入院しているときに孫さんから「ディナーに来ないか」と連絡があった。そのころ、よく食事を一緒にしていたので。しかし、入院しているから行けない。「すみません。入院しているのですが、がんでした」と伝えたところ、「大変じゃないか、紹介するから転院するように」ということで、孫さんのお父さんが入院している専門病院に転院した。
仕事をやりながら抗がん剤の投与を続けて、一時期は体重が15~20キロほど減ってしまった。でも、なんとか寛解できた。現在は再発をしていないか定期的に検査をしているところだ。
ひとりの患者として、医療現場におけるデータ不足を痛感した。そしてお医者さんもそのことに問題意識を持っていることを知った。その経験を事業に生かせ、ということだろう。
ーーテンパスと組んだ理由は?
当初はゼロから立ち上げようと考えていたが、昨年末~今年頭に、テンパスの存在を知った。テンパスのエリック(・レフコフスキーCEO)と孫は、別のベンチャーへの投資を通じて知り合いだったこともあり、これをちょっと調べてみろ、と。
テンパスは2015年設立のがんに特化したデータサービスの企業で、遺伝子検査サービス、医療データの製薬会社への提供、AIを活用した治療選択肢の病院への提供、という3つの事業を行っている。
がん治療の領域に関してはテンパスと組んだほうが絶対に早い、と判断して一気に提携交渉を進めた。
ーー春先にテンパスに出資し、8月には日本でジョイントベンチャーをつくった。スピードが早い。
本当に早い(笑)。アメリカには、テンパス以外にもいくつか遺伝子検査をやっているところはあるが、病院の電子カルテシステムと接続しているのはテンパスだけ。独自のアダプターを開発して、テンパスのシステムと各病院の電子カルテシステムをリアルタイムでつなげている。
アメリカの2000を超える病院にサービスを提供しており、すでにアメリカのがん患者の50%にあたる770万件のデータを蓄積しており、それらのデータは日本でも活用可能だ。
ただ進めていく中でわかったのが、アメリカにおける医療データの扱い方と、日本における医療データの扱い方がまったく違うということ。第三者に個人の医療データを提供する場合、アメリカでは病院がOKすれば電子カルテのデータを取り込むことが可能とされている。そのデータを製薬会社に提供もしているが、日本ではそれはできない。
ーービジネスモデルをそのまま日本に持ち込めない。
日本では、1人ひとりから丁寧に了解を取っていく必要がある。Agoopでも位置情報を利用する際に1人ひとりから承認を得ている。匿名化したらなんでもやっていいわけではなく、用途についても承諾を得ることで、Agoopは位置情報を多面的に活用できるようになった。
私自身が経験したことだが、がんになるといろいろな承諾書にサインをする必要がある。その中にエスビーテンパスへの承諾書も入れていくということだ。
今後、エスビーテンパスとして重要なのは、医療データという究極のプライバシーにかかわる情報を扱えるだけの厳格な体制をつくること。そのために、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の認証を得るべく準備を進めている。
6月の発表で最初の花火を大きく上げたが、その後が静かなのは、こうしたいろいろな準備を進めているから。半年から1年で前進できるようにしていきたい。