旅客機開発の大きなハードルが型式証明の取得です。その審査を行う日本の国土交通省航空局も米国の連邦航空局(FAA)も、型式証明について詳細な基準を設けているものの、その基準を満たしていることの証明の方法は示されていません。メーカー側がさまざまな試験やデータを使って安全性を証明する必要があるため、型式証明の取得には極めてテクニカルな特殊なノウハウが必要となってきます。その経験とノウハウが少ない三菱航空機はボーイングのOBなど海外技術者を入れてアドバイスを受けましたが、現場の日本人技術者の反発もあり、うまくいきませんでした。
結果的にMSJは型式証明を得られないまま頓挫したのですが、3900時間もの飛行試験を経て、型式証明取得まで8割方進行し、あと何千億円か支出できれば取得にこぎ着けるところまで来ていたといわれています。つまり完成一歩手前で、民間企業として『お金が尽きた』ということです。
MSJ開発では多くの教訓を得たので、10年で5兆円投じても国内の航空宇宙産業の市場規模を倍増できるのであれば、10~30年という長い目で見れば、旅客機開発の意義はあるというのが経産省の考えでしょう。しかし、その背景に踏み込めば、このまま何もしなければ、日本の航空産業は、成長どころか衰退の一途をたどってしまうという危機感の現れということもできるでしょう。
また、再び同じ過ちを犯す、すなわちMSJの二の舞になる可能性もあるので、MSJ失敗の要因を徹底的に洗い出したうえで、同じ轍を踏まない戦略が求められます」
では、この開発はTC取得、そして事業化に成功する可能性は高いと考えられるのか。
「MSJは三菱重工1社に開発を託し、かつ国産にこだわったことが大きな失敗要因であったため、今後の旅客機開発は海外の有力航空機メーカーを含めて複数の企業で共同開発するのが自然の流れです。海外大手との共同開発によって、TC取得、事業化成功の可能性が高まるのは事実です。経産省は、2035年以降の次世代航空機開発に国際共同で参画するというロードマップを描いています。しかし、現状のまま参画しても、海外大手メーカーと対等に伍してはいけず下請けに甘んじることになりかねません。そこで、2035年までに、(1)大手航空機メーカーとの協業のなかで少しでも上流工程での参画を追求し、(2)小規模の事業では主導する立場を確立する、という2つのアプローチによって能力と事業基盤を飛躍的に成長させることをロードマップの前提に置いています。とはいえ、これら2つのアプローチ自体、容易なものではなく、シナリオ通り行くかは不透明です。
また、海外を含む複数企業で共同開発することでリスクは分散されますが、これはイコール責任の分散でもあります。かつて、我が国の戦後最初の旅客機YS-11では、複数企業の大所帯がゆえに責任の所在がはっきりせず、ビジネスとしてうまくいかなかった苦い経験があります。将来の旅客機開発では、共同開発下での責任体制をどう構築するかが大きな課題となり、経産省の手腕が問われます。
一般に、日本のメーカーは『ものづくり」にはたけていますが、それをビジネス化する際の周辺のノウハウに欠けている場合が少なからずあります。MSJもその典型で、型式証明のノウハウ等がなかった結果、事業コストが当初の7倍にも膨らみ、撤退の憂き目にあいました。今回経産省が発表した戦略指針でも、『開発のみならず安全認証やマーケティング等も含めた総合的な事業実施能力が不可欠」としており、この『総合的な事業実施能力』のことを『インテグレーション能力』と呼んでいます。しかし、このインテグレーション能力は一朝一夕に身につくものではなく、長期的課題であり大きなハードルといえるでしょう」(橋本氏)