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第六章 マリオネット教団編(征夜視点)

EP150 ヒロイン

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「助けて頂き、本当にありがとうございました!」

 業火に包まれた甲板から、軽々と少女を救出した征夜は、火の手が回っていない場所まで避難した。
 既に夜の帳が影を落とし、炎上を続けている桟橋の様子を、鮮明に視界に映している。

 半ば放心状態だった少女は、そこに来てようやく会話が出来るようになった。

「こちらこそ、助けられて良かったよ!・・・すまない。」

「え?どうして謝るんですか?」

「実は・・・。」

 征夜はその後、少女に対して大方の経緯を語った。
 "教団に反逆する"とまでは言わなかったが、自分は灼炎竜を追っていた。そして気絶さえしなければ、他の船員を救えたかも知れないという事を、悔しげな表情で語った。

「君が危険な目に遭ったのも・・・君の同僚が死んでしまったのも・・・全ては僕のミスだ・・・。
 あと少し、目覚めるのが早かったら・・・きっと、更に多くの人を救えた・・・。」

 港にいた生存者は、少女ただ1人だった。
 船員は勿論、何も知らない民間人さえも巻き込んでしまった。
 その結末を招いたのは、他ならぬ自分自身だと言う悔悟の念が、征夜を苦しめている――。

「そ、そうなんですか・・・で、でも!人間なら誰でも、ミスはあります・・・。」

 懸命に慰めようとしたが、昨日まで生きていた同僚の顔を思い出すと、尻すぼみに声が小さくなってしまう。
 征夜はいたって真面目なのだが、仲間たちが決死の覚悟で灼炎竜を抑えていた中、一人だけ浜辺で伸びていたと言われても、反応に困る。

「・・・取り敢えず屋内へ入ろう。僕はともかく、君は火傷してるみたいだし、手当てしないと。」

「そうですね・・・あれ?何をしてるんですか?」

 征夜は大きく姿勢を屈めて、少女に背中を向けた。
 手を後ろに回し、少女を受け止める体制になる。

「足も火傷してるよね?このまま負ぶさって行くから、乗ってくれて構わないよ。」

「え・・・良いんですか?」

「自慢になるけど、僕は力持ちだからね。お安い御用さ!」

 大げさに笑顔を作り、少女を安心させようとする征夜。
 その効果は絶大で、少女は完全に心を開いたようだ。

「わ、分かりました。近くに、教団の宿泊施設が有ります。まずは、そこに行きましょう。・・・・・・失礼します///」

 少女は頬を赤らめながら呟くと、征夜の背に乗った。

~~~~~~~~~~

「ここで合ってるかな?」

「はい、ここです。」

 暗く深い熱帯林を抜けると、こじんまりとした小屋を見つけた。
 どうやらそこは、教団の支部が隠し持っていた宿泊施設らしい。

 ゆっくりと扉を開けると、中には生活に必要なものが揃っていた。
 少々、埃が溜まっているが、箒で叩けば問題ない程度である。

「あ、あの・・・そろそろ降ります・・・///」

「足元に気を付けて。」

 背負っていた少女を下ろすと、二人は屋内の探索を始めた。
 賞味期限が大丈夫そうな食料と、マッチで着火するコンロ。トイレやベッドなど、必要な物は揃っている。

 そして、何よりも嬉しい物は――。

「見てください!お風呂が有りますよ!」

「あっ、ほんとだ!水も出るみたいだね!」

 二人とも全身が煤塗れであったので、これはかなり嬉しい。
 汗を流す事も出来るし、傷口を洗う事も出来る。征夜はさっそく、風呂に入ることにした。

「ここはレディファーストだね、先に入って良いよ。僕は掃除をしておくから。」

「分かりました!ありがとうございます!」

 少女はそう言うと、シャワールームへと駆けこんで行った。

~~~~~~~~~~~

「お待たせしました!」

 煤と汗を洗い流した少女は、意気揚々と浴室から出て来た。



 先程は汚れていたので気が付かなかったが、よく見るとかなりの美少女である。
 鮮やかな赤い瞳に、きめ細やかな肌。桜色の整った髪と、頭頂部に付けた純白のリボンも、それを強調している。
 頬には健康的な赤みが戻り、瞳は輝きを取り戻している。

「傷の具合は大丈夫かい?」

「はい!おかげさまで、大きな怪我はありません!・・・まだ、ちょっとヒリヒリしますが・・・。」

 元気よく言い放ったのは良いが、やはりまだ痛みが残る。
 特に膝から下の火傷は深刻で、高度な回復魔法か病院に連れて行くしかない。

「その火傷・・・何とかしないと・・・。」

「大丈夫ですよ!このくらいの火傷、すぐに治りますって!」

 さすがの征夜も、それが強がりである事は分かる。
 放置していれば快方に向かうどころか、間違いなく悪化してしまうだろう。

「怖がらせたくはないけど、病気になるかもしれない・・・。
 それに、炎症の痕が残ってしまうかも・・・やっぱり、治さないと駄目だよ!」

「そ、そうですか・・・?心配してくれて、ありがとうございます!」

 征夜はどうも、先程から感謝されてばかりな現状が、むず痒くなって来た。
 頼られるのは良いのだが、もう少し対等に会話したい。そこで、一度話題を変える事にした。

「そう言えば、名前を聞いてなかったね。僕の名前は征・・・セーヤ・フリーズ!もし良かったら、君の名前も教えてくれないか?」

「は、はい!私の名前は”ミセラベル・バートリ”、ミサラって呼んでください!」

「そうか、よろしくミサラ。」

「こちらこそです!」

 征夜は危うく本名を言いそうになったが、直前で軌道修正できた。
 少女の名はミサラと言うらしく、この世界の原住民だ。

「フリーズさんは、何の階級ですか?私は一応、マスターウィッチなので一曹ですが、私よりずっとお強いですよね?」

「えぇと・・・確か・・・”大佐”だったかな?」

「えぇッ!?大佐ですか!?凄いですね!年齢はいくつ何ですか!?」

「24だね。」

「まだお若いのに凄いです!私と7つしか違わないですね!」

「う、うん・・・。」

 圧倒的な質問攻めに、征夜は完全にたじろいでいる。
 まず彼には、”マスターウィッチ”と言う単語が分からなかった。補足するとこれは、”上位魔法を使える者”と言う意味である。

(大佐って・・・そんなに凄いのか・・・?)

 征夜の予想に反して、その階級はミサラを驚かせたらしい。同時に、かなり興奮させている。
 彼女からしてみれば、自分を救ってくれた英雄を褒めているつもりなのだ。

「こんなに強い人、私見たことありません!火の中にも勇敢に入って来て、本当に素敵です!」

「う、うん・・・そうかな・・・?」

「謙遜しなくて良いんですよ!剣捌きも、本当に見事でした!」

「あ、うん・・・。」

 ミサラは征夜が謙遜していると思ったらしい、確かにそうだろう。
 日本人の多くは大げさに褒められると、自分を卑下することで場を取り持つ。
 上げ過ぎず、下げ過ぎず、そう言った絶妙な幅の中に、自分の評価を置こうとする。

 しかし、征夜の考えは異なっていた――。



(話してて疲れるなぁ・・・褒めるのは良いんだけど、居心地が悪いって言うか・・・。
 何て言うか・・・無双系主人公みたいで・・・好きじゃない・・・。)

 征夜の感情を一言でまとめるなら、”不快”だろう。
 上気した気分の中で行われる”謙遜”とは、全く異なっている。

 彼にしてみれば、”ミサラを救えた”と言う認識は誤りなのだ。
 彼の中にある自分への評価は、”ミサラ以外を救えなかった”と言う認識。
 そんな中でデタラメに褒められても、嬉しい筈が無い。

 特にミサラの様子が”無双系主人公に対するヒロイン”の典型なのが、はっきり言って気に入らない。
 何も成し遂げていないのに褒められる感覚は、”前世の使用人”にも通ずる物があって虫唾が走る。

(僕はもしかして・・・苛立っているのか・・・?こんな事、初めてだ・・・。)

 純然たる悪や、人として間違っている者に憤った事はあった。
 しかし、他人の好意的な感情に苛立つ経験は、人生で初めてだろう。執事のお節介に対する憤りとも、また異なっている。

「もう褒めなくて良いよ。それよりも、君の火傷を何とかしないと。」

 征夜の言葉は、些か冷淡だった。
 本人は隠すように心がけていたが、滲み出た不機嫌さがミサラにも伝わってしまう。

「そ、そうですね!何か、患部を冷やせる物が有ればいいのですが・・・。」

「冷やせる物・・・冷やす・・・冷却・・・。」

 パッと思い浮かんだのは、冷蔵庫に入った氷だった。
 ところがどうやら、この家の中には冷蔵庫はおろか、氷すらない。

 しかしすぐに、そんな物が無くても、患部を冷やすのは容易い事に気が付いた。

「僕の剣を使おう。凍傷にならないか心配だけど、放置するよりは絶対に良い。」

「え?フリーズ大佐の剣ですか?」

「あぁ、僕の剣には冷気を放つ効果がある。
 それならきっと、君の火傷を緩和できる。応急処置に過ぎないから、後で病院には行くけどね。」

「分かりました!早速、試してみます!」

 善は急げと言わんばかりに、ベッドに寝転んだミサラは征夜に足を向けた。
 刀を抜いた征夜は、刃の部分を外に向けながら火傷している患部へ、慎重に近づけていく。

「きゃっ!冷たっ!」

「ごめん!ちょっと冷たすぎるかな・・・。」

 患部に白い刀が当たった瞬間、ミサラの体は跳ね上がった。
 予想はしていたが、照闇之雪刃が放つ冷気は、治療に使うには冷たすぎた。
 このまま続ければ、確実に凍傷になってしまう。

「う~ん・・・他に良い方法は・・・・・・!」

「何か思い付いたんですか!?」

「試してみよう!」

 興奮した様子で聞くミサラに対して、秘策を思いついた征夜も興奮した様子で返事する。
 その秘策は単純だ。照闇之雪刃が放つ冷気を緩和できるように、別の場所から暖気を送り込む。

 即ち征夜の十八番、”調気の極意”の出番である――。

(右手を患部において・・・その上から刀を当てれば・・・。)

 暖気を纏わせた右手で、患部を覆い隠す。そして、その上から刀による冷気を送り込む。
 そうすれば右手の血管を通して、丁度よい温度を伝えられる。

 しかし、そんな事とは知らないミサラから見れば、右手を凍傷にしてしまう限りなく危険な行為だ。

「大佐!危ないですよ!」

「シィーッ!大丈夫だから・・・・・・はぁッ!」

 騒ぎ立てるミサラを黙らせると、征夜は暖気を生成した。
 そして、その血管には刀からの冷気が流し込まれる。

「あ・・・!これ、凄く、楽です・・・!」

「それは良かった!」

 今度こそ、自分は人助けをした。こういう場合は、相応に褒められても良いかと思える。
 だからこそ、征夜の顔にも素直な笑みが浮かんでいた。

 その状態を数分間維持すると、ミサラの火傷は大方の痛みが引いた。
 それを確認した征夜は、自分も風呂に入ることにした。

~~~~~~~~~~~

 風呂から上がった征夜は、自分には着替えが無い事に気が付いた。
 ミサラの場合は、手荷物の中に着替えが有ったので良かったが、征夜は身一つでここまで来ている。

(しょうがない。同じ服を着よう。)

 これまでの旅路では、着替えが無くても気にならなかったが、煤が着いてしまうと急に汚れが気になり始める。
 そして、ついでに言えば匂いも気になってしまう。

(煤だけでも流そうかな・・・・・・あっ!)

 付着した煤を洗面台で洗い流すうちに、征夜はある考えに至った。

(この服・・・燃えなくて良かったぁ・・・。)

 冷静に考えれば、今着ているのは世界に一着しか存在しない、自分だけの袴なのだ。
 流派を背負って立つ者の証でもあり、伝承者である示しでもある。

 そして何より、尊敬する師からの贈り物なのだ。簡単に失いたくはない。

(危なかったなぁ・・・。)

 そんな事を考えていると、袴に付着した煤は一片も残らずに洗い流された。
 そして征夜は、浴室から寝室へと出た。



 外に出ると、ミサラは既に床に入っていた。
 しかしどうやら寝付けない様子で、掛け布団から目だけを出してチラチラと征夜を見ている。
 
「大佐!おやすみなさい・・・!」

「あぁ、おやすみ。」

 征夜は適当に微笑むと、ミサラのベッドの横を通り抜けようとした。
 しかし彼女は、そんな彼を引き留める。

「大佐?一緒に寝ないんですか・・・?」

「いや、あっちにもベッドはあるでしょ?」

「そ、そうですか・・・でも、私は一緒でも良いんですよ・・・?」

 ミサラははにかんだ笑顔を浮かべながら、掛け布団をずらした。
 まるで”寝る隙間はある”と主張するかのように、シーツを叩いている。

 ところが、征夜の返事は――。

「・・・?いや、良いよ。僕は寝相が悪いんだ。」

 驚くほど淡白な言葉。決して機嫌が悪いわけでは無いのだが、まさに”無関心”を絵に描いたような反応だ。

 花に床へ入るように誘われた時は、心臓が破裂しそうなほど興奮した。
 ところがミサラに誘われた時には、自分でも驚くほどに感慨が湧かないのだ。

「そ、そうですか・・・。」

「それじゃ、おやすみ。」

 征夜は穏やかに微笑むと、ミサラの視界から消えた。

「お、おやすみなさい・・・。」

 一人残されたミサラは、寂しそうに呟いた。
 しかし布団をかぶると、別の感情が湧いて来る。

(意外と素っ気ない・・・・・・でも、カッコいい!胸のドキドキが止まらない♡)

 征夜の事を頭に描くだけで、自分でも驚くほどに興奮する。
 心の中に灯った熱が、全身を温めていくようだ――。



 一方その頃、床に入った征夜は――。

(二人だと面倒くさい・・・早く花に会いたい・・・。)

 普段なら温厚な筈の心に、冷たい吹雪が吹いていた――。
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