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新・賤ヶ岳合戦記
鬼玄蕃深追い
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「確かに、不吉を暗示させる出来事でございますな。とはいえ、柴田様の言付けを黙殺する以上、進むしか手はありませぬな。」
「そういうことじゃ。権六は大将だけあってこの事態を最も恐れていた。やはりというべきか、玄蕃は突き進んでしまったというわけじゃ。こうなるともう止まらない。玄蕃は、次の相手を桑山修理に定めた。先の高山のこともあるので、玄蕃は桑山にこんな勧告を行った。“開城を勧告する。この勧告に従わなければ、進軍を開始する。既に、近隣の二か所の要害はわが手に落ち、残るは貴殿の守る要害のみ。さりながら、戦の勝敗は時の運でもあり、この一戦に懸け、双方が争っては、被害も大きくなる。当方は、城さえ明け渡してもらえば、交渉の余地はある”」
「できる限り兵力を温存し、勢力圏を広げる作戦でございますな。桑山様はどうお答えになったので?」
「これがまた味なことをしおったのじゃ。桑山はこう答えた。“当方に対するご厚情、誠に忝い。仰せのごとく、当方は無勢にて、大軍を引き受けて一戦を交えても、戦功を上げることは到底できない。しかし、日中に一戦もせずに城を明け渡しとあっては、武士として面目が立たない。そこで、夜になれば仰せに従い、開城する。そのため、日暮れまで双方を空砲を撃ち合い、日中は待機していただきたい”、とな。」
「なるほど。高山様のように、一挙に退去してしまっては、味方全体の士気にかかわる。かといって、ここで派手に戦っても到底勝ち目はない。従って、時間稼ぎをしながらの退却ということでございますな。」
「そういうことになるわけじゃが、結果から申せば、これは桑山の独りよがりであったわ。“策士、策に溺れる”とはまさにこのことじゃ。桑山の条件を、玄蕃は呑んだ。玄蕃からすれば、桑山の気持ちもわからぬではないからの。一目散に退却して、桑山が余の叱責を被ることは十分考えられ、武士としてそのような目にあわすことは不憫と考えたのであろう。体裁はどうあれ、無傷で要害を手に入れれば十分じゃからの。そうして、玄蕃と桑山はかねてからの条件に従って、日中は空鉄砲を打ち合った。ところがじゃ、桑山の策を見抜けぬ味方が多数おり、数多の兵が玄蕃にもとに走ってしまったのじゃ。その上、中川、高山の敗走を知った江北の地侍どももこぞって玄蕃に靡いてしまったのじゃ。桑山の陣から逃亡したものが、桑山が玄蕃に内応したと触れ回ったようなのじゃ。結果として、玄蕃の軍勢は膨れ上がった。」
「桑山様の策が裏目に出たというわけですな。さりながら、佐久間様もその結果に大層お喜びだったのではございませぬか?」
「玄蕃からすれば、”筑前。何するものぞ”といった心持ちであったろうな。思いがけぬ玄蕃の活躍に、権六が慌てた。急いで、使者を玄蕃に遣わした。曰く、”早々に本陣まで帰陣すべし。この度の戦果、喜ばしい限りである。さりながら、筑前は木々を軽々と渡るの如く素早き者。もし、帰陣せぬ内に筑前が攻め込んでくれば、敗戦から逃れる術はない。一刻も早い帰陣を命じる”」
「柴田様の焦燥が手に取るようでございます。とはいえ、佐久間様は殿下との決戦することで頭がいっぱいでございましょうな。」
「それどころではない。玄蕃は、権六にこう答えたのじゃ。“耄碌するとはこのようなことを指すのである。近頃は羽柴方からの内応が引きも切らず、賤ケ嶽の制圧はもはや時間の問題である。筑前が神速とはいえ、今日今日の飛んでやってくるわけでもあるまい。ここから大垣まで十二里。筑前の斥候が、今大垣に向かったとしても、今日の八つ前(午後三時)に着くことはありえない。よしんば、筑前が軍勢引き連れてきたとしても、強行軍に兵卒は疲労困憊し、戦になるものではない”、とな。結局、玄蕃は権六に従わなかったのじゃ。」
「それは、立派な軍法違反ではございませぬか!?それに対して、柴田様はどうなされたのでございますか?」
「怒り心頭に発する、とはまさにこのようなことを言うのであろうな。あまりの怒りに玄蕃を罰することも忘れ、こう言い放ったそうじゃ。“玄蕃め、この儂の皺腹を切らすと申すか!儂は今まで敵を目の前にして不覚を取ったことはない。鬼柴田の末路がこれか!”とな。それでも、権六は諦めきれず、退却においては迎えに行くとまで玄蕃に伝えたのじゃ。じゃが、もはや玄蕃は聞く耳を持たなかったのじゃ。」
「そういうことじゃ。権六は大将だけあってこの事態を最も恐れていた。やはりというべきか、玄蕃は突き進んでしまったというわけじゃ。こうなるともう止まらない。玄蕃は、次の相手を桑山修理に定めた。先の高山のこともあるので、玄蕃は桑山にこんな勧告を行った。“開城を勧告する。この勧告に従わなければ、進軍を開始する。既に、近隣の二か所の要害はわが手に落ち、残るは貴殿の守る要害のみ。さりながら、戦の勝敗は時の運でもあり、この一戦に懸け、双方が争っては、被害も大きくなる。当方は、城さえ明け渡してもらえば、交渉の余地はある”」
「できる限り兵力を温存し、勢力圏を広げる作戦でございますな。桑山様はどうお答えになったので?」
「これがまた味なことをしおったのじゃ。桑山はこう答えた。“当方に対するご厚情、誠に忝い。仰せのごとく、当方は無勢にて、大軍を引き受けて一戦を交えても、戦功を上げることは到底できない。しかし、日中に一戦もせずに城を明け渡しとあっては、武士として面目が立たない。そこで、夜になれば仰せに従い、開城する。そのため、日暮れまで双方を空砲を撃ち合い、日中は待機していただきたい”、とな。」
「なるほど。高山様のように、一挙に退去してしまっては、味方全体の士気にかかわる。かといって、ここで派手に戦っても到底勝ち目はない。従って、時間稼ぎをしながらの退却ということでございますな。」
「そういうことになるわけじゃが、結果から申せば、これは桑山の独りよがりであったわ。“策士、策に溺れる”とはまさにこのことじゃ。桑山の条件を、玄蕃は呑んだ。玄蕃からすれば、桑山の気持ちもわからぬではないからの。一目散に退却して、桑山が余の叱責を被ることは十分考えられ、武士としてそのような目にあわすことは不憫と考えたのであろう。体裁はどうあれ、無傷で要害を手に入れれば十分じゃからの。そうして、玄蕃と桑山はかねてからの条件に従って、日中は空鉄砲を打ち合った。ところがじゃ、桑山の策を見抜けぬ味方が多数おり、数多の兵が玄蕃にもとに走ってしまったのじゃ。その上、中川、高山の敗走を知った江北の地侍どももこぞって玄蕃に靡いてしまったのじゃ。桑山の陣から逃亡したものが、桑山が玄蕃に内応したと触れ回ったようなのじゃ。結果として、玄蕃の軍勢は膨れ上がった。」
「桑山様の策が裏目に出たというわけですな。さりながら、佐久間様もその結果に大層お喜びだったのではございませぬか?」
「玄蕃からすれば、”筑前。何するものぞ”といった心持ちであったろうな。思いがけぬ玄蕃の活躍に、権六が慌てた。急いで、使者を玄蕃に遣わした。曰く、”早々に本陣まで帰陣すべし。この度の戦果、喜ばしい限りである。さりながら、筑前は木々を軽々と渡るの如く素早き者。もし、帰陣せぬ内に筑前が攻め込んでくれば、敗戦から逃れる術はない。一刻も早い帰陣を命じる”」
「柴田様の焦燥が手に取るようでございます。とはいえ、佐久間様は殿下との決戦することで頭がいっぱいでございましょうな。」
「それどころではない。玄蕃は、権六にこう答えたのじゃ。“耄碌するとはこのようなことを指すのである。近頃は羽柴方からの内応が引きも切らず、賤ケ嶽の制圧はもはや時間の問題である。筑前が神速とはいえ、今日今日の飛んでやってくるわけでもあるまい。ここから大垣まで十二里。筑前の斥候が、今大垣に向かったとしても、今日の八つ前(午後三時)に着くことはありえない。よしんば、筑前が軍勢引き連れてきたとしても、強行軍に兵卒は疲労困憊し、戦になるものではない”、とな。結局、玄蕃は権六に従わなかったのじゃ。」
「それは、立派な軍法違反ではございませぬか!?それに対して、柴田様はどうなされたのでございますか?」
「怒り心頭に発する、とはまさにこのようなことを言うのであろうな。あまりの怒りに玄蕃を罰することも忘れ、こう言い放ったそうじゃ。“玄蕃め、この儂の皺腹を切らすと申すか!儂は今まで敵を目の前にして不覚を取ったことはない。鬼柴田の末路がこれか!”とな。それでも、権六は諦めきれず、退却においては迎えに行くとまで玄蕃に伝えたのじゃ。じゃが、もはや玄蕃は聞く耳を持たなかったのじゃ。」
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