ソフトバンク、「医療AIに猛進」の知られざる内幕

日本用のアダプターを独自に開発

ーーまずは遺伝子検査数を増やしていくことが目標です。

国内におけるがん患者の遺伝子検査数は年間2万件と少ない。遺伝子検査は標準治療後に行う、といった制限があることがその原因の1つ。これをがんに罹患したとわかった段階で検査できるようにしていく必要がある。

6月の会見に登壇したソフトバンクグループの孫正義会長兼社長
病院ごとに異なるカルテデータを横断して活用できるようにするためのアダプターを、日本用に独自に開発する(撮影:今井康一)

同時並行で進めているのがアダプターの開発だ。テンパスでは、病院ごとに異なるカルテデータを横断して活用するためのアダプターを開発しているが、日本用のものを作る必要がある。

日本の電子カルテは、大手ベンダーである富士通、NEC、日本IBMなどが病院ごとに細かくカスタマイズしているので、アダプターの整備には相当の工数が必要になる。事前に想定していた以上に厄介な開発になりそうだ。

これが動き始めれば、お医者さんは目の前の患者の治療法について、多くの事例を基にしたレコメンドを得られるようになる。遺伝子解析も含めてマッチングして、類似の症例で効き目があった治療法がわかれば、その治療法を選択肢として示すことができる。医者にとっても患者にとっても大助かりとなるはずだ。

ーー医療現場からの支持と協力が不可欠ですね。

データが少ない、ということでいちばん困っているのはお医者さんかもしれない。

私もがんであることがわかったときに、お医者さんと一緒に悩んだ。抗がん剤を打ってもいい、打たなくてもいい、どうしますか、と言われたし、副作用についても相当個人差があるが、やってみなければわからない状態だった。

幸い、私の場合はあまり副作用はキツくなかったが、それでも手足過敏症になってしまい、クルマのハンドルを握ったりドアノブを触ったりするとピキッと激痛が走ることがあった。こうした症状についても、「遺伝子分析によると、あなたにはこのような副作用が出る可能性がありますよ」と事前にわかっていたほうがいい。

ーーその先の目標は?

遺伝子データ、ライフログを組み合わせることで、予防にも活用できるようにしていきたい。たとえば、「このパターンの遺伝子特性を持っている人が、食事の際に心がけなければいけないこと」というものがわかる。

本人の許諾を得ることが大前提だが、位置情報を活用すれば、たとえば深夜にラーメン屋に30分いたことを把握できる。医者はそのデータを見て注意を促せばいい。「ラーメン屋にいきましたか?避けたほうがいいですよ」と。

健康診断などでは食事やアルコール摂取量について自己申告のアンケートで済ませることが多いが、正直に回答している人は多くはない。ライフログと組み合わせることでより精緻な予防をできるようになると思う。

痛みなどがあった場合にも、その瞬間にスマートフォンに記録を残せるようにすれば、医者にとって重要な判断材料になる。これは(グループの中核子会社である)ソフトバンクが携帯通信会社だからこそできることだ。

孫社長から、週に一度は打ち合わせや指示

ーー遺伝子検査は、健康なときに行ったほうがいいということですね。

理想としては、健康なときにやっておくべきだと思う。なぜかというと、がんは遺伝要素が大きいから。私個人でも、親が同じ消化器系のがん、その親もそう。とくに大腸がんは遺伝要素が大きい。もちろん生活習慣から来るがんもある。いろいろなデータで、パターンを全部理解することが重要になる。

がんになると治療にかなりのお金が必要だ。予防できるようになれば医療費を削減できる。がんになった場合にも、適切な治療方法を選べるようになれば、医療費の節約につながる。遺伝子検査は自費診療で60万円、保険適用で6万円と高額だが、結果的にトータルの医療費削減につなげていくことも可能だと思う。

目標としては、遺伝子検査数を現在の2万件からなるべく早く10万~20万件にしていきたいし、それはできると思っている。

遺伝子検査の設備投資、アダプター開発などをやり始めると、おそらく当初の資本金300億円(資本準備金含む)はすぐに使い切ってしまう。その後にも相当の投資が必要になると思うが、まずはしっかり仕組みを作り上げていきたい。これは、エスビーテンパスがやるべき使命だと思っている。

ーー孫社長からはどのように言われていますか。

週に一度は打ち合わせや指示があるが、毎回のように言われるのは「メディカルAGI、メディカルASIであることを忘れるな」ということ。大きな目標を見失わずに事業を進めろ、ということだろう。