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~ヴァンパイア・ガール編 第2章~

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[ブラッディホールの森]

 食事を済ませた後、フォルトとロメリアはケストレルと軽く言葉を交わして部屋へと戻った。途中何度もケストレルがロメリアを何度も恨めしそうに睨みつけており、その度にロメリアはフォルトを盾にしていた。

 部屋に戻ると、ロメリアは緊張の糸が切れたせいなのか自分のベッドではなくフォルトのベッドに頭から突っ込み、そのまま爆睡してしまった。フォルトは呆れたように溜息をつくと、就寝準備を整えてロメリアのベッドに横になった。

 翌日、フォルトが目を覚まして体を横に向けると何故かロメリアがフォルトの布団の中にいつの間にか入ってきており、目を開けるとロメリアの寝顔が目の前にあったので慌てて飛び上がった。ロメリアが目を覚ました後に何で自分のベッドにいるのか理由を聞いたところ、『1人で寝るのが寂しかったから』と非常に子供じみた感想が飛び出てきて呆れずにはいられなかった。ロメリアらしいというか何というか・・・

 その後、軽い朝食を口にし、シャワーを浴びたり、歯を磨いたりと体を清潔にすると、身支度を素早く整えて宿を出た。宿の前には29人乗ることが出来る大型の蒸気車が止まっており、今いる宿から暫くは宿が無いということで、この蒸気車に乗って次の街へと向かうことにした。

 運転手に挨拶をして、前にあるドアから車の中に乗り込むと、中央の通路を挟んで2人が座れる座席が左右にそれぞれ6列存在し、一番後ろの座席は5人座れるようになっている。

 フォルト達は運転席の真後ろにある2人用の席に座った。ロメリアが窓際の席でフォルトが通路側の席を使用する。座席に座って軽く言葉を交わしていると、ケストレルが少しの手荷物だけを持って蒸気車の中に入ってきて、フォルト達の横の座席に座った。

 ロメリアが不思議なものを見るように目を細めてケストレルに言葉をかける。

 「ケストレルもこの車に乗るの?」

 「ダチが来れないって分かった以上この宿にいる理由は無くなったからな。・・・何だよその目は、ロメリア。付いて来ちゃ悪いのかよ?」

 「別にぃ~?付いて来ちゃ悪いだなんて一言も言ってないよ~。」

 ロメリアはそう言って窓の外に顔を向けると、ケストレルは通路に体を乗り出してフォルトに小声で話し始めた。フォルトも通路に顔を出す。

 「・・・一々癇に障る女だな・・・なぁフォルト、本当に元王女かコイツ?王族の貫禄なんか全くと言っていいほど感じねぇんだけど?」 

 「・・・だと思うよ。偶に王族らしいなぁって感じる時はあるけど・・・普段は王族の品性を全くと言っていい程感じないね。」

 「だよな。・・・こいつを勘当した親の気持ちがちょっと分かる気はするぜ。」

 『・・・だからと言って暗殺部隊まで送り込む気持ちは理解できないけど・・・』

 フォルトは心の中でそう吐き捨てると、自分の座席に背中をくっつける。それから10人ほど宿に宿泊していた人達が車の中に入ってきて座席に座ると談笑し始める。バスの中が少し喧しくなり、フォルトはバッグの中からガイドブックを取り出すと、それを見始める。

 それからすぐに運転手が『まもなく出発いたします。シートベルトをしっかりと着用しておいてください。』と車内にアナウンスをして、車は出発した。車が大きいせいなのか、この間ケストレルの友人に乗せてもらった車よりも激しく揺れて、少し具合が悪くなった。

 ロメリアは時折『うっ・・・』と嗚咽が聞こえてくる点を除けば静かなものだった。・・・嗚咽が聞こえてくる度に戻しはしないだろうかと心臓が痛くなったが。

 ケストレルは流石というべきか全く車の揺れを気にしていない様子で、平然と手帳を眺めていた。車は陽の光を浴びながら荒野を貫く街道をひたすらに走る。

 宿を出てから2時間程・・・時刻は午前9時30分を回ろうとしていた頃に、フォルト達を乗せている車は荒野にいきなり現れた広大な森を捉えると、何の迷いもなく森の中へと入って行った。森の中に入った瞬間に、空一面を覆う木に囲まれ、昼間にもかかわらず薄暗くなってしまった。

 周囲の森を眺めていると、木に生えている葉はどれも紫色や赤色で、果実も茶色や紫色といった非常に毒々しい色であるため、お世辞にも美味しそうには見えないものばかりだった。でも何処か神秘的な雰囲気も醸し出しており、所々蛍の光のように紫の灯りが雅に森の中を薄っすらと照らしている。

 ロメリアは窓から森の様子を眺める。すっかり顔色も良くなっており、車酔いも収まったようだ。

 「グリュンバルド大陸にもミスティーヌの森があったけどさ・・・この森はなんかこう・・・お伽話に出てきそうな感じだよね?ミステリアスっていうか、何というか・・・」

 「うん・・・妖精とか、精霊とか・・・人智を超えた生き物がひっそりと暮らしていそうな感じだよね。不気味だけど何処か惹かれるものがあるっていうんだろうか・・・」

 「・・・ねぇ、フォルト?そのガイドブックにさ、この森について書かれてない?」

 「えっと・・・あった。・・・『ブラッディホールの森』・・・だって。」

 「ブラッディホールの森・・・何か怖そうな名前だね・・・」

 ロメリアがそう呟くと、フォルトは森についての詳細を読み始める。

 「この森はフィルテラスト大陸唯一の森林地帯で、自然保護区に指定されているんだって。希少な果実、茸、薬草が多数生えていて、絶滅危惧種に指定されている様な動物、魔物も多種に渡って生息しているんだそうだよ。・・・ただ、毒性の強い果実、茸、葉、動物も多数存在しているからあまりこの森には足を踏みいれないらしい。」

 「・・・でも危険を冒してでも希少な果物や薬草を採りに来る密猟者もいそうだよね。絶滅種の動物の皮とかは高く売れるっていうし・・・」

 「ロメリアの言う通り、今でも密猟しに来る人は後を絶たないそうだね。・・・でも今まで誰も、密猟に成功していないって書かれているよ?」

 「本当かなぁ~?全員っていうのは流石に嘘くさくない?それに何で誰も成功していないのか、その理由も書かれてないよね?」

 「そうだね・・・何でだろう?」

 フォルトとロメリアが森に関する情報を本から読み取ろうと眺めていると、ケストレルが話に加わってきた。

 「・・・この森にはな、『変わった種族』がいるんだよ。ガイドブックにも載っていなくて、その存在を知っている人も極僅かな種族がな。」

 「変わった種族?なんていう種族なの?」

 ロメリアが興味深そうにケストレルに声をかけると、ケストレルは読んでいた手帳を閉じた。

 「・・・『吸血鬼(ヴァンパイア)』・・・」

 「ヴァンパイア⁉ヴァンパイアってあの・・・人の生き血を啜るっていう・・・」

 「そう、そのヴァンパイアだ。」

 「ヴァンパイアって空想上の生き物なんじゃ・・・」

 「いいや。空想の存在でもなんでもないぜ。確かに奴らは存在する・・・伝承のまんま、な。」

 「・・・ヴァンパイアって・・・強いの?」

 「強い。ひたすらに強い。俺も直接見た訳じゃねえが、聞いた話によると強力な魔術を使い、ありとあらゆる眷属を使役するとのことだ。日光に当てるか、首を斬り落とさない限り死ぬことは無いらしい。」

 ケストレルは手帳をコートの懐へと仕舞った。ロメリアとフォルトは言葉を失ってケストレルを見つめる。

 『ヴァンパイア・・・僕も本ではその存在は知っていたけど・・・まさか実在するなんて・・・』

 フォルトの心の中ではヴァンパイアが実在したという事実を知って驚愕する思いと実際に見て見たいという好奇心の思いが沸き上がっていた。フォルトとロメリアがヴァンパイアについて話し始めた。

 その時、急に車の速度が落ち、フォルト達の体が前に動く。シートベルトが体に食い込み、一瞬息が出来なくなる。どうやら運転手が急ブレーキをかけたようだ。

 「何っ⁉何なのっ⁉」

 「運転手!何があった!」

 ケストレルが運転手に声をかけると、運転手は体を固まらせたまま前を向いていた。運転手の額からは大量の汗が流れており、息を乱していた。

 フォルト達が席から立ち上がって、車の前方に視線を移す。すると車の前方に漆黒のゴシック風の服を着た、血の色のような深紅のウェーブのかかった長髪の女の子が街道上に蹲っていた。女の子はゆっくりと顔を車に向かって、透き通った浅黄色の目を向けた。

 「あの子・・・何でたった1人でこんな森の中にいるんだろう?」

 フォルトが呟いた瞬間、女の子が小さく口を開けた。その口の中から僅かに見えた歯は犬歯が鋭く尖っており、とても人間の・・・それも女の子がしている様な歯ではなかった。

 「あの子供・・・まさかヴァンパイアか⁉」

 ケストレルもその子の歯を見て気づいたようで声を上げると、女の子は直ぐに立ち上がって森の中へと消えていった。周りの乗客も窓から顔を覗かせて、森の奥を見つめる。

 フォルトとロメリアはゆっくりと席に戻ると、ロメリアが囁くように呟いた。

 「私・・・初めてヴァンパイアを見たよ・・・」

 「・・・ロメリアもあの子がヴァンパイアだって思った?」

 「うん・・・だってあの牙・・・絵で描かれてあったヴァンパイアのまんまだったから・・・」

 「・・・本当にいたんだって今確信したよ。噂は本当だったみたいだね。」

 フォルトは再びシートベルトをする。

 「でもなんで、街道の上で倒れていたんだろう?」

 「魔物に襲われていたとか?もしそうなら助けに行きたいけど・・・もう見えなくなっちゃったし・・・森の中に入って遭難したら大変だし・・・」

 ロメリアはちょっと悔しそうに呟くと、フォルトと同様にシートベルトを締める。それからすぐ後にフォルト達を乗せた車は再び森の中を進み始めた。

 森の中には良く分からない動物の鳴き声が響き渡っていた。
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