産業用プリンター市場の世界シェア1位・ローランド ディー.ジー.(ローランドDG/本社:静岡県浜松市)は2月9日に、大株主の米ファンド、タイヨウ・パシフィック・パートナーズ(タイヨウ)の支援によるマネジメントバイアウト(MBO)を公表した。TOB価格は一株当たり5,035円で買収総額は620億円程度となる。タイヨウは「厳しい友人」を標榜し、日本株を中心に友好的なエンゲージメント・ファンドとして上場会社に長期投資を行っている。ローランドDGには2005年から投資を開始し、現在、約19%を保有する筆頭株主となっている。
その両者による友好的なM&Aに対して横やりを入れたのが、ミシンやプリンター製造大手のブラザー工業だ。3月13日、ブラザー工業は突如としてMBOの価格を上回る一株あたり5,200円でローランドDGにTOB(株式公開買付け)をかけることを公表した。ローランドDGの取締役会の賛同が得られなくとも、各国の独占禁止法上の手続きが終われば5月中旬にはTOBを開始するとしたことで、実質的にローランドDG側に買収を仕掛けることを宣言したことになる。
このような相手に有無を言わさない買収提案を仕掛けた背景には、ブラザー工業が昨年9月1日にローランドDGに対して一株当たり4,800円で買収提案をしていたにもかかわらず、買収提案を断られたことへの「怒り」があるとも報じられている。ローランドDGはブラザー工業傘下となった場合の「ディスシナジー」の懸念を理由にブラザー工業の買収提案を断っていたが、その詳細は明かされていなかった。
その後、4月26日にはタイヨウ側がTOB価格を5,370円に引き上げることを公表。同日、ローランドDGはMBOに賛同・応募推奨を行うことを改めて表明し、同時に記者会見を開き、ディスシナジーの詳細を公表した。
ローランドDGが買収後のディスシナジーの詳細を公表したことで、ブラザー工業は一転、窮地に陥ることとなった。ローランドDGの発表によると、ブラザー工業が買収した場合、26年12月期の営業利益ベースで50億円もの価値棄損が生じるとされている。このような損失が発生すれは、100%親会社となるブラザー工業自身に跳ね返ってくる。
なぜこのようなディスシナジーが発生するのか。ローランドDGによると、同社の産業用プリンターの部品として、ブラザー工業の競合に当たる別のメーカーから基幹部品のプリンターヘッドを調達して約8割の製品に使用しているという。約1割をブラザー工業から調達しているが、「(同社製のプリンターヘッドは)品質面で懸念があり、搭載する前に全ノズル検査を実施しなければならない状況」だとローランドDGは説明している。ブラザー工業傘下となった場合には、その別メーカーからの品質の良いプリンターヘッドの調達ができなくなったり開発情報が得られないことで開発遅延などが起き、営業利益の大部分が吹き飛ぶことになるという。
ローランドDGはブラザー工業からこのようなディスシナジーの懸念は解消されたという説明を受けていたという。しかし、ローランドDGが実際に別メーカーに確認を行ったところ、ブラザー工業傘下になれば現在の良好な関係から競合関係に変わることから、価格設定の大幅な見直しを含む取引の見直しや開発段階の情報連携の停止などを行うとの回答を得たという。
当該メーカーの立場からすれば、自社の戦略部品や開発情報を競合相手のブラザー工業の100%子会社に対して提供することはできないのは当然だが、なぜブラザー工業がこのような深刻なリスクについて問題ないと考えていたのかは不明だ。