召し使い様の分際で

月齢

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第10章 逆襲のアーネスト

見苦しい言いわけ

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 初老の女性が発したその言葉に、皓月王子やドーソン氏らが目を剥いた。
 彼らが口まであんぐりと開けて言葉を失っているあいだに、僕はその女性のもとへと歩み寄った。
 両脇に双子がいるから、波が割れるように人々が行く手をあけてくれる。

「失礼します。お名前は?」
「あ……ベアケルと申します、伯爵様」

 ベアケルさん、声が震えてる。
 それに彼女も周囲の患者さんたちも、ポーッとした表情で頬が赤い。
 ……これはいけない。皆さんも発熱しているかもしれない。
 ベアケルさんが丁寧にお辞儀をしようとしたので慌てて止めて、らくにするようお願いした。

「ベアケルさん。よろしければ僕に、症状を見せていただけますか?」
「そ、そんなもったいない! こんな美しい伯爵様に、わたしの発疹なんかを」
「そんなことを仰らず。見せてくださらないと、僕はあなたのことが心配で夜も眠れません」

 警戒されているようなので、安心してもらいたくて微笑むと、周りで見ている人々まで一層ポヤ~ンと頬を染めた。口まで半開きになっている。
 いかん。きっとこの人たち全員、皓月王子から薬湯をもらったんだ。
 双子が「「天然たらしめ」」と呟いたのは何のことやらわからないが、今はそれどころではない。

 白銅くんが懐っこく「アーネスト様なら安心ですから!」と説得してくれたおかげで、ベアケルさんは赤い顔で戸惑いながらも袖を捲り上げ、二の腕に出た発疹を見せてくれた。

「すごく痒いでしょう」
「はい。実は今日は鎮痛の薬湯より、痒み止めをいただけないか相談したかったのです」

 小指の爪ほどの大きさの紫色の発疹は、わかりやすいロクドウ草の副作用だ。
 さかんに恐縮されながら額に手をあてると、確かに微熱がある。
 僕はベアケルさんにだけ聞こえるよう、耳元で尋ねた。

「お腹や背中や、躰中に出ているのでは?」
「そっ、そうなんです! おかげで今朝は痒さで目がさめました」

「それはつらいですね。大丈夫ですよ、よく効く軟膏がありますから。あとでお出しするので女性の薬師さんに別室で塗ってもらって、薬湯と合わせて使い方を教わってくださいね」

「まあ! ありがとうございます伯爵様! どうお礼をすれば良いのやら……本当に助かります、ありがとうございます!」

 彼女の連れなのか、固唾を呑んで見守っていた人たちも笑顔になった。

「なんて優しいお方なの。よかったわね、母さん!」
「本当に。輝くようなお美しさで、まさに妖精さんだわあ……そばにいるのが恥ずかしくなっちゃう」
「見た目ばかりかお心まで清らかでいらっしゃるのね。……皓月殿下は薬湯を配るときだって、患者に見向きもしなかったのに。大違いよ」

 神殿の礼拝のように両手を組んで拝まれたので、何やらすでに別の世に旅立った人のような気持ちになったが、手助けできたなら嬉しい。
 気づけば会場の空気も一変していて、驚きや困惑と共に、皓月王子を疑う声も飛び交っていた。

「あれは副作用なのか? ウォルドグレイブ伯爵の言った通り?」
「まさか本当に、処方を盗んだのは皓月王子のほう?」
「だとすると、医師協会と薬師協会もグルということになるのでは……」

 大きくなったざわめきに負けじと、壇上から上擦った怒声が響いた。

「い、いかさまだ! ちょうど貴様の言葉通りの症状を持つ者が現れるなんて、こんな都合の良い話があるか!」

 ギョロ目を吊り上げて僕を指差す皓月王子に続いて、ドーソン氏も声を張り上げた。

「皆さん、落ち着いてください。殿下の仰る通り、たったひとり、たまたま症状が合致する者がいただけです。これでウォルドグレイブ伯爵の話がすべて正しいという証左にはなりません!」

 その言葉に、会場が一瞬静まり返る。
 が、ドーソン氏がほっとした表情を浮かべた直後、あちらこちらで手が上がった。

「すみません。実は私も今朝から腹の調子が悪いです」
「うちの旦那もさっきから吐き気がすると言って、厠に行ったまま戻ってきていません!」

 次々声が上がり、彼らはすがるように僕を見た。

「わたしら、皓月殿下の薬湯を飲むよう割り当てられておりますが……今からでも、伯爵様にお願いできませんでしょうか」
「お願いします。もう、しんどくて……すみません、もう一度厠へ」

 バタバタと御不浄へ走って行った気の毒な患者さんを見送っていたら、皓月王子が癇癪を起こした。

「貴様あっ! 貴様の仕業だな、こうなるように患者を仕込んだんだな! そいつらみんな芝居だ、そうに決まってる!」

 僕は何度目かのため息をこぼした。

「殿下。患者の選定方法は、公平性が保たれるよう互いに納得した上で決めたはず。そして芝居で発疹は出せませんし、吐き気や腹下しすら疑うなら、今すぐ御不浄へ行って、その目で確かめさせてもらってはいかがです?」

 僕の言葉に、皆が笑った。
 それがますます癪に障ったのだろう。王子は子供のように地団太を踏んで怒鳴り散らした。

「畜生、これは罠だ! ぼくは嵌められたんだ! こんなはずはない、薬湯の効果は出ていた! すぐに効いていたんだ!」

「殿下。効き目の強い薬草ほど、副作用も強いのです。ですから僕は安全性を最優先した薬湯をゆっくりと躰に馴染ませて、効果が表れるまで、早くとも一週間はかかる処方にしました」

「きっ、貴様はまだ、患者に薬湯を飲ませていないくせに! 言うだけなら何とでも言えるっ!」

 はあ……。まだ納得してくれないのか。
 いま彼がすべきことは、見苦しい言い訳ではなかろうに。

「殿下。先ほどから申し上げているでしょう。僕は殿下が勝手に処方した薬湯が、このような結果を生むことがわかっていました。元は僕の処方なのですから。ですから僕は、」

「違う違う! 黙れ黙れえ!」
「黙って聞くべきは、あなたのほうです。殿下」

「な……何だってえ!? よっ、よくもそのような口のきき方を! 敗戦国の元皇子の分際で! 伯爵なんて名ばかりの、召し使いの分際でえっ!」
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