召し使い様の分際で

月齢

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第10章 逆襲のアーネスト

喝!

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「僕からも、ちょび……あなたに質問してよろしいですか?」

 ちょび髭氏は丸眼鏡を押し上げながら、「どうぞ」とうなずいた。

「たとえば、ひとりの人間が長年かけて得た知識と成果を盗まれる。または、真面目に働いて得た評判を、事実無根の言いがかりによって失う。
 そういう被害に遭った人々があなたに裁きの場での弁護を依頼してきたら、その人たちにも、『それは報復感情によるものだから和解で済ませなさい』と説得するのですか?」

「訴える相手によるでしょうね」
「たとえば?」
「訴えることで依頼人の不利益になる、もしくは大恩ある相手です」

「曖昧すぎますね。恩を感じる基準は人それぞれです。小さな親切に大きな恩を感じる人もいれば、何をしてもらっても感謝をしない人もいるでしょう。
 そんな曖昧な尺度を盾にして、『恩知らずな訴えだから』と切り捨てるのが弁護役の仕事ですか?」

 それまでスラスラと答えていたちょび髭氏が、この質問にはほんの少し言い淀んだ。
 その隙に、またも双子が騒ぎ出しそうな気配がしたので、今はやめておきなさいと、止めようとしたのだが。

「その通り! 先ほどから聞いておれば、弁護役はアーネスト様に恨みでもあるのか!?」

 藍剛将軍が、腹に響く声を放った。
 ちょび髭氏はピクリと片眉を上げたものの、冷静に答える。

「お言葉ながら藍剛将軍。わたしは私情から申し上げているわけではありません」
「私情でなければ、理不尽に苦しめられた相手を責め立てることも許されると言いよるか!」
「職務上、必要でしたら」
「喝! かぁつ! 黙らんかい、この頭でっかちの若造が!」

 うおお。久々に聞いたよ、藍剛将軍の喝!
 でも……僕はなんとなく、もしかすると藍剛将軍は、双子が暴れ出さないためのお目付け役として呼ばれたのかな? なんて思っていたのだけど……双子より先に暴走している。

 一方双子は、手を叩いて爆笑し、「さすがだ藍剛!」と大喜びしているし。確かに、さすがこの二人の師と言えよう。
 王様まで肩を震わせて笑いをこらえているが、弓庭後侯は無表情で、王妃と皓月王子はぽかんと口をあけている。

「それ以上アーネスト様をいじめよったら承知せんぞ! 執事殿に顔向けできんではないか!」
「将軍閣下。執事殿とは、いったい」
「弁護役のくせにそんなことも知らんのか!」

 将軍……弁護役だからってジェームズを知っていたら、そっちのほうが驚きだよ。

「陛下はお前の言うような恩着せがましい方ではない! お前なんぞが陛下の代弁者のごとく恩を語るな、百年早いわ! 鼻毛を抜いて出直してこい!」  

 ちょび髭氏が反射的に鼻を手で隠したのを、僕は見逃さなかった。
 双子は腹を抱えて笑っているし、ちょっと収拾がつかなくなってきたところで、王様が「一旦、休憩を入れよう」と提案した。

「再開後は、弁護役は速やかに和解案を提示すること。藍剛の言う通り、僕への恩とかいらないから。
 あと、王子たちはちょっと残りなさい」

 皆が隣に用意された休憩室に移動する中、居残りを命じられた双子と皓月王子は、

「もうっ! お前たちは騒ぎすぎ! 次の注意で即退室させるからね!」

 と説教されている。
 皓月王子が何か反論し、それに対して寒月が怒鳴りつけたところで、王様が続けざまに息子たちに頭突きをした。
 巻き添えを食った青月も含め、三人とも額を押さえて痛みに呻いているのに、王様だけは「ちょっとは仲良くしなさぁい!」と腰に手を当て平然としている。
 その様子を微笑みながら眺めている刹淵さん。あれはたぶん、本気で面白がってる顔だ。  

 双子を待っていようかと思ったが、藍剛将軍にお礼を言いたかったので、先に廊下に出てみるも見当たらない。また尿意を催したのかな。

 やはり双子を待つことにして、廊下の窓からぼーっと中庭の雪景色を眺めていたら「よろしいかしら」と声をかけられた。
 振り向くと、遠慮がちに微笑む王妃が立っている。

「ウォルドグレイブ卿。よろしければあちらのお部屋で、お茶をご一緒にいかが?」
「……喜んで」

 一瞬迷ったけど、実は僕もこの人と話してみたかったので、一緒に休憩室へと移動した。
 休憩室とは言っても、そこは貴賓用の応接室。
 広い室内は赤々と燃える暖炉で暖められ、毛足の長いふかふかの絨毯が敷かれて、会議の参加者たちはそこかしこに配置された円卓と椅子で、思い思いにくつろいでいる。そこへ給仕たちがせっせとお茶や軽食を運んでいた。

 席に着き、運ばれてきたお茶を手に当たり障りのない会話をしながら、僕は改めて王妃を観察した。

 躰の線に沿った深紅のドレスが、結い上げた褐色の巻毛とよく合っている。
 昼の装いにしては派手で、大きな石のついた指輪をいくつか着けているのも目を引く。弓庭後家はとても裕福らしいから、傍から見れば豪奢な装いが、彼らにとっては普段着なのかもしれない。

 胸元で存在感を放っている露草色の石なんか、稀少性が高くてものすごく高価なことで知られる、ユーティミストという宝石のブローチだ。
 エルバータでも特に王侯貴族から愛されていた石で、父上が送ってきた皇族の肖像画の中でも指輪や首飾りに使われていた。富の象徴というやつだ。

 僕の視線に気づいたらしく、王妃が恥ずかしそうに微笑んだ。

「目立つでしょう、この石」
「はい。とても上質なユーティミストですね」
「まあ、さすが見る目がおありね! わたくしには大きすぎるし、これ見よがしで恥ずかしいと言っているのに……兄がね、どうしてもと」
「弓庭後侯が?」

 意外だ。女性に宝石を着けさせたがるタイプには見えない。
 僕の気持ちを読んだように、王妃が明るく笑った。

「お洒落させようとしているわけではないのよ。ほんの少しだけど、うちの領地にもユーティミストが採れる山があるの。その宣伝役を妹にさせたいのよ」

 なるほど。
 うなずいていると王妃が、「そんなことより」と目を輝かせて僕を見た。

「単刀直入に伺いたいのだけど」
「はい、どうぞ」
「うちの子のお嫁さんに、なってくれる気はない?」

 …………は?
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