14 / 68
Chapter Ⅰ 愛憎
11.共鳴 〜resonance〜
しおりを挟む地上の大半を焼き尽くし、ロイド軍は姿を消した。
人々は警戒しながらも壕から出て来て、砂埃だらけの荒れ果てた土地で、日常を営み始める。
川から水を汲んできて洗濯をし、火を起こして水を煮沸し分け合って飲む。食料が手に入らない中でも生き残った者達は皆、逞しく日々を生きていた。
そして、その中には洋司や子供達も。
病院にいた所を空襲に遭い、街の地下シェルターに逃げ込んだ三人は、他の市民と共に避難生活を送っている。
「じぃじー、だれかくるよ? 」
蓮の一言で顔を上げた洋司は、帽子を目深に被った男に気付く。確かにこちらに歩いてきている。
「じぃじのおともだち? 」
砂埃で濁る視界、目を凝らしているうち眼の前に現れる姿。
「お久しぶりです、草野先生」
特徴的な低い声、目を合わせず話す姿に洋司は驚きを隠せない。
「生きとったか、よく来てくれたな」
周囲の緊張を察し、軽く会釈する内藤。周囲にはさり気なく武器を構えた男達が、会話を盗み聞きしようと耳をそばだてている。うかつに遥の名は出せない。物憂げな表情を崩さず、内藤は大きな風呂敷包みを差し出す。
「何だ……まさか……」
洋司はうろたえた。大きさに骨壺を連想する。恐れていた事が起きてしまったか、震える手で包みを受け取る。
「おじちゃん、だあれ? 」
「パパとママのおともだち? 」
見上げるあどけない瞳に内藤は戸惑う。しかし、無視することはできなかった。
「じいちゃんの仕事を手伝ってる」
「じゃあ、おじちゃんもお医者さんなの? 」
「まぁ、そんな所だ」
子供達を納得させ、周囲の警戒を解くと洋司に一言。
「少ないですが、子供達にあげてください」
“遥”その名を使わずに、彼女と会った事をさり気なく知らせる。会っていなければ、遥に子供がいる事を知っているはずがない。
「では」
長居は無用、そう悟った内藤は踵を返し歩き出す。
「待ってくれ」
意図を理解した洋司は背中を追い掛け、懐から白い小袋を取り出し握らせた。
「これを、渡してやってほしい。困っているはずだ」
そして、周りに聞こえぬよう接近し一言。
「逃がしてやってくれ、街にいたら殺される」
それだけ言うと、洋司は子供達を引き連れ建物の中に入っていった。その姿を見送り、内藤は深くため息をつく。
遥を家族の元に……送り届けるつもりだった。
それどころか、たった一度、子供達に会わせることすら難しそうだ。
まだ感じる視線、壁には指名手配犯のビラ……俺や遥、その他ロイド産業に携わった者の似顔絵。ロイド軍だけでなく、人間側にも遥は狙われている。ここに返したら容赦なく殺されるだろう。
どちらからも追われる身……遥の言葉は事実。味方どころか遥の居場所は、この街のどこにもなかった。
「どうだった? 」
リンの問いに首を振り、眠る遥の傍らに腰掛ける。幸い、シールドに守られ傷は浅く、出血も大した量ではなかった。
「でも話くらい出来たでしょ? どこかで待ち合わせる約束とか」
それにも首を振るだけで、内藤は何も答えようとはしない。
眉間に皺を寄せ、深く考え込む様子にいつもおしゃべりなリンでさえ、何も言えない。
やがて、気まずい沈黙に気づいた内藤が一言。
「帰れば殺される。人間側にもロイドの側にも、遥の居場所はない」
「そんな……どうして? 遥さんってそんなに危険な人なの? 」
「一般市民だ」
リンの疑問を打ち消すように矢継ぎ早に出る言葉。
「先生……遥さんのこと、どれくらい知ってるの? 一緒にいて大丈夫なの? 先生……私、先生がどんな遥さんを知ってるかわからない。でも先生の事は知ってるつもり、先生が想う遥さんと今の、本当の遥さんは」
「それ以上言うな」
静かだけれど圧のある雰囲気、でもリンも引くわけにいかない。
「リン、先生とならどこだってついてくよ。何だってする。だから……先生の気持ちくらいわかってる。でもリンの事、もうちょっと見てほしいよ……先生が思うより、リンだって大人だし遥さんみたいな人が好きならリンがそうなる。だから、ね……」
傍らで遥が寝ている、にもかかわらずリンは内藤の手を取り自らの胸に。わざと強く押しつけ、弾力のある柔らかな膨らみに大きな手が沈み込む。
「リンの方が……おっきいでしょ? 」
「やめろ! 」
即座に手を離して内藤は動揺を見せる。その声で、遥が起き上がった。
「内藤さん……リンちゃん……ごめんなさい、足手まといで」
体を起こし、もう動けるからと立ち上がる遥の細い腕を、大きな手が引き止める。
「預かってきた物がある、話したいんだ」
沈黙と、時が止まったように動きも止まる。
「見張りの後で。私も二人に話したい事があります」
「あっ、見張りならリンが行くね」
遥はリンを制止して、足早にその場を去っていった。
「起きてたのかもね……遥さん」
リンの言葉は宙を舞い消えていく。リンを拒み、遥に拒まれ、気まずさを紛らわすよう目を閉じ寝た振りをする内藤、その手に残る感触はどちらのものだろうか。
「行ってみたいんです、ショップの跡地に」
日付が変わる頃、見張りを終えた遥は内藤とリンにそう告げる。思いがけない言葉に二人は戸惑う。
「調査済みだ、あそこに何もない事は見ればわかるだろ」
「それは地上の話です。修理センターの地下に基地が」
「ダミーだ」
戦いを終わらせる──同じ志を持つ者同士、しかし考え方はそれぞれに違う。
「素人をそんな場所に連れて行くはずないだろ、あれはあくまで修理センターの一部。お前に緊張感を持たせるため脅しただけだ」
「水野さんと共謀して? そんなはずありません。修理センターの一部ならなぜ形跡が消されていたのか」
「夢でも見てたんだろ」
「現実です。確かに私達はあそこにいました。寝る間もなく調べ物をしたり、あれこれ議論して」
「それと今起きている事は関係ない。あれだってお前が無茶ばかりするから」
「ちょっとふたりとも! ケンカはやめて仲良く、ね! 」
言い合い、溝を深めていくように見える会話。でもそこにはリンの知らない二人の世界が散りばめられている。
「リン、少し外してくれ。それから遥、話があるって言っただろ。全てはそれからだ」
リンは黙って見張りに行き、そして遥は。
「これ、おっさんから」
「渡してくれたんですね。ありがとう……あんなこと頼んですみませんでした」
内藤はあの白い小袋を渡し、遥はそれを受け取ると静かに開けて紙を取り出し、読み始める。
「逃がしてやってくれ、そう頼まれた……生きてさえいればいつかまた会える。そういう意味だと、俺は思ってる」
遥は黙って紙を見せ、微笑む。
“全て忘れて、好きなように生きてくれ”
思いやりか体の良い捨て台詞か判別がつきにくい言葉。続けて遥は裏面を見せる。そこには指名手配犯の似顔絵と名前。名字は笹山に戻っている。
「きっと、離婚が成立していることを知らせたかったんですね。もういいんです……あの子達がお腹さえ空かせてなければそれで。好きな物たくさん詰めたから、きっと今頃、喜んでいると思います。内藤さんのおかげで」
ロイドからも人間からも恨まれ、海斗と洋司と、生まれ育ったこの街からも捨てられた。
「本当に、それでいいのか」
「はい」
遥の返事に、内藤はもうそれ以上なにも言わなかった。
薄暗闇の中、伝わるのは悲しみだけ。
「それは何の薬だ」
「頭痛薬です。よく効くのでいつも処方してもらっていて」
遥は嘘をついた。
「同じこと言うんだな、あの人と」
「あの人……」
「水野沙奈だよ。あいつも英嗣から頭痛薬を。まぁ、今思えばカモフラージュで英嗣側のスパイだったんだろうな」
その嘘のせいで、もう一つの裏切りを知る。
「それはいつの……昔の話ですよね」
「いや、英嗣が死ぬまでずっとだ」
騙されたと聞いていた。あの日、あの人と心通い合ったと思ったのに、初めて本音で話せたはずのあの内容すら嘘だった。
遥は悲しみと失望でまた一つ何かを失う、でももう悲しみに暮れる様子はない。
「何も、知らなかったんですね。私」
魂の抜けた瞳、こらえきれず内藤は遥を抱き寄せる。
髪を撫で、何度も深く唇を重ね合う二人。やがて遥も広い背中に手を回し、彼を受け入れた。
「とても綺麗なピンクのオーロラだったの」
薄暗い闇の中、まだ忘れられないというように、リンはあの夜見たオーロラについて話し出す。
そして内藤は組織の話を、遥はショップにいたこの5年について……互いの知っている情報を共有し、首謀者について思い巡らせる。
「当時、組織を継いだ羽島という男は消息不明だ。水野と共に今も行方がわかっていない」
「じゃあ、その人が……」
「いや、まだ決めつけるのは早い。羽島と水野の関与は確実だが、オーロラだけは解せない。確かにロイドやAIだけでなくワープや多くの衛星技術があいつらの手にある。だが、羽島にそれを使いこなし、オーロラを産み出す頭脳はない」
結論は出ず、再びの沈黙。
「とにかく体制を立て直す。行くぞ!! 」
三人は頷き、食料倉庫を後にした。
「裏切られるのはさぞかし苦しいだろう……もっと苦しめ。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死んでいくがいい」
ロイドと人の戦争の影、地下奥深くで煮えたぎる憎悪にまだ誰も気づく気配はない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説


淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ
しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる