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獣人達の国
158:一回戦開始、終了
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「ああん? んだお前。どっかで見たことあるような……」
試合会場に着くと、俺よりも遥かに大きな背をした熊の獣人がいた。
「東側! 赤コーナーより現れたのは、コーザ選手! その自慢の怪力で振るわれた戦斧は全てを叩き割る!」
持っている武器は、全てを叩き割ると言われるのに相応しい、大きな両刃の戦斧だ。あんなものをまともに喰らったら怪我では済まない。まともに喰らえば、だが。
「続きまして西側! 青コーナーより……あれ?」
今までは快活に響いていた実況も、どういうわけか戸惑ったような様子を見せている。何かあったのだろうか?
こっちは早く終わらせて、グラティースのところに話を聞きにいかなくちゃいけないんだ。問題なんて起こしてくれるなよ?
「え? あの、いいんですかこれ? あの人確か予選で負けて──」
その後も拡声の魔術具からは戸惑うような声が流れるが、流石に不味いと気づいた者がいたのかその言葉は途中で止まった。
だが、あそこまで流れてしまえば、誰だってその言葉の先を予想するのは難しくないだろう。
であれば──
「ふざけんなああぁ!」
「なんで予選負けがいんだよ!」
「てめぇみてぇのはいらねえんだよ! 帰りやがれ!」
俺が予選で負けたことに気づいた者達から、そんな罵詈雑言が飛び交う事となる。
そしてそれは飛び火し、今では会場の大半が俺がここに立っていることに不満をぶつけている。
「お静かに! 皆さまどうか落ち着いてください!」
アナウンスの人がそう言うが、その程度では落ち着きを見せることなどなかった。
……問題があるのは理解していたけど、向こうで対応するって言ってたから気にしないことにしてたのに……。グラティースはなにもしなかったのか?
「皆さん──」
「お静かに願います」
アナウンスの声を遮って響き渡る声。その声は、魔術具を使っていたが、そう大きな声ではなかった。
だが、会場はその声を聞くと一瞬で静まり返った。
「皆さんを混乱させてしまい申し訳ありません。ですが、これは私の我が儘ですので、そこの彼を責めないでいただきたいのです」
皆の視線を集めるのはこの国の王。俺がここに立つことを勧め、手続きをしたグラティースだった。
……ここで来るのか。できればもっと早く、俺にヘイトが集まる前にどうにかして欲しかった。
「ですが、それで納得しろと言うのも難しいでしょう。ですので、皆さん彼の試合を見て判断してください。特別扱いされてもおかしくない強さがあると判断できれば、彼のことを受け入れて欲しいのです」
このやり方はウォルフもやってたな。みんなを納得させるために戦わせて、その結果で判断させる。
もしかしてこのやり方ってこの国のテンプレなのか?
グラティースが話し終えて席に戻るが、観客達が再び騒ぎ出すことはない。やはり今の方法が一番効果があるのか、それともグラティースのカリスマのおかげなのか。
「えー、それでは、これより午前最後の第八試合。コーザ選手とアンドウ選手の試合を開始いたします!」
途端、さっきまで静まり返っていたのが嘘のように会場は歓声に包まれた。
「チッ! お前みてえなのを相手にしねえといけねえなんて、ついてねえぜ」
「ついてない?」
「ああそうだよ! どうせ金でなんとかしたんだろ? 俺は俺の強さを証明するためにここにきてんだ! それがお前みてえなのに当たるなんて、ついてねえ以外のなんでもねえだろうが」
今回、俺は予選で負けたが、空いてしまった選手の場所にシード選手として出場する事になった。当然今のようにそれに関して文句を言う奴もいたが、それについては今グラティースが手を打った。
それでもこいつのように、完全に突っかかってくる奴がいなくなるわけじゃない。これからも全くなくなるって事はないだろう。だからどうしたって話だけど。
「そんな事か。……はぁ」
「ああ⁉︎ そんな事だと⁉︎」
「……いいから早くかかってこい。もう試合の開始は告げられてんだから」
試合の開始自体はもうとっくに告げられていた。まだ戦いが始まっていないのはこいつが武器を構えていないからというだけだ。
本来ならそんなこと気にしないで、不意打ち騙し討ち、なんでもするんだが、今は俺も強さを見せつけなくちゃいけない。……こんなのと目的が一緒ってなるとなんだか嫌だけど、仕方がない。
「なら死んでも後悔すんじゃねえぞぉ‼︎」
自分の事をまともに敵として見ていない俺に腹を立てたのか、巨大な戦斧を肩に担いで走り寄ってくる。
……遅いな。
確かに一撃の強さはあるのかもしれない。まともには喰らいたくないという威圧感はある。
だが、それでもあの遅さでは意味がない。これではいくらでも対処できる。
「オラアアアァァ‼︎」
目の前に迫る振り下ろし。俺はそれを眺めているだけで動かない。動く必要がない。
「アアア!──がっ⁉︎」
振り下ろされた戦斧は、俺たちの間に現れた黒い『渦』に飲まれて消えていった。
そしてそれを持っていた手は、渦に触れると跳ね返され、その勢いで男は後ろに倒れてしまった。
やった事は単純。俺に戦斧が当たる前に収納魔術の渦を出しただけ。
それだけで戦斧は渦の中にしまわれ、渦に触れた手は、そこに込められた力の倍の衝撃を受けたというだけだ。
だが、男の手はしばらく受けた衝撃で手が痺れて、まともに動かないだろう。
「これで終わりでいいか?』
収納魔術にしまった戦斧を取り出して尻餅をついている男に突きつける。
「ぐぅっ……!」
納得いかないのか降参を渋っている。が、そんなものに付き合う程俺は機嫌がいいわけじゃない。
「死んで負けるか、降参するか選べる」
俺はそう言いながら身体強化を強めて、戦斧を上段に構える。
「わ、わかった。お、俺の負けだ!」
「そこまで! 勝者、アンドウ選手!」
ガラン、と持っていた戦斧をその場に放り捨てて、俺は振り返る事なくその場を去った。
……この試合、どういうわけか説明してもらうぞ。グラティース。
試合会場に着くと、俺よりも遥かに大きな背をした熊の獣人がいた。
「東側! 赤コーナーより現れたのは、コーザ選手! その自慢の怪力で振るわれた戦斧は全てを叩き割る!」
持っている武器は、全てを叩き割ると言われるのに相応しい、大きな両刃の戦斧だ。あんなものをまともに喰らったら怪我では済まない。まともに喰らえば、だが。
「続きまして西側! 青コーナーより……あれ?」
今までは快活に響いていた実況も、どういうわけか戸惑ったような様子を見せている。何かあったのだろうか?
こっちは早く終わらせて、グラティースのところに話を聞きにいかなくちゃいけないんだ。問題なんて起こしてくれるなよ?
「え? あの、いいんですかこれ? あの人確か予選で負けて──」
その後も拡声の魔術具からは戸惑うような声が流れるが、流石に不味いと気づいた者がいたのかその言葉は途中で止まった。
だが、あそこまで流れてしまえば、誰だってその言葉の先を予想するのは難しくないだろう。
であれば──
「ふざけんなああぁ!」
「なんで予選負けがいんだよ!」
「てめぇみてぇのはいらねえんだよ! 帰りやがれ!」
俺が予選で負けたことに気づいた者達から、そんな罵詈雑言が飛び交う事となる。
そしてそれは飛び火し、今では会場の大半が俺がここに立っていることに不満をぶつけている。
「お静かに! 皆さまどうか落ち着いてください!」
アナウンスの人がそう言うが、その程度では落ち着きを見せることなどなかった。
……問題があるのは理解していたけど、向こうで対応するって言ってたから気にしないことにしてたのに……。グラティースはなにもしなかったのか?
「皆さん──」
「お静かに願います」
アナウンスの声を遮って響き渡る声。その声は、魔術具を使っていたが、そう大きな声ではなかった。
だが、会場はその声を聞くと一瞬で静まり返った。
「皆さんを混乱させてしまい申し訳ありません。ですが、これは私の我が儘ですので、そこの彼を責めないでいただきたいのです」
皆の視線を集めるのはこの国の王。俺がここに立つことを勧め、手続きをしたグラティースだった。
……ここで来るのか。できればもっと早く、俺にヘイトが集まる前にどうにかして欲しかった。
「ですが、それで納得しろと言うのも難しいでしょう。ですので、皆さん彼の試合を見て判断してください。特別扱いされてもおかしくない強さがあると判断できれば、彼のことを受け入れて欲しいのです」
このやり方はウォルフもやってたな。みんなを納得させるために戦わせて、その結果で判断させる。
もしかしてこのやり方ってこの国のテンプレなのか?
グラティースが話し終えて席に戻るが、観客達が再び騒ぎ出すことはない。やはり今の方法が一番効果があるのか、それともグラティースのカリスマのおかげなのか。
「えー、それでは、これより午前最後の第八試合。コーザ選手とアンドウ選手の試合を開始いたします!」
途端、さっきまで静まり返っていたのが嘘のように会場は歓声に包まれた。
「チッ! お前みてえなのを相手にしねえといけねえなんて、ついてねえぜ」
「ついてない?」
「ああそうだよ! どうせ金でなんとかしたんだろ? 俺は俺の強さを証明するためにここにきてんだ! それがお前みてえなのに当たるなんて、ついてねえ以外のなんでもねえだろうが」
今回、俺は予選で負けたが、空いてしまった選手の場所にシード選手として出場する事になった。当然今のようにそれに関して文句を言う奴もいたが、それについては今グラティースが手を打った。
それでもこいつのように、完全に突っかかってくる奴がいなくなるわけじゃない。これからも全くなくなるって事はないだろう。だからどうしたって話だけど。
「そんな事か。……はぁ」
「ああ⁉︎ そんな事だと⁉︎」
「……いいから早くかかってこい。もう試合の開始は告げられてんだから」
試合の開始自体はもうとっくに告げられていた。まだ戦いが始まっていないのはこいつが武器を構えていないからというだけだ。
本来ならそんなこと気にしないで、不意打ち騙し討ち、なんでもするんだが、今は俺も強さを見せつけなくちゃいけない。……こんなのと目的が一緒ってなるとなんだか嫌だけど、仕方がない。
「なら死んでも後悔すんじゃねえぞぉ‼︎」
自分の事をまともに敵として見ていない俺に腹を立てたのか、巨大な戦斧を肩に担いで走り寄ってくる。
……遅いな。
確かに一撃の強さはあるのかもしれない。まともには喰らいたくないという威圧感はある。
だが、それでもあの遅さでは意味がない。これではいくらでも対処できる。
「オラアアアァァ‼︎」
目の前に迫る振り下ろし。俺はそれを眺めているだけで動かない。動く必要がない。
「アアア!──がっ⁉︎」
振り下ろされた戦斧は、俺たちの間に現れた黒い『渦』に飲まれて消えていった。
そしてそれを持っていた手は、渦に触れると跳ね返され、その勢いで男は後ろに倒れてしまった。
やった事は単純。俺に戦斧が当たる前に収納魔術の渦を出しただけ。
それだけで戦斧は渦の中にしまわれ、渦に触れた手は、そこに込められた力の倍の衝撃を受けたというだけだ。
だが、男の手はしばらく受けた衝撃で手が痺れて、まともに動かないだろう。
「これで終わりでいいか?』
収納魔術にしまった戦斧を取り出して尻餅をついている男に突きつける。
「ぐぅっ……!」
納得いかないのか降参を渋っている。が、そんなものに付き合う程俺は機嫌がいいわけじゃない。
「死んで負けるか、降参するか選べる」
俺はそう言いながら身体強化を強めて、戦斧を上段に構える。
「わ、わかった。お、俺の負けだ!」
「そこまで! 勝者、アンドウ選手!」
ガラン、と持っていた戦斧をその場に放り捨てて、俺は振り返る事なくその場を去った。
……この試合、どういうわけか説明してもらうぞ。グラティース。
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