「客の声、反映しても売れない」悩む人に欠けた視点

このように、潜在意識下に眠っている、一見ギクッとしてしまうような無自覚の願望が、人を消費行動に駆り立てるのです。インサイトとは、潜在意識下にドロドロと存在する感情や願望を、消費行動として顕在化させるための噴出口のようなもの、ともいえます。

インサイト(insight)の直訳が「洞察・発見」であるように、「この行動をする人々の中にはこのようなインサイトがあるのではないか?」という仮説をもって洞察し、見抜いていくことが重要になってきます。

インサイトは、一見「ニーズ」と似ているように見えますが、似て非なる概念です。ニーズが、消費者自身が自覚している欲求そのものであるのに対し、インサイトはあくまでマーケターが洞察力を駆使して、ひとつの仮説として見出す「消費者が無自覚に抱いている欲求のツボ」です。

ニーズは、消費者自身が自覚している欲求なので、参考の価値はありますが、(自分をよく見せたいという心理も働くため)信憑性には疑問が残ります。一方、インサイトは行動観察や解釈を通じて得られた消費者の行動原理への仮説であり、検証を通じてその妥当性が確認されるものとなります。

「サラダマック」の失敗に学ぶ

有名な話ですが、インサイトとニーズの違いを端的に説明する事例があります。

2000年代初頭のマクドナルドでは顧客インタビューを通じて「マクドナルドは健康に悪そうだ」というイメージが持たれていることが課題となっていました。そこで、アンケートで多く寄せられていた「健康志向の高いサラダなどのメニューをラインナップに追加してほしい」という声を踏まえ、実際に野菜をたっぷり使った新メニュー『サラダマック』を発売。

ところが、これが期待に反してまったくの不発で、あえなく販売終了となってしまったのです。そんなはずがない、あれだけアンケートにお客さんのニーズが寄せられていたのに……となっても後の祭り。

でも、よくよく考えれば、健康的なものが食べたい気分のときはそもそもマクドナルドには行かないですよね。にもかかわらず、マクドナルドに来ている顧客は実際の行動原理とは違う欲求を伝えてしまっていたわけです。本当のインサイトとしては、「普段抑えているジャンクフードを食べたいという欲求を、多少の罪悪感を覚えながらも思いっきり解放したい」といったところでしょう。

マクドナルドが本質的に提供している価値は、「ジャンキーさ」という健康とは対極の存在だったわけです。実際、その後に発売された、肉とカロリーを大幅に増量した『クォーターパウンダー』や『サムライマック』は、「大人を、楽しめ」「行きたい道を切り拓け。」という、ジャンクフードへの欲求を肯定するコピーとともに大ヒット商品となりました。

このように、顧客が自覚しているニーズと、実際に消費行動に移るための行動原理であるインサイトはしばしばズレが生じます。「データは事実であるが真実ではない」という言葉があるように、ニーズは時としてうそをつく。

「牛乳が飲みたい」と思うのはいつ?

最近の脳科学の調査によると、消費者は自分の好みや望みを明確に伝えるどころか、「認識すらできない」ともいわれています。だからこそ、顧客の声を鵜呑みにせず、そこから深掘りをして仮説を見出していくプロセスが必要になるのです。

消費者の欲望のツボであるインサイトをうまくついて、顧客の行動を変容させたエピソードをいくつかご紹介しましょう。

1980年代のアメリカ・カリフォルニア州では牛乳の消費量が年々下降線をたどっていました。焦る牛乳メーカーの組織「カリフォルニア牛乳協会」は、テレビCMを打って牛乳を飲むメリットを顧客に訴求します。牛乳は健康に良い、牛乳を飲むと背が伸びる、牛乳にはリラックス効果がある……。しかしながら、いずれも大きな成果にはつながりませんでした。