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絆編
忌み名
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経済のことは商人に聞くに限る。これまでの経緯をロレンスさんに話すと、顎に手を当てて小さく頷いた。
「……なるほど。王都の冒険者を引き止めるために、良質な武具が必要と。父に頼めば力になってくれると思いますが、商人の借りはリスクがあります」
「相談料ですら高そうですねぇ。後で良いように使われそう。参ったなぁ」
「ですから、ご自身の力で解決したほうが、得ですよ」
「それが出来たら苦労はしませんって。皆で集まって知恵を絞ったんですけど、もうお手上げで」
「いやいや、あるじゃないですか。マンティコアが」
「……? ひょっとして希少な素材になるんですか? 赤龍より?」
「マンティコアはとても希少ですよ。あれ1匹で白金貨10枚はくだらない。状態も良いので、倍はするでしょう。孫の代まで安泰と言えば分かりますか? 赤龍なんて比較にならない額ですよ」
白金貨10枚って……10億か!? ライオネルと分けても5億。いつの間にか億万長者になってしまった……いやいや、そんな美味い話があるわけない。
「解体費用やこの不況で、実入りはもっと少ないとか?」
「いえ、雑費と現在の相場を踏まえての額です。希少な素材は、ほとんど価値が下がりません。この不況は一時的なものですし、他国に輸出してもいい。王家ですら頭を下げるでしょうね。国宝を作れるんですから」
「……これを市場に流したら、冒険者が戻って来ますか?」
「父がすべて買い占めますよ。けれど目の付け所は良い。流石ですね。そのご相談、私が引き受けましょう。もちろん、副ギルド長として」
地獄に仏とはこのことだ。これですべて上手くいく――。
「ブサイクロノさんのビジョンを教えてください。私はただの相談役です。身を切るのは他でもないあなただ。生産調整をすれば乗り切れる程度の不況に、どうしてここまでしたいのですか? 腹を割って話しましょう」
「……ファウストの名誉の為だ」
「名誉? 死んだ人間より、生きた人間のほうが大切では? 手向けにしては派手すぎます」
「もちろん俺もそう思う。葬式なんざ安い家族葬でいい。だけど、今回だけは見過ごせない。死人に口なし。死んでしまったら、終わりなんだ。あることないこと言われても、弁解できない挽回できない」
俺のことはいい。だって生きているから。あることないこと言われたら、自分の都合のいいときに言い返すことができるのだ。
王都でファウストの名前を出したとき、『もううんざりだ』と言われた。あの若さながら努力を続け、人々に尽くしてきたファウストが、不況を起こした原因……そんな風に言われるのは我慢できない。
「俺は友の名を、忌み名にはしたくない」
「……分かりました。協力させていただきます。アルバを救ってくれたファウストさんのためにも、必ず」
小さな会議の場に、ロレンスさんが加わった。さっきまで重く感じていた空気が変わった。今度はきっと上手くいく。
「まず要点を整理します。王都の不況を止めるには、冒険者を釣る餌が必要です。その条件はクリアしました。あとはいかにして釣り上げるかという段階です。出資者であるブサイクロノさんの希望を聞かせてください」
「なるべく冒険者にだけ売りたい。販売は数ヶ月先にしたい。購入する権利を抽選にしたい」
素材の数は潤沢とは言えない。皆に行き渡ることはないが、一匹でも多くの腰抜けを素早く釣るための要望である。
まず、王都の冒険者にだけ売る。これで商人や野次馬は排斥できるはずだ。
残りの要望はセットで意味がある。抽選と販売を同時に行えば、そのときが来るまで結果は分からない。
懐に余裕のないやつでも、金を稼ぐ時間ができる。もし抽選に当たっても購入資金がなくて買えないなんて状況は御免だし、希少な素材を夢見て資金を貯め続けるはずだ。人は自分の都合の良いように物事を考えるのだから。
「なるほど。人の心理をよく知っていらっしゃる。概ねその考えの通りに事が運ぶでしょう。ただ、手直しも必要です。王都の冒険者の定義をしましょうか」
王都ギルドには、冒険者登録をしたものの、ほとんど活動しない人や、引退した人が大勢居るらしい。
「形式的には彼らも冒険者ですが、抽選から除外しましょう。商人の息がかかっている可能性もあります。だから今現在で所属しており、ここ数年で一定回数の活動をしたことのある人に絞ればよろしいかと」
ロレンスさんの言うことは最もだ。なるべく多くの魚を釣りたいが、目的にそぐわない魚は餌だけ取っていく邪魔者だ。
「アルバギルドとして、王都ギルドに照会をかけておきます。マンティコアの噂を聞きつけて登録に来る連中を取り除くためにもね」
手際がいいなぁ。皆も頷いてるよ。俺も頷きすぎて首がもげそう。
「抽選が行われ、当選したとしましょう。その方に必ず商人が押しかけます。力にものを言わせる連中も現れるでしょう。ですから購入の権利を含む、他人への譲渡を禁止する契約書をこちらで作成しておきます」
破れば無効だと周知させれば、無駄な争いは減らせる。それでも争いは起こるのだろうが、まぁ知ったことではない。俺はファウストの名誉さえ守れれば何でもいいし、自分の身は自分で守れ。お強い王都の冒険者なら余裕でしょ。
「最後に、この場に居る皆さんのお力添えを願いたい。希少な素材ゆえに、扱える職人は限られています。相場も言い値になる。これでは弱い冒険者が増えることになってしまいます」
大金を払って素材を得ても、武具に出来なければ意味がない。維持費を誤魔化しながら今の装備でさらなる冒険を重ねなきゃいけなくなる。
王都の冒険者は強い。そのイメージは守られなきゃいけない。それが憧れとなり、新たな人を呼ぶのだから。
「わしにも横の繋がりがある。王都で腕の良い職人を紹介してやってもいい。だが、ひとつ条件がある」
「おいおいクソジジイ。条件を出せる立場か? あんたがゴネたら不況待ったなしなんだぞ?」
「マンティコアともなれば、わし含めて扱える職人はそうはおらん。だが、未熟な輩も職人の魂を持っとる。嫉妬で余計な争いが起きるくらいなら、協力しないほうがましだと言っとる」
「はいはい。言ってみろよ。なるべくお安く作って欲しいんだが……」
「雑費は取るが、技術料は無料でいい。熟練から未熟者まで、なるべく多くの職人に関わらせたい。希少な素材を扱える機会など王都だろうと滅多にないことじゃからな。間近で見れるだけでも価値がある」
ふむ、このクソジジイは人材の育成にも力を注いでる良いクソジジイか。それくらいなら別に問題はない。
「決まりですね。では、この場に居る皆さんには、マンティコアの素材が売り出される噂を、なるべく多くの方に流して貰いたい。複数の、それも信頼できる組織が揃って話すとなると、事実だと理解されるでしょう」
「あたしはブサクロノの役に立てるなら何でもする。ロイスさんに頼んでおくね。王都には小人族も居るはずだし、たぶん大丈夫」
「わしは職人仲間に話を通しておく。なぁに、年長者の頼みを断るやつはおらん。わしに舐めた口を効くのは、そこのオークくらいだ」
「微力ながら我々も協力しよう。王都ギルドへの通達はもちろん、冒険者や知人にも頼んでおくとも」
「そんじゃ俺は、ご自慢の聖遺物を見せびらかして、冒険者の気を煽るとするか」
「私は流通絡みはおおよそ押さえていますから、その筋にしっかりと釘を刺しておきますよ。邪魔をされては困るので」
この場に居る人数は少ないが、それぞれ太いパイプを持っている。ギルド職員は言わずもがな、ティミちゃんは薬師ギルド。ドーレンさんは職人仲間。ロレンスさんは商人か。
あれ? 俺だけそういうパイプなくね? だって冒険者絡みはギルド長とハゲがやるだろうし、俺ってほら、赤ちゃんだし……テレサちゃんに言ってもしょうがないし……何この敗北感!!
いいもん。おじさん、こんな偉い人たちを顎で使えるんだもん!
「このオークは何をふてくされてやがるんだ? ライオネルを掴まえて分け前を決めておけ」
クソジジイに施しを受けるとは。でもこういうときはやることがなくても忙しいアピールが大事なのだ。今回だけは見逃してやる!
こうして俺たちは、足早に会議室を出た……。
「……なるほど。王都の冒険者を引き止めるために、良質な武具が必要と。父に頼めば力になってくれると思いますが、商人の借りはリスクがあります」
「相談料ですら高そうですねぇ。後で良いように使われそう。参ったなぁ」
「ですから、ご自身の力で解決したほうが、得ですよ」
「それが出来たら苦労はしませんって。皆で集まって知恵を絞ったんですけど、もうお手上げで」
「いやいや、あるじゃないですか。マンティコアが」
「……? ひょっとして希少な素材になるんですか? 赤龍より?」
「マンティコアはとても希少ですよ。あれ1匹で白金貨10枚はくだらない。状態も良いので、倍はするでしょう。孫の代まで安泰と言えば分かりますか? 赤龍なんて比較にならない額ですよ」
白金貨10枚って……10億か!? ライオネルと分けても5億。いつの間にか億万長者になってしまった……いやいや、そんな美味い話があるわけない。
「解体費用やこの不況で、実入りはもっと少ないとか?」
「いえ、雑費と現在の相場を踏まえての額です。希少な素材は、ほとんど価値が下がりません。この不況は一時的なものですし、他国に輸出してもいい。王家ですら頭を下げるでしょうね。国宝を作れるんですから」
「……これを市場に流したら、冒険者が戻って来ますか?」
「父がすべて買い占めますよ。けれど目の付け所は良い。流石ですね。そのご相談、私が引き受けましょう。もちろん、副ギルド長として」
地獄に仏とはこのことだ。これですべて上手くいく――。
「ブサイクロノさんのビジョンを教えてください。私はただの相談役です。身を切るのは他でもないあなただ。生産調整をすれば乗り切れる程度の不況に、どうしてここまでしたいのですか? 腹を割って話しましょう」
「……ファウストの名誉の為だ」
「名誉? 死んだ人間より、生きた人間のほうが大切では? 手向けにしては派手すぎます」
「もちろん俺もそう思う。葬式なんざ安い家族葬でいい。だけど、今回だけは見過ごせない。死人に口なし。死んでしまったら、終わりなんだ。あることないこと言われても、弁解できない挽回できない」
俺のことはいい。だって生きているから。あることないこと言われたら、自分の都合のいいときに言い返すことができるのだ。
王都でファウストの名前を出したとき、『もううんざりだ』と言われた。あの若さながら努力を続け、人々に尽くしてきたファウストが、不況を起こした原因……そんな風に言われるのは我慢できない。
「俺は友の名を、忌み名にはしたくない」
「……分かりました。協力させていただきます。アルバを救ってくれたファウストさんのためにも、必ず」
小さな会議の場に、ロレンスさんが加わった。さっきまで重く感じていた空気が変わった。今度はきっと上手くいく。
「まず要点を整理します。王都の不況を止めるには、冒険者を釣る餌が必要です。その条件はクリアしました。あとはいかにして釣り上げるかという段階です。出資者であるブサイクロノさんの希望を聞かせてください」
「なるべく冒険者にだけ売りたい。販売は数ヶ月先にしたい。購入する権利を抽選にしたい」
素材の数は潤沢とは言えない。皆に行き渡ることはないが、一匹でも多くの腰抜けを素早く釣るための要望である。
まず、王都の冒険者にだけ売る。これで商人や野次馬は排斥できるはずだ。
残りの要望はセットで意味がある。抽選と販売を同時に行えば、そのときが来るまで結果は分からない。
懐に余裕のないやつでも、金を稼ぐ時間ができる。もし抽選に当たっても購入資金がなくて買えないなんて状況は御免だし、希少な素材を夢見て資金を貯め続けるはずだ。人は自分の都合の良いように物事を考えるのだから。
「なるほど。人の心理をよく知っていらっしゃる。概ねその考えの通りに事が運ぶでしょう。ただ、手直しも必要です。王都の冒険者の定義をしましょうか」
王都ギルドには、冒険者登録をしたものの、ほとんど活動しない人や、引退した人が大勢居るらしい。
「形式的には彼らも冒険者ですが、抽選から除外しましょう。商人の息がかかっている可能性もあります。だから今現在で所属しており、ここ数年で一定回数の活動をしたことのある人に絞ればよろしいかと」
ロレンスさんの言うことは最もだ。なるべく多くの魚を釣りたいが、目的にそぐわない魚は餌だけ取っていく邪魔者だ。
「アルバギルドとして、王都ギルドに照会をかけておきます。マンティコアの噂を聞きつけて登録に来る連中を取り除くためにもね」
手際がいいなぁ。皆も頷いてるよ。俺も頷きすぎて首がもげそう。
「抽選が行われ、当選したとしましょう。その方に必ず商人が押しかけます。力にものを言わせる連中も現れるでしょう。ですから購入の権利を含む、他人への譲渡を禁止する契約書をこちらで作成しておきます」
破れば無効だと周知させれば、無駄な争いは減らせる。それでも争いは起こるのだろうが、まぁ知ったことではない。俺はファウストの名誉さえ守れれば何でもいいし、自分の身は自分で守れ。お強い王都の冒険者なら余裕でしょ。
「最後に、この場に居る皆さんのお力添えを願いたい。希少な素材ゆえに、扱える職人は限られています。相場も言い値になる。これでは弱い冒険者が増えることになってしまいます」
大金を払って素材を得ても、武具に出来なければ意味がない。維持費を誤魔化しながら今の装備でさらなる冒険を重ねなきゃいけなくなる。
王都の冒険者は強い。そのイメージは守られなきゃいけない。それが憧れとなり、新たな人を呼ぶのだから。
「わしにも横の繋がりがある。王都で腕の良い職人を紹介してやってもいい。だが、ひとつ条件がある」
「おいおいクソジジイ。条件を出せる立場か? あんたがゴネたら不況待ったなしなんだぞ?」
「マンティコアともなれば、わし含めて扱える職人はそうはおらん。だが、未熟な輩も職人の魂を持っとる。嫉妬で余計な争いが起きるくらいなら、協力しないほうがましだと言っとる」
「はいはい。言ってみろよ。なるべくお安く作って欲しいんだが……」
「雑費は取るが、技術料は無料でいい。熟練から未熟者まで、なるべく多くの職人に関わらせたい。希少な素材を扱える機会など王都だろうと滅多にないことじゃからな。間近で見れるだけでも価値がある」
ふむ、このクソジジイは人材の育成にも力を注いでる良いクソジジイか。それくらいなら別に問題はない。
「決まりですね。では、この場に居る皆さんには、マンティコアの素材が売り出される噂を、なるべく多くの方に流して貰いたい。複数の、それも信頼できる組織が揃って話すとなると、事実だと理解されるでしょう」
「あたしはブサクロノの役に立てるなら何でもする。ロイスさんに頼んでおくね。王都には小人族も居るはずだし、たぶん大丈夫」
「わしは職人仲間に話を通しておく。なぁに、年長者の頼みを断るやつはおらん。わしに舐めた口を効くのは、そこのオークくらいだ」
「微力ながら我々も協力しよう。王都ギルドへの通達はもちろん、冒険者や知人にも頼んでおくとも」
「そんじゃ俺は、ご自慢の聖遺物を見せびらかして、冒険者の気を煽るとするか」
「私は流通絡みはおおよそ押さえていますから、その筋にしっかりと釘を刺しておきますよ。邪魔をされては困るので」
この場に居る人数は少ないが、それぞれ太いパイプを持っている。ギルド職員は言わずもがな、ティミちゃんは薬師ギルド。ドーレンさんは職人仲間。ロレンスさんは商人か。
あれ? 俺だけそういうパイプなくね? だって冒険者絡みはギルド長とハゲがやるだろうし、俺ってほら、赤ちゃんだし……テレサちゃんに言ってもしょうがないし……何この敗北感!!
いいもん。おじさん、こんな偉い人たちを顎で使えるんだもん!
「このオークは何をふてくされてやがるんだ? ライオネルを掴まえて分け前を決めておけ」
クソジジイに施しを受けるとは。でもこういうときはやることがなくても忙しいアピールが大事なのだ。今回だけは見逃してやる!
こうして俺たちは、足早に会議室を出た……。
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