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関白への道

岸和田合戦

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「お主の申す通り、余が公卿になった意味は大きい。公卿である余に歯向かうということは、朝廷に対して弓退くことになるからのう。三介殿と交戦している折から、根来、粉河の坊主どもは和泉周辺に攻めてきよった。三介殿と交戦している間は、奴らにまで手が回らなんだが、
三介殿との講和がなった以上、奴らを捨て置くことはできぬ。奴らに、余が“公卿”となった意味を身をもって分からせてやらねばならぬ。」
「有体に申せば、根来、粉河の僧兵は、朝敵ということですな。殿下に対して弓引くことは、そのまま天下に対して弓引くことと同じというわけでございますな。もはや、殿下も“織田家”としての天下静謐を果たすと仰せ遊ばす必要もなくなったわけでございますな。」
「何か、織田家を体よく乗っ取った、とでも言わんばかりじゃのう。」
「滅相もございませぬ。殿下の仰せ遊ばす“政治”の意味が、ようやく得心できただけでございます。」
「何か含みがあるような言い方じゃのう。何度でも念を押すが、余は自らの意思で天下人を望んだことは一度としてないぞ。余が望んだのは、あくまで天下“静謐”じゃ。たまたま余が、その音頭を取ったに過ぎぬ。仮に、三介殿に天下静謐を果たすだけの力があったのであれば、三介殿を主とすることもやぶさかではなかった。この度の任官とて、余が働きかけたわけではなく、叡慮を賜ったまでじゃ。」
「拙者に他意はございませぬ。殿下の策にただただ恐れ入るばかりでございます。さりながら、何故、根来、粉河の僧兵は戦を続けたのでございましょう?彼らとて、公卿であらせられる殿下に弓引くことの意味はお分かりだったと心得ますが。」
「坊主どもは、仏法を守る使途であることに自負を持っておるのじゃ。武家や朝廷といったものを歯牙にもかけぬのじゃ。かの後白河院も、意のままにならぬものとして山法師を挙げておったではないか。それほど、坊主どもは己を頼む力が強いのじゃ。」
「恐れながら、後白河院や後鳥羽院の時ならいざ知らず、南都北嶺も往時の勢いは無いはずでございます。実際、叡山は右府様の焼き討ちに遭ったではありませぬか。その意味で、僧も趨勢を見極め、控えるべきところは控えるべきではありませぬか?」
「確かにお主の申すとおりじゃ。じゃがな、こうも考えられる。叡山とて、右府様のお力は分かっておったはずじゃ。それにもかかわらず、右府様に楯突いたのじゃ。やつらにどこまでの勝算があったかは分からぬ。じゃが、奴らなりに譲歩できないものがあったからこそ、右府様との交戦を選んだ、とな。」
「なるほど。彼らには彼らなりの戦う理屈があるということでございますな。とはいえ、公卿であらせられる殿下に弓引いたのでございます。殿下は、根来、粉河衆を“朝敵”としてお攻め遊ばす算段というわけですな。」
「施薬院、お主も“政治”に長けてきたではないか。そのとおりじゃ。大義は我らにある。根来、粉河の衆は、岸和田の南に四つばかり要害を築いた。三介殿との講和が成った頃合いを見計らい、一気に攻め寄せた。元より、名のある部将が立て籠もる要害ではない。堀左衛門や谷川藤五郎らが揉みに揉んだ。投降してきた者には庇護を与え、抵抗を続ける者は、容赦なくなで斬りにした。討ち取った首級は五百ばかり。我らの勢いに怖気づいた敵方は要害を捨て置き、一目散に逃げ去った。敵をあらかた一掃したのを見届けて、余は根来に向かった。」
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