ブラザー工業による買収提案には、ローランドDGにとってもう一つの大きなディスアドバンテージがある。ブラザー工業とローランドDGは買収提案の3年前より製品の共同開発などの協業を行っていたが、開発遅延や品質問題などの理由で失敗に終わっていたという。こうした提携失敗の事実は、ブラザー工業側がTOBを予告した公表内容には記載されていない。
このように、過去に協業を行っていたにもかかわらず成功を収めなかった会社が相手の企業に同意なき買収を仕掛けるのは、経済産業省の「企業買収における行動指針」が示されて以降初めてのケースとみられる。同指針の策定段階でも懸念されていた、株主価値は上がるが企業価値が下がるような買収提案に対してどのような結論が下されるのか、今後の日本のM&Aにおいて非常に重要なケースとなる可能性がある。
怒りに任せて仕掛けた買収提案で一転、窮地に陥っているブラザー工業は挽回ができるのか。ローランドDGの取締役会の同意がなくてもTOBを実行することを宣言した手前、買収提案を引っ込めるのは格好がつかない。一方、ディスシナジーのリスクを無視してTOB価格をMBOの5,370円以上に引き上げれば、買収を成功させることはできるかもしれない。しかし、巨額買収をするにあたってブラザー工業はローランドDGのデューデリジェンスを行っていない。ブラザー工業は当初提案の4,800円からすでに400円の価格引き上げを行っている。そんななかディスシナジーが具体的に指摘されデューデリジェンスも行っていないこの状況で、さらにTOB価格を引き上げて買収後に減損損失を出せば、自社の株主から取締役の責任を問われかねない。ブラザー工業は、まさに「引くも地獄、進むも地獄」という状況に陥ってしまった。
ブラザー工業が予告した5月中旬が迫っている。ブラザー工業の次の一手に注目が集まっている。
(文=松崎隆司/経済ジャーナリスト)