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ギルド職員編

戦うまでもなくクロノ死す

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 今日も朝イチから出勤している。飲み明かした翌日なので、二日酔いの演技をしようと考えたが、【メディック】を使える俺には関係のない話だった。


 俺の行動方針が決まったように、敵もまた動き出している。その証拠に、俺に新しい二つ名が加わっている。


 それは、「腰抜け」である。


 可愛い弟子を乱暴されて、やり返さない師匠。たとえ勝てない相手であろうと、言い返すなり喧嘩をするのが男の筋ってものらしい。それを怠った俺は、ルーク派からすれば腰抜けらしい。


 これがきっかけで、中立だった冒険者も、いくらかルーク派に流れた。今の勢力図は、五分五分と言ったところだろう。元から俺に表立って協力するやつは居ないから問題はない。


 意外だったのは、ハゲが何も言わなかったことだ。脳まで筋肉で出来ているハゲなら、やり返さないことをつついてくると思ったのだが、普段どおりに接してきた。


 俺と接する機会が多いモブどもも、ルーク派に流れる様子はない。そうなると、空気を読んで合わせているだけのルーク派もかなり多そうだ。コレはコレで、敵と断定するのが難しくなるなぁ。


「ブ、ブサクロノ……助けてくれ……」


 考え事をしていると、腕を抑えながら冒険者が入ってきた。顔色も悪いし、毒を浴びたのかもしれない。


「おい、自分の症状は言えるか?」

「あぁ……二日酔いだ」

「どうして腕を抑えたの!???!??!?!」

「入る直前でぶつけたんだ……ぐぅっ、頭が割れそうだ」

「【メディック】……浴びるほど飲むなといつも言ってるだろうが。お前のせいで俺の腹は酷いことになってるんだぞ」

「すまん。これはお礼だ。釣りはいらねぇぜ」


 最近はダイエットの効果が如実に現れていて、グラム単位で激ヤセ中だったのに、どこぞのボケナスルークが人気取りで酒を振りまくもんだから、キロ単位でリバウンドしそう。早く消さなきゃ。


「……どうして腰抜けが光の魔術を使ってるんだ?」


 ルークが目を見開き、呟く。周りの冒険者は、「今更何を驚いているのか」といった様子で説明していたが、これまたルークが驚くと、皆も一斉に驚いた。


 闇と光は半属性。過去に例のない組み合わせ。それを思い出したのだろう。慣れって怖いね。


「光と闇だと……一体、どんな手品を……っ」


 嫉妬を含んだ視線が飛んでくる。焦りや苛立ちも感じるな。自分のほうが優れていると余裕たっぷりだったのに、真似できない才能を目の当たりにして面白くないようだ。


 そうかそうか、俺がそんなに羨ましいのか。はぁ、煽りたい。でも我慢だ。我慢しようと思ったけど、ニヤリと笑ってしまった。てへぺろ。


 一瞬だけ歯ぎしりしそうになったルークが、槍を持った。まさかここで喧嘩を売ってくるつもりじゃ――。


「やっぱりアルバは良いところだ。惜しむらくは、この神槍にふさわしい魔物が居ないことかな」


 神槍ねぇ。話を逸らす目的なのだろうが、そこまであからさまに自慢されると、途端に胡散臭く感じてくる。周囲の気を引きたくて自慢話を始めるのなら、ありがたく聞かせて貰うさ。


「こいつは決して折れ曲がらない。王都じゃ刃砕きと呼ばれることもあるアイアンゴーレムを、貫いて倒したんだが、手入れすら必要なかったのが何よりの証拠さ」


 刃砕きねぇ。カチカチなのかな。刃を使わなきゃいいんじゃね? 俺のダークネスでワンパンできそうだぞ。


 肝心の入手経路は、頑なに口を割らない。仙人に託されたとかほざいているが、誰も信じていない。嘘だと分かる嘘。それもまた相手の気を引くには充分だが、尻尾くらい掴ませて貰うか。


「相棒、ちょっとそこでおとなしくしていてくれ。首に巻き付かれたままだと、下の書類を取り出しにくくてな」


 マフラーモードの相棒を引き抜き、四足短足モードにさせて、カウンターの横に置く。すると、ナイトメア目当ての女冒険者たちが、シュババと駆け寄って列を成すのである。


「……な、なんだあれ。見たことない生物だ」


 槍の話題で注目を集めていたのに、すぐに取り返された。さぞ面白くなかろう。俺はめっちゃ面白いわ。


「ちょっと可愛いにゃん……」


 すっかり忘れていたが、獣人のキャリィも居たなぁ。表立った行動は何もしていないが、むしろ不気味だ。


「この槍との出会いがそんなに知りたいか? 特別に教えてあげるさ。とある山奥で、ひげを生やした男に託されたのさ。だから俺は仙人だと思ったってわけ」


 山の中か。新しい情報だ。嘘の可能性もあるが、ルークは思ったより頭が悪そうである。思いつきで嘘をつく知能はないだろう。記憶を元に発言しているはず……。


 肝心の場所は、誰が何度問いかけてもはぐらかす。あの槍は自分の力の象徴なのだから、量産型に落としたくはないようだな。


 もう少し挑発してやれば、ボロを出すかもしれない。次の手を打とうとしていたとき、ギルドの扉が開く。入ってきたのは、小さな女の子……小人族のティミちゃんだった。


「ブサクロノ~。今、お話できる?」

「ティミちゃんのためなら、いくらでも時間を作るよ」


 小さな体がカウンターの前に立つと、生首状態になってシュールである。脇に手を入れて、持ち上げてカウンターに座らせてあげた。


「ありがと。最近は忙しいって聞いてる。ポーション持ってきたから、これを飲んで元気を出してね」


 ティミちゃんが渡してきたのは、中級マナポーションセット。24本ある。これで一月は持ちそうだ。


「少し顔色が悪いね。飲ませてあげる。はい、あ~ん」


 差し出された小瓶。これ、小人族的な「あーん」なんだろうなぁ。半分ほど飲んで、小瓶を掴み、お返しをする。


「ティミちゃん、いつもありがとう。忙しいのに俺のために中級マナポーションを作ってくれて……はい、あーん」

「う、嬉しい。でも、皆が見てるから……チラチラッ」


 恥じらうところがおかしい。小人族的には、よほど親密な関係の男女がする行いなのだろうか。異文化交流って、配慮も大事だけど、力押しも必要だと思うの。よって、下顎を掴んで、グイっと飲ませてあげた。


「……ブサクロノ、大胆」


 頬を染めて恥じらっている。うぅーん、エロいのか? これはエロいのか? 分からないが、羨望の眼差しを送る冒険者は多いな。このロリコンどもめ。


「ちゅ、中級マナポーション!?」


 そっちかい。まぁ、ティミちゃんとの関係をカミングアウトしたのは少し前のこと。冒険者の憧れである中級ポーション類を受け取っていることはまだ言ってなかったっけ。


「な、なんであんなやつが……っ」


 おぉ、ルークの歯ぎしりが聞こえたぞ。お前が飲んでいる濁ったポーションは、間違いなく下級ポーション。一流の冒険者の証に嫉妬が止まらないご様子……ザマァ。


「そ、そこのお嬢ちゃん。その中級ポーションはどこで買ったんだ? 俺に教えてくれないか?」


 ルークが物腰低く、ティミちゃんに話しかける。こいつ節操ねぇな。それだけの価値があるってことなんだろうけど。


「これは非売品。ブサクロノだから渡してるの」

「生産者を教えてくれないか。交渉は自分でやる――」

「んっ、あたしだけど」

「お嬢ちゃんは冗談がうまいなぁ。教えてくれたらお礼をするよ」


 あっ、ティミちゃんのジト目が死んだ魚の目になった。これ懐かしい。ボロ宿の受付をしていた頃は、これがデフォだった。つまりは、ハイパー面倒くさいモードになったわけで……。


「やだ。もう話かけてこないで」

「機嫌を損ねたなら謝るからさ、本当に頼むっ! この通りだ!!」


 ルークが頭を下げる。ティミちゃんは俺を見てる。売ってもいいかと俺に聞いているのではなく、単純に好意的な目で俺を見ている。


 ルークが顔を上げたとき、目に入ったのはティミちゃんの小さな背中だろう。まるで相手にされていない。それを見て知ったであろうルークの心中は、穏やかなものではないはずだ。


「ふぅ、日を改めさせて貰うよ。それと、困ったことがあったらいつでも言ってくれ。王都のCランク冒険者のルークが、力になるぜ」


 しっかりと切り替えて、引き下がりながらも名前を売る姿勢は悪くない。まぁ、性格の悪さがにじみ出ているのがダメ。あと存在もダメ。


「ブサクロノも大変だね。あの人のせいで苦労してるって聞いたよ。大丈夫? 結婚する?」

「ティミちゃんの顔を見て元気が出たよ。やっぱり疲れには美少女が一番だね」

「もー、ブサクロノってば。あたしそろそろ戻らなきゃ」

「心配だなぁ。ティミちゃんは小さくて可愛いから、悪い男に攫われてしまいそうだなぁ。俺が送ってあげられたらいいんだけど……」


 ギルドを見渡すと、おっさんたちがシュババと手を上げた。顔に見覚えがある。性癖はどうあれ、中立派のやつらだ。ティミちゃんではなく、ミラちゃんにお熱なやつら。送るついでに予約を取りたいのだと思う。


「ありがとう。ブサクロノもまたね」


 ティミちゃんを見送り、ルークの席を盗み見る。キャリィもこの場に居るようだし、今のところ家バレはなさそう。念の為にティミちゃんの影にシャドーデーモンを潜ませたし、ひとまず安心だ。


 で、肝心だけどどうでもいいルークは……。


「……ギルド職員にさえなればっ」


 何か勘違いしているご様子。ギルド職員になると貰えるわけじゃないぞ。面白そうだから黙っておくけどな! いっそ暴走してひとりで勝手に爆発してくれねぇかな。


 騒ぎが収まり、またルークの槍自慢が始まるのを待っていたら、団体さんがご入場。こいつらも見覚えがある。ライオネル追っかけ隊のメス共だ。


――ライオネルは居ないわ。ここは私が張り込むから、皆は他の場所を探して。


 物騒だなぁ。でもライオネルも「逃げる」という対抗策を覚えたようで、おじさんちょっと安心です。


「ブサクロノさん、ライオネルを見ませんでしたか? しばらく見ていなくて、私とても心配なんです……」


 おじさんはお前の将来が心配だよ……。


「見てないが、引くこと覚えたらどうだ……?」

「私だって本当はこんなことしたくないの。でも、私が距離をとっても、他の子と接する時間に変わるだけ。だったら張り付くのも仕方ないじゃない!」

「追いかけ回すのはどうかと思う。いやまじで」

「そういうわけにもいかないの。来月は、ライオネルの誕生日なのよ? プレゼントを送るためにも、色々とリサーチしないと!」


 ほげ、イケメン誕生日が近いのか。俺もプレゼント用意しなきゃ。家も守って貰ったし、借りは返しておきたい。


「リサーチは俺も手伝おう。男友達だし、お前らよりは話しやすいと思う」

「ありがとっ。あなた良い人ね。他の子には絶対に、内緒でね!」


 お前は悪いやつだよ。俺って自分がクズの自覚あるけど、なんかクズの定義が崩れそう。そんな午後だった。


 そうして1日が終わり、夜道を歩きながらふと思った。俺、何もしてないけど、人気取り合戦ではルークに勝ってねぇ?


「人柄の良さがにじみ出ているってことだな」

『とんこつ』

 そういうこと言うの止めろよ。ラーメン食べたくなるだろ。


「明日も勝って、明後日も勝つぞ~」


 このとき、俺はまだ知らなかった。まさかあんなことが起きるなんて。


『何も知らないもんね』


 うむ、何も知らない。ガチで知らない。語りようがない。いいなぁ、物語の主人公は毒電波を受信できて。


 今日イチ無駄な思考である。遊ぶ余裕があるのだから、きっと明日も勝つだろう。上機嫌で帰路についた……。


 家に入ると、テレサちゃんが出迎えてくれる。黒のタンクトップと、青いホットパンツ。また懲りずにエチエチな格好である。


「おかえり。あんた宛に、手紙が来てたわよ」


 手紙なんて後でいいじゃん。飛びかかる直前で、目の前に突き出された手紙。仰々しい蝋印で封がされている。この模様は、ギルドのもの。おまけに、「重要」とまで書かれている。


 差出人は、ベルティーナ。うむ、誰だろう……。

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