国王は断罪の場で淡々と告げる。冷淡に、そして、突き放すように。
「この国の刑罰に死刑も終身刑もないのは既知であろう?
我が国にある刑罰は国外追放のみ。国境、つまり、結界から出れば死すのみだからな。通例に従えば、禁忌を犯した貴様らは有無を言わさず国外追放となる……だが、貴様らの罪はそれでは足りぬ。
貴様らが行ったことは何十回と死んで詫びても償えぬ。愛を言い訳に国家の安寧を脅かし救われるべき人間を見殺しにしたのだから。
聞くか? シルヴィー、あの夜会の次の晩、王都周辺だけで120人の兵士と50人の病人が死んだ。一日で170人だ。悲しい話だと思わないか? その次の日は250人、そのまた次の日には380人……彼らには家族も恋人もいたというのにお前の軽率な行動で死んだのだ。
実に、許し難い。
聖女は国と民衆にその身を捧げると誓約した者しかならぬというのに。なんと堕落したものよ。
貴様らはセレスチアの栄光の歴史に末代まで残る汚点を作ったのだ。
死んで終わりなどでは到底償えぬ。
お前らに相応しい罰をやろう。
クリフォード、お前を王家から廃嫡し、ズィーガー公爵家を継がせてやる。借金苦で夜逃げした貴族の後釜だ。お前はその公爵家の当主として働くが良い。しかし、領地経営及び税収管理は代理人がする。お前がすべきことは贖罪であり民への奉公ではないのだから」
不意に国王は2人を嘲笑うように口角を上げた。
「当然の話だが貴様らの婚姻は認めぬ。その腹の子を後継者することも許さぬ。クリフォードの妻も後継者も私が決め、私が公爵家の采配をする。
それが嫌だと言うなら、その腹の子が生まれたその時を始まりとして13年、私の罰を耐え抜いて見せよ、さすれば、貴様らの婚姻も子どもの未来も考えてやろう。
貴様らの言う真実の愛がどれほどか見せて貰おうではないか。もし私の罰に耐えられなければ……その時は本当の終わりだ」
クリフォードは息を飲んだ。次はない、そうはっきりと言われたのだから。
しかし、国王の判断は生温いものに思えた。
クリフォードは廃嫡されたものの爵位を持つ貴族になり、シルヴィーと別れさせられることもなく罰を13年耐え抜けば婚姻も考えると言われたのだから。
クリフォード自身も焦りがある一方で甘いなと思った。
時が経てば全て自分の思い通りに出る日が来る。クリフォードはその時まで待っていればいいのだから。
そんなクリフォードの隣にいるシルヴィーの顔もやや明るい。どんな罰が待つか分からないが死ぬよりずっといい、そう思ったようだった。
だが、クリフォードやシルヴィーも気づいていなかった。
クリフォードとシルヴィーを映している国王のその目が爛々と異様に輝いていたのを。
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