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ギルド職員編
アニキ死す
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落盤から逃れた俺たちは、倉庫の中でじっと待っていた。揺れが収まったと思えば、また落盤が起きる。規模や間隔はまばらで、今の状況の良し悪しが素人の俺には分からない。
こっそりとシャドーデーモンを穴の中に向かわせて調査しているが、左目に映る光景は暗闇だ。シャドーデーモンは夜目が利かないわけではないが、星の明かりさえない土の中では、どうしようもないようだ。
おまけに先走らないようにと、アニキたちに囲まれて、がっちりと腕を組まれている。実にむさ苦しい状況だが、閉じ込められているアニキに比べればいくらかましだろう。
だから、俺は待つしかなかった。この場を取り仕切るボス的存在のアニキが口を開くまで。
「……揺れが収まった。今から捜索隊を募る。いつまた落盤が始まるか分からない状況で、文字通り命がけで仲間を探す。希望者は居るか?」
全員が右腕を上げる。もちろん俺もだ。誰が上げたなど関係ない。助けたいから、助けに行くのだ。
「バカ野郎! 全員が行ったら意味がねぇだろ!」
確かに。でも行きたいからこの腕は下げない。誰も下げない。
「……隊を分ける。前から順に三等分だ。1時間ごとに交代する。即死していなければ助けられる。だから焦らず、確実に掘り起こすぞ」
話が終わり、捜索が始まろうとしたとき、俺は手を上げた。
「ボス、俺はナイトスワンプが使えます。土を液状化させるスキルです。これ使って、捜索の時間を減らせないっすか?」
「……ダメだな。一気に掘るのはリスクが高い。必要になったら頼むから、今は使うな。さぁ、やるぞ野郎ども!」
いざ、穴の中へ……。
まずは無事なランタンに火を灯し、壊れたランタンを取り替え、視界を確保する。
こぶし大の石がそこら中に散乱している。巨大な岩はダークネスで砕いてから運び出す。
「順調だ。この調子でガンガン行くぞ。それと新人! お前は判断が早い。ナイトなんたら以外は、好きに使っていい」
「あざっす! アニキのためにも頑張りまっす!」
常に先頭に立つボスの先に、シャドーデーモンが居る。誰よりも早く先の光景を見て、素人ながらも考える時間がたっぷりある。だからきっと、大丈夫だ。俺は荷物になんてならない。
前に進み続け、ついにシャドーデーモンが人の感触を捉えた。
「ボス、この先にアニキたちが居るっす!」
「本当か!? 何も聞こえねぇが……信じるぞ」
シャドーデーモンは、暗闇で目が見えずとも、何に触れたか分かれば、捜索は可能だ。それが出来たもの、適切な指導と、穴を塞ぐ土や岩を、皆で取り除いた結果だ。
道を塞ぐ大岩を、ダークネスで砕く。そしてとうとう人の姿をこの目で見た。
頭から血を流し、縮こまるように横に寝ているふたりと、アニキの姿だ。アニキは落盤で落ちてきたであろう大岩を、腕と背中で支えて仲間を守っていた。
どかす場所さえなく、常人なら圧死してしまうほどの重量を、ずっと抱えて救助を待っていたのか……。
「アニキ! 無事っすか!?」
「……早かったじゃねぇか。俺はいい。こいつらを先に頼む……っ」
アニキの表情は鬼気迫るものがあるが、本人が大丈夫と言うなら信じよう。ボスの指示で後ろから人がやってきて、意識のない怪我人を、穴の外へと運び出そうとする。それに待ったをかけるのが、他でもない俺だ。
「ボス! 俺が治せます!」
「気持ちで出来ねぇこともある。怪我人を慎重に運べ。意識はないが、息はある」
「どいてください! 【ヒール】」
「お、お前……闇の魔術師なんじゃねぇのか……?」
俺は闇と光の魔術師だ。今は説明している暇はない。たったひとりでふたりの命を救ったアニキを助け出し、改めて説明すればいい。
「アニキ! その岩を破壊します。いいっすか? アニキ……?」
アニキの返事がない。大岩を腕と背中で支えたまま、ピクリとも動かない。駆け寄って口に手を近づけると、息をしていなかった。
「ボス! ボスゥゥゥ! アニキが、アニキが息をしてない……」
「まさか、そうか。立派に散りやがったか……っ」
おい待て待ってくれ。死んだってことか? 直前まで話をしていたんだぞ。それがどうして死ぬんだ。おかしいじゃないか。
「新入り、あいつを楽にしてやれ。大層なものを抱えたままじゃっ、安心出来ねぇだろうからよぉ……っ」
【ダークネス】で大岩を破壊し、破片を手と腕を使って払いのける。重荷から開放されて倒れたアニキの体を抱き上げると、背中が濡れている。俺の手が血で染まっている。
暗闇と死角で見えなかった。アニキは背中に傷を負っていて、大量出血で死んだのか……?
「【ハイヒール】【ハイヒール】」
「か、神の癒やし!?」
その劣化版だ。重症を治す程度の効果しかない。だから、アニキの体から傷がなくなっても、一向に目覚める気配がない。土にまみれた体から、急速に体温が抜けていくのを感じる。
「新入り……お前には驚かされてばかりだが、ありがとよ。最後にきれいにして貰って、こいつも喜んでるに違いねぇ」
血だ。血が足りないのだ。この世界に輸血の概念はあるのか。あったとしても器具がない。血液型すら分からない。
「……アニキはまだ死んでない!」
「認めたくないのは分かる。俺だって未だに信じられない。だがな、運命ってやつには誰も抗えねぇんだ……」
横に寝かせたアニキの口に、マジックバッグから取り出した中級マナポーションを流し込む。少しでも効果があればいい。なかったとしても、最後まで試さなきゃ俺の気が済まない。
「まだ助かる。きっと助かる」
アニキの分厚い胸部に両手を重ね、規則正しく押し込む。心臓マッサージは誰でも知っている蘇生法だ。この世界でそれが通じるか分からなくとも、黙って見送るつもりはない。三途の川だろうとへばりついて引き戻してやる。
「気道確保! 呼吸なし、覚悟よし!」
口に当てていた薄布越しに、アニキの肺に酸素を送り込む。人工呼吸と心臓マッサージを交互に続けて、語りかける。
「戻ってこい戻ってこい戻ってこい!」
俺に雷の魔術が使えれば……ないものねだりが頭を駆け巡る中、手を休めることはない。
「大事な人を残して死ぬのか腰抜け。全員でお天道様を拝むんだ!」
俺の煽りが効いたのか、アニキが咳き込みながら息を吹き返した……。
「し、信じられん。これは奇跡か? それとも未知のスキルか……」
「知識と技術と根性です。早くアニキを安全な場所に。大岩を砕いたから、また落盤が起きるかもしれない。それに血が足りなくて、かなりギリギリの状態です」
強いて言うなら、アニキの根性が死に打ち勝った。とにかく、落盤騒ぎはこれで終わり。もう二度とごめんだ……。
アニキが体を張って助けたふたりは、もう元気に歩き回っている。傷は俺が治したから、意識を取り戻した直後にはピンピンしていた。
翌朝になると、アニキが目覚めた。午後からは現場復帰するつもりらしい。いくら怪我は治したとはいえ、元気すぎる。
「お前には世話になったな。まだ少し力は入らねぇが、お前に指導するくらいは出来る」
「そりゃ嬉しいっすけど、気が早くないっすか? 落盤は収まったけど、もう少し様子見した方がいいんじゃ……」
「落盤、なぁ。妙なんだよなぁ。安定した地層だったし、予兆がなさすぎる」
経験に裏付けられた感ってやつか。盲信はしないが、無下にもしない。頭の隅に入れておこう。
「それじゃ俺は下っ端作業に戻りまっす。アニキも安静にしといてください。血が足りないんすから、腕相撲したら俺がワンパンで勝つっすよ」
「抜かせぇ! 魔術師には死んでも負けねぇよ」
去り際にちらりとアニキを見たとき、なんか腕立て伏せしてたけど気のせいだよね。冒険者でも数日はまともに動けないはず。それとも、やけくそで飲ませたマナポーションが効いたのかねぇ。血にはマナが流れてるし。
再び採掘作業が始まり、俺は下っ端として穴の中を走り回っている。今のところ落盤する予兆もないらしく、謎の銀鉱石の掘り出し量も順調だ。
午後になるとアニキが戻ってきて、俺は助言を受けながらツルハシを振り下ろす。これぞ炭鉱夫よ。人間、ツルハシ握ってなんぼだぜ。
このまま何事もなく進むはずだったが、またしてもトンネルが揺れた。すぐに収まったが、冷や汗が吹き出た。逃げ場がないからまじで怖いのだ……。
「アニキ、ひょっとして俺のせいっすか!?」
「だったらお前を引き剥がしてる。問題はないはずなんだが……」
他のアニキたちも、不安そうな表情で低い天井を見上げる。落盤は怖いが、たくさん掘らないとお給料が減るかもしれない。命会っての物種だが、先立つものがなければ生きられない。さて、どうしたものか。
「不安なのは皆同じだが、続けるしかねぇな。よし、新入り! 気合を入れるために、思いっきり振り下ろしてみな!」
「らじゃっす! とっかーん!」
突貫工事よろしく、掛け声とともに振り下ろす。ガチンと鈍い音がして、手がじんと痺れる。ついに俺は自分の手で、謎の銀鉱石を掘り当て――。
俺のツルハシが吹き飛んだ。弾き飛ばされたと言うべきか。目の前の土壁がごっそりと落ちて、巨大で半透明な結晶が姿を現した……。
「く、クリスタルゴーレムだぁぁぁぁ!」
何ぞそれ? 聞く暇もなく抱え上げられた俺は、アニキに引きずられながら、訳も分からず逃げている。他のアニキたちも道具を投げ出して逃げ出すものがほとんどだ。
「クリスタルゴーレムって、魔物っすよね!?」
「そうだよ! あの落盤は、こいつが通ってきたせいで起きたに違いねぇ。くそったれが……この鉱山はもう終わりだ……っ」
おぃぃ、こいつのせいかよ。でもアニキが悲観するってことは、相当に強い魔物のはず。まさかとは思うが、【強運】のせいじゃないだろうな……?
「……って、アニキ。どうして戻るんですかい? サクリファイスっすか!?」
「違ぇよ。掘り出した鉱石を回収する」
クリスタルゴーレムは、滅多に見かけない魔物だが、非常に厄介な性質を持っているらしい。どうやら、周囲の鉱石を手当り次第に食べるそうだ。
幸いにも動きは鈍いので、襲われる前に鉱石とともにおさらばしようという計画のようだ。こりゃあ、乗るしかないな。
銀ピカ鉱石を載せた猫車で、アニキと並走する。冷静になった他のアニキたちも俺たちと同じくギリギリまで回収作業に取り掛かっている。
持てるだけ持って、さぁ脱出……そのとき、トンネルが揺れた。落ちてきた大岩が通路の半分を塞ぎ、一台ずつしか通れない。まさか異世界で渋滞に遭遇するとは……。
「アニキ、俺がクリスタルゴーレムを食い止めます!」
「バカ野郎! 殴られたら即死だぞ! 追いつかれたら宝なんて捨てればいいんだよ!」
その指摘はごもっとも。だが、いざその立場になると、同意出来ない事情があるのだ。命がけで掘ったお宝を、みすみすあいつにくれてやるわけにはいかないのだ。
「今までアニキに隠してたけど、実は俺、冒険者なんだ!」
「下手な嘘を付くんじゃねぇ!」
えぇ……信じて貰えないのか。他の人も同じっぽい。ちくしょう、こうなったらとっておきの秘密を晒してやるぜ!
「俺、ギルド職員だから! 時間を稼ぐどころか、倒しちまうかも!」
「嘘だぁ! だってお前、なんか薄汚いし」
う、薄汚い!? もういいや。やっぱり肩書はダメだな。冒険者たるもの、実力で証明するべき!
アニキたちの静止を振り切り、クリスタルゴーレムと対峙する。戦いの前に、言っておきたいことがある。
「うちのアニキを随分と可愛がってくれたなぁ。この御礼は、たっぷりとしてやるから覚悟しろ!」
『やだ……この下っ端、男らしいっ』
この日、初めて相棒からエールを貰った。よっしゃ、いっちょやったるわ!
こっそりとシャドーデーモンを穴の中に向かわせて調査しているが、左目に映る光景は暗闇だ。シャドーデーモンは夜目が利かないわけではないが、星の明かりさえない土の中では、どうしようもないようだ。
おまけに先走らないようにと、アニキたちに囲まれて、がっちりと腕を組まれている。実にむさ苦しい状況だが、閉じ込められているアニキに比べればいくらかましだろう。
だから、俺は待つしかなかった。この場を取り仕切るボス的存在のアニキが口を開くまで。
「……揺れが収まった。今から捜索隊を募る。いつまた落盤が始まるか分からない状況で、文字通り命がけで仲間を探す。希望者は居るか?」
全員が右腕を上げる。もちろん俺もだ。誰が上げたなど関係ない。助けたいから、助けに行くのだ。
「バカ野郎! 全員が行ったら意味がねぇだろ!」
確かに。でも行きたいからこの腕は下げない。誰も下げない。
「……隊を分ける。前から順に三等分だ。1時間ごとに交代する。即死していなければ助けられる。だから焦らず、確実に掘り起こすぞ」
話が終わり、捜索が始まろうとしたとき、俺は手を上げた。
「ボス、俺はナイトスワンプが使えます。土を液状化させるスキルです。これ使って、捜索の時間を減らせないっすか?」
「……ダメだな。一気に掘るのはリスクが高い。必要になったら頼むから、今は使うな。さぁ、やるぞ野郎ども!」
いざ、穴の中へ……。
まずは無事なランタンに火を灯し、壊れたランタンを取り替え、視界を確保する。
こぶし大の石がそこら中に散乱している。巨大な岩はダークネスで砕いてから運び出す。
「順調だ。この調子でガンガン行くぞ。それと新人! お前は判断が早い。ナイトなんたら以外は、好きに使っていい」
「あざっす! アニキのためにも頑張りまっす!」
常に先頭に立つボスの先に、シャドーデーモンが居る。誰よりも早く先の光景を見て、素人ながらも考える時間がたっぷりある。だからきっと、大丈夫だ。俺は荷物になんてならない。
前に進み続け、ついにシャドーデーモンが人の感触を捉えた。
「ボス、この先にアニキたちが居るっす!」
「本当か!? 何も聞こえねぇが……信じるぞ」
シャドーデーモンは、暗闇で目が見えずとも、何に触れたか分かれば、捜索は可能だ。それが出来たもの、適切な指導と、穴を塞ぐ土や岩を、皆で取り除いた結果だ。
道を塞ぐ大岩を、ダークネスで砕く。そしてとうとう人の姿をこの目で見た。
頭から血を流し、縮こまるように横に寝ているふたりと、アニキの姿だ。アニキは落盤で落ちてきたであろう大岩を、腕と背中で支えて仲間を守っていた。
どかす場所さえなく、常人なら圧死してしまうほどの重量を、ずっと抱えて救助を待っていたのか……。
「アニキ! 無事っすか!?」
「……早かったじゃねぇか。俺はいい。こいつらを先に頼む……っ」
アニキの表情は鬼気迫るものがあるが、本人が大丈夫と言うなら信じよう。ボスの指示で後ろから人がやってきて、意識のない怪我人を、穴の外へと運び出そうとする。それに待ったをかけるのが、他でもない俺だ。
「ボス! 俺が治せます!」
「気持ちで出来ねぇこともある。怪我人を慎重に運べ。意識はないが、息はある」
「どいてください! 【ヒール】」
「お、お前……闇の魔術師なんじゃねぇのか……?」
俺は闇と光の魔術師だ。今は説明している暇はない。たったひとりでふたりの命を救ったアニキを助け出し、改めて説明すればいい。
「アニキ! その岩を破壊します。いいっすか? アニキ……?」
アニキの返事がない。大岩を腕と背中で支えたまま、ピクリとも動かない。駆け寄って口に手を近づけると、息をしていなかった。
「ボス! ボスゥゥゥ! アニキが、アニキが息をしてない……」
「まさか、そうか。立派に散りやがったか……っ」
おい待て待ってくれ。死んだってことか? 直前まで話をしていたんだぞ。それがどうして死ぬんだ。おかしいじゃないか。
「新入り、あいつを楽にしてやれ。大層なものを抱えたままじゃっ、安心出来ねぇだろうからよぉ……っ」
【ダークネス】で大岩を破壊し、破片を手と腕を使って払いのける。重荷から開放されて倒れたアニキの体を抱き上げると、背中が濡れている。俺の手が血で染まっている。
暗闇と死角で見えなかった。アニキは背中に傷を負っていて、大量出血で死んだのか……?
「【ハイヒール】【ハイヒール】」
「か、神の癒やし!?」
その劣化版だ。重症を治す程度の効果しかない。だから、アニキの体から傷がなくなっても、一向に目覚める気配がない。土にまみれた体から、急速に体温が抜けていくのを感じる。
「新入り……お前には驚かされてばかりだが、ありがとよ。最後にきれいにして貰って、こいつも喜んでるに違いねぇ」
血だ。血が足りないのだ。この世界に輸血の概念はあるのか。あったとしても器具がない。血液型すら分からない。
「……アニキはまだ死んでない!」
「認めたくないのは分かる。俺だって未だに信じられない。だがな、運命ってやつには誰も抗えねぇんだ……」
横に寝かせたアニキの口に、マジックバッグから取り出した中級マナポーションを流し込む。少しでも効果があればいい。なかったとしても、最後まで試さなきゃ俺の気が済まない。
「まだ助かる。きっと助かる」
アニキの分厚い胸部に両手を重ね、規則正しく押し込む。心臓マッサージは誰でも知っている蘇生法だ。この世界でそれが通じるか分からなくとも、黙って見送るつもりはない。三途の川だろうとへばりついて引き戻してやる。
「気道確保! 呼吸なし、覚悟よし!」
口に当てていた薄布越しに、アニキの肺に酸素を送り込む。人工呼吸と心臓マッサージを交互に続けて、語りかける。
「戻ってこい戻ってこい戻ってこい!」
俺に雷の魔術が使えれば……ないものねだりが頭を駆け巡る中、手を休めることはない。
「大事な人を残して死ぬのか腰抜け。全員でお天道様を拝むんだ!」
俺の煽りが効いたのか、アニキが咳き込みながら息を吹き返した……。
「し、信じられん。これは奇跡か? それとも未知のスキルか……」
「知識と技術と根性です。早くアニキを安全な場所に。大岩を砕いたから、また落盤が起きるかもしれない。それに血が足りなくて、かなりギリギリの状態です」
強いて言うなら、アニキの根性が死に打ち勝った。とにかく、落盤騒ぎはこれで終わり。もう二度とごめんだ……。
アニキが体を張って助けたふたりは、もう元気に歩き回っている。傷は俺が治したから、意識を取り戻した直後にはピンピンしていた。
翌朝になると、アニキが目覚めた。午後からは現場復帰するつもりらしい。いくら怪我は治したとはいえ、元気すぎる。
「お前には世話になったな。まだ少し力は入らねぇが、お前に指導するくらいは出来る」
「そりゃ嬉しいっすけど、気が早くないっすか? 落盤は収まったけど、もう少し様子見した方がいいんじゃ……」
「落盤、なぁ。妙なんだよなぁ。安定した地層だったし、予兆がなさすぎる」
経験に裏付けられた感ってやつか。盲信はしないが、無下にもしない。頭の隅に入れておこう。
「それじゃ俺は下っ端作業に戻りまっす。アニキも安静にしといてください。血が足りないんすから、腕相撲したら俺がワンパンで勝つっすよ」
「抜かせぇ! 魔術師には死んでも負けねぇよ」
去り際にちらりとアニキを見たとき、なんか腕立て伏せしてたけど気のせいだよね。冒険者でも数日はまともに動けないはず。それとも、やけくそで飲ませたマナポーションが効いたのかねぇ。血にはマナが流れてるし。
再び採掘作業が始まり、俺は下っ端として穴の中を走り回っている。今のところ落盤する予兆もないらしく、謎の銀鉱石の掘り出し量も順調だ。
午後になるとアニキが戻ってきて、俺は助言を受けながらツルハシを振り下ろす。これぞ炭鉱夫よ。人間、ツルハシ握ってなんぼだぜ。
このまま何事もなく進むはずだったが、またしてもトンネルが揺れた。すぐに収まったが、冷や汗が吹き出た。逃げ場がないからまじで怖いのだ……。
「アニキ、ひょっとして俺のせいっすか!?」
「だったらお前を引き剥がしてる。問題はないはずなんだが……」
他のアニキたちも、不安そうな表情で低い天井を見上げる。落盤は怖いが、たくさん掘らないとお給料が減るかもしれない。命会っての物種だが、先立つものがなければ生きられない。さて、どうしたものか。
「不安なのは皆同じだが、続けるしかねぇな。よし、新入り! 気合を入れるために、思いっきり振り下ろしてみな!」
「らじゃっす! とっかーん!」
突貫工事よろしく、掛け声とともに振り下ろす。ガチンと鈍い音がして、手がじんと痺れる。ついに俺は自分の手で、謎の銀鉱石を掘り当て――。
俺のツルハシが吹き飛んだ。弾き飛ばされたと言うべきか。目の前の土壁がごっそりと落ちて、巨大で半透明な結晶が姿を現した……。
「く、クリスタルゴーレムだぁぁぁぁ!」
何ぞそれ? 聞く暇もなく抱え上げられた俺は、アニキに引きずられながら、訳も分からず逃げている。他のアニキたちも道具を投げ出して逃げ出すものがほとんどだ。
「クリスタルゴーレムって、魔物っすよね!?」
「そうだよ! あの落盤は、こいつが通ってきたせいで起きたに違いねぇ。くそったれが……この鉱山はもう終わりだ……っ」
おぃぃ、こいつのせいかよ。でもアニキが悲観するってことは、相当に強い魔物のはず。まさかとは思うが、【強運】のせいじゃないだろうな……?
「……って、アニキ。どうして戻るんですかい? サクリファイスっすか!?」
「違ぇよ。掘り出した鉱石を回収する」
クリスタルゴーレムは、滅多に見かけない魔物だが、非常に厄介な性質を持っているらしい。どうやら、周囲の鉱石を手当り次第に食べるそうだ。
幸いにも動きは鈍いので、襲われる前に鉱石とともにおさらばしようという計画のようだ。こりゃあ、乗るしかないな。
銀ピカ鉱石を載せた猫車で、アニキと並走する。冷静になった他のアニキたちも俺たちと同じくギリギリまで回収作業に取り掛かっている。
持てるだけ持って、さぁ脱出……そのとき、トンネルが揺れた。落ちてきた大岩が通路の半分を塞ぎ、一台ずつしか通れない。まさか異世界で渋滞に遭遇するとは……。
「アニキ、俺がクリスタルゴーレムを食い止めます!」
「バカ野郎! 殴られたら即死だぞ! 追いつかれたら宝なんて捨てればいいんだよ!」
その指摘はごもっとも。だが、いざその立場になると、同意出来ない事情があるのだ。命がけで掘ったお宝を、みすみすあいつにくれてやるわけにはいかないのだ。
「今までアニキに隠してたけど、実は俺、冒険者なんだ!」
「下手な嘘を付くんじゃねぇ!」
えぇ……信じて貰えないのか。他の人も同じっぽい。ちくしょう、こうなったらとっておきの秘密を晒してやるぜ!
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「嘘だぁ! だってお前、なんか薄汚いし」
う、薄汚い!? もういいや。やっぱり肩書はダメだな。冒険者たるもの、実力で証明するべき!
アニキたちの静止を振り切り、クリスタルゴーレムと対峙する。戦いの前に、言っておきたいことがある。
「うちのアニキを随分と可愛がってくれたなぁ。この御礼は、たっぷりとしてやるから覚悟しろ!」
『やだ……この下っ端、男らしいっ』
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