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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP149 死屍累々

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人生は瞬く星々に同じ。
その一瞬の瞬きで、何を残せるか。何と出会えるか。

今、一つの呪われた星が、新たな運命と交差した。
その出会いは、まるで陽光の如く煌めいて、影を舞いながら消えていく――。

―――――――――――――――――――

 さざ波が砂を打つ音が、征夜の耳に入り込む。そして、眠っていた神経を呼び覚ます。

「う、う~ん・・・?」

 間抜けな声をあげながら、彼は頭をさすった。
 湿気を帯びた砂浜を踏み締めて、ゆっくりと立ち上がる。

「僕は確か・・・戦いを見て・・・。」

 記憶が混濁している。
 自分が戦いを見ていた事は覚えているが、何をされて失神してしまったのかが分からない。
 覚えているのは、燃えるような全身の激痛と、槌で殴られるような心臓の鼓動。

「どれくらい・・・寝てたんだ・・・?」

 寝ていた期間は、見当もつかない。
 そもそも、あれほどに苛烈な戦闘をしていた二人は、一体どこへ行ったのか。
 それに海竜の掃討作戦は、結局のところどのような形で終わりを迎えたのか。海兵たちは、無事なのだろうか。

 少なくとも、海兵たちの安否はすぐに確認出来た――。

「・・・ん?なんだこれ?」

 征夜の指に、冷たくてスベスベした何かが触れた。
 握りしめると硬く、凝り固まっているようにも感じられる。

 それは、人間の腕だった。

「・・・うわぁぁぁぁぁッッッッッ!!!!!?????」

 振り向いた征夜は、思わず絶叫してしまう。
 背後の浜辺に広がっていた光景は、彼の想像を超えて凄惨だった――。

 "死屍累々"とは、正にこの事を言うのだろう。
 折り重なるようにして倒れ込む死体の山は、死後硬直を通り越して腐敗が進んでいる。
 男女関係なく海竜に食い荒らされた"海兵"たちは、浜辺に打ち上げられてもなお、カニや虫の餌食となっている。

 その光景を見た征夜は、思わず嘔吐してしまう。
 "たかが海竜"に、これほどの人間が殺されたのかと思うと、悔しさが込み上げて来たのだ。

 しかし、彼は気付いていないのだ。水中で海竜に打ち勝つことは、決して容易な事ではない。
 刀一本で無双した彼が異常なのであり、通常なら高度な魔法を用いる事でしか倒せないのだ。

 "沈没しないヨット"という反則級のアイテムが有ってこその戦果だが、それでもやはり征夜の活躍は異常だった――。

「・・・。」

 征夜は、無言のまま死体の山に向けて手を合わせた。
 そして目を瞑り、決死に戦った英霊達に対して深い黙祷を捧げる。



 黙祷を終えた征夜はその時、自分が大切な何かを忘れている気がした。
 ここに来た理由が何だったのか。何故、海竜の蔓延る危険な海を、強引に横断したのか。

 その答えは、すぐに思い出された――。

ガアァァァオンッッッ!!!!!

「うわぁっ!?何だぁっ!?」

 突如として、耳をつん裂くような咆哮が島全体に響き渡った。
 木々はその轟音の伝わる波動に揺れ、大気は悲鳴をあげるようにして、海へと逃げ帰って行く。

 征夜には咆哮の主がだれなのか、すぐに理解出来た。

「・・・ヤバい!」

 ボンヤリとしていた意識を即座に覚醒させ、手足に纏わりつく砂粒を弾き飛ばす。
 そしてすぐに、咆哮の響いた方向へと走り出した。

~~~~~~~~~~

「しまった!遅かった!」

 島の側面に存在する小さな漁港は、爆炎に焚かれていた。
 至る所で原因不明の爆発が連鎖し、火の海と化している。

 あと少し早く来れば、救えたかもしれない。
 そう思うと、浜辺に寝そべったままの自分が、情けなく思えてくる。

「だ、誰か!誰かいないのか!生きてる奴は居ないのか!!!」

 懸命に声を張り上げ、生存者の返事を望む。しかし、一切の返事がない。

 桟橋は叩き折られ、家々は焼き払われている。
 そしてその側には、当然のように複数の焼死体が倒れ込んでいた。

 浜辺と同様か、それ以上に死屍累々な地獄。
 踏み潰され、切り裂かれ、噛みちぎられた遺体も散らばっており、その手には漁業用の銛が握られていた。

(戦おうとしたのか・・・。)

 征夜は今日だけで、2回も英霊に手を合わせる事となった。

 この世界は"太平"と名前にある割には、死人が多すぎる。
 それは教団の仕業もあるが、それ以上に"生きる為に戦う"という原始的な本能が、世界の理として残存しているのだろう。

 異世界は、人々が思っている何倍も、人に厳しい大地なのだ。
 多くの者が夢見る理想郷は、そこに存在しない。ただ、魔法やモンスターと言った、人を脅かす物だけが存在する。

 それらがない世界でも、人間はお互いの目的のために殺し合う。
 ならば、この世界の名が"偽り"である事は、自明の理である。

(ここにはもう・・・生存者が居ないのか・・・。)

 征夜はこの場を離れ、灼炎竜の行方を探そうとした。
 この状況では、生存者の存在は絶望的だと思ったのだ。



 だからこそ、次に響いた声には驚いた――。

<マスターフロスト!>

「・・・ハッ!」

 灼炎に巻かれた桟橋の向こう側。焼け落ちて、沈没寸前の大型船の中から、"少女の声"が聞こえた。
 征夜には何となく、その声が呪文に聞こえた。そしてすぐに、戦闘の真っ最中であると悟った。

 選択の必要などない。そこに生存者がいるなら、"勇者"としての責務を全うするだけだ。
 果てしなく赤い視界の向こうに、息のある少女がいる。それならば、飛び込む他に道はない。

「今!行くぞぉっ!!!」

 大声でエールを送った征夜は、降り注ぐ火の粉を叩き落としながら、燃え盛る甲板に飛び込んだ。

~~~~~~~~~~

 少女は炎上する船内で、ただ一人戦っていた。
 ここまでの船旅を共にした同僚は、既に全滅していた。歴戦の剣士も、心優しい船医も、道中で魔法の技量を高めてくれた上司も、全てが塵殺されていた――。

 もう、魔力も殆ど無い。
 必殺技のつもりで放った高位魔法も、その巨大な翼膜に遮られた。
 海水を操作して炎を消そうとしたが、絶えず吐き続けられる豪炎によって即座に蒸発してしまう。
 何とかして脱出を果たそうとしているが、それすらも難しい。

(あ、熱いぃっ!熱いよぉっ!!!)

 足元まで火の手が回り、ジリジリと熱くなって来る。
 甲板の上部へと追い詰められ、その巨体が捻じり寄って来る。

(あ、あぁ・・・し、死ぬ・・・死んじゃうよぉ・・・。)

 その小さな体を覆い隠すように、紅蓮の眼が見下ろしている。
 もはや、立ち上がる勇気も気力もない。怯え切った表情で、地を這うようにして後ずさりする。

「ま、待って・・・来ないで・・・。」

 命乞いをするような口調で、首を左右に振る。
 すると灼炎竜は巨大な両翼を広げ、燃え盛る炎を烈風と共に送ろうとする。
 そんな事をされては船全体が炎上し、間違いなく彼女は火だるまにされてしまう。

 死の予感を感じ取った少女は、思わず叫んでしまう。

「キャアァァァッッッ!!!」

 手を顔面の前で組み、迫りくる烈風を防ごうとする。しかし、このままでは間違いなく死んでしまうだろう。
 大きく広げた翼膜を、まるで”扇”のように使って燃え広げる。その準備が、遂に整ってしまったのだ――。



「伏せろッッッ!!!」

「えっ!?」

 突如として、頭上から威勢の良い叫びが響いた。
 迫力に圧された少女は、自然と頭を押さえて屈みこんだ。

 そしてその直後、激痛に悶える咆哮が響き渡る。

ガアァァァオンッッッ!!!!!

 炎の海を飛び越え、突如として参戦した”一人の英雄”に、油断していた灼炎竜は反応できなかった。
 大きく張られた翼膜を切り裂いた白き刃は、鮮血を垂らしながら輝いていた。そして、その剣先は灼炎竜の狂暴な眼を見据えている。

 翼に大きな切り傷を負った灼炎竜は、逃げるようにして飛び立った。
 その後を追う事も考えたが、まずは少女の避難を優先すべきだと思い、諦めることにした。
 人命が第一。いかに重大な標的と言えども、そこを揺るがしてはいけない。その事は、師の教えとしても刻み込まれていた。

「た、助けに来てくれたの・・・?」

 死の危機が去ったことを悟ると、自然に気力が回復してくる。
 辺りは火の海なのに、そんな状況でも”この人なら助けてくれる”という、不思議な安心感があったのだ。

 少女が見上げると、そこには”勇者”が居た――。
 炎よりも赤く、船ほどに巨大な竜。それすらも退けた男の後ろ姿に、思わず見惚れてしまう。

「間に合ってよかった・・・!」

 青年が見下ろすと、そこには一つの”星”が瞬いていた――。
 恐怖と安堵の落差で涙を流している、一人のか弱い少女。しかしその瞳には、確かな未来が映っている。

 燃え盛る甲板の片隅で、吹雪征夜は”ミセラベル・バートリ”と出会った――。
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