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Chapter Ⅰ 愛憎

10.原動力 〜driving force〜

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 皆、苦しんでいた。

 横たわり死んだように眠る遥も、リンの隣で何かを考え込む内藤も。また、彼らと別れ北へ向かっていたあの家族も同じだった。

 凄まじく燃える業火ごうかに焼かれ、灰色に煙る街。焼け出され家を失い、どれだけ避難先を転々としても安住の地など得ることは出来ない。


「晴瑠、危ないっっ!! 」
「待って、醍……いやぁーーーっっっ!! 」

 愛し合う者達は最期の時、互いの名を呼び手を求め合う。

 また生命が握りつぶされた。






 薄暗闇の中、遥はむくりと起き上がる。

 胸を抑え顔をしかめ……彼女も限界は越えている。残された時間がわずかだと知らされてから戦争によって時が奪われ、あと何日残されているかもわからなくなった。

 限界……しかし、彼女は立ち上がる。

 よろめき動かない身体を引きずり歩き出す。胸に手を当てて苦しそうに顔を歪め、それでも、もう諦める事はない。

 銃を手に、乱れた髪の間から覗く眼差しは強く鋭く、もう以前の遥ではなくなっていた。


「すみませんでした」
「休んでなくていいのか」
「はい、次はどこへ」

 心配そうに見つめる内藤、リンも視線に気づいているようだ。ここで一度身を潜め、交代で情報収集に出る事を提案する。

「お前はここにいればいい。俺が」
「必要ありません。守られる為に付いてきたわけじゃないので」

 表情もなく、空気も読まない遥は真っ直ぐリンだけを見て話し出す。

「この間はごめんなさい。危ない所を助けてもらって、どうしても戦争を終わらせたくてついてきたの。役に立つよう努力する、だから一緒に連れて行ってください」
「リンにそこまですることない」

 深々と頭を下げる遥、内藤が止めてもやめる様子はない。

「遥さん……」
「お願いします」

 強い覚悟、リンはにこっと笑う。

「遥さんってかっこいい!! 」

 リンが遥に抱きついて話はまとまった。三人は交代制で情報を集め、首謀者の居所を突き止めることに。

「もしかしたら陸軍とか諜報部隊がロイド軍に潜入してるんじゃない? 」
「それはないわ、国民を捨てて降伏したの、政府関係者は処刑されたと噂で聞いた」
「諜報部隊……それがあの組織だとしたら、ロイド軍側だろうな。人間に味方する奴なんていない」
「先生もそこにいたんでしょ? なら先生もロイド軍の味方? 」
「くだらない事聞くな。俺は追放された身だ」

 何か考える様子の遥、その脳裏にある人物が浮かんでいる事は内藤も気付いていた。しかし、あえて触れずに話をそらす。

「あいつら、この街に帝国を築くつもりかもしれない。長い年月をかけて準備していたんだ……必ず、首謀者はこの街にいる」

 二人の返事を待たず、内藤は立ち上がる。

「出てくる。見張りを頼む」

 そして、どこかへと姿を消した。

「もう、勝手なんだから!! 」
「リンちゃん、ちょっと待ってて」
「え? ちょっと遥さんまで……」

 即座に遥も追い掛ける。どうしても聞きたいことがあった、そして聞くなという無言の圧力を感じた。

「内藤さん」

 背中をとらえた遥は声を掛ける。

「すぐ戻る」
「水野さんは……あの人はこんな事、賛同したりしないはず」

 この薄暗い闇でもはっきりと感じ取れる程、内藤の背は固まっていた。

「どこにいるんですか、知ってるんでしょう? 」

 問う遥からは背中しか見えないが、その表情は暗く沈みきっている。裏切られた悲しみと失望と怒り……それは、遥の想いと似ているのかもしれない。

「行方不明だ」

 何か言い掛けた遥を今度は内藤が無視して、短いやり取りは終わる。姿を消した背中に、遥も諦めてリンの元へ戻る。

「遥さん……」

 不安げな表情に、遥は先程と違う微笑みを向けた。

「リンちゃん、ごめんね。一つだけ聞きたいことがあったの。二人の仲を邪魔したりしない、約束する」

 二人の間に、まだ控えめだけれど友好的な空気が流れる。昔から遥は女子に好かれやすく、それは才能といってもいいほどのもの。まだ出会って間もなく、敵対関係になってもおかしくないリンに対しても、それは発揮されたようだ。

「来る」

 遥は何かを察知すると同時、振り返って光線を放った。

 二体の兵が倒れ、始まる戦闘。

「遥さん、何で気づいたの」
「音がしたから。きっと外にいたのね。私達だけになるのを見計らって」

 兵士の反撃を交わしながら話す二人には余裕すら感じられる。

「5.6.7……」
「8体、よかった、少なくて」

 二人は物陰に隠れ、待ち伏せして8体全てを軽々と撃ち、倒した。

 散らばる残骸。

 頭も腕も足も、さっきまで連結して人間の如く動いていたそれらは砕け、切断面からは無数のコードが。

「こうしてみるとただの金属片ね、ロイドって」
「人も一緒、死ねば肉の塊でしかない」
「遥さん……」

 リンの表情も、空気も凍りつく。

「次に来たら一体くらい生かしておかないと」
「え……? 」
「何か聞き出せるかもしれないでしょ? 仲間が助けに来るかも」

 遥は笑っていた。

「遥さんも……その、組織の人なの? 」

 リンが思わず聞いてしまうほど遥は戦闘に慣れ、残虐ささえ感じられる。

「全部、壊したの。人間の信頼を裏切って……ロイド軍も首謀者も許せない」
「私も……私達のいた場所もそうだったの。遥さん、詳しく話聞かせて? 」

 残骸の散らばる倉庫の片隅で二人は銃を下ろし、微笑み合う。そして何事もなかったかのように元の場所へと、帰っていく。


 遥とリンは互いの身に起きた事を話し、意気投合した。そこに再びロイド兵の襲撃、二人は銃を持って立ち上がる。

「遥さん! 」
「うん」

 息のあった連携プレー。棚同士をロープで繋いで罠を作り、そこにロイド兵を。捕まった一体の間抜けなロイドの眉間に銃を突きつける。

「殺されたくなかったら大人しくなさい」

 深く威厳ある声で脅す。

 捕まったのは身体能力の低い事務職専業ロイド。ロイドの供給が足りていない為、戦争に駆り出されたと自白した。

「何があった」

 帰ってきた内藤は遥とリンが何度かの襲撃を無傷で防ぎ切り、捕虜まで得ていた事に驚きつつ、ロイドを棚に縛りつける。

「リン、やり過ぎだぞ。捕虜なんて」
「私です。何か情報を持っているかもしれないのに、ただ殺すなんてもったいないでしょ? 」

 何気なく、さらりと業務報告でもするようの表情と声で、発せられる驚くべき言葉。

 その仕草に、内藤は絶句する。

「遥……お前……」
「余計な事をしてすみませんでした。見張り、行ってきます」

 鋭い視線から溢れ出す強い憎悪。

 危うさに気づくのが少し遅かったのかもしれない。殺人鬼だった頃の内藤に……そして、遥が憧れ慕っていた水野に、今の遥はよく似ていた。

「遥さん、とっても強いのね」
「違う……遥は、あんな奴じゃ……」

 戦場でも恐怖とは無縁の男、内藤奏翔。彼がその手で守ろうと決めていたか弱い女性に、悪魔が宿ってしまった。

 内藤は初めて、身震いというものを知る。

 こっそり捕虜の元へ戻り、殺害した。血も出ないばらばらになった金属片を見て一言だけ呟く。

「壊したんだな……俺と、この戦争が」

 壊れれば二度と元には戻らない、それが人の心だと、よく知っていた。






「それでね、ロープを見つけて棚に縛りつけたの」

 嬉しそうに遥との連携プレーを語り聞かせるリン。相変わらず上の空、出逢いから今まで、知っている遥を全て並べて内藤は考えていた。

 その昔、悲しみに沈んだ遥が自分を保つ事ができたのは、海斗の存在だった。遥が幸せであるように……海斗を生かしたのはそんな生ぬるい想いではない。海斗にとどめを刺し、遥を奪い取る……そこまで考え、その為にタマを修理して家に潜入し、あの涙に、断念した。

 後悔している、こうなって余計に。

 草野海斗は危険な軍事兵器──それは草野英嗣という魔物に取り憑かれた諜報員、水野沙奈の妄想ではなかった。

 海斗がロイド軍側にいる、それが何よりの証拠だ。

 今はもう、海斗など役に立たない。

 遥にとって心の支えでも原動力でもなく、むしろ闇に突き落とした存在。名前すら聞きたくないだろう。

 過去から戻ってきた内藤は考える。遥の心を支え、蘇らせる事のできる存在。

 “蓮……美蕾……”

 涙を流し無事を喜んでいた泣き顔を思い出した。間違いなく遥の心の支えであり原動力。

「会わせてやりたいな」

 あの女のいない所で……思い巡らせる内藤は、リンが睨んでいるのにも気づかない。

「何の音!? 」

 耳をつんざく爆音、激しく何かが崩れる振動。

「行くぞ! 」
「うん! 」

 二人は強い眼差しを持ち、薄暗闇を駆け抜ける。長い直線、角を二つ曲がり階段へ。上へと登り、また直線を駆け抜けて辿り着いた先、倉庫の入口が光っていた。

「遥さ」
「やめろ」

 リンの声を制止して静かに光線を。

 放たれた光は今までで最も強く、一撃で兵士達は倒れていく。

「大丈夫か」

 目視で確認した5体全てを瞬殺し、駆け寄る内藤とリン。遥の眼差しは鋭いまま、それでも口元にかすかな安堵が漏れる。

「遥さん、ケガない? 」
「うん、リンちゃんありがとう」
「最初に気づいたのは俺だぞ」
「遥さん、よかったぁ」

 内藤を無視して行われる会話。緊張が緩み、和やかな空気が生まれたその時。

「リンちゃん、危ない!! 」

 遥がとっさにリンの前に出た瞬間。

「遥っっ!! 」

 内藤の目の前で遥の背はえぐられ、ザクリと異様な音が響いた。
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