「アニメは世界に通用するエンターテインメントだ。非常にニッチだったアニメが大きなインダストリー(産業)に育ちつつある。ソニーもクリエーションで貢献していきたい」
ソニーグループの吉田憲一郎会長は、5月23日に開いた経営方針説明会でグループとしてアニメ産業への支援を従来以上に手厚くする方針を明らかにした。
具体的には、海外でアニメのクリエーターを育成するアカデミーの設立を検討するほか、アニメ制作専用のソフトウェアを今年度中にもグループのエンジニアが開発する。このソフトは将来的な外販も含めて投資を強化する計画だ。
ソニーはアニメビジネスの拡大に成功している。傘下の製作会社アニプレックスが手がけた「劇場版 鬼滅の刃 無限列車編」は、興行収入で「千と千尋の神隠し」を抜いて歴代1位となった。
アニプレックスの傘下にはA-1 PicturesやCloverWorksといった有力アニメ制作スタジオも抱える。2021年には海外向けのアニメ配信サービス、Crunchyroll(クランチロール)を約1300億円で買収したことで、配信機能も獲得した。
ただ、今回は自社で抱えるアニメ関連ビジネスへの投資だけではなく、アニメ産業全体の育成にグループとして取り組むと踏み込んだ。背景には、産業全体に横たわる慢性的な人手不足と、不透明な下請け構造という問題がある。
今年4月、北朝鮮が日本のアニメ制作に関わった可能性がある、というニュースが業界を駆け巡った。アメリカの北朝鮮分析サイト「38ノース」が、北朝鮮が管理していたと思われるサーバーを調べたところ、今年7月から日本で放送予定のアニメ作品の制作過程のデータが見つかったのだ。
アニメの制作過程には多くの下請け企業が関わっている。シリーズごとに組織される製作委員会から、1クール(3カ月)分の制作を担当する元請け制作会社、1話分を担当するグロス請け制作会社へと順番に作画などの作業が委託される。
最終的には1枚200円前後という低価格で中国など海外の動画会社に発注する。制作にかかる人件費と売り上げが釣り合わず、多くの制作会社が赤字に陥っているのが実態だ。
38ノースが発見した画像データには中国語の修正指示が書き込まれていた。同サイトによれば、発注元が北朝鮮の関与を認識していた形跡はないというが、上述した過程のどこかで北朝鮮へと作画作業が委託された可能性がある。
ほかにも、アニメ制作の現場で使われているソフトウェアはイラストや漫画用に設計されたものが多く、煩雑な作業が多いという問題もある。
不明瞭な制作過程や、劣悪な制作環境といったクリエーターにとって厳しい状況が改善されなければ、日本のアニメ産業が持続的に成長していくのは不可能だ。ソニーは今年度以降に実施する制作用のソフトウェア供給や、人材育成の面で業界構造全体の変革に取り組むことになる。
2024年度から2026年度までの中期経営計画で、ソニーは営業利益を年平均10%以上成長させる目標を掲げている(金融事業は除く)。成長の牽引役はゲーム、音楽、映画のエンターテインメント3事業と、半導体事業だ。
一方でM&A等の戦略投資は自己株取得も含めて累計1.8兆円を上限とし、これまでの投資で獲得したIP(知的資産)から得られる収益の回収と、株主への還元を優先する。一部で4兆円規模と報道されているアメリカの映画製作大手、パラマウント社の買収については、慎重な姿勢を示した。
経営方針説明会に登壇した十時裕樹社長は、アニメの位置づけについて「映画事業の成長ドライバーはクランチロールになる。クランチロールは(アニメの)配信プラットフォームなので、優良なコンテンツが多く登場し、ヒットすることが重要」と指摘した。
そのうえで「クリエーターの支援は業界全体のために行うことだが、巡り巡ってわれわれの事業の成功にもつながる」と業績貢献への期待も隠さなかった。
エンターテインメント企業としての持続的な成長に向け、アニメ業界構造の変革に自ら乗り出したソニー。今後の取り組みが注目を集めそうだ。