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第10章 逆襲のアーネスト
容赦しない嫁
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絶叫し、何ひとつ聞き入れず、意味をなさぬことをわめき続ける皓月王子を、誰もがあぜんとしながら見ていた。
こんなことで時間を浪費している場合ではないのに……何を言っても「黙れ!」「召し使いの分際でぼくに話しかけるな!」と遮られてしまう。
しかし、
「黙れ皓月!」
鞭のような寒月の声に、皓月王子のわめき声がピタリと止んだ。
叩きつけられた声の厳しさにビクッと肩を揺らし、おそるおそるというふうに、壇上から寒月を見下ろしてくる。
そんな異母弟に、寒月は空気がビリビリ震えるほどの怒声を浴びせた。
「この底無しの馬鹿が! ついさっき自慢してた話を忘れてるんじゃねえだろうな!」
虎獣人の吠え猛る声は、会場の人々を震え上がらせた。そこかしこで悲鳴や鳴き声が上がり、机の下に隠れる人までいる。
双子が僕に甘いから忘れがちだけど……やっぱり獣人の中でも、虎は恐れられる存在なんだね。
しかし同じ虎獣人のはずの皓月王子からは、威厳も気迫も感じられない。ガタガタ震えて口ごもり、なんとか返事を絞り出した。
「なっ、なにっ」
「てめえは親父たちにも、でたらめに薬湯を飲ませちまったんだろうが!」
「……ひょえっ!」
ようやく気づいてくれたか。
布を裂くような声を上げた皓月王子を、寒月がさらに叱りつけた。
「クソ馬鹿が! アーネストを召し使い呼ばわりできる立場か! てめえらのせいで患者たちに副作用が続発するとわかっていたから、アーネストは三日かけて対処用の薬や薬湯を用意しなきゃならなかったんだぞ!」
「う、あ……」
真っ青になった皓月王子に、青月も「てめえがクソ馬鹿だということは、充分わかっていたが」と冷たく言い捨て、その冷徹な青い瞳をドーソン氏や御形氏、そして彼らを支持する医師と薬師の協会員たちに向けた。
「お前たちはいったい何をやっていたんだ? ――ドーソン」
「は、はい……ッ」
「きさまは審問会で、アーネストを『素人』と馬鹿にしていたが」
「いえ、決してそのようなっ」
遠目にもわかるほど震えながら否定するドーソン氏に、青月は「そうか?」と冷ややかに目をすがめた。
「『素人が医師の真似ごとをし、勝手に薬湯を配ったあげく、大勢の弱者たちを苦しめるに至った今回の不祥事を、どう考え、どう責任をとるつもりか』
――きさまはそう言ったと記憶しているが。俺の記憶違いか? 間違えているのはお前じゃなく俺か?」
……おお……青月、すごい記憶力。
面と向かって言われた僕ですら、そんなこともあったなぁ程度にしかおぼえていないのに。
「……いえ……殿下は間違っておりません……」
あれほど居丈高だったドーソン氏が、すっかり縮こまって。
はじめからばつ悪そうにしていた御形氏は、貧血ではと危惧するほど血の気が引いているし。
彼らと共に皓月王子を支持した協会員たちも、互いに互いのうしろに隠れようと必死で、どんどん後ずさっている。
その様子を見た寒月が一喝した。
「協会の役職に就いている者が揃いも揃って、そのクソ馬鹿に太鼓判を押しやがって! これでもまだ、俺らの嫁が処方を盗んだと言い張るつもりか!」
寒月……。
そこは「嫁」じゃなく、アーネストと言ってほしかった。
こんな緊迫した場で、まだ結婚前なのに皆の前で嫁だなんて……ちょっと恥ずかしくない?
緊迫した場でポッと頬を火照らせている僕も僕だけど。
そんな僕に気づいて「アーネスト様?」と声をかけてきたのは白銅くんだけで、会場内は騒然となっていた。
「寒月殿下の仰る通りだ!」
「伯爵様のこの知識量で、盗作する理由がないわ!」
「そもそも皓月殿下に、盗まれるような知識があるのか!?」
「どう見ても処方を盗まれたのは、ウォルドグレイブ伯爵のほうだろう!」
どさくさに紛れてかなり辛辣な意見も混じっているが、自業自得であろう。よりによって治療と称して、他者の健康を害したのだから。
よってたかって責められている皓月王子やドーソン氏らは、ひとかたまりになって俯いていたが、僕はすうっと大きく息を吸って、これまでで一番かもという大声を出した。
「皆さん! 落ち着いてください!」
すると、壇上に詰め寄っていた人々や、腕組みして睨み据えていた双子まで、ピクッと反応して一斉にこちらを向いた。
あまりにピタリと静まって、何やら申しわけない気分になったが、恐縮している場合でもない。
「今はまず、副作用が出た方々の手当てを優先したいと思います。ですから協会員の方たちにも協力していただきたいのです」
「ほかの協会員たちに頼めばいい。こいつらは信用ならん」
厳しい顔の寒月に、僕は首を横に振った。
「ううん。彼らに手伝ってほしいんだ」
「アーネスト……挽回の機会を与えるつもりか? こいつらには酷い目に遭わされたんだ。そんなに優しくする必要は無い」
青月が戸惑ったように言うと、皓月王子の患者たちから口々に抗議の声が上がった。
「そうですよ伯爵様!」
「協会の医師や薬師だから安心していたのに、信頼を裏切られたんです!」
それでも僕が首を横に振ると、「伯爵様……優しすぎます」と困り顔になっている。
糾弾されている協会員たちも、ドーソン氏すら、すがるように僕を見つめてきたので、きっぱりと言い切った。
「人手も時間も足りないので、使えるものは何でも使いましょう! 袋を逆さに振って小麦のひと粒まで出し切るごとく! 残り少ないジャムを壜底からかき集めるごとく! 医師も薬師も黙って立たせておくより、使うほうがお得です! しかも今ならタダ働き!
賠償金を請求するのは、そのあとでかまいません!」
しーんと静まり返った会場内に、ぽつんと青月と寒月の声がこぼれた。
「誰も、いま賠償金を取り立てろという話はしていなかったんだが……」
「誰より容赦ねえな。さすが俺らの嫁」
白銅くんのほっぺがまた頬袋になった。
こんなことで時間を浪費している場合ではないのに……何を言っても「黙れ!」「召し使いの分際でぼくに話しかけるな!」と遮られてしまう。
しかし、
「黙れ皓月!」
鞭のような寒月の声に、皓月王子のわめき声がピタリと止んだ。
叩きつけられた声の厳しさにビクッと肩を揺らし、おそるおそるというふうに、壇上から寒月を見下ろしてくる。
そんな異母弟に、寒月は空気がビリビリ震えるほどの怒声を浴びせた。
「この底無しの馬鹿が! ついさっき自慢してた話を忘れてるんじゃねえだろうな!」
虎獣人の吠え猛る声は、会場の人々を震え上がらせた。そこかしこで悲鳴や鳴き声が上がり、机の下に隠れる人までいる。
双子が僕に甘いから忘れがちだけど……やっぱり獣人の中でも、虎は恐れられる存在なんだね。
しかし同じ虎獣人のはずの皓月王子からは、威厳も気迫も感じられない。ガタガタ震えて口ごもり、なんとか返事を絞り出した。
「なっ、なにっ」
「てめえは親父たちにも、でたらめに薬湯を飲ませちまったんだろうが!」
「……ひょえっ!」
ようやく気づいてくれたか。
布を裂くような声を上げた皓月王子を、寒月がさらに叱りつけた。
「クソ馬鹿が! アーネストを召し使い呼ばわりできる立場か! てめえらのせいで患者たちに副作用が続発するとわかっていたから、アーネストは三日かけて対処用の薬や薬湯を用意しなきゃならなかったんだぞ!」
「う、あ……」
真っ青になった皓月王子に、青月も「てめえがクソ馬鹿だということは、充分わかっていたが」と冷たく言い捨て、その冷徹な青い瞳をドーソン氏や御形氏、そして彼らを支持する医師と薬師の協会員たちに向けた。
「お前たちはいったい何をやっていたんだ? ――ドーソン」
「は、はい……ッ」
「きさまは審問会で、アーネストを『素人』と馬鹿にしていたが」
「いえ、決してそのようなっ」
遠目にもわかるほど震えながら否定するドーソン氏に、青月は「そうか?」と冷ややかに目をすがめた。
「『素人が医師の真似ごとをし、勝手に薬湯を配ったあげく、大勢の弱者たちを苦しめるに至った今回の不祥事を、どう考え、どう責任をとるつもりか』
――きさまはそう言ったと記憶しているが。俺の記憶違いか? 間違えているのはお前じゃなく俺か?」
……おお……青月、すごい記憶力。
面と向かって言われた僕ですら、そんなこともあったなぁ程度にしかおぼえていないのに。
「……いえ……殿下は間違っておりません……」
あれほど居丈高だったドーソン氏が、すっかり縮こまって。
はじめからばつ悪そうにしていた御形氏は、貧血ではと危惧するほど血の気が引いているし。
彼らと共に皓月王子を支持した協会員たちも、互いに互いのうしろに隠れようと必死で、どんどん後ずさっている。
その様子を見た寒月が一喝した。
「協会の役職に就いている者が揃いも揃って、そのクソ馬鹿に太鼓判を押しやがって! これでもまだ、俺らの嫁が処方を盗んだと言い張るつもりか!」
寒月……。
そこは「嫁」じゃなく、アーネストと言ってほしかった。
こんな緊迫した場で、まだ結婚前なのに皆の前で嫁だなんて……ちょっと恥ずかしくない?
緊迫した場でポッと頬を火照らせている僕も僕だけど。
そんな僕に気づいて「アーネスト様?」と声をかけてきたのは白銅くんだけで、会場内は騒然となっていた。
「寒月殿下の仰る通りだ!」
「伯爵様のこの知識量で、盗作する理由がないわ!」
「そもそも皓月殿下に、盗まれるような知識があるのか!?」
「どう見ても処方を盗まれたのは、ウォルドグレイブ伯爵のほうだろう!」
どさくさに紛れてかなり辛辣な意見も混じっているが、自業自得であろう。よりによって治療と称して、他者の健康を害したのだから。
よってたかって責められている皓月王子やドーソン氏らは、ひとかたまりになって俯いていたが、僕はすうっと大きく息を吸って、これまでで一番かもという大声を出した。
「皆さん! 落ち着いてください!」
すると、壇上に詰め寄っていた人々や、腕組みして睨み据えていた双子まで、ピクッと反応して一斉にこちらを向いた。
あまりにピタリと静まって、何やら申しわけない気分になったが、恐縮している場合でもない。
「今はまず、副作用が出た方々の手当てを優先したいと思います。ですから協会員の方たちにも協力していただきたいのです」
「ほかの協会員たちに頼めばいい。こいつらは信用ならん」
厳しい顔の寒月に、僕は首を横に振った。
「ううん。彼らに手伝ってほしいんだ」
「アーネスト……挽回の機会を与えるつもりか? こいつらには酷い目に遭わされたんだ。そんなに優しくする必要は無い」
青月が戸惑ったように言うと、皓月王子の患者たちから口々に抗議の声が上がった。
「そうですよ伯爵様!」
「協会の医師や薬師だから安心していたのに、信頼を裏切られたんです!」
それでも僕が首を横に振ると、「伯爵様……優しすぎます」と困り顔になっている。
糾弾されている協会員たちも、ドーソン氏すら、すがるように僕を見つめてきたので、きっぱりと言い切った。
「人手も時間も足りないので、使えるものは何でも使いましょう! 袋を逆さに振って小麦のひと粒まで出し切るごとく! 残り少ないジャムを壜底からかき集めるごとく! 医師も薬師も黙って立たせておくより、使うほうがお得です! しかも今ならタダ働き!
賠償金を請求するのは、そのあとでかまいません!」
しーんと静まり返った会場内に、ぽつんと青月と寒月の声がこぼれた。
「誰も、いま賠償金を取り立てろという話はしていなかったんだが……」
「誰より容赦ねえな。さすが俺らの嫁」
白銅くんのほっぺがまた頬袋になった。
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