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ギルド職員編
マルス死す
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ルークがアルバの冒険者ギルドに居るのは当たり前になっていた。戦士からはかなり慕われているようだし、獣人のキャリィはレンジャーから慕われている。もはやアルバの冒険者ギルドは、ふたりを中心に回っているようなものだ。
ギルドに活気が出れば、そのしわ寄せはギルド職員に来る。俺はろくに休暇も取れず、朝から晩まで立ちっぱなし。ハゲは最強のコックで忙しく、ギルド長は依頼の精査や国への報告に追われている。
しかし、我慢にも限界があるのだ。いつまでもおとなしくしている俺ではないのだ。
「おい……ハゲ! 休ませろ!!」
「うるせぇ! 休ませろ!!」
「お前、いいのかよ。Bランク冒険者なのに、Cランクのルークに人気を掻っ攫われてるぞ」
「構わねぇよ。元から誰かに教えるのは苦手だった。森で新人どもに訓練してやってるって話だし、飽きるまで続けてやればいいのさ。それに……」
「……何だよ。こっち見るな」
「職員としては、お前のほうが向いている。もう俺が誰かに講義することはねぇよ……」
確かに、ハゲは教えるのが下手だ。天才型なので、うまく言葉で伝えられない。見て盗め。昔ながらの職人気質なのだが、動きが早すぎて新人では見えないんだよね。俺も肉眼じゃ見えないし……。
だからと言って、哀愁漂うハゲの面を見るのも飯が不味い。俺も講義が好きなわけではないからな。ハゲにはハゲなりの指導法があるはず。それをいつか見つけて、暗黒ボイスで囁いてやらねば――。
「ふたりとも、ご苦労。忙しい時期が続いているが、秋の前哨戦だと思って堪えて欲しい」
淀んだ世界を照らす、聖なる光。アルバの花、ギルド長のご降臨である。
「ギルド長、おはようございます。今日も相変わらずお美しい」
「ふふっ、君も変わらないね。また講義を頼めるかい? マルス君にどうしてもと頼まれてしまってね」
「分かりました。俺の一番弟子ですから、面倒見ますよ」
「助かるよ。私は少し出てくる。後は任せたよ」
ギルド長がでかけてしまった。恐らくは、重要書類を届けるためだろう。俺の太陽が光の向こうに消えると、また淀んだ空気が戻って――。
「ブサクロノはいいなぁ。ちっこいガキに慕われて……」
こいつの腐った目、初めて見た。やはり男として、弟子を持つ師匠的な存在に憧れるのは自然なことだろう。
いつもなら煽ってやるのだが、そんな気分にはなれない。慰めることもねぇけどな!
『冷たいなぁ。お父さんはそんな子に育てた覚えはありません』
少し不貞腐れているだけさ。慰めるだけなんて意味がない。一時的な状態を心配するなどガキのすることよ――。
「先生! おはようございます。今日も大きな鎧が、ばっちり決まってますね!」
「マルスよ、よく来たな。講義を受けたいとのことだが、吾輩も忙しい。フィールドワークは中止して、訓練所で戦闘訓練を行う!」
「はい、ぜひお願いします!」
「ふはははは! 素直は美徳だ! 吾輩に着いてくるが良い。ともに魔術の真髄に触れようぞ。一番弟子・マルスよ!」
ノリノリで訓練所に向かうと、何やら人が○っぱい居る。○に入る文字は、「い」なのであしからず。
しかし困った。すし詰め状態で中に入れない。満員電車を思い出す。とりあえず行列に並んでみたが、暇潰しにベテランのサボり組のひとりに聞いてみっか。
「お前ら何をしてるんだ? まさか自主鍛錬をしてるのか!?」
「まさか。ルークが訓練してくれるって話だから、俺も様子を見に来た。楽して強くなれねぇかなと思ってよ」
「そっかー。調子はどうよ?」
「この人だかりで見るものも見れん。立ってるのも面倒くせぇ」
「立ってるだけって疲れるもんな。いっそのこと自分の体を追い込んで、ぜぇはぁしながら寝転んだらどうだ」
「やなこった。息苦しいのは好きじゃない。横腹と頭痛くなるし」
「それな。でも息切れはすぐに治せるぞ。騙されたと思ってやってみろ」
「やだよ。どうせ騙すつもりだろ。運動したら気持ちがいいだろう、なんて気持ち悪いことで諭せると思うなよ」
こいつ凄いな。ブレないサボり癖。ここまで行くと個性である。楽して強くなる方法は知らないが、手早く楽になる方法なら知っている。
「武術の真髄に触れて見たくはないのか? 速攻で分かるようになるのに」
「しょうがねぇなぁ。いっちょ走って来るから、ダメだったら酒奢れよな」
早々にへばると思ったが、全力ダッシュで10分近くかかった。戦士の体力ってすげぇ。いや、腐ってもDランクの冒険者ってことだ。
「ぜぇはぁ……早く……教えろ……」
「はい、息を吸って……吐いてー、吐いて、そして……吐いて~」
「死ぬわボケェ!! あれ……? まじで楽になった。メディックかけた?」
「呼吸が乱れたら、肺の空気をすべて吐き出せ。そのあとで深呼吸すると、普通の息切れはすぐに治まるんだよ。体力が戻るわけじゃないけど、楽だろ?」
「へぇ。みんなに自慢してくる。ありがとよ」
待ちぼうけていた暇人は彼だけではなかった。俺の助言が有効だと知ったせいか、続々と訓練場を後にする。
「やっと訓練場に入れるなぁ。マルスよ、膝は大丈夫か?」
「あっ、はい。平気ですよ。先生こそ大丈夫ですか……?」
「安心しろ。いざとなったら、弟子の肩を借りるさ」
「あははは。おまかせください。最近、体を鍛えようと思っていたところですから!」
「頼もしい弟子だな。はーっはっはっは!!」
さてさて、ようやく台風の目が見えてきた。訓練場の中心で、ルークがご自慢の槍を使って、周りのやつらに実演をしているようだが……。
「槍ってのは……おっと、ギルド職員が講義をするらしい。邪魔になるから今日はここまでだ」
ルークが俺を見て手を休めると、周囲から不満の声があがる。いいところを邪魔されたことへの愚痴や、続きを知りたくてたまらない新人が、ちょっとキツイ眼差しで俺を見てくる。
「邪魔をして悪いな。半々で使うか?」
「いいや、訓練場が空いてると聞いたから使わせて貰っていただけさ。本職の邪魔になるようなことはしないさ。また都合がついたらやらせて貰うよ」
一見すると謙虚だが、謙虚すぎる。こいつは間違いなく嫌なヤツ。何か思惑を隠しているような気がする。
訓練場に人を集め、皆の前で技を披露する。これではまるで……。
――あーあ、ルークさんがギルド職員だったら良かったのに。
なるほど。ルークはギルド職員になりたいのか。だから、まだアルバに居るんだ。酒を振る舞い、ともに冒険をしてコネを作る。極めつけは講義の真似事までしている。
ルークは俺より優れていることをこれでもかと見せつけ、外堀から埋めるつもりか。自分で職員にしてくれと嘆願するより、冒険者一同から嘆願されれば、ギルド長も考えざるを得ない。
少しばかり知能があるようだが、こんな嫌なヤツと同僚になるのは嫌すぎる。俺の肩書はただのバイトだから舐められているが、実力とやらを示せばルークの思惑をぶっ潰せるかもしれない。
だが、俺は個々の能力を見てから、個別に指導法を考えるタイプ。良い意味で皆の目を引くことはないだろう。生意気なクソガキと何かと衝突してるので、悪評のほうが多いな。
「先生! 今日もご指導のほど、よろしくお願いします!」
今はマルスに集中しよう。お互いに忙しい中、どうにか都合を付けたのだ。たっぷり可愛がってやるぜ。
「よろしい。戦闘訓練は今日が初めてだな。俺とお前じゃ同じ魔術師でも属性が違う。同じ立ち回りはできない。だから、お前が俺に攻撃してこい」
「えっ……先生を攻撃するんですか!?」
「あぁ、遠慮はいらん。ぶっ倒れるまでスキルを使っていいぞ」
「いくら先生が光の魔術師でも、当たったら相当痛いと思いますけど……?」
「俺は闇の魔術師だ。まだまだ未熟者の弟子の攻撃なんか、当たるわけがないだろう。動く的だと思って、本気でこい!!」
「……分かりました。先生の胸を借りさせて貰います」
お互いに距離を取り、向かい合う。俺はルーティンソードと盾を構える。反撃はしない。戦闘の準備が出来たと教えるための構えである。
「いきます! 【フレイム】」
こぶし大の火球が俺に飛んできたが、足元に着弾した。手加減されているのか、精神的に抵抗があるのか。
「この未熟者が! それがお前の本気なら、破門だ!!」
「すみません! 今度こそ、本気でやります。【ファイヤーボール】」
マルスの姿を隠すほど大きな火球。熱波とともに、確実に俺に迫ってくる。当たれば上手に焼けてしまう。速度もダークネスの比ではない。だが、避けるのは簡単である。
――あのデブ、動くぞ!?
――動けるデブだ!!
――しかも四足歩行だぞ!? いつ装備を収めたんだ!?
そう、俺は動けるデブなのである。いかに相手の魔法が早かろうと、目視できるなら恐れるものは何もない。俺に向かって飛んでくるのだから、詠唱と同時に逃げればいいだけなのである。
「ブヒヒヒーン!!」
――なんだあの奇妙な……鳴き声のつもりなのか!?
――オークか? それとも馬なのか?
――違う。キメラだ。絵面的にも、キメラしかねぇ!
外野の盛り上がりが凄い。ふたりきりだったら、ツッコミ不在で恐ろしいことになっていた。
「……どうした? 手が止まってるぞ。誰のために鳴き真似してると思ってるんだ。俺に当てるまで帰れないぞ」
「流石です、先生! どんどんいきます……【ファイヤーボール】」
右に左にローリング回避。贅肉が衝撃を和らげる。余波はちょっと熱いけど、赤龍のブレスを卵ガードしたあの日に比べれば涼しいものである。
「はぁはぁ……どうして当たらないんだろう……っ」
「マルスよ。俺は言ったぞ。動く的だと。お前の詠唱と同時に逃げているだけだ。魔物だってバカじゃない。俺と似たような動きをするだろう」
「なっ、なるほど。相手を撹乱すれば良いのですね!?」
今言おうとしたのに。一を聞いて十を知るやつだ。弟子の成長を見せて貰おうじゃないか!
「【フレイム】【フレイム】【ファイヤーボール】」
最初の火炎が俺に迫る。転がって回避するとまた火炎が迫る。ダブルローリングで回避して、顔を上げると目の前に巨大な火球が迫って――。
「危ねぇぇぇ!? どわぁぁ、あっちぃぃぃぃっ!!」
寸前で回避したものの、熱風が肌を焼く。あっという間に成長しやがって、この野郎……天才か。次のステージに進むときだ!
「先生、大丈夫ですか!?」
「いきなり何するんだ。この人殺しぃぃぃぃっ!!」
「えぇぇぇぇぇっ!? す、すみません!!」
「……この未熟者がっ。謝る暇があるなら、撃ってこい。俺に当たるまで謝るんじゃないぞ」
「は、はい!! 【フレイム】【フレイム】【フレイム】」
三連撃をどうにか躱す。体制が乱れ、追い撃ちをされる直前で、俺は行動を変える!
「熱いぃぃぃぃ! 苦しいぃぃぃ! この人でなしぃぃぃぃ!!」
俺の命乞いが効いたようで、マルスに顔が歪み、追撃が放たれることはなかった。まだまだ未熟よのぉ。
――あのオーク、なんて目をしているんだ。
――坊主が躊躇うのもムリもねぇ。だってあれは……。
――あれは狩られる直前に見せる、獲物の目だな!?
「マルス! 誰が休んでいいと言った!?」
「くっ……【ファイヤーボール】【ファイヤーボール】」
避ける。避ける。炙られる。避ける。俺は動きすぎて呼吸が乱れ、マルスはマナ切れで集中力が薄れる。だが、俺に当てるまで止めるつもりはない。
「【メディック】……マルス、俺に当てられないようじゃ、町の外に出るなんて夢物語だぞ」
「やれます。やります。僕はまだ、諦めていません!!」
師弟関係を結んだから分かる、互いの熱意。本気の攻撃をされたら、そのうち当たるかもしれない。戦いの火蓋が切って落とされようとしたとき、嫌なヤツから野次が飛んできた。
「……さっきから見ていたけど、ありゃ何だ? 時間の無駄だろ。あそこまで動く魔物はアルバ周辺には居ねぇよ」
おい黙れボケ。人の弟子をそそのかすんじゃない。ケツにドリアンぶち込まれてぇのか――。
「そこの人、お願いですから静かにしてください。僕は先生の講義を受けている最中なんです」
で、ででで弟子が言ったぁぁぁ!?
「……坊主、止めときな。あんなものは講義じゃない。魔術師なら、戦闘で使える魔術を教えて、実演してやるのが講義ってもんだろ? まぁ、闇の魔術師には出来ないもんな」
「……あなた誰ですか。見ない顔ですね。どうでもいいですけど、取り消してくれますか。あなたの価値観を僕に押し付けないでください」
「俺は王都でCランクの冒険者のルークだ。そこの先生より冒険者としての経験はある。だから親切に教えてあげているんだ。冒険ごっこをしたいだけなら、もう言わないけどな」
マルスは拳を握りしめると、肩を震わせた。そして歩き出す。他でもない、師匠を侮辱したルークの元に……。
「取り消してください」
「事実を言っただけさ。お前のためでもあるんだぜ?」
「先生は、凄い人です。今日の指導は変わってるけど、薬草の見分け方だって教えてくれたし、スキルに頼らない崖登りも教えてくれました」
「あはははは! いいか坊主。崖を登りたければ、土の魔術師をパーティーに入れる。互いの不得意を補って、長所を活かし合うのが冒険者のパーティーってもんだ。探検ごっこが楽しいのは分かるけどね」
「違う! 本当に役に立つんだ。あなたには――」
「役に立たねぇ、よっ!!」
食って掛かるマルスに、ルークがデコピンした。高レベルのデコピンは、未熟な体のマルスを吹き飛ばす。
こ、この野郎。子供に手をだしやがって――。
ぶん殴りたいところだが、マルスが心配だ。なんとか空中でキャッチしたものの、背中を打って怪我をしていたらどうするんだボケ。
――ま、まずいですって。マルスは薬師ギルド代表の長男で……。
「ちょっと小突いただけさ。おーい、悪かったな、坊主。子供の喧嘩に親を出すのは止めてくれよなーっ」
「……先生。僕は今、とても怒っています。けれど敵わないようです。こういうとき、先生はどうやって自分を律していますか?」
おぉ、弟子が冷静だ。冷静に怒っておられる。とっておきを教えてあげよう。
「そういうときはな、「死ねばいいのに」って思うんだぞ」
「……ぐすっ、うわぁぁぁん! 死ねばいいのにぃぃぃ!!」
マルスが派手に泣き始めた。うんうん、痛かったね。悔しいよね。その気持ちをバネにして、一回り大きくなるのだぞ……。
「マルス、今日はもう帰れ。邪魔が入ったから、講義はまた今度だ」
「は゛い゛ぃぃ。失礼しまずぅぅぅ……っ」
マルスを送り出し、一息つく。場に残されたのは、一触即発のムードだけ。普通ならここから弟子の敵を取るのだが、生憎と俺は普通じゃない。
「さーて、帰るか」
安堵の吐息が後ろから聞こえる。その中で、ルークが「腰抜けが」と吐き捨てていたが、聞き流してこの場を後にした……。
あとがき
タイトル詐欺定期
ギルドに活気が出れば、そのしわ寄せはギルド職員に来る。俺はろくに休暇も取れず、朝から晩まで立ちっぱなし。ハゲは最強のコックで忙しく、ギルド長は依頼の精査や国への報告に追われている。
しかし、我慢にも限界があるのだ。いつまでもおとなしくしている俺ではないのだ。
「おい……ハゲ! 休ませろ!!」
「うるせぇ! 休ませろ!!」
「お前、いいのかよ。Bランク冒険者なのに、Cランクのルークに人気を掻っ攫われてるぞ」
「構わねぇよ。元から誰かに教えるのは苦手だった。森で新人どもに訓練してやってるって話だし、飽きるまで続けてやればいいのさ。それに……」
「……何だよ。こっち見るな」
「職員としては、お前のほうが向いている。もう俺が誰かに講義することはねぇよ……」
確かに、ハゲは教えるのが下手だ。天才型なので、うまく言葉で伝えられない。見て盗め。昔ながらの職人気質なのだが、動きが早すぎて新人では見えないんだよね。俺も肉眼じゃ見えないし……。
だからと言って、哀愁漂うハゲの面を見るのも飯が不味い。俺も講義が好きなわけではないからな。ハゲにはハゲなりの指導法があるはず。それをいつか見つけて、暗黒ボイスで囁いてやらねば――。
「ふたりとも、ご苦労。忙しい時期が続いているが、秋の前哨戦だと思って堪えて欲しい」
淀んだ世界を照らす、聖なる光。アルバの花、ギルド長のご降臨である。
「ギルド長、おはようございます。今日も相変わらずお美しい」
「ふふっ、君も変わらないね。また講義を頼めるかい? マルス君にどうしてもと頼まれてしまってね」
「分かりました。俺の一番弟子ですから、面倒見ますよ」
「助かるよ。私は少し出てくる。後は任せたよ」
ギルド長がでかけてしまった。恐らくは、重要書類を届けるためだろう。俺の太陽が光の向こうに消えると、また淀んだ空気が戻って――。
「ブサクロノはいいなぁ。ちっこいガキに慕われて……」
こいつの腐った目、初めて見た。やはり男として、弟子を持つ師匠的な存在に憧れるのは自然なことだろう。
いつもなら煽ってやるのだが、そんな気分にはなれない。慰めることもねぇけどな!
『冷たいなぁ。お父さんはそんな子に育てた覚えはありません』
少し不貞腐れているだけさ。慰めるだけなんて意味がない。一時的な状態を心配するなどガキのすることよ――。
「先生! おはようございます。今日も大きな鎧が、ばっちり決まってますね!」
「マルスよ、よく来たな。講義を受けたいとのことだが、吾輩も忙しい。フィールドワークは中止して、訓練所で戦闘訓練を行う!」
「はい、ぜひお願いします!」
「ふはははは! 素直は美徳だ! 吾輩に着いてくるが良い。ともに魔術の真髄に触れようぞ。一番弟子・マルスよ!」
ノリノリで訓練所に向かうと、何やら人が○っぱい居る。○に入る文字は、「い」なのであしからず。
しかし困った。すし詰め状態で中に入れない。満員電車を思い出す。とりあえず行列に並んでみたが、暇潰しにベテランのサボり組のひとりに聞いてみっか。
「お前ら何をしてるんだ? まさか自主鍛錬をしてるのか!?」
「まさか。ルークが訓練してくれるって話だから、俺も様子を見に来た。楽して強くなれねぇかなと思ってよ」
「そっかー。調子はどうよ?」
「この人だかりで見るものも見れん。立ってるのも面倒くせぇ」
「立ってるだけって疲れるもんな。いっそのこと自分の体を追い込んで、ぜぇはぁしながら寝転んだらどうだ」
「やなこった。息苦しいのは好きじゃない。横腹と頭痛くなるし」
「それな。でも息切れはすぐに治せるぞ。騙されたと思ってやってみろ」
「やだよ。どうせ騙すつもりだろ。運動したら気持ちがいいだろう、なんて気持ち悪いことで諭せると思うなよ」
こいつ凄いな。ブレないサボり癖。ここまで行くと個性である。楽して強くなる方法は知らないが、手早く楽になる方法なら知っている。
「武術の真髄に触れて見たくはないのか? 速攻で分かるようになるのに」
「しょうがねぇなぁ。いっちょ走って来るから、ダメだったら酒奢れよな」
早々にへばると思ったが、全力ダッシュで10分近くかかった。戦士の体力ってすげぇ。いや、腐ってもDランクの冒険者ってことだ。
「ぜぇはぁ……早く……教えろ……」
「はい、息を吸って……吐いてー、吐いて、そして……吐いて~」
「死ぬわボケェ!! あれ……? まじで楽になった。メディックかけた?」
「呼吸が乱れたら、肺の空気をすべて吐き出せ。そのあとで深呼吸すると、普通の息切れはすぐに治まるんだよ。体力が戻るわけじゃないけど、楽だろ?」
「へぇ。みんなに自慢してくる。ありがとよ」
待ちぼうけていた暇人は彼だけではなかった。俺の助言が有効だと知ったせいか、続々と訓練場を後にする。
「やっと訓練場に入れるなぁ。マルスよ、膝は大丈夫か?」
「あっ、はい。平気ですよ。先生こそ大丈夫ですか……?」
「安心しろ。いざとなったら、弟子の肩を借りるさ」
「あははは。おまかせください。最近、体を鍛えようと思っていたところですから!」
「頼もしい弟子だな。はーっはっはっは!!」
さてさて、ようやく台風の目が見えてきた。訓練場の中心で、ルークがご自慢の槍を使って、周りのやつらに実演をしているようだが……。
「槍ってのは……おっと、ギルド職員が講義をするらしい。邪魔になるから今日はここまでだ」
ルークが俺を見て手を休めると、周囲から不満の声があがる。いいところを邪魔されたことへの愚痴や、続きを知りたくてたまらない新人が、ちょっとキツイ眼差しで俺を見てくる。
「邪魔をして悪いな。半々で使うか?」
「いいや、訓練場が空いてると聞いたから使わせて貰っていただけさ。本職の邪魔になるようなことはしないさ。また都合がついたらやらせて貰うよ」
一見すると謙虚だが、謙虚すぎる。こいつは間違いなく嫌なヤツ。何か思惑を隠しているような気がする。
訓練場に人を集め、皆の前で技を披露する。これではまるで……。
――あーあ、ルークさんがギルド職員だったら良かったのに。
なるほど。ルークはギルド職員になりたいのか。だから、まだアルバに居るんだ。酒を振る舞い、ともに冒険をしてコネを作る。極めつけは講義の真似事までしている。
ルークは俺より優れていることをこれでもかと見せつけ、外堀から埋めるつもりか。自分で職員にしてくれと嘆願するより、冒険者一同から嘆願されれば、ギルド長も考えざるを得ない。
少しばかり知能があるようだが、こんな嫌なヤツと同僚になるのは嫌すぎる。俺の肩書はただのバイトだから舐められているが、実力とやらを示せばルークの思惑をぶっ潰せるかもしれない。
だが、俺は個々の能力を見てから、個別に指導法を考えるタイプ。良い意味で皆の目を引くことはないだろう。生意気なクソガキと何かと衝突してるので、悪評のほうが多いな。
「先生! 今日もご指導のほど、よろしくお願いします!」
今はマルスに集中しよう。お互いに忙しい中、どうにか都合を付けたのだ。たっぷり可愛がってやるぜ。
「よろしい。戦闘訓練は今日が初めてだな。俺とお前じゃ同じ魔術師でも属性が違う。同じ立ち回りはできない。だから、お前が俺に攻撃してこい」
「えっ……先生を攻撃するんですか!?」
「あぁ、遠慮はいらん。ぶっ倒れるまでスキルを使っていいぞ」
「いくら先生が光の魔術師でも、当たったら相当痛いと思いますけど……?」
「俺は闇の魔術師だ。まだまだ未熟者の弟子の攻撃なんか、当たるわけがないだろう。動く的だと思って、本気でこい!!」
「……分かりました。先生の胸を借りさせて貰います」
お互いに距離を取り、向かい合う。俺はルーティンソードと盾を構える。反撃はしない。戦闘の準備が出来たと教えるための構えである。
「いきます! 【フレイム】」
こぶし大の火球が俺に飛んできたが、足元に着弾した。手加減されているのか、精神的に抵抗があるのか。
「この未熟者が! それがお前の本気なら、破門だ!!」
「すみません! 今度こそ、本気でやります。【ファイヤーボール】」
マルスの姿を隠すほど大きな火球。熱波とともに、確実に俺に迫ってくる。当たれば上手に焼けてしまう。速度もダークネスの比ではない。だが、避けるのは簡単である。
――あのデブ、動くぞ!?
――動けるデブだ!!
――しかも四足歩行だぞ!? いつ装備を収めたんだ!?
そう、俺は動けるデブなのである。いかに相手の魔法が早かろうと、目視できるなら恐れるものは何もない。俺に向かって飛んでくるのだから、詠唱と同時に逃げればいいだけなのである。
「ブヒヒヒーン!!」
――なんだあの奇妙な……鳴き声のつもりなのか!?
――オークか? それとも馬なのか?
――違う。キメラだ。絵面的にも、キメラしかねぇ!
外野の盛り上がりが凄い。ふたりきりだったら、ツッコミ不在で恐ろしいことになっていた。
「……どうした? 手が止まってるぞ。誰のために鳴き真似してると思ってるんだ。俺に当てるまで帰れないぞ」
「流石です、先生! どんどんいきます……【ファイヤーボール】」
右に左にローリング回避。贅肉が衝撃を和らげる。余波はちょっと熱いけど、赤龍のブレスを卵ガードしたあの日に比べれば涼しいものである。
「はぁはぁ……どうして当たらないんだろう……っ」
「マルスよ。俺は言ったぞ。動く的だと。お前の詠唱と同時に逃げているだけだ。魔物だってバカじゃない。俺と似たような動きをするだろう」
「なっ、なるほど。相手を撹乱すれば良いのですね!?」
今言おうとしたのに。一を聞いて十を知るやつだ。弟子の成長を見せて貰おうじゃないか!
「【フレイム】【フレイム】【ファイヤーボール】」
最初の火炎が俺に迫る。転がって回避するとまた火炎が迫る。ダブルローリングで回避して、顔を上げると目の前に巨大な火球が迫って――。
「危ねぇぇぇ!? どわぁぁ、あっちぃぃぃぃっ!!」
寸前で回避したものの、熱風が肌を焼く。あっという間に成長しやがって、この野郎……天才か。次のステージに進むときだ!
「先生、大丈夫ですか!?」
「いきなり何するんだ。この人殺しぃぃぃぃっ!!」
「えぇぇぇぇぇっ!? す、すみません!!」
「……この未熟者がっ。謝る暇があるなら、撃ってこい。俺に当たるまで謝るんじゃないぞ」
「は、はい!! 【フレイム】【フレイム】【フレイム】」
三連撃をどうにか躱す。体制が乱れ、追い撃ちをされる直前で、俺は行動を変える!
「熱いぃぃぃぃ! 苦しいぃぃぃ! この人でなしぃぃぃぃ!!」
俺の命乞いが効いたようで、マルスに顔が歪み、追撃が放たれることはなかった。まだまだ未熟よのぉ。
――あのオーク、なんて目をしているんだ。
――坊主が躊躇うのもムリもねぇ。だってあれは……。
――あれは狩られる直前に見せる、獲物の目だな!?
「マルス! 誰が休んでいいと言った!?」
「くっ……【ファイヤーボール】【ファイヤーボール】」
避ける。避ける。炙られる。避ける。俺は動きすぎて呼吸が乱れ、マルスはマナ切れで集中力が薄れる。だが、俺に当てるまで止めるつもりはない。
「【メディック】……マルス、俺に当てられないようじゃ、町の外に出るなんて夢物語だぞ」
「やれます。やります。僕はまだ、諦めていません!!」
師弟関係を結んだから分かる、互いの熱意。本気の攻撃をされたら、そのうち当たるかもしれない。戦いの火蓋が切って落とされようとしたとき、嫌なヤツから野次が飛んできた。
「……さっきから見ていたけど、ありゃ何だ? 時間の無駄だろ。あそこまで動く魔物はアルバ周辺には居ねぇよ」
おい黙れボケ。人の弟子をそそのかすんじゃない。ケツにドリアンぶち込まれてぇのか――。
「そこの人、お願いですから静かにしてください。僕は先生の講義を受けている最中なんです」
で、ででで弟子が言ったぁぁぁ!?
「……坊主、止めときな。あんなものは講義じゃない。魔術師なら、戦闘で使える魔術を教えて、実演してやるのが講義ってもんだろ? まぁ、闇の魔術師には出来ないもんな」
「……あなた誰ですか。見ない顔ですね。どうでもいいですけど、取り消してくれますか。あなたの価値観を僕に押し付けないでください」
「俺は王都でCランクの冒険者のルークだ。そこの先生より冒険者としての経験はある。だから親切に教えてあげているんだ。冒険ごっこをしたいだけなら、もう言わないけどな」
マルスは拳を握りしめると、肩を震わせた。そして歩き出す。他でもない、師匠を侮辱したルークの元に……。
「取り消してください」
「事実を言っただけさ。お前のためでもあるんだぜ?」
「先生は、凄い人です。今日の指導は変わってるけど、薬草の見分け方だって教えてくれたし、スキルに頼らない崖登りも教えてくれました」
「あはははは! いいか坊主。崖を登りたければ、土の魔術師をパーティーに入れる。互いの不得意を補って、長所を活かし合うのが冒険者のパーティーってもんだ。探検ごっこが楽しいのは分かるけどね」
「違う! 本当に役に立つんだ。あなたには――」
「役に立たねぇ、よっ!!」
食って掛かるマルスに、ルークがデコピンした。高レベルのデコピンは、未熟な体のマルスを吹き飛ばす。
こ、この野郎。子供に手をだしやがって――。
ぶん殴りたいところだが、マルスが心配だ。なんとか空中でキャッチしたものの、背中を打って怪我をしていたらどうするんだボケ。
――ま、まずいですって。マルスは薬師ギルド代表の長男で……。
「ちょっと小突いただけさ。おーい、悪かったな、坊主。子供の喧嘩に親を出すのは止めてくれよなーっ」
「……先生。僕は今、とても怒っています。けれど敵わないようです。こういうとき、先生はどうやって自分を律していますか?」
おぉ、弟子が冷静だ。冷静に怒っておられる。とっておきを教えてあげよう。
「そういうときはな、「死ねばいいのに」って思うんだぞ」
「……ぐすっ、うわぁぁぁん! 死ねばいいのにぃぃぃ!!」
マルスが派手に泣き始めた。うんうん、痛かったね。悔しいよね。その気持ちをバネにして、一回り大きくなるのだぞ……。
「マルス、今日はもう帰れ。邪魔が入ったから、講義はまた今度だ」
「は゛い゛ぃぃ。失礼しまずぅぅぅ……っ」
マルスを送り出し、一息つく。場に残されたのは、一触即発のムードだけ。普通ならここから弟子の敵を取るのだが、生憎と俺は普通じゃない。
「さーて、帰るか」
安堵の吐息が後ろから聞こえる。その中で、ルークが「腰抜けが」と吐き捨てていたが、聞き流してこの場を後にした……。
あとがき
タイトル詐欺定期
応援ありがとうございます!
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