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ギルド職員編

事故でクロノ死す

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 ――拝啓、クロノ殿――
 私は今、とても興奮している。なぜなら不可能だった君の名前を文字にすることが出来たのだから。
 きっと距離が重要なのだろう。実に興味深い話だ。
 そうそう、距離と言えば、私は王都に居る。黙って出かけてすまないと思っているが、必要なことだったと分かって貰えるはずだ。

 君に良い知らせがある。君が借りている家の持ち主と交渉して、色良い返事を得た。
 金額は金貨10枚だ。もちろん家と土地込みだ。もし購入するつもりなら、同封の契約書にサインをして、ギルド経由で送り返してくれたまえ。
 分割払いなら、私が保証人になる。必要ならば安心して買うといい。

 私はまだ王都に用事があるから戻れない。私抜きでは進まないし、交渉には時間がかかりそうだ。どうかハーゲルと力を合わせて、激務を乗り切って欲しい。
 ――ベルティーナより――


 手紙を読み終えた俺は、しきりに頷く。これは吉報と悲報が混ざっている。まるで昼ドラのように、ドロドロと溶け合っている。


 あとPSと本文が逆な気がする。まぁ、そんなことはどうでもいい。気になることが、ひとつだけある。


「……ベルティーナって誰!?」

「誰って、ギルド長の名前でしょ。知らなかったの?」


 し、知らんかった。ベルティーナって言うのか。なかなかお上品で、良いんじゃないか。


 次に会ったとき、さり気なく呼んでみようかな。いや待て、急に呼んだら、今の今まで名前を知らなかったことが逆にバレそう。だってギルド長って呼び名で困ったことなかったんだもん。皆もギルド長って呼んでたしさ……。


「よっしゃ、家を買うぞ。もちろん一括払いだ」

「金貨10枚なんて、ぽんと出せる額じゃないわよ」

「あるんだが、これが」


 ひとつ、夜鷹のヌルを倒した報奨金。
 テレサちゃん貯金だけど、ここは使うしかあるまい。


 ふたつ、バイトヒーラーとして稼いだ金。
 最初は割り引きしていたが、今は満額だ。【ヒール】【メディック】合わせて大銅貨1枚。すなわち5000ルフ。単品なら3000ルフだが、二日酔いを治す【メディック】のみは、満額を取ることにしている。


 ボケナスルークが人気取りで毎日のように酒を振る舞うもんだから、飲んだくれ率が爆上げ。その二日酔いどもが俺に治せと言ってくる。始めは対応していたが、我慢の限界が来たのである。


 俺のポーション太りに歯止めをかけ、酔っ払いが飲みすぎないように釘を刺す。お互いの健康管理のために提案したのだが、それでも二日酔いが後を絶たない。毎日そこそこの金が入ってくる。


 みっつ、ギルド職員報酬。
 おじさん、数日前に初任給貰っちゃったもんね。その額、なんと金貨2枚。日本なら200万円くらいの価値があると思う。


「嘘、でしょ……? ギルド職員って、毎月そんなに貰えるの……?」


 給料の額がおかしいと思った俺は、その内容に目を向けた。すると、ランク報酬なるものがあった。


 俺はDランクなので、一般的なDランクの冒険者が一ヶ月で受け取る報酬の2倍である。この2倍はどこから来たのか。答えは「ぼっち手当」とでも言おうか。


 ギルド職員として勤務しているあいだは、当然ながら冒険に出られない。経験値も貰えない。仲間と絆を深めるにも限度がある。つまり、冒険者でありながら、冒険者として活動するのが難しくなっている。


 ギルド職員は、冒険者として殿堂入りを果たした人がなるから問題ないが、俺のような道半ばのやつが成ると、その先が閉ざされてしまう。いつか帳尻合わせでCランクになって、そこがゴールになるのだ。


 最低でもギルド職員になれるのはCランクから。そういった取り決めがあるのも納得である。


 まぁ、俺の場合は、ギルド職員などただの腰掛けだから問題ない。時が来たらギルド職員を辞めて、市民権を金で買って家を残しつつ、冒険者活動を頑張るぞい。ラスボス手前で勇者御一行に加わるつもりだからな。


「んー、家を買う話だけど、あたし反対してもいい?」

「テレサちゃんと暮らせているのは、一戸建てというプライベート空間のおかげ。宿を借りれば必ず痕跡が残り、危険に晒すことになる。野宿させるつもりもないし、硬い床で眠らせるつもりもない」

「分かったから、早口で言うの止めて怖いわ」

「そんなわけで、家を買う。俺とテレサちゃんの家だ」

「……! それってひょとして……プ、プププロ……っ」

「違うゾ。でも俺たちだけの家、欲しくない?」

「……欲しいわね。そして止めるだけの言葉を持たないわ」

「だからといって、横腹をつねるのは止めてくれ」

「でも、冒険者って出費も多いんでしょ。あたし心配だわ」

「スルーかよ……」


 冒険者は報酬も多いが、出費もヤバい。ギルドルートで仕入れた話によると、一般的な冒険者は、報酬の8割を装備や消耗品に使うらしい。


 装備を揃え、手入れし、折れたら買い直し。ポーション類も塵も積もれば山となる。ただ、それは冒険者たちが望んで求めていることである。


 やはり命あっての物種なので、報酬のほとんどをつぎ込んでも身の安全を確保したい。強い武器があれば戦闘は短くなるし、強い防具があれば怪我の比率がガクっと減る。ポーション類も似たようなもんだ。


 そして何より、残りの2割でも一般市民よりは稼げる。なにせ自分の命の量り売りをしているデンジャーな職だ。以上のことから、おちん○んも高くなるのは必然。○の中には「ぎ」が入るのであしからず。


「テレサちゃんの心配は分かった。でも俺さ、普通じゃないんだよ」


 俺が異常な点は、ひとえに装備の更新をしないことだろう。愛剣ルーティンソードを初期に買っただけで、XXLの鎧はギルドに出させた。中級ポーションはティミちゃんの愛なのでプライスレス。


 もうお分かりだろう。俺は出費が少ないのだ。


「最近はテレサちゃんがエチエチだから娼婦も買ってないし、テレサちゃんは好き嫌いがないから食費も浮いてるし、家が欲しい」

「最後のは本性むき出しじゃない。まぁ、そこまで言うなら好きにしたら」

「そうスネるなよ。俺たちの家じゃないか」

「スネてないわよ。今日はもう遅いから寝ましょ。あたし眠いの」


 あくびをして目元を擦るテレサちゃん。これはめでたい。夜鷹時代の名残で夜型だったのに、最近は一般人と変わらない生活サイクルが浸透した。もうやんちゃだったあの子の面影はどこにもない。


「よーし、パパと一緒に寝るかーっ」

「はいはい。早く寝るわよパパ」


 俺のことを「パパ」と呼んだぞ。寝ぼけて思考能力が下がっている。きっと翌日、ふとした拍子に思い出して、枕に顔を埋めるだろう。今日は最高の日だ……フハハハハハッ。


 翌日……いつもより早起きして、契約書にサインする。同時に一筆したためて、同封した。


 ギルドに出勤して昼頃になると、運送業者がやってきた。書類と金貨10枚を渡し、王都に運ばれるだろう。


 もうあの家は俺のものだ。家を買った喜びで世界が輝いている。


――腰抜けがニヤついてらぁ。まともな神経じゃねぇな。


 野次を飛ばされようと、ルークから嫌味っぽいことを言われようと、すべて笑って流せる。宿住まいの浮浪者どもの戯言など耳に入らぬわ。フハハハハハ!


 大きな買い物をすると財布が軽くなるが、それでこそ金銭欲が湧く。退屈な雑用にも身が入り、多忙の日々も重なって、あっという間に一ヶ月が過ぎようとしていた。


 そんなある日のこと、事件が起きた。


「ガイルさんじゃないですか。見回りご苦労さまです」

「いや、今日は催促に来た。ブサクロノ、そろそろ期限だが大丈夫か?」


 ……期限? 何の期限だ? 賞味期限か?


「お前、家を買っただろう? 固定資産は、町に税金を納める必要がある。届けた重要書類を読んでないのか?」

「いえ、まだ来てませんよ。届き次第、確認します」

「それはない。俺がこの手で届けたんだ。本当に見ていないのか……?」


 どういうことだってばよ。ガイルさんが自分で届けたと断言した。でも俺にその書類は届いていない。テレサちゃんがうっかり捨てることもない。


 手紙の行方は気になるが、また貰えばいい。問題は、税金の額だ。税金を含めての値段だと思いこんでしまったわけだが、果たしておいくら万円なのか?


「金貨2枚を税として徴収する。期限は来週までだ。支払えない場合は、あの家は差し押さえられる」

「ちょちょちょ、待って下さいよ!? 本当に、届いてないんですけどォ!?」

「……それは、確かなのか?」

「そもそも手紙なんて滅多に来ないから、見落としはありえないです。この前、ギルド長から初めて手紙を貰ったくらいですから……」

「……可能性は低いと思うが、事件かもしれないな。聞き込みをしておくが、支払えないのなら俺が建て替えておこうか? 買ったばかりで、差し押さえは不憫にも程があるのでな」


 俺にも美学がある。
 ひとつ、負けを認めなければ負けじゃない。
 ふたつ、人から金を借りない。


「どうにか支払いを待って貰えませんか!? 来月の終わりには必ず、納めますから!!」

「うぅむ……難しいが、事件の可能性がある以上、何かしらの救済策はあって然るべき……よかろう。書類に不備があったことにする。来月の終わりを新たな期限としておこう」

「ありがとうございます! でも、ガイルさんが上から怒られるんじゃ……」

「構わん。純粋に俺の落ち度だ。お前の家のポストに投函するのではなく、お前に手渡しするべきだったんだ」


 どうやらガイルさんも忙しいようだ。揉め事は例年並みだが、冒険者の出入りが活発になっている。その結果、時間が取れなかった。つまり、全部ルークが悪い。


「本当にありがとうございます。この御礼は、必ず……」

「こちらこそすまない。必ず時間を作って、手渡しする。達者でな」


 要件を済ませたガイルさんが、ギルドから出ていく。俺は頼もしい後ろ姿を、深々と頭を下げて見送る。そして、頭を上げたとき……ブチッと嫌な音がして、皮鎧が地面に落ちた。


「……はぁ!?」


 なんという「ぽろり」だろう。まさかこのタイミングで寿命を迎えるとは。ギルドは爆笑に包まれるが、俺は笑えないぞ……。


 ハゲに相談したら「みっともないから今すぐ修理に出してこい」と言われて、剣をへし折る盾の看板でお馴染みの防具屋に修理を頼んだ。


「ベルトがちぎれただけだった。銀貨1枚で済んで良かった。あー、恐ろしい目にあったぜ……っ!?」


 店を出てのほほんとしていたら、馬車が突っ込んできた。叫ぶことも忘れて回避したが、それは向こうも同じこと。馬車は横転して大惨事である。


「だ、大丈夫ですかーっ!?」


 頭から血を流した御者がむくりと起き上がり、何かを言いかけて、倒れた。


「レスキュー! レスキューピーポォォォ!!」


 俺だった。すぐさま【ヒール】をかけて御者を治したが、馬車と積み荷は滅茶苦茶だ。野菜の汁がそこら中に飛び散ってる。どうしたものかと困っていたら、ガイルさんがすっ飛んできた。


「ブサクロノか!? 事故のようだが、怪我人は……治したようだな」


 すぐに事情聴取が始まる。御者の言い分では、俺がいきなり飛び出してきて、慌てて避けた。馬車の修理費用とダメになった積み荷を弁償して欲しいらしい。


 肝心の俺は、何がどうなったのか見ていない。店を出た直後は日差しが眩しかったし、考え事をしていたから。


 この世界では歩行者優先、などという言葉はない。でも俺が悪いのか分からないからゴネていたら、相手もゴネる。まるで収拾が付かなかった。


 均衡を破ったのは、たまたま現場を見ていた通行人らしき人の証言だった。どうやら俺がいきなり飛び出したらしく、御者の人は悪くないらしい。まじか。


 そして、諸々の弁償費用は、金貨2枚。今は手持ちがないので、来月の終わりに支払うことになり、ようやく開放された。


「……これ、ヤバくねぇ?」


 税金と弁償を合わせて金貨4枚なり。税金を踏み倒せば差し押さえが待ってるし、弁償が滞れば軽犯罪奴隷堕ちか。いや、まじか。


 とりあえず絶望し、すぐに切り替えた。ダッシュで家に帰ってテレサちゃんに泣きついた。


「ど、どどどどうするの!?」


 俺より動揺している。他人が動揺していると、妙に冷静になる。ひとまず聞きたいことを思い出すくらいには。


「テレサちゃん、この家の周辺で、怪しいやつ見なかった?」

「んー、一度だけ、微妙に誰かの気配がしたかも。勘違いじゃなかったのね」

「きっとそいつが書類を盗んだ犯人だ。どういうやつだと思う? 足音から性別と体重くらい分かるんだよな?」

「ごめん、分からない。あたしも平和ボケしてるし、レベルも下がってる。昔のような鋭さはないわ……」

「……そうか。明日、ガイルさんに相談してみるよ」

「もし、誰かがポストから書類を盗んだとしたら、そいつは絶対にレンジャーね。あたしと同等か、高レベルのレンジャーだと思う」


 高レベルのレンジャー? 駆け出し冒険者が多数を占めるアルバで、弱体化したとはいえ、テレサちゃんよりも高レベルとなると、容疑者は少ない。


 まず浮かぶのはギルド長だ。精霊弓士は、弓を得意とする狩人と、魔術師の特性を併せ持っている。ハゲと同じくらい最強だ。だが、ギルド長は王都に居る。俺をはめる理由がない。


 そうなると、犯人は分かる。ルークと一緒に居る獣人のキャリィだ。正確なレベルは知らないが、王都の冒険者なのだから平均より高いだろう。きーっ、あの泥棒ネコっ!! ちなみに俺は牡丹じゃなくてブタよ。


「そうか。おとなしいと思ったら、裏で小細工をする系だったか……」

「でも、証拠にはならないわよねぇ……」

「難癖にしかならないな……」


 表はルークが嫌がらせをしてきて、裏ではキャリィがここぞのタイミングで嫌がらせしてくる。嫌なヤツのハッピーセット。なんて日だ。


「明日、キャリィの横を通るとき、すかしっ屁でもしてやろうかなぁ」

「バレるから止めなさい……あっ、あんたに手紙が来てたわよ」


 差出人はロイスさんだった。長ったらしく丁寧な文章を割愛すると、薬師ギルドイベントのときの感謝の言葉だ。最後に、俺のことを応援しているとまで書かれている。


 驚くことに、謝礼金として金貨1枚が同封されていたのだ。この世界、金の扱いがガバガバすぎる。日本で最初にチャカ持ったのは、郵便配達の人なんだぞ。でもありがとう、ロイスさん。


「これで借金が、金貨3枚になったぞ!」

「来月の締日にギルド職員のお給料で金貨2枚が入ってくるから、残りは金貨1枚ね!」

「正解! 偉いぞテレサちゃん。ご褒美におっぱい揉ませてくれ」

「ダメ。今日中に解決策を見つけないと、あんたが奴隷になるかもしれないのよ。そんなの、絶対にダメよ!」


 あらやだ。めっちゃ心配されてる。本当に良い子だなぁ。もみもみ。


「ヒーラーとしていつもより頑張るとか?」

「バイトヒーラーの報酬は出来高制だ。経験上、期限までに金貨は稼げない」

「冒険してきなさい」

「んな無茶な。平和なアルバで金貨1枚稼ぐとなると、ギルド職員の仕事は出来ない。冒険者稼業で金貨3枚稼ぐのもムリだ。レアな何かがあったとしても、金貨3枚という具体的な数字を前にして、博打は出来ない」

「こうなったらあたしが汚い仕事をするなり、体を売って――」

「テレサちゃん。自分のために体を売るのは自由だ。だが、誰かのために体を売るのは絶対にダメだ。この件は俺の不始末で、テレサちゃんから金を受け取るつもりは微塵もない」

「何よそれ。あたしだって、心配してるのよ。力になりたいって思うのが、そんなにおかしなことなのっ!?」

「分かってる。どうやってもムリだったら、期限直前に、友人から金をかき集めればいい。だから早まったことはしないで、おじさんの相談に乗ってくれると、心強いんだけどな」

「……うん。一緒に考えましょう!」


 その後も俺たちはいつになく真剣に考え、知恵を出し合ったが、この日は解決策が見つからなかった。


 事態が好転したのは、ギルドで顔を合わせたハゲに、何気なく相談したときだった。


「ハゲ、金に困ってる。来月の終わりまでに大金を稼ぐ手段はないか?」

「事情は噂で聞いた。稼げるバイトがあるぞ。一ヶ月で金貨3枚だ」

「ファッッッ!? 何のバイトだ?」

「炭鉱夫だな。募集内容は、成人男性で、口が硬くて、死んでも誰も困らないやつ。お前はどうせ死なないから最後の条件も満たしてるな」

「ハゲ、ここは任せるぞ」

「あぁ、逝って来い!」


 俺、炭鉱夫になります。



 あとがき


てんてれんてれん、てれれてんててん、てんててんててん♪

次回、




ぬ、天井
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