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たまにはクリスマスを 2
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いくら従姉の小夜子が京助の兄紫紀と結婚したとはいえ、綾小路家の持ち物であるマンションに入ることには、千雪は綾小路家の世話になるようで嫌だったが、京助のセキュリティ万全という言葉に渋々頷いて、京助の部屋の真下にあたる今現在の住居に越した。
ところが最近のことだが、原稿の催促に部屋を訪れた多部に京助との関係やいつものオッサンジャージの千雪がフェイクであることが知られてしまい、結果のらりくらりの執筆スタイルが多部相手には通用しなくなり、携帯を切ってサボっていると家にまで押しかけてくるようになったというわけだ。
「あ、よかった、良太、いてる」
さて、翌日の午後、千雪がやってきたのは、乃木坂にある青山プロダクション、千雪の小説を原作に映画を作ったプロデューサー工藤のオフィスである。
「千雪さん、何かありましたか? あとちょっとしたら俺出かけますけど」
広瀬良太はこの会社の社員で、工藤の秘書兼プロデューサーという肩書を持つ元気印の好青年だ。
今撮影が進んでいる千雪原作のドラマ『今ひとたびの』の制作にも携わっている。
「何か、冷たい言い方やなあ」
千雪はマフラーとコートを脱ぐと、窓際の大きなソファに腰を下ろした。
そこへこのオフィスの要、何ごとにも動ずることがなく、いつも穏やかな笑顔で迎えてくれる鈴木さんが、香しい紅茶とパンナコッタを運んできた。
「良太ちゃんも、お茶、いただいてからにしたら?」
ちょっと渋い表情を見せたものの、良太はすぐにやってきて千雪の向かいに座った。
「……それで、どうしたんです? わかった! また多部さんに追われてるんでしょ? ここにくればわからないだろうとか思って」
しばしパンナコッタに取り掛かっていた良太は、食べ終えてお茶を一口飲むと、千雪を糾弾した。
「お前な、追われるとか、人聞きの悪いこと言わんといてほしいわ。気分転換にあちこち歩いていろいろ考えたりしてるだけやし」
適当な言い訳を並べ立てたが、実のところ良太の言う通り、締め切りを少しずらしてもらったものの、思うように進まず、多部が今から伺います、とか言ってきたので、とっとと部屋を出た、というわけで、まさしく多部に追われているのだった。
「それならいいですけど。そろそろ多部さんとこの推理小説誌の締め切りじゃなかったですか? 年末進行で早まってるでしょ」
こいつは、どうしてそこまで知ってるのんや?
千雪はつい呆れた顔で良太を見た。
「俺のスケジュールまで把握せんかてええで?」
「つい、仕事柄、間に合わないということは許されないんで」
良太はしれっと言うと紅茶を口に持って行く。
前に、多部に追われてここに駆け込んだことがあって、その時に良太に追及された千雪は仕方なく、マンションの駐車場までやってきた多部にいつものオッサンジャージがフェイクだということを知られた上、京助がキスなんか仕掛けてきたために、二人の関係まで知られる羽目になったことを話した。
いや、京助が開き直って多部にぶちまけただけなのだが、お陰で携帯を持っていないというウソも看破され、以来、遠慮なく締め切り破りの千雪の尻を叩くようになったのだ。
「暗に、俺が締め切り破っとるんを非難しとんな?」
「非難なんか。だって、作家さんって、締め切り破ってナンボでしょうが」
「やっぱ、お前、段々工藤さんに近づいて来よったな」
「だから、それ、やめてくださいって。冗談じゃないんで工藤さんに似て堪るもんですか」
そこだけは、良太は全身全霊で否定するのだが。
野球部でピッチャー、しかも直球勝負がモットーだったという良太らしく、今はひたすら工藤の背中を追いかけながら、プロデューサーとして研鑽を積んでいるわけだが、何かあれば怒鳴りまくってキャスティングに見合わないとなればクビを切る、業界では鬼の工藤と称された工藤より、仕事に支障をきたすような輩はシビアに切り捨てるところは、ともすると工藤よりクールだ。
良太の最も重要事項は工藤だからだ。
何だかんだ文句を言いつつも、とにかく雛鳥の刷り込みのごとく良太は工藤を慕っている。
「このあとも、仕事なん?」
「あ、いや、ちょっと、人と会うんです」
「何や、今、一瞬、戸惑いが見えたで? 誰と会うん?」
良太はむすっとした顔で、「直子さんですよ、佐々木さんのアシスタントの」と言う。
「俺に言いにくいいうことは、何や後ろめたいことやろ? 工藤さんの居ぬ間に女の子と会うとか、浮気やな?」
「俺がそんなことするわけないでしょうが!」
ちょっとつつくと、良太は声を大にして否定した。
ところが最近のことだが、原稿の催促に部屋を訪れた多部に京助との関係やいつものオッサンジャージの千雪がフェイクであることが知られてしまい、結果のらりくらりの執筆スタイルが多部相手には通用しなくなり、携帯を切ってサボっていると家にまで押しかけてくるようになったというわけだ。
「あ、よかった、良太、いてる」
さて、翌日の午後、千雪がやってきたのは、乃木坂にある青山プロダクション、千雪の小説を原作に映画を作ったプロデューサー工藤のオフィスである。
「千雪さん、何かありましたか? あとちょっとしたら俺出かけますけど」
広瀬良太はこの会社の社員で、工藤の秘書兼プロデューサーという肩書を持つ元気印の好青年だ。
今撮影が進んでいる千雪原作のドラマ『今ひとたびの』の制作にも携わっている。
「何か、冷たい言い方やなあ」
千雪はマフラーとコートを脱ぐと、窓際の大きなソファに腰を下ろした。
そこへこのオフィスの要、何ごとにも動ずることがなく、いつも穏やかな笑顔で迎えてくれる鈴木さんが、香しい紅茶とパンナコッタを運んできた。
「良太ちゃんも、お茶、いただいてからにしたら?」
ちょっと渋い表情を見せたものの、良太はすぐにやってきて千雪の向かいに座った。
「……それで、どうしたんです? わかった! また多部さんに追われてるんでしょ? ここにくればわからないだろうとか思って」
しばしパンナコッタに取り掛かっていた良太は、食べ終えてお茶を一口飲むと、千雪を糾弾した。
「お前な、追われるとか、人聞きの悪いこと言わんといてほしいわ。気分転換にあちこち歩いていろいろ考えたりしてるだけやし」
適当な言い訳を並べ立てたが、実のところ良太の言う通り、締め切りを少しずらしてもらったものの、思うように進まず、多部が今から伺います、とか言ってきたので、とっとと部屋を出た、というわけで、まさしく多部に追われているのだった。
「それならいいですけど。そろそろ多部さんとこの推理小説誌の締め切りじゃなかったですか? 年末進行で早まってるでしょ」
こいつは、どうしてそこまで知ってるのんや?
千雪はつい呆れた顔で良太を見た。
「俺のスケジュールまで把握せんかてええで?」
「つい、仕事柄、間に合わないということは許されないんで」
良太はしれっと言うと紅茶を口に持って行く。
前に、多部に追われてここに駆け込んだことがあって、その時に良太に追及された千雪は仕方なく、マンションの駐車場までやってきた多部にいつものオッサンジャージがフェイクだということを知られた上、京助がキスなんか仕掛けてきたために、二人の関係まで知られる羽目になったことを話した。
いや、京助が開き直って多部にぶちまけただけなのだが、お陰で携帯を持っていないというウソも看破され、以来、遠慮なく締め切り破りの千雪の尻を叩くようになったのだ。
「暗に、俺が締め切り破っとるんを非難しとんな?」
「非難なんか。だって、作家さんって、締め切り破ってナンボでしょうが」
「やっぱ、お前、段々工藤さんに近づいて来よったな」
「だから、それ、やめてくださいって。冗談じゃないんで工藤さんに似て堪るもんですか」
そこだけは、良太は全身全霊で否定するのだが。
野球部でピッチャー、しかも直球勝負がモットーだったという良太らしく、今はひたすら工藤の背中を追いかけながら、プロデューサーとして研鑽を積んでいるわけだが、何かあれば怒鳴りまくってキャスティングに見合わないとなればクビを切る、業界では鬼の工藤と称された工藤より、仕事に支障をきたすような輩はシビアに切り捨てるところは、ともすると工藤よりクールだ。
良太の最も重要事項は工藤だからだ。
何だかんだ文句を言いつつも、とにかく雛鳥の刷り込みのごとく良太は工藤を慕っている。
「このあとも、仕事なん?」
「あ、いや、ちょっと、人と会うんです」
「何や、今、一瞬、戸惑いが見えたで? 誰と会うん?」
良太はむすっとした顔で、「直子さんですよ、佐々木さんのアシスタントの」と言う。
「俺に言いにくいいうことは、何や後ろめたいことやろ? 工藤さんの居ぬ間に女の子と会うとか、浮気やな?」
「俺がそんなことするわけないでしょうが!」
ちょっとつつくと、良太は声を大にして否定した。
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