「給料よし、残業なし」の会社を社員が辞めるワケ

だからこそ、定年まで勤める前提ではなく、あくまで自分の将来のために、大手の知名度の高い会社や教育制度の整った会社をキャリアのスタート地点として選ぶという人たちが増えてきているのです。

私は大学院で講義を担当していますが、20代の大学院生にキャリア観を聞くと、「卒業後はコンサルティングファームに就職するが、定年までいるつもりはなく、一定の業務経験を積んだら独立か転職を想定しています」「自分は会社を移っても人事としてキャリアを積みたいので、ジョブ型で最初から人事で働ける会社だけに応募しています」と当然のように語っています。

大事なのは若手社員の「ナラティブ」

では、どうすれば若手社員の離職を食い止められるのでしょうか。

ここで、あるIT企業の例をご紹介します。その企業では若手社員の離職が問題になっていました。昨日まではやる気を見せていた(気がする)のに、翌日には何の理由も言わずに「辞めます」と退職願いを持ってくることもあったそうです。上司は慌てて退職理由を聞いたり慰留を試みたりしますが、この状態になってからでは全て手遅れです。

そこで、部下と日常的にキャリアについて面談を行うトレーニングを提供したことがあります。言ってみれば、離職率を軽減するための研修です。

人事コンサルタントとして、私が複数の管理職から、具体的なケースとして相談されたのが、「管理職になりたくない」「昇格や昇給には興味がない」「定年まで勤めるつもりがない」「なかなか本音を語ってくれない」という若手社員とのコミュニケーション方法でした。

ギャップがある若手社員とキャリアについての面談を行う場合、ポイントは「上司のナラティブを一方的に押し付けない」ことと、「部下のナラティブを立体的に把握する」ことです。

ナラティブとは、元々は、文芸理論で用いられる専門用語で、語り手の視点で自由に紡がれる物語を指します。つまり、部下が描く「人生のありたい姿」「仕事における自己認識」「会社生活の紆余曲折」「理想的なキャリアストーリー」などのことです。

上司としては、部下に対して良かれと思って「今の仕事で成果を出す方法」「管理職へのキャリアパス」「高く評価されて昇給昇格する働き方」「当社で働くメリット」などを熱心に伝えたくなります。

どれも上司からすれば部下に必要な情報ですが、部下からすれば「自分が必要としているタイミングと内容」に限り必要な情報です。「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という諺がありますが、喉が渇いていない相手に水を大量に持参しても価値がありません。

最初に必要なことは、若手社員のナラティブを過去・現在・未来で立体的に把握することです。

過去とは「なぜ、この会社を選んだのか」「就職活動では、何を大事にしてきたのか」という入社動機や価値観です。

話を聞く際のポイントは、「ポジティブではないことも話しやすい雰囲気づくり」です。仕事や職場の人間関係への不満は、上司にとっては自分がダメ出しされているような気持ちになるので「そんなことはないよ」「実はこういう良い点があるよ」と部下の発言を否定したくなりますが、そうすると部下は本音のナラティブは封印してしまいます。

まずは、「この若手社員は、こういう視点で仕事を捉えているのか」「上司からは気づかなかったが、職場にこういう不満があるのか」「会議ではわからなかったが、あの分野に興味があるのか」など、素直な気持ちで傾聴しましょう。

そのうえで未来の展望を確認します。「将来、どういう状態になれるとうれしいのか」「想定しているキャリアプラン」「社内外で、目指したいロールモデル」など将来的な観点で質問してみましょう。