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第10章 逆襲のアーネスト
戦略は
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「質問? いいよー」
「ありがとうございます、陛下」
「いちいち礼を言わなくていいよー」
「ありがとうございます、陛下。では早速」
ちょび髭氏は、丸眼鏡の向こうから僕を見た。
「ウォルドグレイブ伯爵におかれましては、ご寛大なお心で和解に応じていただき、まことにありがとうございます」
「和解に応じるとは、ひと言も言っていませんよ? 話し合いには応じるとお返事したはずです」
「なるほど、その通りですね。たいへん失礼いたしました。しかし、そうなりますと……」
ちょび髭氏は眼鏡をクイッと上げて、王様や大臣たちへと視線を流した。
「もしも応じていただけない場合は、皓月殿下も裁きの対象となることになります」
「そうでしょうねえ」
のんびり答えると、皓月王子が「馬鹿言うな!」とまた立ち上がった。
「唯一の、正妃の息子のこの俺が! 貴様なんぞに訴えられるものか!」
「黙ってろと言っておろうが!」
すかさず弓庭後侯から一喝されて、渋々引き下がっているけど……本当に元気だなあ。
ある意味感心していると、ちょび髭氏が「まことに失礼ながら」と関心を自分に戻すべく少し声を張った。
「ウォルドグレイブ伯爵は、元はエルバータ皇族であり、処刑を前提に召喚された虜囚でありました」
「そうなんですよねぇ……」
思わずしみじみうなずく。
醍牙の冬が始まる頃にやって来て。
雪が降る中を歩いて行き倒れ。
あの頃は土の上に落ちていた雪も、今ではすっかり根雪になって、どこもかしこも雪景色。
その程度の時間しか経っていないのに、もはや懐かしく感じられて……ダースティンを涙と共に旅立った日のことやあれやこれやが、脳裏を鮮やかに駆け巡った。
「走馬灯かな?」
「えっ!?」
小首をかしげて呟いたら、初めてちょび髭氏が動揺を見せた。
そうだよね。いきなり走馬灯とか言われたら驚くよね。すみません。
ちょび髭氏はわざとらしく咳払いをして、「そもそも」と話を戻した。
「伯爵はエルバータの元皇族として、処刑されて当然のお立ち場でした。処刑されるはずだった元皇族と、皇族派貴族。その全員の命を救ったのは、陛下をはじめとする王家の方々のご寛容と、慈悲深き御心があればこそです。その点は、伯爵も異論は無いことと存じます」
「それはもちろん。今も心から感謝しています」
そういえばあのときは、僕が父上たちの弁護役だったんだよね。
あのときは、いきなり「嫁になれ」なんて言う双子に対して、腹を立てもしたけど……でもまさか、本当に……こんな……か、関係に、なる、なんて……。
「アーネスト。顔が赤いぞ」
楽しそうな青月の声に、ドキッとして耳まで熱くなった。
「何考えてたか、なんとなくわかったぞ」
寒月まで嬉しそうにニヤニヤしている。
なぜこういうときは鋭いのだ、双子!
「や、薬草の神秘と普遍性における人類の未来について考えてましたけど?」
「「嘘つけ」」
綺麗にそろった声に思わず吹き出して、笑い合っていたら、皓月王子が椅子を蹴立てて立ち上がった。
「なんでこの展開でイチャコラしてんだコラ!」
今度は弓庭後侯も甥を諫めない。
イチャコラのつもりはなかったんだけど……そう見えていたか。恥ずかしい。
双子は舌打ちで皓月王子をビビらせているが、僕はキリリと表情を引き締めた。
「失礼いたしました。どうぞ続けてください、ちょび……続けてください」
「はあ、それでは。――ウォルドグレイブ伯爵にとって、王家の皆様は命の恩人そのものでありましょう。今となっては虜囚どころか破格の厚遇で、我が醍牙の誇る勇猛英邁なる双子殿下のご寵愛を賜るまでになられました。となればいずれは、王家に嫁がれる可能性もあるわけです」
「可能性じゃねえよ。決定事項だ」
口を挟んだ寒月に、ちょび髭氏は丁寧にお辞儀をして話を再開した。
「かように深きご寵愛を賜り、誰もが羨むほどの恩寵を一身に受けていらっしゃるというのに――まさか和解に応じられない、ということは無いと思いますが。
それ以上に、まさか、大恩ある陛下のたいせつなご子息であり、いずれは伯爵の義理の弟君となられるかもしれぬ皓月殿下を、屈辱的な裁きの場に立たせるなどという非情な選択は、なさらない。とも思いますが」
おお。予想通りの展開だ、ちょび髭氏。
予想が当たったことに内心で喜んだが、ちょび髭氏の話を聞くうちに双子がまた不機嫌になってきているので、呑気に喜んでもいられない。
そこで僕からも意見を述べた。
「罪を犯した人を司法の場に立たせることは非情な選択であると、ちょび……あなたは考えるわけですね。
繰り返しますが、和解に応じるも応じないも決めておりません。まず話し合いに応じると言っているのです」
「なるほど。それではウォルドグレイブ伯爵は、陛下をはじめとする王家の方々の恩に報いることより、ご自分の報復感情を優先されるということで」
僕は首をかしげた。
「罪の裁きを求めることが報復ですか?」
「……そうではありませんね。失言をお許しください。しかし御恩返しよりもご自分の要求を優先するお気持ちではあると」
……ちょび髭氏の弁護の戦略は、まず僕に対する王様の心象を悪くするのが目的だろうか。王様の庇護下から僕を引きずり出せれば、弓庭後家の権力でどうにでもできると考えて。
けど、それでもまだ僕には双子がいるし、それは向こうもわかっているだろうし。
いまいち狙いが見えてこないけど……。
とりあえず双子がものすごく苛ついているので、暴れ出さないうちに何とかせねば。
「ありがとうございます、陛下」
「いちいち礼を言わなくていいよー」
「ありがとうございます、陛下。では早速」
ちょび髭氏は、丸眼鏡の向こうから僕を見た。
「ウォルドグレイブ伯爵におかれましては、ご寛大なお心で和解に応じていただき、まことにありがとうございます」
「和解に応じるとは、ひと言も言っていませんよ? 話し合いには応じるとお返事したはずです」
「なるほど、その通りですね。たいへん失礼いたしました。しかし、そうなりますと……」
ちょび髭氏は眼鏡をクイッと上げて、王様や大臣たちへと視線を流した。
「もしも応じていただけない場合は、皓月殿下も裁きの対象となることになります」
「そうでしょうねえ」
のんびり答えると、皓月王子が「馬鹿言うな!」とまた立ち上がった。
「唯一の、正妃の息子のこの俺が! 貴様なんぞに訴えられるものか!」
「黙ってろと言っておろうが!」
すかさず弓庭後侯から一喝されて、渋々引き下がっているけど……本当に元気だなあ。
ある意味感心していると、ちょび髭氏が「まことに失礼ながら」と関心を自分に戻すべく少し声を張った。
「ウォルドグレイブ伯爵は、元はエルバータ皇族であり、処刑を前提に召喚された虜囚でありました」
「そうなんですよねぇ……」
思わずしみじみうなずく。
醍牙の冬が始まる頃にやって来て。
雪が降る中を歩いて行き倒れ。
あの頃は土の上に落ちていた雪も、今ではすっかり根雪になって、どこもかしこも雪景色。
その程度の時間しか経っていないのに、もはや懐かしく感じられて……ダースティンを涙と共に旅立った日のことやあれやこれやが、脳裏を鮮やかに駆け巡った。
「走馬灯かな?」
「えっ!?」
小首をかしげて呟いたら、初めてちょび髭氏が動揺を見せた。
そうだよね。いきなり走馬灯とか言われたら驚くよね。すみません。
ちょび髭氏はわざとらしく咳払いをして、「そもそも」と話を戻した。
「伯爵はエルバータの元皇族として、処刑されて当然のお立ち場でした。処刑されるはずだった元皇族と、皇族派貴族。その全員の命を救ったのは、陛下をはじめとする王家の方々のご寛容と、慈悲深き御心があればこそです。その点は、伯爵も異論は無いことと存じます」
「それはもちろん。今も心から感謝しています」
そういえばあのときは、僕が父上たちの弁護役だったんだよね。
あのときは、いきなり「嫁になれ」なんて言う双子に対して、腹を立てもしたけど……でもまさか、本当に……こんな……か、関係に、なる、なんて……。
「アーネスト。顔が赤いぞ」
楽しそうな青月の声に、ドキッとして耳まで熱くなった。
「何考えてたか、なんとなくわかったぞ」
寒月まで嬉しそうにニヤニヤしている。
なぜこういうときは鋭いのだ、双子!
「や、薬草の神秘と普遍性における人類の未来について考えてましたけど?」
「「嘘つけ」」
綺麗にそろった声に思わず吹き出して、笑い合っていたら、皓月王子が椅子を蹴立てて立ち上がった。
「なんでこの展開でイチャコラしてんだコラ!」
今度は弓庭後侯も甥を諫めない。
イチャコラのつもりはなかったんだけど……そう見えていたか。恥ずかしい。
双子は舌打ちで皓月王子をビビらせているが、僕はキリリと表情を引き締めた。
「失礼いたしました。どうぞ続けてください、ちょび……続けてください」
「はあ、それでは。――ウォルドグレイブ伯爵にとって、王家の皆様は命の恩人そのものでありましょう。今となっては虜囚どころか破格の厚遇で、我が醍牙の誇る勇猛英邁なる双子殿下のご寵愛を賜るまでになられました。となればいずれは、王家に嫁がれる可能性もあるわけです」
「可能性じゃねえよ。決定事項だ」
口を挟んだ寒月に、ちょび髭氏は丁寧にお辞儀をして話を再開した。
「かように深きご寵愛を賜り、誰もが羨むほどの恩寵を一身に受けていらっしゃるというのに――まさか和解に応じられない、ということは無いと思いますが。
それ以上に、まさか、大恩ある陛下のたいせつなご子息であり、いずれは伯爵の義理の弟君となられるかもしれぬ皓月殿下を、屈辱的な裁きの場に立たせるなどという非情な選択は、なさらない。とも思いますが」
おお。予想通りの展開だ、ちょび髭氏。
予想が当たったことに内心で喜んだが、ちょび髭氏の話を聞くうちに双子がまた不機嫌になってきているので、呑気に喜んでもいられない。
そこで僕からも意見を述べた。
「罪を犯した人を司法の場に立たせることは非情な選択であると、ちょび……あなたは考えるわけですね。
繰り返しますが、和解に応じるも応じないも決めておりません。まず話し合いに応じると言っているのです」
「なるほど。それではウォルドグレイブ伯爵は、陛下をはじめとする王家の方々の恩に報いることより、ご自分の報復感情を優先されるということで」
僕は首をかしげた。
「罪の裁きを求めることが報復ですか?」
「……そうではありませんね。失言をお許しください。しかし御恩返しよりもご自分の要求を優先するお気持ちではあると」
……ちょび髭氏の弁護の戦略は、まず僕に対する王様の心象を悪くするのが目的だろうか。王様の庇護下から僕を引きずり出せれば、弓庭後家の権力でどうにでもできると考えて。
けど、それでもまだ僕には双子がいるし、それは向こうもわかっているだろうし。
いまいち狙いが見えてこないけど……。
とりあえず双子がものすごく苛ついているので、暴れ出さないうちに何とかせねば。
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