男装騎士の元カレは隣国の王太子でした

第10話

「…身分差です」

「え？」
「私たちの間には身分差と言うものがあるのです。王太子の妻が男装している別の国の騎士団の団長？そんなの認められるわけがありません」
「それを決めるのは俺たちだ」
「でも私たちは国と国民を守らなければなりません」

俺『たち』と言ってくれたことは嬉しかった。
私にも権利をくださった。
でもそれはきっとあってないようなものだ。

「それに私は今、ダレス様に対して特別な感情を抱いていません」
「……」
「ですから諦めてください。今の私には守るべきものがあるのです」

正直ダレス様と私が付き合っていた彼が脳内で上手く一致しない。
だから今の自分の感情が何かは私自身が1番分かっていない。
ダレス様の表情を見るのが怖くて彼の顔から視線を逸らす。

「申し訳ないが俺は諦めが悪いんだ」

そう言うと彼は私の手の甲にキスを落とした。
その感触にぞくりと体が震える。

「さすがに無理強いはしたくないから今は諦めるよ。でも、覚悟しておいて」
「ちょ…！？」

急な行動と言葉にハクハクと口を動かすことしかできない。
その様子を見てダレス様は悪戯が成功したように嬉しそうに笑う。

「あ、そうだ。今更だけど俺の名前覚えてる？」
「名前…ダレス・アーグスト様ですよね」
「そっちじゃなくて俺たちが付き合ってた時の名前。俺、ダレスっていう名前じゃなかっただろ？」

確認を取るような言い方をしつつも明らかに「忘れていないだろうな」という圧を感じる。
そんなに圧をかけなくても忘れているはずないのに。

「お、覚えてるに決まってるじゃないですか。グアハルド、様ですよね」
「よかった。ちょっと不安だったんだ。っていうか、その名前に様を付けないでくれ」

私が名前を呼ぶと彼は心底安心したような表情を浮かべた。
そんな顔見せられたらまた思い出してしまう。

「……あのさ」
「はい」
「………今日ここで寝ないか？」
「はい？」
「手は出さないから！…その、バレッサがまたどこかに消えそうで不安というか」

言いにくいからか小さい声でぼそぼそと告げられた。
彼からすれば付き合っていた相手が急に音信不通になったわけだから不安にもなるか。
その原因は間違いなく私にあるので罪悪感で胸が痛い。

「パーティーはいいのですか？」
「正直楽しくない。粗方挨拶したし、もういい」
「でもアーグスト国の代表としていらしたのでしょう」
「そうだけど…」
「私も今日は城内の巡回や待機がありますので寝られません。…明日以降、手を出さないとお約束いただけるのならばここで寝るぐらい構いませんのでそれで手を打ってはいただけませんか？」

私がそう言うと彼はとても嬉しそうに笑った。

「勿論だとも。何年も待っていたんだ。１日ぐらい我慢できる」
「ありがとうございます」

何気なく時計を確認するとパーティー終了の時間は刻々と迫っていた。
そろそろ終わりの挨拶もある頃だし、会場に戻らないといけない。

「では僕は会場に戻らせていただきます」
「なら俺も行く。イゴールに交渉したいことがあるし」
「……イゴール陛下に変なことを吹き込まないでくださいよ」
「大丈夫だ。さすがにその辺りは弁えている」

ソファーから立ち上がり軽く身だしなみを整えてから部屋を出る。
ダレス様は欠伸を噛み殺しながら隣を歩く。

「騎士団は夜勤もあるそうだがしんどくないのか？」
「今日は気を張っているので眠たくありません。でもその反動で明後日ぐらいに一気に疲れが来て泥のように眠ると思います」
「なんとも体に良くないな」
「カリン先生にも度々怒られてます」

そんな会話をしているといつの間にかパーティー会場に着いた。
僕は軽く息を吐いてスイッチを入れる。

「ではダレス様。僕はイゴール陛下の元へ向かいますので残り少ない時間ではありますがパーティーをお楽しみください」
「…ああ」

頭を下げてから来賓と談笑しているイゴール陛下の元に向かった。