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ギルド職員編

マルス死す

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 ルークがアルバの冒険者ギルドに居るのは当たり前になっていた。戦士からはかなり慕われているようだし、獣人のキャリィはレンジャーから慕われている。もはやアルバの冒険者ギルドは、ふたりを中心に回っているようなものだ。


 ギルドに活気が出れば、そのしわ寄せはギルド職員に来る。俺はろくに休暇も取れず、朝から晩まで立ちっぱなし。ハゲは最強のコックで忙しく、ギルド長は依頼の精査や国への報告に追われている。


 しかし、我慢にも限界があるのだ。いつまでもおとなしくしている俺ではないのだ。


「おい……ハゲ! 休ませろ!!」

「うるせぇ! 休ませろ!!」

「お前、いいのかよ。Bランク冒険者なのに、Cランクのルークに人気を掻っ攫われてるぞ」

「構わねぇよ。元から誰かに教えるのは苦手だった。森で新人どもに訓練してやってるって話だし、飽きるまで続けてやればいいのさ。それに……」

「……何だよ。こっち見るな」

「職員としては、お前のほうが向いている。もう俺が誰かに講義することはねぇよ……」


 確かに、ハゲは教えるのが下手だ。天才型なので、うまく言葉で伝えられない。見て盗め。昔ながらの職人気質なのだが、動きが早すぎて新人では見えないんだよね。俺も肉眼じゃ見えないし……。


 だからと言って、哀愁漂うハゲの面を見るのも飯が不味い。俺も講義が好きなわけではないからな。ハゲにはハゲなりの指導法があるはず。それをいつか見つけて、暗黒ボイスで囁いてやらねば――。


「ふたりとも、ご苦労。忙しい時期が続いているが、秋の前哨戦だと思って堪えて欲しい」


 淀んだ世界を照らす、聖なる光。アルバの花、ギルド長のご降臨である。


「ギルド長、おはようございます。今日も相変わらずお美しい」

「ふふっ、君も変わらないね。また講義を頼めるかい? マルス君にどうしてもと頼まれてしまってね」

「分かりました。俺の一番弟子ですから、面倒見ますよ」

「助かるよ。私は少し出てくる。後は任せたよ」


 ギルド長がでかけてしまった。恐らくは、重要書類を届けるためだろう。俺の太陽が光の向こうに消えると、また淀んだ空気が戻って――。


「ブサクロノはいいなぁ。ちっこいガキに慕われて……」


 こいつの腐った目、初めて見た。やはり男として、弟子を持つ師匠的な存在に憧れるのは自然なことだろう。


 いつもなら煽ってやるのだが、そんな気分にはなれない。慰めることもねぇけどな!


『冷たいなぁ。お父さんはそんな子に育てた覚えはありません』


 少し不貞腐れているだけさ。慰めるだけなんて意味がない。一時的な状態を心配するなどガキのすることよ――。


「先生! おはようございます。今日も大きな鎧が、ばっちり決まってますね!」

「マルスよ、よく来たな。講義を受けたいとのことだが、吾輩も忙しい。フィールドワークは中止して、訓練所で戦闘訓練を行う!」

「はい、ぜひお願いします!」

「ふはははは! 素直は美徳だ! 吾輩に着いてくるが良い。ともに魔術の真髄に触れようぞ。一番弟子・マルスよ!」


 ノリノリで訓練所に向かうと、何やら人が○っぱい居る。○に入る文字は、「い」なのであしからず。


 しかし困った。すし詰め状態で中に入れない。満員電車を思い出す。とりあえず行列に並んでみたが、暇潰しにベテランのサボり組のひとりに聞いてみっか。


「お前ら何をしてるんだ? まさか自主鍛錬をしてるのか!?」

「まさか。ルークが訓練してくれるって話だから、俺も様子を見に来た。楽して強くなれねぇかなと思ってよ」

「そっかー。調子はどうよ?」

「この人だかりで見るものも見れん。立ってるのも面倒くせぇ」

「立ってるだけって疲れるもんな。いっそのこと自分の体を追い込んで、ぜぇはぁしながら寝転んだらどうだ」

「やなこった。息苦しいのは好きじゃない。横腹と頭痛くなるし」

「それな。でも息切れはすぐに治せるぞ。騙されたと思ってやってみろ」

「やだよ。どうせ騙すつもりだろ。運動したら気持ちがいいだろう、なんて気持ち悪いことで諭せると思うなよ」


 こいつ凄いな。ブレないサボり癖。ここまで行くと個性である。楽して強くなる方法は知らないが、手早く楽になる方法なら知っている。


「武術の真髄に触れて見たくはないのか? 速攻で分かるようになるのに」

「しょうがねぇなぁ。いっちょ走って来るから、ダメだったら酒奢れよな」


 早々にへばると思ったが、全力ダッシュで10分近くかかった。戦士の体力ってすげぇ。いや、腐ってもDランクの冒険者ってことだ。


「ぜぇはぁ……早く……教えろ……」

「はい、息を吸って……吐いてー、吐いて、そして……吐いて~」

「死ぬわボケェ!! あれ……? まじで楽になった。メディックかけた?」

「呼吸が乱れたら、肺の空気をすべて吐き出せ。そのあとで深呼吸すると、普通の息切れはすぐに治まるんだよ。体力が戻るわけじゃないけど、楽だろ?」

「へぇ。みんなに自慢してくる。ありがとよ」


 待ちぼうけていた暇人は彼だけではなかった。俺の助言が有効だと知ったせいか、続々と訓練場を後にする。


「やっと訓練場に入れるなぁ。マルスよ、膝は大丈夫か?」

「あっ、はい。平気ですよ。先生こそ大丈夫ですか……?」

「安心しろ。いざとなったら、弟子の肩を借りるさ」

「あははは。おまかせください。最近、体を鍛えようと思っていたところですから!」

「頼もしい弟子だな。はーっはっはっは!!」


 さてさて、ようやく台風の目が見えてきた。訓練場の中心で、ルークがご自慢の槍を使って、周りのやつらに実演をしているようだが……。


「槍ってのは……おっと、ギルド職員が講義をするらしい。邪魔になるから今日はここまでだ」


 ルークが俺を見て手を休めると、周囲から不満の声があがる。いいところを邪魔されたことへの愚痴や、続きを知りたくてたまらない新人が、ちょっとキツイ眼差しで俺を見てくる。


「邪魔をして悪いな。半々で使うか?」

「いいや、訓練場が空いてると聞いたから使わせて貰っていただけさ。本職の邪魔になるようなことはしないさ。また都合がついたらやらせて貰うよ」


 一見すると謙虚だが、謙虚すぎる。こいつは間違いなく嫌なヤツ。何か思惑を隠しているような気がする。


 訓練場に人を集め、皆の前で技を披露する。これではまるで……。


――あーあ、ルークさんがギルド職員だったら良かったのに。


 なるほど。ルークはギルド職員になりたいのか。だから、まだアルバに居るんだ。酒を振る舞い、ともに冒険をしてコネを作る。極めつけは講義の真似事までしている。


 ルークは俺より優れていることをこれでもかと見せつけ、外堀から埋めるつもりか。自分で職員にしてくれと嘆願するより、冒険者一同から嘆願されれば、ギルド長も考えざるを得ない。


 少しばかり知能があるようだが、こんな嫌なヤツと同僚になるのは嫌すぎる。俺の肩書はただのバイトだから舐められているが、実力とやらを示せばルークの思惑をぶっ潰せるかもしれない。


 だが、俺は個々の能力を見てから、個別に指導法を考えるタイプ。良い意味で皆の目を引くことはないだろう。生意気なクソガキと何かと衝突してるので、悪評のほうが多いな。


「先生! 今日もご指導のほど、よろしくお願いします!」


 今はマルスに集中しよう。お互いに忙しい中、どうにか都合を付けたのだ。たっぷり可愛がってやるぜ。


「よろしい。戦闘訓練は今日が初めてだな。俺とお前じゃ同じ魔術師でも属性が違う。同じ立ち回りはできない。だから、お前が俺に攻撃してこい」

「えっ……先生を攻撃するんですか!?」

「あぁ、遠慮はいらん。ぶっ倒れるまでスキルを使っていいぞ」

「いくら先生が光の魔術師でも、当たったら相当痛いと思いますけど……?」

「俺は闇の魔術師だ。まだまだ未熟者の弟子の攻撃なんか、当たるわけがないだろう。動く的だと思って、本気でこい!!」

「……分かりました。先生の胸を借りさせて貰います」


 お互いに距離を取り、向かい合う。俺はルーティンソードと盾を構える。反撃はしない。戦闘の準備が出来たと教えるための構えである。


「いきます! 【フレイム】」


 こぶし大の火球が俺に飛んできたが、足元に着弾した。手加減されているのか、精神的に抵抗があるのか。


「この未熟者が! それがお前の本気なら、破門だ!!」

「すみません! 今度こそ、本気でやります。【ファイヤーボール】」


 マルスの姿を隠すほど大きな火球。熱波とともに、確実に俺に迫ってくる。当たれば上手に焼けてしまう。速度もダークネスの比ではない。だが、避けるのは簡単である。


――あのデブ、動くぞ!?

――動けるデブだ!!

――しかも四足歩行だぞ!? いつ装備を収めたんだ!?


 そう、俺は動けるデブなのである。いかに相手の魔法が早かろうと、目視できるなら恐れるものは何もない。俺に向かって飛んでくるのだから、詠唱と同時に逃げればいいだけなのである。


「ブヒヒヒーン!!」


――なんだあの奇妙な……鳴き声のつもりなのか!?

――オークか? それとも馬なのか?

――違う。キメラだ。絵面的にも、キメラしかねぇ!


 外野の盛り上がりが凄い。ふたりきりだったら、ツッコミ不在で恐ろしいことになっていた。


「……どうした? 手が止まってるぞ。誰のために鳴き真似してると思ってるんだ。俺に当てるまで帰れないぞ」

「流石です、先生! どんどんいきます……【ファイヤーボール】」


 右に左にローリング回避。贅肉が衝撃を和らげる。余波はちょっと熱いけど、赤龍のブレスを卵ガードしたあの日に比べれば涼しいものである。


「はぁはぁ……どうして当たらないんだろう……っ」

「マルスよ。俺は言ったぞ。動く的だと。お前の詠唱と同時に逃げているだけだ。魔物だってバカじゃない。俺と似たような動きをするだろう」

「なっ、なるほど。相手を撹乱すれば良いのですね!?」


 今言おうとしたのに。一を聞いて十を知るやつだ。弟子の成長を見せて貰おうじゃないか!


「【フレイム】【フレイム】【ファイヤーボール】」


 最初の火炎が俺に迫る。転がって回避するとまた火炎が迫る。ダブルローリングで回避して、顔を上げると目の前に巨大な火球が迫って――。


「危ねぇぇぇ!? どわぁぁ、あっちぃぃぃぃっ!!」


 寸前で回避したものの、熱風が肌を焼く。あっという間に成長しやがって、この野郎……天才か。次のステージに進むときだ!


「先生、大丈夫ですか!?」

「いきなり何するんだ。この人殺しぃぃぃぃっ!!」

「えぇぇぇぇぇっ!? す、すみません!!」

「……この未熟者がっ。謝る暇があるなら、撃ってこい。俺に当たるまで謝るんじゃないぞ」

「は、はい!! 【フレイム】【フレイム】【フレイム】」


 三連撃をどうにか躱す。体制が乱れ、追い撃ちをされる直前で、俺は行動を変える!


「熱いぃぃぃぃ! 苦しいぃぃぃ! この人でなしぃぃぃぃ!!」


 俺の命乞いが効いたようで、マルスに顔が歪み、追撃が放たれることはなかった。まだまだ未熟よのぉ。


――あのオーク、なんて目をしているんだ。

――坊主が躊躇うのもムリもねぇ。だってあれは……。

――あれは狩られる直前に見せる、獲物の目だな!?


「マルス! 誰が休んでいいと言った!?」

「くっ……【ファイヤーボール】【ファイヤーボール】」


 避ける。避ける。炙られる。避ける。俺は動きすぎて呼吸が乱れ、マルスはマナ切れで集中力が薄れる。だが、俺に当てるまで止めるつもりはない。


「【メディック】……マルス、俺に当てられないようじゃ、町の外に出るなんて夢物語だぞ」

「やれます。やります。僕はまだ、諦めていません!!」


 師弟関係を結んだから分かる、互いの熱意。本気の攻撃をされたら、そのうち当たるかもしれない。戦いの火蓋が切って落とされようとしたとき、嫌なヤツから野次が飛んできた。


「……さっきから見ていたけど、ありゃ何だ? 時間の無駄だろ。あそこまで動く魔物はアルバ周辺には居ねぇよ」


 おい黙れボケ。人の弟子をそそのかすんじゃない。ケツにドリアンぶち込まれてぇのか――。


「そこの人、お願いですから静かにしてください。僕は先生の講義を受けている最中なんです」


 で、ででで弟子が言ったぁぁぁ!?


「……坊主、止めときな。あんなものは講義じゃない。魔術師なら、戦闘で使える魔術を教えて、実演してやるのが講義ってもんだろ? まぁ、闇の魔術師には出来ないもんな」

「……あなた誰ですか。見ない顔ですね。どうでもいいですけど、取り消してくれますか。あなたの価値観を僕に押し付けないでください」

「俺は王都でCランクの冒険者のルークだ。そこの先生より冒険者としての経験はある。だから親切に教えてあげているんだ。冒険ごっこをしたいだけなら、もう言わないけどな」


 マルスは拳を握りしめると、肩を震わせた。そして歩き出す。他でもない、師匠を侮辱したルークの元に……。


「取り消してください」

「事実を言っただけさ。お前のためでもあるんだぜ?」

「先生は、凄い人です。今日の指導は変わってるけど、薬草の見分け方だって教えてくれたし、スキルに頼らない崖登りも教えてくれました」

「あはははは! いいか坊主。崖を登りたければ、土の魔術師をパーティーに入れる。互いの不得意を補って、長所を活かし合うのが冒険者のパーティーってもんだ。探検ごっこが楽しいのは分かるけどね」

「違う! 本当に役に立つんだ。あなたには――」

「役に立たねぇ、よっ!!」


 食って掛かるマルスに、ルークがデコピンした。高レベルのデコピンは、未熟な体のマルスを吹き飛ばす。


 こ、この野郎。子供に手をだしやがって――。


 ぶん殴りたいところだが、マルスが心配だ。なんとか空中でキャッチしたものの、背中を打って怪我をしていたらどうするんだボケ。


――ま、まずいですって。マルスは薬師ギルド代表の長男で……。


「ちょっと小突いただけさ。おーい、悪かったな、坊主。子供の喧嘩に親を出すのは止めてくれよなーっ」

「……先生。僕は今、とても怒っています。けれど敵わないようです。こういうとき、先生はどうやって自分を律していますか?」


 おぉ、弟子が冷静だ。冷静に怒っておられる。とっておきを教えてあげよう。


「そういうときはな、「死ねばいいのに」って思うんだぞ」

「……ぐすっ、うわぁぁぁん! 死ねばいいのにぃぃぃ!!」


 マルスが派手に泣き始めた。うんうん、痛かったね。悔しいよね。その気持ちをバネにして、一回り大きくなるのだぞ……。


「マルス、今日はもう帰れ。邪魔が入ったから、講義はまた今度だ」

「は゛い゛ぃぃ。失礼しまずぅぅぅ……っ」


 マルスを送り出し、一息つく。場に残されたのは、一触即発のムードだけ。普通ならここから弟子の敵を取るのだが、生憎と俺は普通じゃない。


「さーて、帰るか」


 安堵の吐息が後ろから聞こえる。その中で、ルークが「腰抜けが」と吐き捨てていたが、聞き流してこの場を後にした……。




 あとがき

タイトル詐欺定期
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