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絆編

生体武具

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 作戦会議から数日が経った頃、ドーレンさんからお呼びがかかった。工房に入ると、先に到着していたライオネルが気さくに手を挙げてくる。あまりにも爽やかだったので、とりあえず俺は顔をしかめて挨拶の代わりとした。


「クソジジイはどこだ?」

「さぁ? 奥から物音がするから居ると思うけど、クロノが来たら声かけようと思ってて……泥棒じゃないよな?」

「すぐに分かる。おいクソジジイ! 耳が遠くなきゃ返事しやがれ」


 勝手知ったる他人の工房。ヘルムにボコられたとき、別室に運ばれたのでだいたい分かる。ズカズカと足音を立てて進んで行くと、ちょうど別室の方からドーレンの声が聞こえたので構わず入った。


「……おぉ、来たな。ライオネル。それとブサいの。今日呼んだのは他でもない。マンティコアのことだ。生体武具って知っとるか?」


 生体武具……聞き慣れない単語だ。横のイケメンも首を傾げた。良かった、常識がないとか言われなくて。聞く前に喧嘩が始まるところだった。


「生体武具ってのは、職人が呼ぶ正式名称みたいなもんだ。冒険者なら、マンティコアの素材で作られた武具って認識だから、覚えがないだろうな」

「まぁな。俺って魔術師だし」

「魔術師らしい格好をしてから言え。まぁいいわい。ここにマンティコアの皮がある。サンプルだ。そこの剣で斬ってみろ」

「マンティコアの素材って高いんだろ。札束で汗を拭く趣味はないんだが?」

「ごちゃごちゃとやかましいやつだ。さっさとやれ。続きはその後だ」


 渋々と剣を借りて、振り下ろしてみる。薄い皮なのに、これがまったく斬れない。意地になってノコギリよろしくギコギコしてみたが、傷ひとつ付かない。剣がなまくらと言いたいところだが、これが上位の魔物の素材か。苦戦するわけだ。


「悔しい。これは戦士のお前にしか斬れないなぁ」

「あー、クロノが斬れないのは仕方ないさ。今の俺にも斬れねぇ」

「やる前から諦めてどうする。はい、バフのフルコースね」

「うぉぉい!? いきなりかよ……分かったよっ!」


 ライオネルの渾身の振り下ろしで、やっと皮が斬れた。清々しい気分だが、何か忘れているような……?


「あっ、これめっちゃ高いんだった! なんてことしてくれるんだ!」

「えぇ……わ、悪かったよ。俺の素材をやるから許してくれって」

「よーし、斬れたか。ここからが本題だ」


 ドーレンがポーションを垂らすと、ふたつに分かれていたマンティコアの皮がくっついた。うん……? くっついただと!?


「これが生体武具の名の由来だ。マンティコアは死んだが、この皮は生きているんだ。驚異的な再生力を持ったままな」


 し、信じられない。本体が死んでも素材が生きているなんてめちゃくちゃだ……。


「ほとんどの魔物は、死んだら素材もそれっきりだ。硬度や特性は残っていても、再生はしない。ほんの一握りの化け物の素材だけが、伝説に匹敵する武具を作れるのさ。ちっとばかし、鍛冶屋泣かせだがな」


 仕掛けを疑って皮を手にとってみたが、傷が消えている。引っ張っても変化なし。こりゃ本物だ。手品より凄いな……。


 ハゲが上質な装備にこだわる理由が分かった。生体武具は、武具の弱点を克服しているんだ。


 装備のほとんどは金属で出来ている。防御力と重量は比例しがちだし、壊れてしまえば修理しなければ使えない。過酷な冒険中にそんなことが出来るはずもなく、予備の武器を持つ冒険者も多い。


 だが、生体武具はポーションで修復できる。元の状態に勝手に戻るから、鍛冶の設備や技術がいらない。おまけに、マンティコアの皮はとても軽い。これで皮防具を作れば、軽くて丈夫な夢の装備が出来上がるわけだ……。


「気づいたか。俺も好き勝手弄ったのはこれが初めてだが、とにかくとんでもねぇのさ。おまけに状態が良く、マンティコアの中でも強い個体らしい。素材屋は最高評価を付けた」

「状態が良いだって? 猛毒に侵されていたし、俺がボロクソにしていたはずなんだが……」

「解体までの時間で治っちまったんだろうよ。普通なら再生しないように大半を消し飛ばして、やっと討伐できるもんだろう。それを、心臓だけを狙って潰してる。大したもんだよ。お前らは」

「よせ。照れるだろ」

「あのときは何かと噛み合ってたからなぁ。もう一度やれって言われてもムリだぜ」


 同感だ。化け物の檻に進んで入り、自らを餌にしてまで勝ち取った勝利は、奇跡に近いものだった。素材の価値が下がっても、消し飛ばすのが合理的だ。次はそうする。出来ればの話だが。いや、しんどいのは二度と御免だな……。


「なおさら惜しいな。ブサいの、おめぇ本当に全部売っぱらっちまうつもりか? マンティコアの素材は、打たれ弱い魔術師にこそ必要なものだと思うんだが……」

「売る? クロノは無茶をするタイプだし、自分に使ったほうがいいと思うぜ? 金に困ってたのも、家のときだけだろ?」

「事情があってな。全部売ることに決めたんだよ」


 ライオネルにこれまでの経緯を話すと、珍しく考え込んでいた。


「……そんなことになってたなんてなぁ。よし分かった。俺の素材も売っていいぜ!」

「いや、売るのは俺の分だけだ。ライオネルは自分に使え」

「おいおい、ちょっと待てよ。ファウストは俺のダチでもあるし、協力したい。させてくれよ」

「必要ない。もう一度言うが、売るのは俺の分だけだ」

「俺だけいい思いをしろってか? 格好つけるのもいい加減にしやがれ! お前はそうやって自分ひとりで抱え込んで――」

「勘違いするな。協力すると言ったな? お前にはお前の役割がある。あまりわがままを言うな!」


 互いに胸ぐらをつかみ合い、にらみ合うこの状況。どう見たって喧嘩だ。だが、口喧嘩で負けるつもりはない。


「素材を撒いただけじゃ、冒険者は完全には戻らない。本当に心が折れちまったやつも必ず居る。どれだけ居るか検討も付かない。減った数だけ戻ったやつらの負担が増える。また逃げられると困るんだよ」

「だったらなおさらだぜ。倍の素材を流せば、戻ってくる数も増える。負担が増えても、強い装備があれば心は折れねぇ!」

「それじゃダメなんだ。強い装備に頼っていると、失ったときに抜け殻になってしまう。ルークのようにな。はっきり言う。俺は王都の冒険者を腰抜けとしか思ってない。期待していない。その場しのぎの材料として見てるんだよ」

「分からねぇ。分からねぇよ!」

「王都に腕利きが揃ってるのは、国が招集しているから。それだけじゃない。王都の冒険者は精鋭だ。そのイメージが、強い憧れを生み、新たな冒険者を呼び込んでいるんだ」

「そりゃそうかも知れねぇけど……今は関係ねぇだろ」

「あるから言ってるんだ。よく聞け。ファウストの死・心の折れた王都の冒険者……不幸が不幸を呼び、負の連鎖が起きてる。冒険者への信頼が、揺らいでいる。前向きな噂なんてあるはずがない。ここは絶対に断ち切らないといけない」

「……分かったよ。よく分からねぇけど、話を聞けばいいんだろ」


 ライオネルが胸ぐらから手を離した。俺は離さない。この先の言葉は、しらふでは語れない。


「強い冒険者……そのイメージを復活させないといけない。本当に強いやつは、腰抜けの代わりに前線で無茶やってる。必要なのは道化だ。強い冒険者を演じるのが、お前の役割だ!」


 ライオネルにはマンティコアの武具を装備して、王都を練り歩いて貰う。マンティコアの素材を販売する噂の信憑性をさらに高め、伝説級の武具の性能も宣伝して貰う。


 これで迷ってるやつは一足先に冒険者として復帰するだろう。その姿を見たのろまな冒険者も戻る。ここでようやく、移転を熱望している職人たちが王都に居着くわけだ。そして不況は終わる。これが俺の筋書きだ。


「俺じゃなきゃダメなのか? 強さならギルド長やハーゲルでいいはずだぜ?」

「ふたりは有名人だから、条件に当てはまらない。のろまの尻を蹴り上げるために最も効果的なことは、焦りだよ。迷っているあいだに、新顔が頭角を現す。自分より弱かったやつに追い抜かれる。脅迫じみた現実を見せつけるんだ」

「それなら、クロノでいいじゃんか。恐ろしい早さでランクアップして、ギルド職員にまでなってるんだぜ?」


 こいつはヘドが出るほど良いやつだからなぁ。生憎と俺は自分のことを客観的に見れている。後ろ向きなことはあまり口に出したくないのだが、言わなければ納得しないだろう……。


「……俺は闇の魔術師だ。『短期間で昇級? どんな汚い手を使ったんだ?』そう思われるのがオチだ。どこまでいっても闇の魔術師なんだよ。憧れの対象にはならん」

「お前の強さは俺がよく知ってるぜ! クロノのことを知ってるやつなら――」

「俺を強いと言う人が居る。それは構わない。だが、今必要なのは、冒険者から一般市民まで、ひと目見て強いと思われるカリスマ性だ。その役目を果たせるのは、ライオネル……お前しか居ない!」


 英雄の首をすげ替えることはできない。だから、新たな英雄の誕生を予見させる。本当になれと言っているわけじゃない。あくまでその場しのぎ。それで充分だ。もっとも、ライオネルほどの実力者ならいずれ王都に行くけどな。


「……分かった。道化ってやつを、演じてやるぜ!」

「分かればいいんだ。まったく、普段は素直なくせに、こういうときだけキレやがって……」

「話はまとまったか。ブサいのはもう帰っていい。ライオネルは残れ。伝説級の武具となりゃ、キッチリ仕上げてぇ。寸法から始めるぞ」


 よし、お暇しよう。野郎同時の濃厚接触なんざ見た目が腐る。猛毒より酷いからな。想像しただけで吐き気に襲われた俺は、転がるように工房を後にした……。





 あとがき

次からテレサちゃん再登場
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