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エルフの森の姉妹

484:エルフたちの森へ

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 シアリスがケイノアを故郷に連れ戻しにきて、俺たちがそのことでエルフの森に行くことを決めた次の日、俺はこの国の王様であるグラティースのところへとやってきていた。

 一旦、とはいえこの国に戻ってきたわけだから顔を見せないわけにもいかないし、これからエルフの森に行って何か問題が起こるかもしれない。
 俺は一応とはいえ結構重要な勲章なんてものをもらっている状態だし、問題が起こったら個人の問題ではすまないかもしれない。
 そのため、問題が起こらない様に事前の情報収集と、何かあった時の手回しをしにきたのだ。

 とはいえ、流石にそんな事務報告みたいなものだけではなく、つい今し方まで俺たちの旅の様子なんかの普通の雑談も混じっていた。まあ、『普通の』、というと些か疑問が残る様なものだったが。

「そんなわけで、俺たちはエルフの森に行こうと思う」
「戻ってきたと思ったらまた急ですね」

 落ち着きのない俺たちにグラティースは少し呆れた様子で苦笑いをしているが、途端に真剣な表情へと変わった。

「ですが、そういうことなら一つお願いがあります」
「お願い?」
「はい……これを、あちらの氏族長に渡していただけませんか?」

 そう言って服のうち側から取り出したのは一通の手紙。
 シワのついていないところを見ると、よほど特殊な素材を使ってあるのか、それとも服の内ポケットかなんかが収納具の役割が果たされているのかだろう。

 グラティースはその手紙を俺へと差し出した。

「氏族長で良いのか? 王……は一応この国の所属だからいないのか。にしても、まとめ役とか……」

 差し出された手紙を受け取りながらそう尋ねるが、グラティースは首を振った。

「あそこには個人のまとめ役などいません。代わりに、各氏族の長が集まって開かれる会議によって森全体の意思決定がされます。あの森は対外的には一応この国に所属はしていますが、向こうは所属しているという意識はないでしょう」

 国としてそれで良いのかと思ったが、下手に無理強いして反抗されるよりは協力関係を築いた方が良いのか。

 それに、エルフ全体がそうだとは思わない……思いたくないが、高圧的な態度が基本なら、グラティースの言葉も理解できる。どこかの国に所属する、なんてことはしないだろうからな。

 そう考えると、この国の一部として扱っても文句を言われない今の状況というのは、わりと奇跡的なものなのかもしれない。

「エルフ達は、森の中は自分たちの国。変に干渉してこないならそれ以外はどうでも良いという考え方です。精々がそこそこ仲は悪くない隣人、程度でしょう。ケイノアさんの氏族は、そんな森とこの国の接点を管理している氏族です」

 だが今回この国の中で起こった問題のせいでエルフ達にも被害が出た。
 そのせいで関係の見直しと、それに伴って娘の回収となったわけか。

「しかし……頼み事をしておいてなんですが、行くのならお気をつけを。あそこは魔術の強力さがそのまま身分となります。あなた方の能力であれば氏族長程度なんの問題もないでしょうけれど、人間と獣人というだけで見下されると思います」

 グラティースはそう言って心配そうな様子を見せたが、それは昨日シアリス達から聞いた時から予想はついていた。何せ、そばにちょうど良い感じのサンプルもいたわけだし。

「ああ。それはわかってる。ケイノアを迎えにきたやつもそんな感じだったからな。……ちなみに対処法はあるのか?」
「問題が起きた際には魔術を用いた決闘を行なうので、それに勝てば良いかと」

 なら、それほど心配はないかな?

 その後は適当に注意事項を聞いたり旅の間の詳しいことを話したりして時間は過ぎていった。

「じゃあまた来るよ」

 そろそろいい時間だということに気がついた俺は、そう言ってお暇しようと立ち上がる。

「ええ。……ああそうだ」
「ん?」
「お土産、ありがとうございました」
「どういたしまして」

 さあ。あとは準備を整えて森に行くだけだな。




「というわけで、グラティースとは話をつけてきたからこの家の管理やらエルフの森での何やらは問題ない」
「出発はいつにされますか?」
「そうだな……」

 許可は取ったし、出ようと思えば明日にでも出発することは可能だ。
 だが……

「特にやることもないし、準備出来次第すぐに行きたいかな」
 
 だがこれから行くのは、ある意味この国から独立した国であるエルフの領域。
 そこで俺たちがどんな扱いをされるかわからない以上は、しっかりと準備をしていくべきだとは思うが、できることならさっさと行ってサクッと片付けてしまいたい。
 こうしている間にも王女が動き出して何かをする可能性は十分あるんだから。

「準備は何か必要なものはあるかしら? 絶対にこれは必要! ってものがあるのなら、予備も含めて早めに用意しないとだもの」

 必要なものか……冒険者用の装備を一式持っておけば大抵のものは揃ってるし大丈夫だと思う。

「冒険者の遠出用の装備があれば一応は平気かな? 絶対に、ってものはないけど、自衛用の道具なんかは多めに欲しいな。ある意味敵の本拠地に乗り込むわけだし、安全を重視したい」

 あとは食料なんかも必要かもしれないが、その辺はすでに俺の収納の中に入っている。
 まあでも、とりあえず後で補充しておこうか。劣化しないのだから無駄になることはないし。

「わかったわ」
「ではそのよう──」
「ええ~、ほんとに行くの~? すっごい嫌なんだけどぉ……」

 イリンと環が頷き、その場は解散となりかけたところで、とても気怠げな声が俺たちの耳に飛び込んできた。

「行くんだよ。お前の問題だろうが」

 言った犯人は当然ながらと言うべきか、ケイノアだ。
 こいつは相も変わらずにソファで横になりながら、顔を顰めて俺たちを見ていた。

「や、でもぉ。それあんた達がやる気になる必要なくないかしら? もうちょっと落ち着いて考えましょ? ね?」

 すごく行きたくなさそうだな……だがもう決まったことだ。

「却下。お前が言ったんだろ。助けてくれれば俺たちに手伝うって。ならやる気になるに決まってんだろ」
「……そんなこと言ったかしら? 気のせいじゃ──」
「言ったよな?」

 寝ているケイノアのそばにより、両手で頬を軽くつねる。
 こいつが、助けてくれたら俺たちの頼みを聞く、なんて言ったから俺は真面目に動く気になったのだ。今更やっぱりなし、は通用しない。

「いひゃいいひゃい! いいあいあー! だかあ、はあしえー!」

 痛いと叫んでいるが、実際のところ引っ張っているだけで大して力入れていない。抓られたことで条件反射的に痛いと叫んでいるだけだろう。

 今回は何も手に持っていないため、ケイノアは自分の頬をつねっていた俺の手をつかんで無理やり引き剥がす。

 ケイノアは大して痛くないであろう頬を摩って、口をへの字にしながら俺を睨みつけた。
 が、その程度で怯みなどしない。

「うぇ~……言ったけどぉ、あればその場限りっていうかぁ……その……ね?」

 睨んでいても意味はないと判断したのか、ケイノアは今度は俺を上目遣いで見上げてきた。
 ケイノアは中身の方はともかくとして、外見はかなりの美少女だ。そんな女の子が若干涙目で上目遣いで自分を見上げてくる。そんな光景は、なかなかにものがある。

「いたあっ!?」

 が、俺はそんなケイノアの額にデコピンを一発入れてケイノアの座っているソファの肘掛けの部分に軽く腰を下ろして話を続ける。

「いいじゃないか。どうせいつかは対処しなくちゃいけないんだ。俺たちが手伝ってやれるときに片付けたほうがいいだろ?」
「まあ、ね。そうなんだけどぉ……」
「もしお前が本当に嫌だっていうんなら無理強いはしないけど、その場合は向こうは強硬手段に出ると思うぞ? それが嫌ならお前がどこかこの国以外のところに逃げないとだが……お前、ここから離れる気ないだろ?」

 それはこいつが怠け者だからという意味もあるが、別の意味もある。こいつは意外と、というと失礼かもしれないが、家族思いだ。
 もしまた何か騒ぎがあったときにいつでも助けに行ける様に、できる限り近く……少なくともこの国の中には居るつもりだろう。

「そぉなんだけどぉ……! それでもおおおお!」

 手足を伸ばしてバタつかせながら叫んでいるその姿は、まるで子供が駄々をこねているかの様に思え、とてもではないが百年以上生きてる者の姿には見えない。

「……あああああ! もう、わかったわよ! 行くわよ! 行って全部終わらせる! もう大体終わってるし、詰め込めばイケる! ……多分! やってやるわよ!」

 ケイノアはそう言うと勢いよく立ち上がった。

「い゛っ!? っ~~~~~!」

 だが勢いが良すぎたことで立ち上がったときにテーブルに脛をぶつけて蹲っている。もう少し落ち着け。

「行く気になったのはいいんだが……大体終わってるって、何がだ?」

 そんなケイノアに呆れながらも、先ほどのこいつの言葉で気になったことがあったので、聞いてみた。

「うえっ!? 聞いてたの!?」

 だが、ケイノアは蹲って脛を抑えた状態のまま驚いた様にこちらを見上げてそう叫んだ。

「今ので聞こえなかったら俺は耳の病気だな」
「……頭かもしれないわよ」
「やかましい。……ってそうじゃない」

 そんな会話の最中にも魔術を使って脛の痛みを消したケイノアの額を小突いた俺は、緩く首を振ってから問いかける。

「お前、何かするつもりなのか?」
「うぐっ……う~、それは……そのぉ……」

 ケイノアはそんな俺の問いに、何かを誤魔化す様に視線をキョロキョロと動かした。

「……秘密よ!」

 だが特に言い訳が見つからなかったのか、そんなふうに堂々と叫んだ。

 胸を張って叫んだその姿に、少しイラッとしたので手をデコピンの形にしてケイノアに近づけた。

「待って待って、ほんとに待ってってば! これはいたずらを隠したくてとかそんなんじゃないのよ! 本当に話せないの! 隠し事の一つや二つくらいいいでしょ!?」
「まあ、隠し事をするなとは言わないが、お前の場合はなぁ……」
「ちょっとくらい信用してよ!」
「過去の自分の行ないを顧みろ」

 今回もまた何かしらのいたずらを仕掛けたりしてるんじゃなかろうかと思ったのだが、どうやら違う様だ。

 そのことにとりあえずの納得をすると、俺はため息を吐いてから再びケイノアへと視線を戻した。

「……危険なことじゃないのか?」
「……大丈夫よ。イリンや環達が怪我をする様なことは何もないわ。もちろんあんたもね」
「そうか。ならいいが……」
「それに、その時が来ればあんた達にも詳細を教えるわ」

 今のケイノアの言葉には一瞬だけだが間があった。おそらくは何かを隠しているんじゃないだろうか?

 だが、そう言ったこいつの瞳に嘘はなく、本当に俺たちが怪我をする様なことではないのだと判断してひとまずは引き下がることにした。

「今回の件が全部終わったら、ちゃんと手伝ってもらうぞ?」
「そのときに私が五体満足で動けたらね~。ちゃんと守りなさいよ?」


 そしてシアリスが言っていた期限である一週間を待たず、俺たちはシアリスのやっている薬屋の前までやって来ていた。……いや、シアリスのやっている、ではなく、やっていた、が正しいか。
 以前みたときにはそれなりに人が入っていたシアリスの店だが、今では扉が閉まっており、室内は薄暗く看板も外されていた。

「奥へどうぞ」

 店の前で立っていると薄暗い建物の扉が開き、中からケイノアの付き人だと言うエルフのユーリアが出てきて俺たち、と言うかケイノアを招き入れた。

 建物の中に入り奥へと行くと、シアリスが机に向かい何かを書いていた。

「思ったよりも早かったですが、来てくださると思っていました」

 俺たちの存在に気が付きこちらを一瞥しながらそう言ったシアリスは、ペンを置くとそれらを机の上に置いてあった袋の中に入れて立ち上がった。

「では行きましょうか」

 挨拶もそこそこに……と言うかほとんどせずにシアリスはそう言っていくつかの荷物を持った。

「もうか? そっちの準備は……」
「すでに終わっています。あとはあなた方を待つだけでした」

 そんな取りつく島もない様子のシアリスの様子にどう対応すればいいのかわからないままでいる俺たちを無視して、シアリスはそばにいたユーリアへと視線を向けた。

「では私は一足先に戻って氏族長に報告して参ります」
「ええ。一週間、遅くとも十日もあれば森の入り口にはたどり着くはずですから、その後の段取りは任せます」
「かしこまりました」

 シアリスの視線に頷いたユーリアはそう言うと何らかの魔術を構築し始める。

「姫様。くれぐれも、逃げないでくださいね」
「わかってるわよ。今更逃げたりしないわ」
「では」

 ケイノアに軽く小言を言った直後、ユーリアの魔術が発動し、一瞬後にはそこにはユーリアの姿はなかった。

「転移魔術か……」
「ええ。それがあの者がお姉さまの側近として付けられている理由です。優秀でないと務まりませんから。流石に一度では森まで行けませんが、それでも走るよりは速いですよ」
「側近とかいらないんだけど……。そもそもまともに役に立ったことないし」

 ケイノアはそんな風にぼやいているが、そんなケイノアを、シアリスは一瞥してから視線を逸らした。

「……では、私たちも行きましょうか」

 シアリスはそう言って建物の外へと歩き出したので、俺たちもその後を追って建物の外へと出ていった。

 建物の裏には馬車が止めてあり、シアリスはそこに乗り込んでいったが、どうやら俺たちとは一緒ではない様だ。

「私なんかと一緒にいたくないのではありませんか?」

 シアリスはそう言うと俺たちから視線を逸らし、それ以降は目を合わせようとしない。
 まあ、もともと自分たちの馬車で行くつもりだったから予定通って言えばそうなんだが……

 俺たちは普段使っている馬車に順番に乗り込んでいく。

「おい、シアリス。最後に聞かせろ」

 全員が乗り、あとは俺が乗るだけとなったところで、シアリスに聞きたいことがあったのでそう尋ねた。

「お前はなんで?」

 そこ、というのはもちろん物理的な場所を指してではない。
 シアリスは間違いなくケイノアを慕っていたはずだ。確かに恨んでもいたのかもしれないが、それでも今のシアリスは、何だか彼女らしくない気がする。
 シアリスとの付き合いの短い俺が彼女の何を知ってるんだと言われればそれまでだ。

 だけど、それでも俺にはシアリスがなぜこんなことをしているのかが不思議に思えた。

「……これが、私のなすべきことだからです。人間もそうでしょう? 貴族は自分の役割を果たさなければならない。それと同じです。氏族長からの命があった以上、それは、為さなければならないのですよ」

 まるで人形の様に思えるほどに感情を抑えた虚な瞳で、彼女はそう言った。

 だがそれは勇者二人の様に洗脳されているのではない。
 彼女の瞳は感情を『抑えている』が、『なくなった』わけではない。
 その証拠として、シアリスは時折その瞳だったり行動だったりと、些細なところで感情が見え隠れしている。
 彼女も、思うところがないわけではないのだと思う。……そうであって欲しい。

「自分にとって嫌なことでもか?」
「……それが、なすべきことであれば、個人の意思など必要ないとは思いませんか?」
「思わない。俺は自分が一番大事だ。自分が辛いのが嫌だから逃げてきたし、自分の幸せのために行動している。俺は俺とイリンと環の幸せを守るためなら、他の人類全てが死んでも構わない」

 俺は自分達さえ幸せならそれでいい。昔からそうだった。この世界に来て大事なものや守りたいものは増えたが、それでも根本は変わらない。

 目の前で誰かが傷ついてる、悲しんでるとなったら手を差し伸ばすし、手の届く範囲なら多少の無茶もする。
 だけど世界のために、みんなのために、だなんて言って自分たちを犠牲にすることなんてできないし、するつもりもない。

「……そう」

 俺の言葉を聞いたシアリスは、何でもない風を装っているが、その視線からは俺のことを忌々しく思っているのがありありとわかった。

「あなた方はいいですね……自由で。そういうところがとても…………」

 嫌いです。

 それだけ言うと、シアリスは俺を無視して馬車を動かした。

 その後ろ姿を見送った俺は、自身の用意した馬車に乗り込み御者席にいるイリンに声をかけてシアリスの後を追った。
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