ここで引き出したいのは、若手社員の過去・現在・未来にわたるナラティブです。
どういう人生にしたいのか、社会人としてありたい姿はどんなものなのか。ここがわからなければ離職を希望する部下を引き留める以前に「なぜ離職するのか」さえ理解できません。
たとえば、部下の「やりたいこと」が「将来的に独立して、起業する」だったとします。
ここでようやく、「リーダーになってほしい」という会社の期待と「管理職になりたくない」という部下のギャップの原因が明らかになります。
つまり、部下は、「いずれ辞める会社だから、責任の重い仕事はやりたくない。在職中は技術を磨きたい」と考えているのです。
この場合、次のようなことを部下に話してみるのはどうでしょうか。
「独立起業、それも素晴らしいキャリアプランですね。一緒に働く仲間のキャリア形成を私も支援したい。独立して起業するということは社員を雇うことになります。個人事業主でいくとしても外部パートナーとの連携やプロジェクトマネジメントも発生します。そうなると、自分の技術的な能力だけではなく、組織や人をマネジメントする能力も必要です。外部のパートナーと組んでチームワークで成果を上げていくプロジェクトを遂行する場合もマネジメント能力は重要かもしれません」
ここまで話すと、部下も「確かにそうかもしれません」と考え始めます。部下の「やりたいこと」を実現するにあたり、経験豊富な上司の視点から抜けている点をフィードバックしてあげてください。間違っても「独立なんてうまくいかない」「不安定だから辞めておけ」と部下を否定する方向で話さないでください。
20代、30代はプレイヤーとしてやっていけばいいかもしれませんが、40代、50代になってくると組織を管理する力、組織をつくる力、外部を巻き込む力も大事になることは理解できると思います。
ここでさらに次のような言葉を続けてみましょう。
「そう考えたら、会社にいる間にメンバーや部下のマネジメントを経験しておくことは、将来のあなたにとって重要ではありませんか? 企業に勤めている間に、給料をもらいながら大規模プロジェクトの経験や外部ベンダーとの関係が蓄積できることもメリットになると思います」
このフィードバックで、実際に離職せずに管理職になった人もいます。そして、「独立するかもしれないと思っていましたが、マネジメントやリーダーをやってみると楽しいものだと気づきました。会社からも評価されるなら、このまま継続して働きます」という人もいます。
この部下にとって、「独立・起業」自体が「やりたいこと」の本質ではなく、「自分の裁量で大きな仕事を進める」「新しい技術に触れられる現場にい続ける」ことが根本的な欲求だったので、リーダーとして裁量権を持ち新規プロジェクトに従事することで、退職する必要性がなくなりました。
また、仮に、最終的に独立することになったとしても、「いい経験をさせてもらいました」「成長の機会を与えてくれた上司や会社に感謝しています」ということになるはずです。