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ギルド職員編

炭鉱夫クロノ死す

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 見知らぬ天井は、土の色。暗闇を照らすのは、壁に備え付けられたランタンの明かり。土埃の混ざった空気を薄布越しに吸いながら、炭鉱夫クロノは活躍していた。


 ウェルカム・トゥ・アンダーグラウンド。暗黒ボイスで囁きながら、振り上げたツルハシが今日も唸る――。


「おい新入りぃ! これ運んどけ!」

「へいアニキ! すぐ運びます!」


 名も知らぬガチムチの大男の声が響く。俺は新入りなので、なんとなく下手に出ているのだが、すっかり板についてしまった。マッチョマンにはアニキと呼んでおけば間違いないのだ。


「こっちも追加だ! 終わったらすぐ運べぇ!」

「ラジャっすっす! 命に変えてもォ!」


 運搬に使う道具は工事現場で使われる一輪車。山積みになった銀ピカの原石を載せて、所定の位置まで運ぶ。戻ってきたときには、また山積みの一輪車がある。汗を拭う暇もなく、この繰り返しだ。


 ちなみにこの一輪車は、地元では「猫車」と呼ばれていた。どこぞのネコバスと違って、酷く現実的な用途で使用されるのである。


「ふぅ、アニキも人使いが粗いぜ」


 やっとの思いで汗を拭って、小言を漏らすと、背後から穏やかな青年の声が聞こえる。


「頑張りましょう。私たちの力で掘るより、力自慢の彼らに任せたほうが、合理的ですからね」


 一般人体型のこの人の名前は、名無しさん。なんと、記憶喪失らしい。色んな意味で俺の先輩だ。まぁ、俺の記憶喪失は嘘なんですけどね。


「先輩、チィーッス!! 今日も記憶喪失っすか!? 仲間っすね!」

「はい。今日もそうですよ。きっと明日もそうですね。お互いに、言葉を忘れていないのは助かりましたね」

「記憶七不思議ってやつっすね!」

「そうですね。残りの六つは、忘れてしまいましたね。記憶喪失ですから」


 物腰が柔らかく、嫌味がない。これが西遊記だったら、先輩は三蔵法師だろう。俺が猪八戒で、ハゲが沙悟浄。もちろん、頭的な意味で。


「コラ新入りぃ! 喋る暇があったらシャベル持ってこい! ボキっと折れちまったからよォ!」

「それダジャレっすか!? めっちゃウケる!」

「訳の分からないこと言ってんじゃねぇ! 早くしろォイ!」

「はい喜んで~! おまたせしましたァ!」

「よーし、助かった。お前もツルハシを握りたいかもしれないが、素人が力任せに振るのは危ねぇんだ。給料は俺たちと同じなんだから、腐らず雑用してくれや」


 炭鉱夫になったのに、まともにツルハシを握ったことがない。炭鉱夫たちは落盤を恐れている。穴の中に居ると一蓮托生なので、おとなしく従っている……。


 俺とアニキたちの出会いは、それはもう劇的なものだった。


 馬車に乗ると目隠しをされ、何日も揺られて、久々に拝んだ景色は土の色。そしてアニキたちである。アニキたちは俺の顔を見ると、ビビるどころか殴りかかってきたのだ。


 チューチュートレ○ン・マッスルフォーメーションとでも言おうか。とにかく一斉に殴りかかってきた。視界は筋肉に満ちていた。死を覚悟した。


 だが、俺は無傷だった。彼らはマッチョマンだが、一般人である。シャドウデーモンを着込んだ俺にダメージを与えることはできなかった。


 その後は誤解も解けて、一目置かれるようになったのだが、俺は自己紹介を間違えた。俺は、「闇の魔術師」と答えた。しかし、炭鉱夫の募集項目には、「力自慢」があったのだ。


 親方に叩き出されるところを愚図ったら、アニキたちが「こいつは根性がある」と、庇ってくれて、どうにか雇ってもらえた。そんなわけで、俺は下っ端ライフを満喫しているのだ。


『キミの適応力って凄いよね。ドブ川でも普通に生きてそう』


 そのうち独自の進化を遂げるだろう、いつもならそんな軽口を返すのだが、俺は一度ドブ川に敗れたことがある。


 あれはいつだったか。まだ若かった頃、沖縄県に漫湖なる干潟があることを知った俺は、完全に名前の響きに釣られて、現地に飛んだ。そこで釣りをした。


 クッソでかい魚がいれぐいでかかり、胸が弾んだ。釣り上げた魚はティラピアと言うらしく、外国から食用として輸入したものの、野生化して外来生物となった魚だった。


 つまり食えるのだ。俺はBBQを実施した。そして、すぐに腹を壊し、病院のお世話になった。


 食える魚なのだが、水質があまりに酷くて、その環境で生きていたヤツは汚染されていたのだ。ちゃんと遠火で焼いたのにダメだった。


 苦い思い出から学んだことは、俺は繊細であるということ。本物には勝てないのだ。だからしっかり稼いだら、炭鉱夫は辞めて冒険者に戻るぞい。


「ぬぁぁ! また折れた。おい新人!」

「へい、ツルハシっすね! 用意しておきましたァ!」

「むっ、このツルハシ、温かい。さてはお前、使っていたな? あれだけ危ないからダメだと言っているのに――」

「はっ、懐で温めておりました!」

「……バカヤロー! 気持ち悪いから、新しいやつ持ってこい」

「ラジャっすっす!」


 西遊記の孫悟空が不在だったので、別の猿をこなしてみました。女体官能を拝む旅が始まりません。


「おまたせしましたアニキ。新しいツルハシっす」

「よーし、よくやった。この土を外に捨ててきな」


 運搬も大変だが、一番堪えるのが暑さである。穴の中は日差しはないが、大量のランタンが熱源となり、野郎どもの体温も合わさってかなり暑い。


「ブサクロノくん、お水をどうぞ」

「先輩あざっす。いつも助かります」

「いえいえ。私に出来ることはこれくらいですからね。それと、土を捨て終わったら昼食にしましょう」


 トンネルを抜けると、木造の倉庫っぽい場所に出る。ここが土の墓場だ。


 普通は外に捨てるものだと思うのだが、この炭鉱の在り処は秘密らしい。よって、特定に結びつく景色などは一切見られない。ここに土を捨てておくと、そのうち親方が外に運んでくれる。それでいいのだ。


 一応、俺は悪いやつなので、サモン越しに景色を盗み見ようとしたが、シャドーデーモンは見えない壁に阻まれて出られなかった。


 これは結界ってやつだ。仕組みは知らんが、協会や重要な建物には弱い魔物を寄せ付けない仕掛けがあるらしい。聖なるボロ倉庫め。そんなわけで俺はひとまず諦めた。追い出されたらお給料も貰えないし。


 空の猫車とともに戻ってくると、名無し先輩が食事の準備をしていた。アニキたちはサボっているわけではなく、手がめっちゃ汚れてるから手伝わない。戦士系な一般人はMPが少なく、生活魔法すら満足に使えないらしい。大変だな。


「下っ端のお帰りっすよ! はいはい、並んで並んで」


 アニキたちが両手を出してくる。まるで手錠をかけられる囚人のような光景であるが、これは手洗いの行列だ。魔術師の俺が生活魔法で水を出し、清潔な環境で食事を出来るようにしているのである。衛生士クロノとは俺のこと。


 手洗いが済めば、速攻で食事タイム。シチュー・ホーンラビットステーキ・ちょっとパサついたパンがメニューだ。これはアルバでも普通の献立だ。つまり、食事から場所を特定するのもムリなのだ。


「おい、新入り」

「なんすかアニキ」

「お前、ツルハシで掘りたいか?」

「やってみたいっすね。炭鉱夫やるからには、やっぱツルハシっしょ」

「命の危険があるとしてもか?」

「落盤っすか……?」

「落盤も怖いが、たまに魔物が出る。それが一番危ない。本当にいきなり出てくるから、素人は気づきにくい」


 魔物かぁ。俺、冒険者なんだよね。たぶんこの場の誰よりも強いはずだが、打ち明けるか迷いどころだ。怖がられても困るし、どうしたもんかな。


「アニキたちは大丈夫なんすか?」

「俺は昔、冒険者になろうとしたことがあってな。先に大事な女を見つけちまって、夢は諦めたが、腕っぷしには自信がある」


 なろうとした、がポイントだ。うわぁ、言い出さなくて良かった。もうずっと内緒にしておこう。幼稚園に中学生が居るみたいな空気になるぞ。


「大事な人が居るなら、リスク分散しないんスか? 俺みたいな下っ端なんて、いくらでも変わりが居るじゃないっスか」

「……バカ野郎! 炭鉱夫はな、一蓮托生よ。それに誰だって、大事な何かを背負って生きてる。誰かに押し付けてたら、嫁さんに殴られちまうよ」


 漢だ。漢が居る。めっちゃ人が出来てる。冒険者よりよっぽど清らかな心を持っている。アニキと呼ぶに相応しい人だ。


「こいつの言う通りさ。俺たちは穴掘るしか脳がねぇ。名無しは計算が出来るし、気配りにも助かってる。ブサクロノは荷運びもあるし手を洗ってくれる。皆で掘って、皆でお天道様を拝む。だから穴掘りはプロにまかせてくれや」


 目頭がじんと熱くなったところに、もうひとりのガチムチアニキが会話に混ざる。どちらもボス的な存在で、始めは衝突を恐れていたが、アニキたちは仲良しというか、馬が合うようだった。


「だがまぁ、お前も男だ。曲がりなりにも炭鉱に来たら、掘りたくなるのも仕方がない。地層が安定している今のうちなら、少しくらい指導してやる」

「お願いしゃーっす!!」

「決まりだなァ! 野郎ども、3分で飯食いな! 掘って掘って掘りまくるぞ」


 男たちが一斉に右腕を突き上げる。大勢で大声を出すと危ないから、暗黙の了解としてこうするらしい。


 食事を済ませた俺たちは、また採掘作業に戻る。俺の隣にはアニキが居て、見守ってくれている。


「いいか、力任せに振り下ろしちゃダメだ。なるべく体力を温存しながら、多く掘れる力加減を探れ」


 まずは半分の力で振り下ろす。ざくりと土の壁に、ツルハシの先端が入る。しばらく掘り進めているが、叱られないのなら正解かな。


「なかなか筋がいいぞ。その調子で掘ってみな。ただし、なるべく声は出すな」


 アニキに言われるがまま、掘り進めていく。大量の土は、アニキがシャベルでどかしてくれる。この最強コンビならどこまでだって掘れる。そう思っていたが、甘くはなかった。


「腕が疲れてきただろ?」

「うっす。ヤバいっすね。ツルハシめっちゃ重いっす」

「素人にしちゃ持った方だ。せっかくだし限界まで掘って……下がれ!」


 アニキが俺を押しのけると、土の壁がパラりと転がり落ちた。その直後、いきなり魔物が飛び出てきた!


 土色の毛むくじゃらな魔物。1メトルくらいあるモグラのような見た目で、太く鋭い爪が武器だろう。本当に音もなく現れた。反撃を――。


「ふんっ、オラァ!!」


 アニキがモグラに覆いかぶさり、太い両腕で首をホールド。そのままゴキりとへし折った。す、素手で倒しちゃったよアニキ。


「ふぅぅ、危ないところだったな。今みたいに、土の中に生息する魔物は多い。土の中じゃ大して音が響かないから、いきなり出会って速攻で殺し合いになる」

「ままま、まじパネっっす」

「上も下も前も、すべてが宝物であり、恐るべき敵だ。こう暑いと、防具すら満足に装備できん。その状態で今みたいになったら、どれだけ危ないか分かっただろ?」

「うっス。まじ危ないっす。怪我ないっすか!?」

「言ったろ。プロだってよぉ。これくらいで怪我してちゃ、炭鉱夫はやってられねぇよ」


 俺もプロなんだよなぁ。魔物討伐のプロの冒険者なんだよ。でもね、アニキのがよほどそれらしいではないか。


 もしこの世界に生まれて、最初に彼らと出会っていたら、俺は炭鉱夫になっていただろう。いや、待った。マッスルフォーメーションで死んでたな……。俺はどう足掻いても、冒険者なんだな。


『そうさ。もし違う道を歩んでいたら、ボクらが出会うことはなかったかもね』


 何その新設定。詳しく……また黙りやがった。わざとやってんのかな相棒。


「新入り、交代だ。また道具運びを頼む」

「はい喜んで~。あざっしたァ!」


 ツルハシを持ったアニキは、一度右腕を突き上げると、また黙々と穴を掘り始める。その動作には無駄がなく、きっと途方もないほど穴を掘り続けて、体に染み込んだ動きなのだと思った。


「アニキたちぃ、交換の道具持ってきやしたぁ!」

「おう助かった。ちょうど折れたところだ。この猫車も戻しておいてくれや」


 猫車には、銀ピカの鉱石が山積みである。ごろごろと運びながらいつも思うのだが、この銀ピカの輝きに見覚えあるんだよね。クソミソルークが神槍と言っていた、あの武器の質感とそっくり。


 まさかな、まさかだよな。未知の鉱石って話だし、こんな都合よく職場から出てくるもんじゃないよな……?


(うーん、そのうち親方から聞き出したい)


 ――ゴゴゴ……ッ。


 今、ちょっと揺れた気がする。低い天井を見上げると、支えの隙間からパラりと土がこぼれ落ちた。その直後、トンネル全体が揺れ、先から轟音が聞こえた。


「ら、落盤だ! 逃げろ、逃げろォォォ!!」


 前から迫りくる筋肉たち。上から振ってくる土埃。その恐ろしさに逃げ出そうとしたが、アニキの姿がない。俺に採掘を教えてくれたアニキの姿がない!


「アニキはどこっすか!?」

「……っ! 今は考えるな! 生き埋めになれば探すことも出来ねぇんだ!」


 逃げるのか? アニキを見捨てて、俺たちだけ逃げるのか……?


「俺が探して――」

「新入りを連れていけ!」

「放せ! 放してくれ! アニキがまだ中にっ」

「こいつ、なんてバカ力だっ。よく聞け! 揺れが止まれば戻れる! お前が愚図って、他のやつまで巻き込むつもりか!!」


 その言葉で力が抜けた。アニキたちに掴まれ、穴の外へと引きずり出される。必ず助けるから、無事でいてくれ、アニキ……っ。
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